SHADOW

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第三章 精霊の御霊

#32 ロレンを追って

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「……というわけなんだが……」
 グレンが説明を終えると、部屋は静まり返った。リビングには住人たち全員に加えて、精霊たちが外に出ている。
「ロレン君……」
 レイミアが心配そうに呟く。そして隣で俯いているフォレンの背中に手を回した。
 次に口を開いたのは、イアリの隣で壁際に立っているグリフだった。
「話は分かった……それで、助けに行くつもりなのだな」
「当然だろ。あいつも弟みたいなものだし……でも、どうやって助けに行くのかは」
 グレンが答えると、今度はケレンの隣に座るフェールが口を開いた。
「方法はある。ライナーがロレン殿を連れて行ったように、私たちもそなたたちを連れて行ける」
「本当か!」
「だが……それにはリスクが伴う」
 と、そう言ってフェールは物憂げにケレンを見た。ケレンは首を傾げる。
「リスク?」
「我々精霊は、神界の皇帝より人界への通行証を頂きここへ来ている。通行証無くして安全にゲートを通ることは不可能だ。無理に通れぬこともないが、魂が損傷する恐れがある」
「じゃあ、ロレンは……!」
 フォレンが声を上げる。フェールが頷き、そこへゼイアが口を出す。
「懸念事項はそれだ。無理矢理連れて行かれた……ロレンは無事じゃない可能性が高い。とは言え、死んじゃいないだろう。それならライナーの奴が神界にいる説明がつかない」
「……一体何のためにライナーは……」
 フォレンはそう呟いて、ギリ、と歯を食いしばる。次に口を開いたのはエレボスだった。
「目的なんか、追い詰めれば分かる。ただ、向こうで生かすつもりはあると思うぜ。魂をわざわざ半分切り分けて持って行った」
「半分? そんなこと出来るのか?」
 エレンがそう訊くと、エレボスは顔を曇らせる。
「まぁ、実際出来てるんだが……体を生かすにはエネルギー体である魂が必要だ。だが、神界で活動する時もまた魂がいる。人間から魂ごと精神を引き抜いたら、その体は死んじまう。……俺たち精霊には元から体がねェから、気兼ねなく神界と人界……お前らの体を行き来できるんだが、人間はそうも行かない。だから、奴は魂を切り分けた」
「じゃあ、俺たちもそうすれば……」
「だが魂に傷をつけるんだ。魂の分割はそう簡単なことじゃない。危険だ」
 そう言ってエレボスは首を振る。
「つまるところ、人間が神界へ行くには多大なるリスクがあるわけだ。本来想定されておらんからな」
 フェールがそう続ける。
「我々のみであれば、救出には問題なく向かえる。しかし精霊の不在中、そなた達は力が使えぬ。……それに、そもそもの話であるが」
 と、彼はエレンとイアリの顔を見た。
「そなたらであれば、間違いなく自ら征くと言うであろう?」
「当たり前だ」
「お前らだけに任せるほど薄情じゃない」
 エレンとイアリはそれぞれそう答える。フェールは頷いた。
「ケレン殿は如何する。私は彼らに同行するが」
「僕は……留守番かな。行っても足手まといだし。こっちにはフォレンさんもいるし、何かあっても大丈夫だよ」
「左様か」
「それに、神界に行ってる間の体も、僕なら診てられるし」
 そう言うと、ケレンは笑う。
「だから、体のことは心配せずに行って来て。どれだけかかっても、ちゃんと帰って来られるようにしておくよ」
 そういう面では、ケレンはとても頼もしい。エレンは頷いた。
「それで……兄貴は」
「勿論俺も行くに決まってるだろ。危ねぇからってヒヨるかよ、俺が」
「だろうな。心強いよ」
 事故でまた死なれては困るのだが。彼に限ってはそんなことは起こらないような気がした。
 と、今まで黙っていたアーガイルが口を開く。
「僕は今回ばかりはどうしても力になれないか……」
「あぁ……それは……仕方ないだろ」
 アーガイルは憑神していない。故に、神界に行く手段を持たない。
「君を一人で行かせるのは不安だけど、僕は大人しくここで皆んなの無事を祈ってるよ」
「別に一人じゃない、皆んなもいる」
 エレンがそう答えると、アーガイルはムッとする。
「そういう意味じゃないって………前も言った気がするけど」
 はぁ、とアーガイルはため息を吐くとイアリに向かって言った。
「……エレンのこと、よろしく」
「お、おう」
 イアリは急に振られて驚きつつも応えた。
 そして、隣のグリフの方を向いた。
「……それじゃあ……早速行くか」
「そうだな。善は急げだ。……だが、魂を切り分ける作業はそう易くない」
「それは私が請け負おう」
 そう名乗りを上げたのは、フェールだった。彼は続ける。
「力任せでなく、魔術による分割であればさほど危険なく行えるだろう」
「でも、どうやって?」
 イアリが訊ねると、フェールはケレンを手で示した。
「ケレン殿の心理の窟へ、集まってもらう。精霊たちは皆一度宿主へ戻れ。したらば、憑神者たちでケレン殿に触れよ。そして心を合わす」
「……合わす?」
「やってみれば、自ずと感覚は分かるはずだ。我らも助力する」
「他人の心理の窟に入れるのか?」
「あぁそれならさっき……俺たちがロレンの中に入った」
 と、グレンが両脇のゼイアとアレスを手で差しながら言った。
「……というか兄貴、何で二人も精霊がいるんだ……?」
「俺は精霊じゃない」
「人に憑いている以上は同じことだ。人に憑ける精霊は二人までだ。それ以上は宿主の身が持たぬ」
 アレスがそう応える。ふーん、とエレンは頷いた。この兄のことだからなんだか普通に受け入れていたが、よくよく考えれば不思議だったのだ。ならいずれ、自分ももう一人憑くことがあるのかな、などとぼんやり思う。
「では、後は行き先であるな。我々は所属国と同盟国、そして中立国に行けるが……恐らく奴のいる先は闇の国ダグリアであろう」
 フェールの言葉に、エレボスが頷く。
「じゃあダグリアだ。俺とフェールはスケアの所属だし、同盟国のダグリアには出られる。ゼイアも同じだし……アレスはシュレイトか。……出られるのか?」
「試したことはないが、制約があるとも聞いていない」
 その会話に、人間人間一同は疑問符を浮かべる。
「……何?」
 グレンが自身の精霊二人の間を視線を行き来させながら言う。ゼイアがため息を吐いた。
「神界には……属性ごとの国がある。精霊たちは全てその国に所属している。竜族は……まちまちだな。そこの鷲獅子竜グリフィンはちゃんと所属しているんだろうが」
 と、視線を向けられたグリフは頷く。
「俺はウィンディル所属だ。まぁ、嵐竜族ウィリオンは比較的竜族の中でも精霊と友好的だが…………竜族全体で見れば稀だな」
「ライナーは?」
 イアリが訊ねると、グリフは眉根を寄せる。
「分からんが、闇竜族ダークラオンは精霊との交流を望まない。だが、こちらへ来れるからには通行証を持っているな。正式に登録したか、あるいは……他の闇の精霊から奪ったか」
 前者はやはりあまり考えられないな、とグリフは付け足す。イアリは複雑な表情になった。ゼイアが咳払いをする。
「まぁ、そういうことだ。そんで、基本的に精霊は所属国のゲートを出入りする。だが、行こうと思えば他の国にも出られる。……全ての国に行けるわけじゃないが」
 うむ、とそれに対してフェールが頷いた。
「神界は現在戦争中だ。古くから続く“黒白戦争”だ。黒の陣営たる影の国スケアと闇の国ダグリア、そして白の陣営たる光の国シャルトーと炎の国マグナル……この二勢力が争っている。我々影の精霊はシャルトーとマグナルには立ち入れない。他の中立国には出られるが」
「スケアとダグリアは中央大陸から離れた小大陸で隣り合ってる。ダグリアに行きたいなら直接行くかスケアに行った方が良い。他の国の奴らは中立だし、好きなところに出られる」
 エレボスの言葉に、顔を曇らせたのはアレスだった。
「……しかしだ。我ら闘の国シュレイトは他の国と違い“秩序連合”に属していない。上手く出られる保証はないな」
「ま、多少の座標ズレはあるかもしれないがなんとかなるだろ。で、どうする。ダグリアに行くのかスケアに行くのか」
 ゼイアが痺れを切らしたように言う。フェールは深く頷く。
「まずはスケアに立ち寄りたい。協力を仰げそうな相手がおるのだ」
「げ。まさか」
 エレボスがとても嫌そうな顔をする。それに対して、フェールは片眉を上げただけだった。
「異論はないな。では、準備に入る。リンクした時点で意識が落ちる。皆床に座るが良いだろう」
「……僕が中心?」
 ケレンが自分を指差す。フェールは頷いた。
「場所を空けよ。これより出征する」

* * *

 リビングの机を退かし、三人で円形に並んだ。中心に座るケレンは落ち着かない様子だった。
「……皆んなに見られると緊張するね……」
「ええと、肩に触れればいいのか」
「う、うん」
 エレンの言葉に、ケレンは頷く。エレンとグレン、そしてイアリが彼の肩に右手で触れる。
「なんか儀式っぽいな」
 グレンがそんなことを言う。そのワードはエレンは何か引っ掛かる。
 フェール以外の精霊は、既にそれぞれの宿主の中に戻っている。フェールは円の外側から皆に声をかけた。
「では、皆目を閉じよ。心を一つに、ケレン殿と通じるようにイメージせよ」
 フェールの言葉に、エレンたちは目を瞑る。グレンだけはその前に、部屋の端で見守っているフォレンに目配せした。
 三人が目を瞑ると、真っ暗だった視界が心理の窟に変わる。自分以外の三人の憑神者と、それぞれの精霊がそこにいた。
「よし、成功だ」
 遅れてフェールが光と共に現れる。エレンは辺りを見回しながら呟いた。
「……俺の所と少し様子が違うな」
「心理の窟は憑神者の心を表す。故に様態は人それぞれだ。では、始めようか。ケレン殿以外はそこに並べ」
 杖で示された辺りに、エレンとグレンとイアリは並ぶ。杖を向けたまま、フェールは何かをぶつぶつと唱えた。
 一瞬、エレンたちの体が淡く紫に光った。エレンは自らの体を撫でながら首を傾げる。
「……特に変わりないな?」
「術式は完了だ。詳細は省くが影で分割した魂を繋いだ。これで、半分魂を人界に置きながらも変わらず神界で活動出来る」
「よく分からないが成功なんだな?」
 グレンが言うと、フェールは頷いた。そして、精霊たちの方を向く。
「では行こうか。ここからが正念場だ。まずはそなたたちを無事に神界へ連れて行く」
 精霊たちが頷いたのを見て、フェールは最後にケレンを見た。
「では、行って来る。しばらく留守にするが、許されよ」
「うん。絶対にロレンさんを無事に助けて来て」
「心得た」
 フェールはそう答えると、杖を一振りした。すると、皆の目の前に大きな石の門が現れた。中は白い光に満ちている。思わずイアリが声を上げる。
「うわ」
「これがゲートだ。順に通って来るが良い」
 そう言って彼はゲートの光の中に消えた。それに続くように、グレンが門の前に立つ。
「じゃ、行くか。えーと……中のことはお前らに任せればいいのか?」
「あぁ。無事に連れて行ってやるよ」
 と、門の直前に立ったゼイアはそう言うと振り向き、守護者たちに向かって指を振った。
「“Koryan Clad Kort Te Belca”」
 光がぽわ、とエレンたちの体を覆う。アレスは片眉を上げる。ゼイアは一つ息を吐くとグレンの肩を持った。
「お前たちの魂に保護をかけた。これで余程のことがなきゃ死なねェだろう」
「……ゼイア、今のは聖魔導か? なぜ堕天使の貴殿が……」
「アレス。今はそんなことどうでもいいだろ。そら行くぞ」
 ゼイアはアレスの言葉を遮り、グレンの腕を引いて門へと飛び込んで行く。
「わっ! ちょっ、自分のタイミングで」
 言い終わる前にグレンの姿が消え、それを追うようにアレスも消える。イアリもグリフと共に門の中へと消えて行った。
 そして最後に、エレボスがエレンの肩を持ってずいと門の前に連れて来る。
「おい、まだ心の準備が」
「いいから行くぜ。お前不死身なんだから死ぬこたぁねェよ」
「まだ俺それ実感してねェんだけど!」
 強い力で押される。目の前に門の光が迫る。気がつくとふわりとした感覚に包まれる。直後、捻れるような気持ちの悪い感覚を覚えて、エレンは気を失った。

* * *

「ではこれを」
 木造の役場。カリサは受付の精霊から白い羽根を受け取った。羽の根元にはエエカトルのものと同じく水色の宝石が付いていた。
「髪留めの形をご所望でしたので、そうさせていただいております」
 羽根には紙紐に引っ掛けられるような金具がついている。エエカトルがそれを横から取り、カリサの髪のリボンに引っ掛けてくれた。
「これにてアスラ様も我らが風の国の戦士でございます。セト皇帝陛下の名の下に、誇りある行いを」
 ─────アスラというのは、精霊としての名前だ。エエカトルの提案で考案した。Calisaの綴りをひっくり返して少し捩ったものだ。
「……すんなり通ったな。やっぱりそのままの名前じゃダメだったのか?」
 役場を出てから、カリサは改めてエエカトルに言う。慣れない名前で呼ばれるとソワソワする。
「人間が精霊になることは本来禁忌だ。お前は特に人界でも名と顔を知られているし……何かの拍子にバレることもある」
「名前を変えても顔は変わらねェだろ」
「出来ることはしておくものだ。他人の空似で凌げることもある。……現にお前は俺のことを気付かなかった。そうだろう?」
「…………」
「人界に戻って驚いたが、俺の本は意図的にいくらか消されている。出版社に憑神者がいたか……何かだろうが、ともかく“エリサ・ファルシオン”は神界に目をつけられている」
「……さすがに顔バレしてるだろ? 大丈夫なのか」
「お前に心配されると妙な気持ちだ。問題ない。人間とよく似た顔の精霊は多々いる。それに、コソコソしているより堂々としている方が良い」
「そういうもんか……」
 ふーん、とカリサは頷きながら髪につけた羽根を指でいじる。
「……そういや、この羽根……通行証だっけ。なんか石ついてたな。何か意味があるのか?」
「それは属性を司る石だ。人間で言う“核”の役割を果たす」
「“核”?」
「人間の“体”に存在する、エレメントを生成し行使するための機関だ。精霊はそれを持たない。体を構成するものとしてエレメントは巡っているが……それを力としては出力出来ないのだ。だからこうして石を持つ」
 と、エエカトルは自身の通行証を手にしてみせた。
「石を持たねば精霊は力を使えない。人に憑けば、宿主の核を借り受けて力を行使出来るのだが」
「……だから精霊が外にいると力が使えねェってわけ?」
「そういうことだ。精霊の憑神により、核の出力が強化される代わりに精霊へと同化してしまうわけだな」

「なるほどな、納得したよ」
 カリサは手のひらの上で小さな旋風を起こした。フワッとそれが消えたあと、足下の影に集中してみる。
「……ん?」
 ところが、どれだけ念じてもピクリとも動かない。
「どういうことだ……?」
「力を使うには、その属性に応じた石が必要だ。俺たちが持っているのは風の石……人界で言うところのブルートパーズだ」
「え、じゃあ影は?」
「アメジストだな。石が欲しければ、その辺りの魔術商店で買えるぞ」
「……でも高いんだろ?」
「そうでもない。エレメントが豊富な神界ではそこらに転がっている。俺も驚いたが、どれも非常に安価だ」
「神界のレートよく分かんねェけど」
 金の単位が違うことは既に確認済みだ。だがそれが人界でのどれくらいの金額なのかがピンと来ない。
「……じゃあ炎の石とか水の石とか……他の属性の石を持ってたら、それも使えるってことか?」
「いや、それは無理だ。あくまで自身に巡っている属性しか扱えない。……普通はな。魔術師としての鍛錬を積めば、他属性を操ることも可能になるが……その場合の石はあくまで補助的機能しか持たない。属性変換が出来れば、自身の属性以外の石は必要ないのでな」
「なる、ほど?」
 力を使う時に今までその原理などを考えたことがなかった。だが、この神界ではその原理や理論がとても重要になっている気がする。
「世界が違うとこうも違うのか……」
「事象としては同じだ。ただ、人にあるものが精霊にないだけだ。しばらくは不便かもしれんが、その内慣れて人だった頃と変わらない……いや、それ以上に扱えるようになる。魂だけの精霊は、大気のエレメントと馴染みやすいからな」
「……まぁ、力の話はおいおい学んでくよ」
 一気に聞くものではないなと思った。勉強は嫌いではない。だが、だからこそ順当にゆっくりやって行くものだと思う。
「なぁ、帰る前に本屋寄ってもいいか?」
「あぁ」
 そしてカリサとエエカトルは、街の本屋へと向かうのだった。


#32 END


To be continued...
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