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第三章 精霊の御霊
#38 紅血竜
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竜化し、エレンたちを背に乗せたローフィリアはぐんぐんと上昇して行く。空が段々近付いて来て、そして地上に出た。森の上にまで出たところで、エレンは地上を見下ろす。イアリたちの姿は見えない。というか、落ちたところからはやはり離れているようだった。
「どれくらい流されたんだ……」
【川に落ちたの? それは大変だったね。……この高さから落ちても平気なんだ、精霊って】
「いや、そんな事はないんだけど」
竜化したローフィリアの声は、エレンにだけ届く。頑張って心の力を使っている。……石がなくとも、心の力は扱えるようだった。それより、ほとんど無くなったはずのその力は人界にいる時よりも易く扱えるように感じる。
【どうする? すぐ降りる?】
ローフィリアはそう言って、その場で滞空する。
「……えっと……出来れば逸れた仲間と合流したいんだけど」
【仲間がいるの? どの辺で逸れた?】
「ええと……川の流れて来た方……」
【分かった。そっちに飛んでみるね】
ぐるりと旋回したローフィリアに、後ろにいたリリスが不安そうに聞いて来る。
「何ですか?」
「あぁ、イアリたちがいる方に飛んでくれるって……」
「上流方面ってことですか。……あ、そうだ。こういう時のためのメルトーンですよ」
「あ」
そう言うと、リリスは首元からメルトーンを取り出した。通行証と一緒に掛けてある。
「流されなくて本当に良かったです。あ」
目と口を開いたリリスに、エレンは横から石板を覗き込む。文字が区切られていない方の反面に、ずらりと文字列が並んでいる。名前のところを見ると、他の仲間たちの会話のようだった。
“グリフ:エレンとエレボスとリリスが谷に落ちた。恐らく無事だが別行動を取る”
“グレン:落ちたって何だ! 助けに行けよお前! 飛べるだろ!”
“ゼイア:落ち着け。分かった。気を付けて”
“ゼイア:陽動組もぼちぼち出る。俺たちが騒ぎを起こすまでじっとしてろ”
「……薄情」
らしいと言えばらしいが、グレンくらいしか自分たちの心配をしていない。ため息を吐くエレンの横で、リリスは細指で文字を打ち込む。
「……ええと……『私たちは無事です』と」
リリスがそのメッセージを送信すると、エレンが持っているメルトーンが僅かに震えた。…………本当に携帯電話だ。あんなに水没しても無事なのは、石の魔導具だからだろうが。
「あと何処にいらっしゃるか訊いた方がいいですよね?」
「そうだな……」
それも送信して、しばらくすると数件返信が返って来る。
“グレン:エレンも無事なんだろうな!”
“フェール:無事で何よりだ。作戦に変更はなし”
“グリフ:元の場所から動いていない。待っている”
「兄貴……」
エレンもメルトーンを取り出して自分で返信をしておく。
エレンは少し身を乗り出すと、ローフィリアに向かって言った。
「そのまま向かってくれ。見覚えのある所に出たら知らせる」
【分かった】
それからしばらく、無言のまま進む。それからふと、エレンは気になったことを訊ねる。
「……なぁ、何で闇竜族は竜型だと喋れないんだ?」
理性が無くなるのかと思っていたが、そうではないらしい。この通り、竜の姿でもローフィリアは変わらず思考している。
【なんか……竜は声とは別の所で喋るんだけど、その器官が闇竜族は発達してないんだって】
ローフィリアはギャーン、と叫んで見せる。竜型の声は頭の中に響く少年の声と全く違って可愛くない。
〈うわぁなんだ!〉
エレンの肩にいたエレボスがビクリとする。ローフィリアの【ごめんなさい】という声が返って来る。
【お母さん寄りの体だったら、僕も喋れたのかなぁ。……何で闇竜族ってこうなんだろ。あんまり他人と関わりたくないのかな】
「……さぁな」
ライナーは、ロレンとの融和を拒んでいる。宿主を宿主とせず、ただ己の肉の器にせんとして……ここへ彼を連れて来た。
……ライナーを倒して、その先はどうするのだろう。ロレンに憑いている以上は、単純に倒して終わりとはいかない。彼の人となりをエレンは知らないが、行いからして簡単にロレンと融和してくれるとは思えない。
でも……。と、エレンは乗っているローフィリアの背中を撫でる。
〈……なぁ。あまり入れ込むなよ〉
肩からエレボスがそう釘を刺して来る。エレンはムッとする。
「………分かってる。もし、お前たちの言う通りなら……その時は、俺が責任を取るよ」
〈本当かね。それでもなお庇うようなら、俺はお前でも容赦しねーぞ〉
「…………」
その時、ビャーン! と耳をつんざくような声が聞こえて来た。思わずエレンたちは耳を塞いだ。
「何だ! うわっ!」
急にローフィリアが高度を下げる。どし、と森の中に着地したかと思うと、皆を降ろして人型に戻る。
「どうした」
「…………ごめん、反射で。今のは敵襲の合図だ」
「え?」
イアリたちのことが過ぎる。そう言えば、グリフは皇族は縄張りに入った者を感知出来ると言っていた。自分たちのことか、それとも。
「……今のは竜皇?」
「ううん。見張りの竜たちだ。……空からの侵入者かな」
「空…………」
グリフたちがそんなことをするはずがない。となれば。
「……陽動部隊の到着か」
「他にも仲間がいるの? ……大丈夫かな。この合図でたくさんの竜が襲いかかると思うけど……」
「お前は行かなくていいのか」
人型に戻ったエレボスが、ローフィリアにそう言う。少年はびっくりした目をして、ぶんぶんと首を横に振った。
「僕は行かない! 精霊は怖いもん。僕はそんなに強くないし……戦いたくないから隠れ住んでるんだ」
そう言ってローフィリアは俯く。エレンはその様子を見て、言う。
「……ここまで送ってくれてありがとう。谷から出るのも勇気がいたろ。もう帰りな。ここは危険だ」
「でも……」
顔を上げたローフィリア。何か言いたげに口を開く。だが、すぐに口を閉じて目を逸らした。
「……うん。元気で」
と、その時大きな音がした。何かが爆発したような、崩れたような……。音の方向を見ると、煙が上がっている。
「何だ」
「…………嫌な予感です。行ってみますか」
「いや、あれがフェールたちなら俺たちは……」
「あら。ネズミを見つけたわ」
「!」
突然、知らない女の声が聞こえて一同は振り向く。そこには紅い髪の妖艶な雰囲気の女が立っていた。耳が尖って、瞳は赤い。竜族だ。
「……ヤバい」
エレボスがそう呟く。紅い女は長い髪を指に絡めながら言う。
「おかしいわ。どうしてライナー様は何も言わないのかしら。もしかして、貴方達が“ゲーム”の対象?」
「!」
聞き覚えのある名に、エレンたちは反応する。女はそれを見てニヤリと笑う。均等に並んだ牙がその口から覗く。
「あら嬉しい。じゃあここで潰しても良いわよね! どっちにしたって潰すけど。美味しそうなネズミたち。私が肉にしてライナー様の所へ連れて行ってあげる」
女の姿が黒い炎に包まれる。それは見る見る膨らんで、やがてその中から二足歩行の巨竜が現れた。赤黒いその体躯を見て、リリスが一歩下がる。
「……紅血竜…………」
「え?」
エレンが聞き返すと、リリスががしりと腕を掴んで来る。
「だ、ダメですあの竜は! 竜伐の際、いくつもの部隊を一頭で壊滅させた────────」
〈あら。私のことを知っているの〉
「! 喋った!」
〈話くらいするわ。……でもそうね、闇竜族の中じゃ珍しいもの。私は炎竜族の性質が強いから、特別ね〉
竜は口から小さく炎を漏らして見せる。闇の混じった黒い炎だ。
〈私はラフェリアル。ライナー様の忠実なる僕〉
ライナーの仲間。そう明言した。この感じは、彼の直属の部下というところだろうか。
「……やるしかねェか」
エレンは武器を構える。エレボスも武器を手に呼び出した。
「潜入は失敗だな。……まさか人型が彷徨いてるなんて」
〈いやね。私は見張りの報告を受けて来ただけよ。あんな大きな飛空艇……すぐにやられて落ちちゃったけど〉
「飛空艇⁈」
あの煙はそれから上がっているものだということだ。場所的に近い。彼女はそれを見に来たのだろう。
〈さぁ、お喋りはこれくらいね。死になさい〉
竜の口が開かれる。ゴオッという音と共に、闇の炎が吐き出された。エレンたちはその場から飛び退く。エレンに手を引かれたローフィリアが転ぶ。パサ、と取れたバンダナにラフェリアルは反応を示す。
〈あら、坊や。あなた闇竜族じゃない。何をしているの?〉
「!」
ローフィリアはビクリとする。エレンに手を引かれて上体を起こしたローフィリアは、怯えた目をラフェリアルへ向ける。
「……ぼ、僕は」
〈可哀想に。襲われて捕まったの? 今助けてあげるからね〉
「違……!」
ラフェリアルの翼腕が、エレンへと襲いかかる。押しつぶすような攻撃に、エレンは影の中へ逃げた。ラフェリアルの背後から出て来ると、影の刃を棒に纏わせ、横向きに脚へ突き立てる。……が。
影の刃は鱗に当たった途端に砕け散り、ただの棒が体表を撃つ。
「だから硬すぎだって……」
〈そんな密度の刃が通るわけないでしょ!〉
振り向いた口からブレスが覗く。と、その時ラフェリアルは何かに引っ張られて体勢を崩した。
〈なっ……⁈〉
ギャルル、と猛る声が辺りに響く。ラフェリアルの翼を引いているのは、竜化したローフィリアだった。
「あいつ……⁈」
エレボスは驚きを隠せない。対してエレンは不安を覚える。
「……ロー! やめろ!」
大きく見えたローフィリアの体躯も、ラフェリアルの前では随分と小さく見える。それぐらい頼りないが、彼は必死に咥えた翼を引いた。一時は体勢を崩したが、ローフィリアよりも大きなその巨体はもはや揺らがない。逆に、ラフェリアルの翼の一薙ぎでローフィリアはどうと倒れる。
〈何……何だって言うの……どうして! 私に攻撃するの!〉
ギャア、と起き上がったローフィリアは声を発する。目に必死さが見える。意識を向けたエレンの中に、彼の心の声が流れ込んでくる。
【やめて! この人たちを襲わないで!】
「ロー……」
それはどうも同族のラフェリアルには伝わっているらしく、不機嫌そうに彼女は尾を揺らす。
〈…………そう。ライナー様に楯突くのね〉
ラフェリアルが闇の炎を吐く。対してローフィリアは光のブレスを吐き出した。空中でそれがぶつかり、爆発を起こす。
〈忌々しい!〉
ドガ、と紅血竜の翼腕が、夜鴉竜の首を地面へ叩きつけた。黒い羽毛が散る。竜の悲鳴が森に響く。反射的にエレンは武器を握りしめると、走り出した。
「やめろ!」
紅き竜へ飛び乗り、背を駆ける。ローフィリアに噛みつこうとしていた顎門が背中越しにこちらを向く。
〈ネズミが〉
ぐりんと竜が体を回転させる。遠心力でエレンは吹っ飛ばされた。
「うわぁぁぁ! ……⁈」
その先で、何かに受け止められた。羽音がする。左腕で抱き抱えられている。顔を挙げると、見覚えのある顔があった。
「ゼイア!」
「どっちが敵だ」
「……えっ、紅い方!」
「分かった」
それだけ言うと、ゼイアは右手の人差し指と中指を伸ばし、天に向ける。
「“Koryan Clad Sharonelphy Hal”!」
振り下ろされた指と共に、天から雷の様な光の槍が二つ、紅血竜の胴を貫いた。
〈ガアァァァァッ!〉
「すげぇ、全然通らなかったのに」
「さすが闇属性、聖属性がよく通る」
「え?」
ボタボタと血を垂らし、苦悶に身を捩る紅血竜。その目が空中のゼイアを捉える。
〈貴様……! 何故悪魔がこの力を!〉
「悪魔だ何だうるせェよ。俺は堕天使だって何度言えば分かる」
そしてゼイアの右手に、大剣が現れた。それを片手でブンと振ると、鋒をラフェリアルに向ける。
「そら、まじないを掛けてやる。ネズミが好きなんだったか?」
剣が光を帯びる。そして彼は見定める様に目を細め、口を開いた。
「ラフェリアル・ビスカス! ゼイア・ビアス・セレクの名において、貴様を刑に処す」
冷たく、凛とした声をゼイアは上げる。
「“Ven ge Neu Van”」
……先ほどからゼイアが唱えているものの意味は分からない。聞き覚えのない言語だった。
ラフェリアルの体が光に包まれる。その姿が空間に少しずつ溶けて行く。そして小さくなって……残ったのは地を這うネズミだった。
「…………えっ」
「さ、今だリリス。捕えろ」
「えっ、あっ、はいっ」
急に振られて慌てたリリスが杖を振る。
「“ディミオロジア”!」
ぼん、とネズミが小さな檻に囚われる。カランカランと転がった檻の中で、ネズミが駆け回っている。
降りたゼイアの腕から、エレンは解放される。チーチーと鳴いている普通のネズミを見て、唖然としてゼイアに問う。
「え、何した……? てか何であいつの名前」
「そういう能力があるんだよ。生来のモンでなく役職的なアレだが……“罪を犯した相手”にならある程度好きに出来る。ま、変身させたのは俺の固有能力の拡張だが……」
「さっきの、聖魔導と智天使の裁きの口上ですよね。どうしてあなたが……?」
リリスがそう言う。ゼイアはハァ、とため息を吐いた。
「これだから。神界の上層は天界の事情に詳しいな。俺が元智天使だから。それじゃダメか?」
「だって、あなたは堕ちて……」
「本来剥奪されるものをされなかった。それだけの話だ。それより良いのか? あっちの竜は」
「あっ、ローフィリア!」
エレンは倒れている夜鴉竜へと駆け寄った。横たわっているその鼻先を撫でる。
「……大丈夫か、無茶するな」
【エレン……僕】
「怖いのに、よく頑張ったな。ありがとう、助かったよ」
【うん】
する、と手の中の感触が縮む。その体が黒い闇に包まれると、羽根の様な塵と共に少年の姿に戻った。
#38 END
To be continued...
「どれくらい流されたんだ……」
【川に落ちたの? それは大変だったね。……この高さから落ちても平気なんだ、精霊って】
「いや、そんな事はないんだけど」
竜化したローフィリアの声は、エレンにだけ届く。頑張って心の力を使っている。……石がなくとも、心の力は扱えるようだった。それより、ほとんど無くなったはずのその力は人界にいる時よりも易く扱えるように感じる。
【どうする? すぐ降りる?】
ローフィリアはそう言って、その場で滞空する。
「……えっと……出来れば逸れた仲間と合流したいんだけど」
【仲間がいるの? どの辺で逸れた?】
「ええと……川の流れて来た方……」
【分かった。そっちに飛んでみるね】
ぐるりと旋回したローフィリアに、後ろにいたリリスが不安そうに聞いて来る。
「何ですか?」
「あぁ、イアリたちがいる方に飛んでくれるって……」
「上流方面ってことですか。……あ、そうだ。こういう時のためのメルトーンですよ」
「あ」
そう言うと、リリスは首元からメルトーンを取り出した。通行証と一緒に掛けてある。
「流されなくて本当に良かったです。あ」
目と口を開いたリリスに、エレンは横から石板を覗き込む。文字が区切られていない方の反面に、ずらりと文字列が並んでいる。名前のところを見ると、他の仲間たちの会話のようだった。
“グリフ:エレンとエレボスとリリスが谷に落ちた。恐らく無事だが別行動を取る”
“グレン:落ちたって何だ! 助けに行けよお前! 飛べるだろ!”
“ゼイア:落ち着け。分かった。気を付けて”
“ゼイア:陽動組もぼちぼち出る。俺たちが騒ぎを起こすまでじっとしてろ”
「……薄情」
らしいと言えばらしいが、グレンくらいしか自分たちの心配をしていない。ため息を吐くエレンの横で、リリスは細指で文字を打ち込む。
「……ええと……『私たちは無事です』と」
リリスがそのメッセージを送信すると、エレンが持っているメルトーンが僅かに震えた。…………本当に携帯電話だ。あんなに水没しても無事なのは、石の魔導具だからだろうが。
「あと何処にいらっしゃるか訊いた方がいいですよね?」
「そうだな……」
それも送信して、しばらくすると数件返信が返って来る。
“グレン:エレンも無事なんだろうな!”
“フェール:無事で何よりだ。作戦に変更はなし”
“グリフ:元の場所から動いていない。待っている”
「兄貴……」
エレンもメルトーンを取り出して自分で返信をしておく。
エレンは少し身を乗り出すと、ローフィリアに向かって言った。
「そのまま向かってくれ。見覚えのある所に出たら知らせる」
【分かった】
それからしばらく、無言のまま進む。それからふと、エレンは気になったことを訊ねる。
「……なぁ、何で闇竜族は竜型だと喋れないんだ?」
理性が無くなるのかと思っていたが、そうではないらしい。この通り、竜の姿でもローフィリアは変わらず思考している。
【なんか……竜は声とは別の所で喋るんだけど、その器官が闇竜族は発達してないんだって】
ローフィリアはギャーン、と叫んで見せる。竜型の声は頭の中に響く少年の声と全く違って可愛くない。
〈うわぁなんだ!〉
エレンの肩にいたエレボスがビクリとする。ローフィリアの【ごめんなさい】という声が返って来る。
【お母さん寄りの体だったら、僕も喋れたのかなぁ。……何で闇竜族ってこうなんだろ。あんまり他人と関わりたくないのかな】
「……さぁな」
ライナーは、ロレンとの融和を拒んでいる。宿主を宿主とせず、ただ己の肉の器にせんとして……ここへ彼を連れて来た。
……ライナーを倒して、その先はどうするのだろう。ロレンに憑いている以上は、単純に倒して終わりとはいかない。彼の人となりをエレンは知らないが、行いからして簡単にロレンと融和してくれるとは思えない。
でも……。と、エレンは乗っているローフィリアの背中を撫でる。
〈……なぁ。あまり入れ込むなよ〉
肩からエレボスがそう釘を刺して来る。エレンはムッとする。
「………分かってる。もし、お前たちの言う通りなら……その時は、俺が責任を取るよ」
〈本当かね。それでもなお庇うようなら、俺はお前でも容赦しねーぞ〉
「…………」
その時、ビャーン! と耳をつんざくような声が聞こえて来た。思わずエレンたちは耳を塞いだ。
「何だ! うわっ!」
急にローフィリアが高度を下げる。どし、と森の中に着地したかと思うと、皆を降ろして人型に戻る。
「どうした」
「…………ごめん、反射で。今のは敵襲の合図だ」
「え?」
イアリたちのことが過ぎる。そう言えば、グリフは皇族は縄張りに入った者を感知出来ると言っていた。自分たちのことか、それとも。
「……今のは竜皇?」
「ううん。見張りの竜たちだ。……空からの侵入者かな」
「空…………」
グリフたちがそんなことをするはずがない。となれば。
「……陽動部隊の到着か」
「他にも仲間がいるの? ……大丈夫かな。この合図でたくさんの竜が襲いかかると思うけど……」
「お前は行かなくていいのか」
人型に戻ったエレボスが、ローフィリアにそう言う。少年はびっくりした目をして、ぶんぶんと首を横に振った。
「僕は行かない! 精霊は怖いもん。僕はそんなに強くないし……戦いたくないから隠れ住んでるんだ」
そう言ってローフィリアは俯く。エレンはその様子を見て、言う。
「……ここまで送ってくれてありがとう。谷から出るのも勇気がいたろ。もう帰りな。ここは危険だ」
「でも……」
顔を上げたローフィリア。何か言いたげに口を開く。だが、すぐに口を閉じて目を逸らした。
「……うん。元気で」
と、その時大きな音がした。何かが爆発したような、崩れたような……。音の方向を見ると、煙が上がっている。
「何だ」
「…………嫌な予感です。行ってみますか」
「いや、あれがフェールたちなら俺たちは……」
「あら。ネズミを見つけたわ」
「!」
突然、知らない女の声が聞こえて一同は振り向く。そこには紅い髪の妖艶な雰囲気の女が立っていた。耳が尖って、瞳は赤い。竜族だ。
「……ヤバい」
エレボスがそう呟く。紅い女は長い髪を指に絡めながら言う。
「おかしいわ。どうしてライナー様は何も言わないのかしら。もしかして、貴方達が“ゲーム”の対象?」
「!」
聞き覚えのある名に、エレンたちは反応する。女はそれを見てニヤリと笑う。均等に並んだ牙がその口から覗く。
「あら嬉しい。じゃあここで潰しても良いわよね! どっちにしたって潰すけど。美味しそうなネズミたち。私が肉にしてライナー様の所へ連れて行ってあげる」
女の姿が黒い炎に包まれる。それは見る見る膨らんで、やがてその中から二足歩行の巨竜が現れた。赤黒いその体躯を見て、リリスが一歩下がる。
「……紅血竜…………」
「え?」
エレンが聞き返すと、リリスががしりと腕を掴んで来る。
「だ、ダメですあの竜は! 竜伐の際、いくつもの部隊を一頭で壊滅させた────────」
〈あら。私のことを知っているの〉
「! 喋った!」
〈話くらいするわ。……でもそうね、闇竜族の中じゃ珍しいもの。私は炎竜族の性質が強いから、特別ね〉
竜は口から小さく炎を漏らして見せる。闇の混じった黒い炎だ。
〈私はラフェリアル。ライナー様の忠実なる僕〉
ライナーの仲間。そう明言した。この感じは、彼の直属の部下というところだろうか。
「……やるしかねェか」
エレンは武器を構える。エレボスも武器を手に呼び出した。
「潜入は失敗だな。……まさか人型が彷徨いてるなんて」
〈いやね。私は見張りの報告を受けて来ただけよ。あんな大きな飛空艇……すぐにやられて落ちちゃったけど〉
「飛空艇⁈」
あの煙はそれから上がっているものだということだ。場所的に近い。彼女はそれを見に来たのだろう。
〈さぁ、お喋りはこれくらいね。死になさい〉
竜の口が開かれる。ゴオッという音と共に、闇の炎が吐き出された。エレンたちはその場から飛び退く。エレンに手を引かれたローフィリアが転ぶ。パサ、と取れたバンダナにラフェリアルは反応を示す。
〈あら、坊や。あなた闇竜族じゃない。何をしているの?〉
「!」
ローフィリアはビクリとする。エレンに手を引かれて上体を起こしたローフィリアは、怯えた目をラフェリアルへ向ける。
「……ぼ、僕は」
〈可哀想に。襲われて捕まったの? 今助けてあげるからね〉
「違……!」
ラフェリアルの翼腕が、エレンへと襲いかかる。押しつぶすような攻撃に、エレンは影の中へ逃げた。ラフェリアルの背後から出て来ると、影の刃を棒に纏わせ、横向きに脚へ突き立てる。……が。
影の刃は鱗に当たった途端に砕け散り、ただの棒が体表を撃つ。
「だから硬すぎだって……」
〈そんな密度の刃が通るわけないでしょ!〉
振り向いた口からブレスが覗く。と、その時ラフェリアルは何かに引っ張られて体勢を崩した。
〈なっ……⁈〉
ギャルル、と猛る声が辺りに響く。ラフェリアルの翼を引いているのは、竜化したローフィリアだった。
「あいつ……⁈」
エレボスは驚きを隠せない。対してエレンは不安を覚える。
「……ロー! やめろ!」
大きく見えたローフィリアの体躯も、ラフェリアルの前では随分と小さく見える。それぐらい頼りないが、彼は必死に咥えた翼を引いた。一時は体勢を崩したが、ローフィリアよりも大きなその巨体はもはや揺らがない。逆に、ラフェリアルの翼の一薙ぎでローフィリアはどうと倒れる。
〈何……何だって言うの……どうして! 私に攻撃するの!〉
ギャア、と起き上がったローフィリアは声を発する。目に必死さが見える。意識を向けたエレンの中に、彼の心の声が流れ込んでくる。
【やめて! この人たちを襲わないで!】
「ロー……」
それはどうも同族のラフェリアルには伝わっているらしく、不機嫌そうに彼女は尾を揺らす。
〈…………そう。ライナー様に楯突くのね〉
ラフェリアルが闇の炎を吐く。対してローフィリアは光のブレスを吐き出した。空中でそれがぶつかり、爆発を起こす。
〈忌々しい!〉
ドガ、と紅血竜の翼腕が、夜鴉竜の首を地面へ叩きつけた。黒い羽毛が散る。竜の悲鳴が森に響く。反射的にエレンは武器を握りしめると、走り出した。
「やめろ!」
紅き竜へ飛び乗り、背を駆ける。ローフィリアに噛みつこうとしていた顎門が背中越しにこちらを向く。
〈ネズミが〉
ぐりんと竜が体を回転させる。遠心力でエレンは吹っ飛ばされた。
「うわぁぁぁ! ……⁈」
その先で、何かに受け止められた。羽音がする。左腕で抱き抱えられている。顔を挙げると、見覚えのある顔があった。
「ゼイア!」
「どっちが敵だ」
「……えっ、紅い方!」
「分かった」
それだけ言うと、ゼイアは右手の人差し指と中指を伸ばし、天に向ける。
「“Koryan Clad Sharonelphy Hal”!」
振り下ろされた指と共に、天から雷の様な光の槍が二つ、紅血竜の胴を貫いた。
〈ガアァァァァッ!〉
「すげぇ、全然通らなかったのに」
「さすが闇属性、聖属性がよく通る」
「え?」
ボタボタと血を垂らし、苦悶に身を捩る紅血竜。その目が空中のゼイアを捉える。
〈貴様……! 何故悪魔がこの力を!〉
「悪魔だ何だうるせェよ。俺は堕天使だって何度言えば分かる」
そしてゼイアの右手に、大剣が現れた。それを片手でブンと振ると、鋒をラフェリアルに向ける。
「そら、まじないを掛けてやる。ネズミが好きなんだったか?」
剣が光を帯びる。そして彼は見定める様に目を細め、口を開いた。
「ラフェリアル・ビスカス! ゼイア・ビアス・セレクの名において、貴様を刑に処す」
冷たく、凛とした声をゼイアは上げる。
「“Ven ge Neu Van”」
……先ほどからゼイアが唱えているものの意味は分からない。聞き覚えのない言語だった。
ラフェリアルの体が光に包まれる。その姿が空間に少しずつ溶けて行く。そして小さくなって……残ったのは地を這うネズミだった。
「…………えっ」
「さ、今だリリス。捕えろ」
「えっ、あっ、はいっ」
急に振られて慌てたリリスが杖を振る。
「“ディミオロジア”!」
ぼん、とネズミが小さな檻に囚われる。カランカランと転がった檻の中で、ネズミが駆け回っている。
降りたゼイアの腕から、エレンは解放される。チーチーと鳴いている普通のネズミを見て、唖然としてゼイアに問う。
「え、何した……? てか何であいつの名前」
「そういう能力があるんだよ。生来のモンでなく役職的なアレだが……“罪を犯した相手”にならある程度好きに出来る。ま、変身させたのは俺の固有能力の拡張だが……」
「さっきの、聖魔導と智天使の裁きの口上ですよね。どうしてあなたが……?」
リリスがそう言う。ゼイアはハァ、とため息を吐いた。
「これだから。神界の上層は天界の事情に詳しいな。俺が元智天使だから。それじゃダメか?」
「だって、あなたは堕ちて……」
「本来剥奪されるものをされなかった。それだけの話だ。それより良いのか? あっちの竜は」
「あっ、ローフィリア!」
エレンは倒れている夜鴉竜へと駆け寄った。横たわっているその鼻先を撫でる。
「……大丈夫か、無茶するな」
【エレン……僕】
「怖いのに、よく頑張ったな。ありがとう、助かったよ」
【うん】
する、と手の中の感触が縮む。その体が黒い闇に包まれると、羽根の様な塵と共に少年の姿に戻った。
#38 END
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主人公、下条藍はバイトを探すちょっと胸が大きい普通の女子大生。ある日、同じサークルの先輩からバイト先を紹介してもらうのだが、そこは男子禁制のカフェ併設ランジェリーショップで!?
ちょっとハレンチなお仕事カフェライフ、始まります!!
※この物語はフィクションであり実在の人物・団体・法律とは一切関係ありません。
表紙画像はAIイラストです。下着が生成できないのでビキニで代用しています。
とあるおっさんのVRMMO活動記
椎名ほわほわ
ファンタジー
VRMMORPGが普及した世界。
念のため申し上げますが戦闘も生産もあります。
戦闘は生々しい表現も含みます。
のんびりする時もあるし、えぐい戦闘もあります。
また一話一話が3000文字ぐらいの日記帳ぐらいの分量であり
一人の冒険者の一日の活動記録を覗く、ぐらいの感覚が
お好みではない場合は読まれないほうがよろしいと思われます。
また、このお話の舞台となっているVRMMOはクリアする事や
無双する事が目的ではなく、冒険し生きていくもう1つの人生が
テーマとなっているVRMMOですので、極端に戦闘続きという
事もございません。
また、転生物やデスゲームなどに変化することもございませんので、そのようなお話がお好みの方は読まれないほうが良いと思われます。
天日ノ艦隊 〜こちら大和型戦艦、異世界にて出陣ス!〜
八風ゆず
ファンタジー
時は1950年。
第一次世界大戦にあった「もう一つの可能性」が実現した世界線。1950年4月7日、合同演習をする為航行中、大和型戦艦三隻が同時に左舷に転覆した。
大和型三隻は沈没した……、と思われた。
だが、目覚めた先には我々が居た世界とは違った。
大海原が広がり、見たことのない数多の国が支配者する世界だった。
祖国へ帰るため、大海原が広がる異世界を旅する大和型三隻と別世界の艦船達との異世界戦記。
※異世界転移が何番煎じか分からないですが、書きたいのでかいています!
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※戦艦など知らない人も楽しめるため、解説などを出し努力しております。是非是非「知識がなく、楽しんで読めるかな……」っと思ってる方も読んでみてください!※
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