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第二章 unDead

#21 旅へ

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 家に辿り着いた頃には、リトはぜえぜえと息を上げていた。
「……体力ないんだなお前」
「わ、悪かったな……」
 扉を開け、中に入る。自室にいたらしいケレンが気配を感じて降りて来た。
「おかえりなさい。……その子は?」
 ケレンはリトの姿に気付くと、エレンに訊ねた。どこから説明したものか、とエレンは頬を掻いた。

* * *

 これまでの経緯をケレンに全て説明した。それを聞いたケレンは、難しい顔をした。
「本当に……そんなことが」
「信じてないな」
 リトはむすりとした。それはそれでムカつくのか。
「死者は生き返らない。……だから僕たち医者は、懸命に治療に当たるんだ。だのに、それを覆すようなことが起こるなんて」
「それは生者の理だ。冥界に住む魔神には関係ない。正当な契約の上で成り立ってる。誰にでも無闇に出来るわけじゃない」
「……その、“魔神”って何なんだ?」
 エレボスもそんなことを言っていたな、と思いながらエレンはリトに訊ねた。自分の半分以下の齢の少年に物事を訊ねるのは変な気分だったが、今ここで知識を一番持っているのは彼だろう。
「魔神は……冥界に住む神だ。天界の神々とは違うって、ばあちゃんは言ってたけど。冥界を管理する役人みたいなものだって」
「冥界を管理するのは二柱の秩序の神なんだろ?」
「……それは知ってるのか……。冥王ファルスと冥妃フェルスの下に、七十二柱の魔神がいるんだ。七つの国を治める王と、貴族たちがいて……そのうちの一柱と、レストの神官は契約してるんだ」
「待て、秩序の神じゃないのか?」
『神は人間と契約しない。祝福はするけど。変だと思ってたんだ』
 エレボスがそう呟いた。彼が引っかかっていたのはそれだったのだ。
「神殿は元は冥妃のものだって、ばあちゃんは言ってた。でも、今は魔神サミジナ様のものだ。彼を神官が呼ぶことによって、儀式ができる」
 初めは訝しんでいたケレンも、その説明を聞いているうちに信憑性を感じてきたようだった。エレボスのようにフェールが何かしら補足しているのかもしれない。
「なるほど……分かったよ」
「で、その儀式には三人の生者が必要だ。呼び戻したい死者と仲が良かった奴。うち一人は血縁者である必要もある」
「で、そいつが体の一部を捧げるんだったな」
「そう。……蘇った死者が再び死んだときに、返してくれるって言ってたけど……」
 そう言いながら、リトは自分の右足をさすった。恐らく魔神本人から聞いたのだろう。
「じゃあ、僕が……」
「いや、ケレン。お前はダメだ」
「何で! だって兄さんは……」
 止める兄に、ケレンは抗議する。勿論、エレンの右腕が既にないことを案じているのは分かる。エレンは笑うと優しく言った。
「お前の手は、皆を治す大切な手だ。足だって不便な思いをして欲しくない。俺なら大丈夫だ。心配いらない」
「でも……」
「兄貴にカッコくらいつけさせろ。それに、お前にさせたら後で俺が兄貴に怒られる」
「それは……そうかもしれないけど」
 心優しい弟のことだ。ケレンがそれで納得しきらないのはエレンにも分かっていた。だが、同時に聞き分けがいいのも知っている。
「分かったよ……」
「で、誰が儀式に参加するんだ」
 リトがそう言ったその時、玄関の方で音がして、やがてイアリたちが現れた。
「俺俺!」
「いや待て、そこは俺だろ。グレンと一番親しい」
 後ろから現れたフォレンが、イアリの手を下げさせる。ぬっと現れた長身に、リトは思わず首を竦めた。
「……あまり話を大人数に知られたくないんだけど……」
「大丈夫だ。口は堅い。それにこれだけだ」
 フォレンが言うと、リトはさらに首を縮める。
「……村に連れて行くのは多くて四人までだ。それ以上はダメ。絶対に」
「何で。決まりでもあるのか」
「おれがばあちゃんに怒られる……」
 まぁ、秘匿された村ならば、そうリトが言うのも仕方ない。エレンは面々を見回した。
「……じゃあ、誰が行くか決めないとな」
「まずエレンは決定だろ。あと俺だ。情報料がいる」
 イアリがそう言って自分を指差して言った。確かにそういう約束だったので仕方ない。エレンは頷くと、ケレンを見た。
「お前も行くだろ」
「勿論」
 弟が頷いたのを確認して、エレンは残りの面々を見る。アーガイル、ロレン、フォレン、ロレンのうち、いずれか一人だが……。
「僕はいいよ。僕が行くくらいなら兄さんが行くだろうし……」
 ロレンはそう言って兄の方を見る。当然だと言わんばかりにフォレンはふんぞり返った。そしてエレンは隣のアーガイルを見る。
「アルは?」
「……君を一人で行かせるのが心配だ」
「一人じゃない」
「そういうことじゃなくて……」
 じとっとした視線が刺さり、思わずエレンは身を引いた。
「何……?」
「……いい。僕も行く。というか絶対行く。儀式にも参加する。昔グレンさんにはお世話になったし、権利はあるはずだ」
「ちなみに、一つ言っとくと、一度儀式に出た人間は二度と儀式が出来ないからな」
 リトの注釈に、フォレンはうーんと顎に手を当てた。
「……ロレンが死んだ時に困るか……」
「兄さん。縁起でもないこと言わないでよ」
 すごく嫌そうなロレンの視線を無視して、フォレンはアーガイルに問う。
「アーガイル君は?」
「僕は大丈夫です。困ることはない」
「じゃあ……そうか。それじゃあ俺はここでグレンが戻って来るのを待つとしよう。うん、そうだ。その方がいい」
 フォレンはにやりと笑うと、どか、とソファの端に座った。
「というわけで俺は留守番だ」
「切り替えが早い……」
 ロレンはぼやきながらフォレンの隣に座った。リトはメンバーを見渡してから、エレンに視線を戻した。
「決まり?」
「みたいだな。よろしく頼むよ、リト」
「……そういやあんたの名前、聞いてなかった……」
「俺はエレンだ。こっちが相棒のアーガイル。それから弟のケレンと」
「エレンの親友のイアリだ」
 イアリは自分でそう自己紹介した。リトは頷くと立ち上がった。
「じゃあ、出発しよう。そこそこ山道を歩くから、しっかり準備してくれ」
「お前、体力は大丈夫なのか」
「ばかにするな! レストからイヴレストの道くらいなんてことない! さっきのは……整備されてない獣道だっただろ……」
「はは、そうだな。じゃあ準備してくるよ」
 そしてその場は、一時解散となった。

* * *

 エレンたちが出立して少し。ソファで義手の手入れをしていた兄に、ロレンは声をかける。
「ねえ、さっきの────────」
「ん?」
 顔を上げた兄とばちりと目が合う。二つ年上のれっきとした兄だが、時折鏡を見ているような錯覚に陥る。それくらい似ている。
「僕が死んだら困るってやつ、本気?」
「ええ、何だ。可愛げがあるな。俺がお前のことそんなに大切に思ってるのが意外だったか?」
 にやにやとした兄に、ロレンは辟易としながら答える。
「気持ち悪いな……そういうことじゃなくて。本当に行かなくて良かったの?」
「俺はグレンよりお前の方が大切なんだよ。分かるだろ」
「……そういう顔じゃなかったでしょ」
 ロレンの指摘に、フォレンは一瞬虚を突かれたような顔をし、すぐにいつもの笑みに戻った。
「はぁ。お前よく見てるよな」
「兄さんが悪だくみしてる顔はすぐ分かるんだよ」
「悪だくみだなんて、失敬な。俺は“その方が楽しい”と思っただけだ」
「ほら……」
 フォレンは肩を竦めた。義手の動作を確認しながら、彼は遠い目をする。
「……俺は、グレンの死に目に逢えなくて良かったと思ってるんだ」
「────どうして?」
「グレンは俺の唯一無二のライバルだ。俺が心置きなく戦える────────強い奴だ。奴には強くあってもらわなきゃならない。俺と対等でいなくちゃ」
 そう語るフォレンの顔はどこか仄暗さがあった。鏡のようだった顔が、今は全くの別人だとロレンは思った。自分は絶対に、あんな顔はしない。

「そんなグレンの、弱ってるところなんて見たくない。俺の手で弱るのならそれはそれで……悪くないけど。そうじゃないだろ。俺の知らないところで勝手に負けた。負けて、そのまま土塊に還るだなんて……」
 ぎし、と握られた義手が軋んだ。
「許さない。だから、イアリ君が持って来た話には飛びついた。まだチャンスがあるんだって。でも────────思ったんだよ」
 フォレンはどん、とソファに身を預けると、天井を見た。勢いでずれた眼鏡を右手で直す。
「俺が生き返らせるのに協力したら、それは俺があいつに貸しを作ることになる。それって対等じゃないだろ?」
 フォレンはロレンを見る。同じ色をしたその瞳の中に、ロレンは狂気を感じた。
「俺に頭が上がらないグレンとか……ちょっと面白いけど。そんなのはらしくない。だから俺は辞退した。それだけの話だ。俺は大人しくここであいつがいつも通りの顔で戻って来るのを待つさ」
 納得したか? というようにフォレンは片眉を上げて見せる。ロレンは胸焼けを感じながら、大きなため息を吐いた。
「……その話、義姉ねえさんにしないでよ」
「え、何で」
「自覚がないのが怖い………」
 やれやれと首を振りながら、ロレンはリビングから立ち去ろうとした。
「どこ行くんだ?」
「外。体動かして来る」
「そうか。俺もメンテが終わったら行くよ」
 フォレンのその言葉には、ロレンは答えなかった。ガチャンと扉が閉まる音がする。フォレンは首を傾げた。
「……レイミアには言うなって、どういう意味だ…………」
 分からん、という顔をして、フォレンは義手の手入れを続けた。


#21 END


To be continued...
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