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第三章 精霊の御霊
#46 シェレブの黒き竜皇
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「あそこか!」
シェレブ城4階。エレン達は大きな扉の前に辿り着いた。あの向こうにロレンがいる、と思うとエレンの気持ちは逸った。扉まであと少し。その時、足元に何かが飛んで来て突き刺さった。見ると、何かの骨を削って作られた短剣だった。
「⁈」
エレンは足を止めて僅かに下がる。そして飛んで来た方を見上げた。天井に何か黒い塊が張り付いている。よく見ると、黒装束を着た人……いや、竜族だ。
彼は音も立てずに落ちて来ると、ゆっくりと立ち上がった。随分と小柄だ。
「……ここまで来るとはな」
静かな声だった。フードとスカーフでほとんど顔は隠されているが、その間から覗いている目は黄色い。
「……竜族がもう一人……」
リリスがそう言って杖を握り締める。予想より一体多い。彼は退く気は無さそうだし、ここでの戦いは避けられそうになかった。
「フン。裏切ったラフェリアルの情報を鵜呑みにしたか。残念ながら、俺のことはライナー様以外は知らない」
「隠し玉ってわけか。なるほど」
ゼイアが片手に大剣を呼び出して前に出る。そして彼はエレンに言う。
「おい。先に行け。俺が一人でコイツの対処をしておく」
「え! でも……」
「すぐに片づけて加勢に行く。お前らの誰かより遥かに効率がいいだろ」
ゼイアは強い。それは、ラフェリアルに対する戦闘で分かっている。だが、本当にここで彼を使うべきなのか……。
エレンが迷っていると、リリスがはしと腕を掴んで来た。
「行きましょう、エレンさん!」
「リリー……!」
「そうだ。モタモタしてる時間はねェ!」
エレボスにもそう言われて、エレンはゼイアの方を見る。彼はいつものムッとした顔のまま、顎で先を促した。
「早く行け。俺が行くまでへばるなよ」
「……分かった!」
エレンたち三人は扉へと向かう。それを男は止めようとしなかった。あくまで戦力を削ぐことが目的なのか。彼はゆっくりとゼイアの方を見ると、目を細める。
「……まるで容易く俺を倒せるかのような言いぐさだ」
「その通りだが? さて、戦う前には名乗るのが礼儀だ」
ゼイアは両の手で大剣を持つと、体の前で地面に立てる。
「我が名はゼイア・ビアス・セレク。獅子の座を司る智天使だ」
「智天使? どう見ても悪魔だろう」
「堕ちた身だがな。まぁ、戦ってみれば分かるよ黒竜族」
ピク、と竜の目が反応する。
「……種を明かした覚えはないが」
「俺の固有能力でね。……蝙蝠竜か? なるほど、斥候には適した種だな」
余裕げに笑うゼイアに、竜は息を吐いた。
「──────蝙蝠竜のレギ。竜皇の命によりお前を排除する」
「ちゃんと名乗ってくれるのか。嬉しいね。覚えておくよ」
そう言ってゼイアは片手で大剣を振り、それをレギへと向けた。
* * *
扉の奥には暗い廊下が続いていた。来訪者を迎えるように、柱につけられた灯りがどんどん奥へ向かって点いて行く。エレン達は静かにそこを進む。やがてその終点にまた大きな扉があるのが見えた。それは触れてもいないのに、ひとりでに開いて行った。
「辿り着いたのは三人……と」
知らない声がした。部屋の真ん中に黒いコートを着た人物が立っている。ロレンとよく似た顔だ、とエレンは思った。だが、彼がニヤ、と均等な牙を見せて笑ったのを境にそのイメージは払拭される。
「……お前がライナーか」
「そうさ。おめでとう、君たちは最終ステージに辿り着いた。褒めてあげるよ」
パチパチ、とライナーは手を叩く。その笑みの邪悪さに、エレンは酷い嫌悪感を抱く。確信する。目の前の竜は、フェールの言う悪逆の竜、その最たるものだと。
「……ロレンはどこだ」
「いるよ? そこに」
そう言ってライナーは右手で部屋の奥を指す。暗かったそこが灯りに照らされる。ボロボロの姿で磔にされたロレンを認めたエレンは思わず叫ぶ。
「ロレン!」
「……エレン。やっぱり来てくれたんだ……」
仄かにロレンは笑う。それを確認してエレンは少しほっとする。思っていたよりは無事で良かったと、そう思った。
「うんうん、感動の対面だ! いやぁ、本当に、君たちがここへ辿り着いてくれて良かった」
「……? どういう意味だ!」
エレンが言うと、ライナーはにやりと笑う。
「どうって……僕の計画通りに事が運んでるってことさ」
「何……?」
「ここで君たちには死んでもらう。この僕の手によってね。大切な友達が目の前で殺されるところを彼に見て貰うんだ! 最高だろう?」
「てめェ……」
と、しかしライナーはエレンの顔を見ると口角を下げた。
「……でも、そうか。君は不死身だったね。まったく、そういうことならロレンにあの時くらい協力しておけば良かった。……まぁ、今言ったって後の祭りだけどね」
「……え?」
リリスが驚いた顔をしてエレンを見る。エレンはそれを受けてエレボスを見る。
「……え? 谷の時に知ってるんじゃないのか」
「見せられるかあんなモン! 適当に誤魔化したわ!」
エレボスは耳を立ててそう怒鳴る。そしてあっという顔をして耳を下げながらリリスを見る。エレンは頭を掻く。
「………悪い。隠してたわけじゃないんだが……」
「いや、いいんですけど、え……じゃああの時」
「……聞かないでくれ。ともかく俺の身の心配はいらない」
今はそんなことよりだ。エレンはライナーへと視線を戻す。
「これ以上お前の思い通りにはならない。ロレンは返してもらう」
「悪いけどこれはもう僕のものだ。彼の体もね」
ライナーはそう言って陶酔した様子で両腕を広げる。リリスは杖を握りしめ、エレンに言う。
「……あの奥の方が、助けたい方ですね」
「あぁ、そうだ」
「分かりました」
リリスは一つ深呼吸すると、エレンとエレボスを見渡しながら続ける。
「私は援護に回ります。お二人はあの竜の討伐に集中して下さい」
「了解」
「あぁ」
エレンとエレボスはそれぞれ武器を手にする。その様子を見たライナーは愉快そうに笑った。
「勇敢なる戦士たちよ! あぁ、残念ながらここで冒険は終わりだよ。君たちは僕には勝てない」
「そんなの、やってみなけりゃ分からねェだろ」
「たかが精霊数匹、僕の敵じゃない。それに、死なないのなら何度だって殺すさ。いいね、尽きない楽しみっていうのは……」
残虐な笑みがライナーの顔に浮かぶ。そこにいるのは闇竜族の王。かつて世界を蹂躙せんとした、悪逆非道の邪竜だった。
* * *
────シェレブ城1階・エントランス────
エエカトルは知らぬ間に詰まっていた息を吐き出した。鳥肌が立っていることに気が付いて、思わず腕を摩る。たった今目の前で行われたのは、一方的な蹂躙だった。
三人のカリサが立っている。一人は素手、一人は影の刀を手にし、もう一人は影の槍を手にしている。その足元には血塗れになったリオンハートが倒れている。死んでいるのかどうかすら分からない。片腕が斬り飛ばされている。ピクリとも動かないところを見ると、少なくとも気を失ってはいるようだった。
「──────カリサ」
エエカトルはやっと声を絞り出す。足元を見降ろしていた素手のカリサの肩がピクリと動く。そして振り向くと共に残りの影分身たちが黒い塵となって消えて行った。
「……エエカトル」
「────死んだのか?」
エエカトルは歩み寄って、リオンハートを見る。改めて見ると随分と酷いやられようだ。何度か彼が竜化を試みる様子が見られたが、その隙すら与えなかった。
「多分な」
カリサはそう言って息を吐いて、頭を抑える。
「……待て……記憶が少し飛んでるな」
「……見るからにハイになっていたからな」
「すごく良い気分だったんだ──────今までにないくらい」
手を握る。熱が徐々に冷めて冷静になって行くのをカリサは感じた。
「戦鬼や鬼神といった言葉が似合う様子だったぞ」
「鬼神アスラか……悪くないな」
「二つ名を決めるのは随分と気が早いぞ若造」
はぁ、とエエカトルはため息を吐いた。そして、しばしの思案の後口を開く。
「……今からでも影の国に移籍するか?」
「え? ええ……面倒臭いな」
「どの道通行証は再発行だ」
「あ、そうか……壊されたもんな」
そう言いながらカリサは髪留めのなくなったところを触る。そしてうーんと腕を組むと、片眉を上げた。
「……考えとく」
「そうか。まぁ適正属性のどちらを使おうがどこに所属していても自由だが」
「迷うこと言うなよ……」
そしてカリサは階段の上の方へ目を向ける。
「さて……後を追うか?」
「いや。休んだ方が良いだろう。お前は少し力を使い過ぎだ」
エエカトルのその言葉に、カリサは首を傾げる。
「──────周りのエレメントを使って力を使うんだろ? 人間みたいにエンプティーにはならないんじゃないのか」
「エレメントを取り込み出力する過程で自らを構成するエレメントの余剰分を僅かにリソースとして使用する。それが枯渇すると所謂“魔力切れ”という状態になる。エンプティーの一次症状と同じだな」
「……結局精霊も自分のエレメントを使わないといけないってこと? 難しいな……」
「お前は湖鮫竜とも戦っているし、これ以上の連戦は勧めない」
その時、目の前のリオンハートの体がすこしずつエレメントに還り始めていることに二人は気が付いた。それを見ながら、カリサはふと思ったことを呟く。
「……こいつが黒竜族だったらこのエレメント吸収できたのかな……?」
「恐ろしいことを考えるな……」
* * *
────シェレブ城2階・廊下────
鳥竜の逞しい足が、ラフェリアルの体を蹴り飛ばした。受け身を取ったラフェリアルは竜化している足で床に着地し下がる。思うように攻撃できず、苛立ったラフェリアルは尾を揺らし廊下を叩く。
「ほらガキンチョ! 加勢しなさいったら!」
(うぅ……)
ローフィリアは頭を下げる。戦いには慣れていない。自らの力を使ったことも今までそんなにない。目の前で他の竜が戦っているところを見ると、身が竦む。
だが、そうも言っていられないのは分かっている。彼は目を瞑ると、首を上へ伸ばし翼を広げる。頭の方から羽根の色が白に転じて行く。
〈おぉ⁈ なんや“属性反転”か!〉
黒き鳥竜が目を見開く。首を降ろしたローフィリアは一羽ばたきする。するとラフェリアルはピリリとした気配が体を覆うのを感じた。
「ちょっと! 痛いんだけど!」
〈……ごめん〉
〈クハハ! 白うなったから何や! 闇属性と光属性はお互いに弱点やで!〉
〈分かってるよ〉
応えるように首を引いたローフィリアは、前傾姿勢になり光のブレスを吐き出す。
〈おぉっと〉
クロードはそれを横に躱すとローフィリアへと走って来る。と、その前にラフェリアルが立ちはだかる。
〈半竜状態で俺を止められるつもりかいな!〉
「“ファイアフォース”」
ラフェリアルが全身に炎を纏う。クロードの脚がラフェリアルの腕に受け止められる。
〈……なッ……堅ッ……⁈〉
「ふふ、なかなか良いじゃない光の加護。少しピリつくけど!」
笑いながらラフェリアルは片腕でクロードを押し返す。そして爆発するように彼女の体から炎が噴き出す。
「“ヒートインパクト”!」
〈うわっちィ!〉
鳥竜の体が吹き飛ぶ。もがきながら起き上がったクロードは頭を下げたままその小さな翼を広げる。
〈っ!〉
ローフィリアは嫌な気配を感じて翼を広げる。ラフェリアルの前方に光の壁が現れ、飛んで来た鋭く黒い羽根を弾き砕いた。
「……助かったわ」
〈防御特化、厄介やな〉
クロードは嘴をカチカチと鳴らす。そして目を細めると再び翼を広げた。
〈ほなら質量で攻めるか〉
ずらっとクロードの前方にさっきよりも多くの羽根が現れる。それぞれが鋭く尖っている。それを見たローフィリアは焦る。
〈……ラフェリアル! 頭下げて!〉
「えっ、何」
羽根の射出と同時に、ローフィリアは前に出て片翼を広げて前方を薙ぐ。放たれた光の斬撃が黒い羽根たちと激突する。いくらかは消えたが、残りの羽根がローフィリアを穿つ。
「ちょっと!」
ローフィリアに覆われたラフェリアルは頭を抑えながら見上げる。血がボタボタと降りかかって来ると共に、周囲に見える白い羽毛がみるみる内に黒に戻って行く。
「何で自分を護らなかったの!」
くるる、と喉から小さな声が漏れる。黒い姿へと戻ると、さらにその姿が縮んで少年の姿になってローフィリアは膝をつく。
「……僕のバリアにも防げる限界はある……。それに、僕は援護しかできない……でも、ラフェリアルならあいつを倒せるでしょ」
「……馬鹿な子ね。ガキのくせに……」
目を細め、そしてラフェリアルはキッとクロードの方を見る。その様子を見たクロードは嘴を鳴らして笑う。
〈なんや。その仔竜に情でも湧いてしもたんか〉
「勘違いしないで。そんなんじゃないわ。──────同族意識よ」
〈同族? ほんなら俺らもそうやろ〉
「子どもに根性見せられたら、大人はカッコ悪いところ見せられないでしょ!」
ラフェリアルは拳を握り締める。そして強く踏み込み、クロードへと駆けだす。炎を纏った拳が鳥竜を焦がそうと唸る。ひょいと避けたクロードは、ラフェリアルの頭を踏みつぶそうと足を上げる。その指へラフェリアルは噛みつく。
〈うげっ?!〉
「……最初からこうしとくんだったわ」
ラフェリアルの拳が床を打ち砕く。炎が広がり、周囲の部屋も諸共破壊する。
〈なぁっ?!〉
床が抜ける。ラフェリアルが全身に闇の炎を纏う。めき、と噛まれた足が軋むのをクロードは感じた。
落ちる。そう高くはなかったが瓦礫と共に階下に叩きつけられたクロードは、さらに自身に重く圧しかかる影の存在を知覚した。首と足をじたばたと動かすので精一杯だ。──────その最中、クロードは自分の脚が片方しかないことに気が付いた。
〈くぅ……それは反則ちゃうか、城壊すなんて……〉
〈反則ですって。生き延びるためなら私は何でもするわ〉
紅き巨竜となったラフェリアルが翼腕で黒走竜の胴を抑え込んでいる。口元には引きちぎったクロードの片足が咥えられている。それを飲み込むと、真紅の双眸は背後の方を向いた。
〈坊や、無事?〉
「……なんとかね」
一緒に落ちて来たローフィリアは自身の術でなんとかしたのか、クロードに受けた以上の怪我は負っていないようだった。ラフェリアルは首をゆるりとクロードの方へと戻すと口から炎を漏らす。
〈終わりよ。自慢の脚も片脚しかなけりゃあなたは何も出来ないでしょ〉
〈……さっさと喰えばええやんか。未練たらしく話しかけてくるなんてお嬢らしないで〉
〈──────〉
ラフェリアルは何も答えなかった。代わりにクロードを抑える翼腕に力が籠る。全身の軋みにクロードは呻く。影が近付く。翼腕の爪が鳥竜の首の骨を砕き、その顎門が頭蓋を砕く。竜同士の戦いの決着を、ローフィリアはその時初めて目にした。尾を揺らしながら勝者が敗者を喰らい行く様を、仔竜はただ見ていた。
#46 END
To be continued...
シェレブ城4階。エレン達は大きな扉の前に辿り着いた。あの向こうにロレンがいる、と思うとエレンの気持ちは逸った。扉まであと少し。その時、足元に何かが飛んで来て突き刺さった。見ると、何かの骨を削って作られた短剣だった。
「⁈」
エレンは足を止めて僅かに下がる。そして飛んで来た方を見上げた。天井に何か黒い塊が張り付いている。よく見ると、黒装束を着た人……いや、竜族だ。
彼は音も立てずに落ちて来ると、ゆっくりと立ち上がった。随分と小柄だ。
「……ここまで来るとはな」
静かな声だった。フードとスカーフでほとんど顔は隠されているが、その間から覗いている目は黄色い。
「……竜族がもう一人……」
リリスがそう言って杖を握り締める。予想より一体多い。彼は退く気は無さそうだし、ここでの戦いは避けられそうになかった。
「フン。裏切ったラフェリアルの情報を鵜呑みにしたか。残念ながら、俺のことはライナー様以外は知らない」
「隠し玉ってわけか。なるほど」
ゼイアが片手に大剣を呼び出して前に出る。そして彼はエレンに言う。
「おい。先に行け。俺が一人でコイツの対処をしておく」
「え! でも……」
「すぐに片づけて加勢に行く。お前らの誰かより遥かに効率がいいだろ」
ゼイアは強い。それは、ラフェリアルに対する戦闘で分かっている。だが、本当にここで彼を使うべきなのか……。
エレンが迷っていると、リリスがはしと腕を掴んで来た。
「行きましょう、エレンさん!」
「リリー……!」
「そうだ。モタモタしてる時間はねェ!」
エレボスにもそう言われて、エレンはゼイアの方を見る。彼はいつものムッとした顔のまま、顎で先を促した。
「早く行け。俺が行くまでへばるなよ」
「……分かった!」
エレンたち三人は扉へと向かう。それを男は止めようとしなかった。あくまで戦力を削ぐことが目的なのか。彼はゆっくりとゼイアの方を見ると、目を細める。
「……まるで容易く俺を倒せるかのような言いぐさだ」
「その通りだが? さて、戦う前には名乗るのが礼儀だ」
ゼイアは両の手で大剣を持つと、体の前で地面に立てる。
「我が名はゼイア・ビアス・セレク。獅子の座を司る智天使だ」
「智天使? どう見ても悪魔だろう」
「堕ちた身だがな。まぁ、戦ってみれば分かるよ黒竜族」
ピク、と竜の目が反応する。
「……種を明かした覚えはないが」
「俺の固有能力でね。……蝙蝠竜か? なるほど、斥候には適した種だな」
余裕げに笑うゼイアに、竜は息を吐いた。
「──────蝙蝠竜のレギ。竜皇の命によりお前を排除する」
「ちゃんと名乗ってくれるのか。嬉しいね。覚えておくよ」
そう言ってゼイアは片手で大剣を振り、それをレギへと向けた。
* * *
扉の奥には暗い廊下が続いていた。来訪者を迎えるように、柱につけられた灯りがどんどん奥へ向かって点いて行く。エレン達は静かにそこを進む。やがてその終点にまた大きな扉があるのが見えた。それは触れてもいないのに、ひとりでに開いて行った。
「辿り着いたのは三人……と」
知らない声がした。部屋の真ん中に黒いコートを着た人物が立っている。ロレンとよく似た顔だ、とエレンは思った。だが、彼がニヤ、と均等な牙を見せて笑ったのを境にそのイメージは払拭される。
「……お前がライナーか」
「そうさ。おめでとう、君たちは最終ステージに辿り着いた。褒めてあげるよ」
パチパチ、とライナーは手を叩く。その笑みの邪悪さに、エレンは酷い嫌悪感を抱く。確信する。目の前の竜は、フェールの言う悪逆の竜、その最たるものだと。
「……ロレンはどこだ」
「いるよ? そこに」
そう言ってライナーは右手で部屋の奥を指す。暗かったそこが灯りに照らされる。ボロボロの姿で磔にされたロレンを認めたエレンは思わず叫ぶ。
「ロレン!」
「……エレン。やっぱり来てくれたんだ……」
仄かにロレンは笑う。それを確認してエレンは少しほっとする。思っていたよりは無事で良かったと、そう思った。
「うんうん、感動の対面だ! いやぁ、本当に、君たちがここへ辿り着いてくれて良かった」
「……? どういう意味だ!」
エレンが言うと、ライナーはにやりと笑う。
「どうって……僕の計画通りに事が運んでるってことさ」
「何……?」
「ここで君たちには死んでもらう。この僕の手によってね。大切な友達が目の前で殺されるところを彼に見て貰うんだ! 最高だろう?」
「てめェ……」
と、しかしライナーはエレンの顔を見ると口角を下げた。
「……でも、そうか。君は不死身だったね。まったく、そういうことならロレンにあの時くらい協力しておけば良かった。……まぁ、今言ったって後の祭りだけどね」
「……え?」
リリスが驚いた顔をしてエレンを見る。エレンはそれを受けてエレボスを見る。
「……え? 谷の時に知ってるんじゃないのか」
「見せられるかあんなモン! 適当に誤魔化したわ!」
エレボスは耳を立ててそう怒鳴る。そしてあっという顔をして耳を下げながらリリスを見る。エレンは頭を掻く。
「………悪い。隠してたわけじゃないんだが……」
「いや、いいんですけど、え……じゃああの時」
「……聞かないでくれ。ともかく俺の身の心配はいらない」
今はそんなことよりだ。エレンはライナーへと視線を戻す。
「これ以上お前の思い通りにはならない。ロレンは返してもらう」
「悪いけどこれはもう僕のものだ。彼の体もね」
ライナーはそう言って陶酔した様子で両腕を広げる。リリスは杖を握りしめ、エレンに言う。
「……あの奥の方が、助けたい方ですね」
「あぁ、そうだ」
「分かりました」
リリスは一つ深呼吸すると、エレンとエレボスを見渡しながら続ける。
「私は援護に回ります。お二人はあの竜の討伐に集中して下さい」
「了解」
「あぁ」
エレンとエレボスはそれぞれ武器を手にする。その様子を見たライナーは愉快そうに笑った。
「勇敢なる戦士たちよ! あぁ、残念ながらここで冒険は終わりだよ。君たちは僕には勝てない」
「そんなの、やってみなけりゃ分からねェだろ」
「たかが精霊数匹、僕の敵じゃない。それに、死なないのなら何度だって殺すさ。いいね、尽きない楽しみっていうのは……」
残虐な笑みがライナーの顔に浮かぶ。そこにいるのは闇竜族の王。かつて世界を蹂躙せんとした、悪逆非道の邪竜だった。
* * *
────シェレブ城1階・エントランス────
エエカトルは知らぬ間に詰まっていた息を吐き出した。鳥肌が立っていることに気が付いて、思わず腕を摩る。たった今目の前で行われたのは、一方的な蹂躙だった。
三人のカリサが立っている。一人は素手、一人は影の刀を手にし、もう一人は影の槍を手にしている。その足元には血塗れになったリオンハートが倒れている。死んでいるのかどうかすら分からない。片腕が斬り飛ばされている。ピクリとも動かないところを見ると、少なくとも気を失ってはいるようだった。
「──────カリサ」
エエカトルはやっと声を絞り出す。足元を見降ろしていた素手のカリサの肩がピクリと動く。そして振り向くと共に残りの影分身たちが黒い塵となって消えて行った。
「……エエカトル」
「────死んだのか?」
エエカトルは歩み寄って、リオンハートを見る。改めて見ると随分と酷いやられようだ。何度か彼が竜化を試みる様子が見られたが、その隙すら与えなかった。
「多分な」
カリサはそう言って息を吐いて、頭を抑える。
「……待て……記憶が少し飛んでるな」
「……見るからにハイになっていたからな」
「すごく良い気分だったんだ──────今までにないくらい」
手を握る。熱が徐々に冷めて冷静になって行くのをカリサは感じた。
「戦鬼や鬼神といった言葉が似合う様子だったぞ」
「鬼神アスラか……悪くないな」
「二つ名を決めるのは随分と気が早いぞ若造」
はぁ、とエエカトルはため息を吐いた。そして、しばしの思案の後口を開く。
「……今からでも影の国に移籍するか?」
「え? ええ……面倒臭いな」
「どの道通行証は再発行だ」
「あ、そうか……壊されたもんな」
そう言いながらカリサは髪留めのなくなったところを触る。そしてうーんと腕を組むと、片眉を上げた。
「……考えとく」
「そうか。まぁ適正属性のどちらを使おうがどこに所属していても自由だが」
「迷うこと言うなよ……」
そしてカリサは階段の上の方へ目を向ける。
「さて……後を追うか?」
「いや。休んだ方が良いだろう。お前は少し力を使い過ぎだ」
エエカトルのその言葉に、カリサは首を傾げる。
「──────周りのエレメントを使って力を使うんだろ? 人間みたいにエンプティーにはならないんじゃないのか」
「エレメントを取り込み出力する過程で自らを構成するエレメントの余剰分を僅かにリソースとして使用する。それが枯渇すると所謂“魔力切れ”という状態になる。エンプティーの一次症状と同じだな」
「……結局精霊も自分のエレメントを使わないといけないってこと? 難しいな……」
「お前は湖鮫竜とも戦っているし、これ以上の連戦は勧めない」
その時、目の前のリオンハートの体がすこしずつエレメントに還り始めていることに二人は気が付いた。それを見ながら、カリサはふと思ったことを呟く。
「……こいつが黒竜族だったらこのエレメント吸収できたのかな……?」
「恐ろしいことを考えるな……」
* * *
────シェレブ城2階・廊下────
鳥竜の逞しい足が、ラフェリアルの体を蹴り飛ばした。受け身を取ったラフェリアルは竜化している足で床に着地し下がる。思うように攻撃できず、苛立ったラフェリアルは尾を揺らし廊下を叩く。
「ほらガキンチョ! 加勢しなさいったら!」
(うぅ……)
ローフィリアは頭を下げる。戦いには慣れていない。自らの力を使ったことも今までそんなにない。目の前で他の竜が戦っているところを見ると、身が竦む。
だが、そうも言っていられないのは分かっている。彼は目を瞑ると、首を上へ伸ばし翼を広げる。頭の方から羽根の色が白に転じて行く。
〈おぉ⁈ なんや“属性反転”か!〉
黒き鳥竜が目を見開く。首を降ろしたローフィリアは一羽ばたきする。するとラフェリアルはピリリとした気配が体を覆うのを感じた。
「ちょっと! 痛いんだけど!」
〈……ごめん〉
〈クハハ! 白うなったから何や! 闇属性と光属性はお互いに弱点やで!〉
〈分かってるよ〉
応えるように首を引いたローフィリアは、前傾姿勢になり光のブレスを吐き出す。
〈おぉっと〉
クロードはそれを横に躱すとローフィリアへと走って来る。と、その前にラフェリアルが立ちはだかる。
〈半竜状態で俺を止められるつもりかいな!〉
「“ファイアフォース”」
ラフェリアルが全身に炎を纏う。クロードの脚がラフェリアルの腕に受け止められる。
〈……なッ……堅ッ……⁈〉
「ふふ、なかなか良いじゃない光の加護。少しピリつくけど!」
笑いながらラフェリアルは片腕でクロードを押し返す。そして爆発するように彼女の体から炎が噴き出す。
「“ヒートインパクト”!」
〈うわっちィ!〉
鳥竜の体が吹き飛ぶ。もがきながら起き上がったクロードは頭を下げたままその小さな翼を広げる。
〈っ!〉
ローフィリアは嫌な気配を感じて翼を広げる。ラフェリアルの前方に光の壁が現れ、飛んで来た鋭く黒い羽根を弾き砕いた。
「……助かったわ」
〈防御特化、厄介やな〉
クロードは嘴をカチカチと鳴らす。そして目を細めると再び翼を広げた。
〈ほなら質量で攻めるか〉
ずらっとクロードの前方にさっきよりも多くの羽根が現れる。それぞれが鋭く尖っている。それを見たローフィリアは焦る。
〈……ラフェリアル! 頭下げて!〉
「えっ、何」
羽根の射出と同時に、ローフィリアは前に出て片翼を広げて前方を薙ぐ。放たれた光の斬撃が黒い羽根たちと激突する。いくらかは消えたが、残りの羽根がローフィリアを穿つ。
「ちょっと!」
ローフィリアに覆われたラフェリアルは頭を抑えながら見上げる。血がボタボタと降りかかって来ると共に、周囲に見える白い羽毛がみるみる内に黒に戻って行く。
「何で自分を護らなかったの!」
くるる、と喉から小さな声が漏れる。黒い姿へと戻ると、さらにその姿が縮んで少年の姿になってローフィリアは膝をつく。
「……僕のバリアにも防げる限界はある……。それに、僕は援護しかできない……でも、ラフェリアルならあいつを倒せるでしょ」
「……馬鹿な子ね。ガキのくせに……」
目を細め、そしてラフェリアルはキッとクロードの方を見る。その様子を見たクロードは嘴を鳴らして笑う。
〈なんや。その仔竜に情でも湧いてしもたんか〉
「勘違いしないで。そんなんじゃないわ。──────同族意識よ」
〈同族? ほんなら俺らもそうやろ〉
「子どもに根性見せられたら、大人はカッコ悪いところ見せられないでしょ!」
ラフェリアルは拳を握り締める。そして強く踏み込み、クロードへと駆けだす。炎を纏った拳が鳥竜を焦がそうと唸る。ひょいと避けたクロードは、ラフェリアルの頭を踏みつぶそうと足を上げる。その指へラフェリアルは噛みつく。
〈うげっ?!〉
「……最初からこうしとくんだったわ」
ラフェリアルの拳が床を打ち砕く。炎が広がり、周囲の部屋も諸共破壊する。
〈なぁっ?!〉
床が抜ける。ラフェリアルが全身に闇の炎を纏う。めき、と噛まれた足が軋むのをクロードは感じた。
落ちる。そう高くはなかったが瓦礫と共に階下に叩きつけられたクロードは、さらに自身に重く圧しかかる影の存在を知覚した。首と足をじたばたと動かすので精一杯だ。──────その最中、クロードは自分の脚が片方しかないことに気が付いた。
〈くぅ……それは反則ちゃうか、城壊すなんて……〉
〈反則ですって。生き延びるためなら私は何でもするわ〉
紅き巨竜となったラフェリアルが翼腕で黒走竜の胴を抑え込んでいる。口元には引きちぎったクロードの片足が咥えられている。それを飲み込むと、真紅の双眸は背後の方を向いた。
〈坊や、無事?〉
「……なんとかね」
一緒に落ちて来たローフィリアは自身の術でなんとかしたのか、クロードに受けた以上の怪我は負っていないようだった。ラフェリアルは首をゆるりとクロードの方へと戻すと口から炎を漏らす。
〈終わりよ。自慢の脚も片脚しかなけりゃあなたは何も出来ないでしょ〉
〈……さっさと喰えばええやんか。未練たらしく話しかけてくるなんてお嬢らしないで〉
〈──────〉
ラフェリアルは何も答えなかった。代わりにクロードを抑える翼腕に力が籠る。全身の軋みにクロードは呻く。影が近付く。翼腕の爪が鳥竜の首の骨を砕き、その顎門が頭蓋を砕く。竜同士の戦いの決着を、ローフィリアはその時初めて目にした。尾を揺らしながら勝者が敗者を喰らい行く様を、仔竜はただ見ていた。
#46 END
To be continued...
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