SHADOW

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第二章 unDead

#30 エピローグ/プロローグ

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────神暦38326年3月23日────
「誕生日、おめでとう!」
「……ありがとう」
 簡単な飾りつけのされたリビング。ソファの中心に座るアーガイルは、エレンの祝福を受けて恥ずかしそうにしていた。
「なんだよ、嬉しくなさそうだな」
「いや、嬉しいけどさ。……こんなたくさんにお祝いしてもらえると思ってなくて……少し気恥ずかしい」
 リビングにはエレンのほかにグレンとケレン、フォレン、ロレン、レイミアとそしてイアリ、つまりここの住人全てが集まっていた。
「水臭いこと言うなよ~俺たちももうダチだろ? なら祝わなきゃだぜ。そうだろ?」
 イアリはそう言いながらロレンの肩に腕を掛ける。
「う、うん。そうだね」
「……なんかお前、最近元気ないよな?」
「えっ、いや、そんなことないけど」
「じゃあ、プレゼントタイムだ。俺からはこれ」
 エレンはそう言ってアーガイルにそこそこの大きさの包みを渡す。エレンの両腕はようやく義手になっていた。ユーヤの技術力もあり、お陰で腕の扱いにもすぐに慣れた。今や以前の手と同じように扱える。
 アーガイルはその手からプレゼントを受け取ると、「開けていい?」と問う。彼が頷くのを確認して、アーガイルは包装紙を破らないように慎重に開けた。
「……えっ、これって……!」
 中から現れたのは、丈夫な装丁の古書だった。渋めの青い表紙に書かれた金文字を見て、アーガイルは目を見開いた。
「エリサ・ファルシオンの『精霊の御霊』……! すごい! めちゃくちゃレアな本じゃん!」
「そうだろ。イヴレストの古書店を回ってたらたまたま見つけたんだ。お前、欲しがってたよなーと思ってさ」
「うわぁ……大切にするよ」
「おう」
 『精霊の御霊』。それはセシリアで65年前に出版された超ベストセラー本だ。その当時国内で多大なる人気を博したが、出版から5年後、絶版となった。
 現在、現存している本は僅かで、市場に出回っているものは高値がついている。エレンが見つけたのもなかなか値が張ったが掘り出し物の部類だ。
「エリサ・ファルシオンっていや……60年前に突然行方不明になったんだよな」
 イアリがそう言う。ロレンはそんな彼を見て首を傾げる。
「よく知ってるね。僕たちが生まれる前のこと……」
「歴史に名を遺す有名人だぜ。国史や精霊のことを調べればすぐに出てくる名前だ。俺はグリフを憑神した時に色々調べてたんだけど……」
 そう言ってイアリは知識オタクの顔になった。話が長そうだなとエレンとロレンは思う。
「本が絶版になったのって、ファルシオンが失踪した直後なんだよな」
「確かにそうだけど……権利者がいなくなったからじゃないの? それは」
 ロレンが言うと、イアリは声を潜めた。
「どうだかな。作者の死後も刊行されてる本なんてたくさんある。内容がよほど何者かにとってマズかったか……」
 そう話すイアリはどこか楽しそうだった。
「現在に至るまでに本の現存数が減ってるのも、どうも意図的なんだよ。いくらかの本は完全に消失してる。燃やされたか、隠されたか。だとしたら、ファルシオンの失踪も何者かによって仕組まれたものなのかも」
「……陰謀論なんてつまらねェぞイアリ」
 エレンはそう言う。そうかな、とイアリは口を尖らせる。
「いやでも。不可解なことが多いんだよ。ファルシオンは未だ死体すら見つかってないっていうし……まるで神隠しだ」
「獣に襲われて喰われたとか。グルカウルなんかは骨も残さない」
 フォレンがそう言う。グルカウルというのは、大型のイヌのような獣だ。
「怖いな……」
 アーガイルはぎゅ、と本を抱きしめ、そして開いてみる。中をパラパラとめくってみると、内容はファルシオン自身の経験を元にした随筆だ。
「……エレン、これ」
 速読していたアーガイルは、あるページで止めた。エレンは横から覗き込んで、アーガイルが指差す先を読んだ。
「『ある日、突然脳内に話しかけて来るものがいた。はじめは幻聴かと思ったが、どうも違う。聞けば、彼は精霊という存在だと名乗った』……え?」
「ファルシオンは憑神者だったんだ」
 思えば、タイトルに“精霊”と入っている。少し考えれば分かりそうなことだった。

『彼と様々な話をした。精霊の世界の話は実に興味深かった。ついては古くに信じられていた神話も、まごうことなき事実だと言う。今日、我々がぼんやりと信仰している神々はただの幻想ではなかったのだ』

「……俺と同じこと思ってるな」
「考えることはいつの時代も同じなのかもね」

『特に興味深かったのは、時にことも出来るということだ』

「……え?」
「人間が精霊に?」
『いや、あり得ねェだろ』
 すかさずエレボスが口を挟んで来る。と、エレンの胸から光が飛び出してきて二人の前で人型を取った。
「……エレボス」
「前にも言ったけど。人間と精霊は根本的に違う。人間が精霊になんて、そんなこと……」
「でも……」
 続きを読む。

『私は是非とも精霊になりたかった。彼らは素晴らしい。悠久の時を生きる存在だ。我々人間の命などとは比べものにならないくらい、永い時を生きる。なぜなら朽ち行く肉体を持たないからだ。飽くなき探求心を満たすには、人の生は短すぎる。私は懇願した。是非ともその方法を教えて欲しいと。するとはじめに彼はこう答えた。自分もまた、かつては人間であったと』

「馬鹿な!」
 エレボスが叫ぶ。彼は怒っているようだった。
「こんなの作り話だ! だって……聞いたことないし……それに、絶対あり得ない」
「何でそんな断言出来るんだ?」
「だって……人間は神界へのゲートを通れない」
 エレボスはそう言って上着の内側をゴソゴソと探ると、紫の石がついた羽根のペンダントを取り出した。
「この通行証がないと。……一つにつき一人しか通れねェし……自分のエレメントが籠った石じゃないと機能しない」
「それは神界でしか手に入らないのか?」
「勿論だ。俺たちが人界に降りて人間に憑くためのものだし……」
 言葉尻がすぼむ。エレボスの耳が倒れた。
「……どうした?」
「────────いや。まさか……まさかだろ」
「?」
 エレボスは一人考え込んで、青ざめた顔をしていた。
「……それなら本が消されたのも合点が行く……」
「え?」
 エレンは首を傾げる。アーガイルはその傍らで、本の表紙の裏を見た。著者の近影。アーガイルやイアリには見慣れた顔だ。当時ではまだ珍しいカラー写真だ。青い髪に青い瞳がとても印象的だった。
 しかし、それを覗き込んだエレボスは、あ、と目を見開く。
「あ……コイツ……!」
「知ってるのか?」
 エレンは顔を上げて問う。エレボスは爪を噛み、険しい顔をした。
「……ああ。────でも、名前が……」
 しばらく、推し量るようにエレボスは近影を睨みつけていたが、やがて苦虫を噛み潰したような顔をして、続けた。
「………間違いない。こいつはだ」

* * *

────神暦38326年3月23日・神界────
 その男は窓の外を眺めていた。懐かしい我が家に帰って来ておよそ二か月が経つ。そしてその二か月の間、男はベッドで眠る人物の目覚めを待っていた。
 部屋の中を振り返る。鮮やかな青い髪が陽の光に照らされる。冷たくも見える青い瞳が眠り続ける金髪の男を見つめた。

 穏やかな顔で彼は眠っている。ちゃんと呼吸していることを毎日確かめている。この世界では食事を摂らずとも、魔力の受け渡しで生命を繋ぐことが出来る。今日の分は既に終えた。しかし、彼は未だ目を覚まさない。
 男はこの現状を悔いていた。己のしたことをどうしようもなく悔いていた。今、こうして眠り続けているこの男を助けたことを。
 彼は自分の宿主だった。だが、その思想に男は一度も同調しなかった。協力はした。憑いた相手への精霊としての義理は通した。だが、この男はあの場で死んだ方が世のためだったのではないかと、そんな考えが拭い切れない。
 それでもこうして救い出してしまったのは────────自身もそうやって、死の間際から命を賭して助けられたからなのだろう。
 これはかつて己を救った者への恩返しだ。────────助けたのがこのような男でなければ、己の宿主があのような者でなければ、それで気持ちは片付いたのかもしれない。
 今からでも遅くない。意識のないものの命を奪うことは簡単だ。しかも、ここで殺せばその魂は冥界へ行くこともなく跡形もなく消え失せる。悪しき魂は二度と廻らない。さもなくば────────自分はこの悪を消えぬものとしてしまっている。
 だからこそ。自分は死ぬわけにはいかなかった。なぜそんな無謀なことをしてしまったのか。下手をすれば、自身の命が失われていた。その場合は、この悪をのさばらせてしまうことになった。それだけは避けたい一心で、神界へ無事に帰って来た。だからこそ────────逃げ出せなかったからこそ、男にはこの眠る男を護る義務があった。
 そう、考えるしかなかった。
「……なぁ、クフィア。そうだろう?」
 今や冥界にすらいない存在へ、男はそう問いかけた。


#30 END


第二章 unDead編 終わり


第三章へ続く
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