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第二章 unDead

#19 ある日そいつはやって来た

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────神暦38326年2月3日────
 朝の冷たい空気が頬に当たる。朝日がケレンとグレンの墓を照らしていた。
 あの日から一か月経った。ケレンはすっかり見慣れた墓標の前に花を供え、立ち上がった。
「じゃあ、また来るね、お兄ちゃん」
 そう呟いて踵を返すと、向こうからフォレンが歩いてきているのに気が付いた。
「フォレンさん」
「やあ、ここにいたのか」
「はい」
 穏やかな声に、ケレンも思わず笑みをこぼす。彼とは孤児院にいた頃から親しかった。第三の兄のような存在だ。
「何か用ですか?」
「まぁ、用というほどでもないけど。これからレイミアと町に降りるんだけど、一緒にどうかと思って」
「え、いいんですか」
「うん。────二人だとレイミアがうるさいからさ……」
 ボソッとそう続けた彼に、ケレンは苦笑する。
「分かりました。行きましょう」
「そっか、良かった」
 フォレンがにこりと笑う。右手で促す彼に、ケレンはその後をついて行った。

* * *

 ガサ、とエレンの足が落ち葉を掻き分ける。強い踏み込みと共に左の突きがロレンを襲う。それを右に躱すと、エレンの右後ろ回し蹴りが追撃する。
「どわっ!」
 避けた勢いでロレンは後ろに転ぶ。
「っぶないな!」
「当たったって大したことないだろ」
「首は狙うな!」
 立て直したロレンは足払いを掛ける。エレンは上に跳ぶと、左手で木の枝に飛びつくとそのままくるりと回って枝の上に着地する。
「あ! ずるいぞ!」
「ここまで来いよ」
 屈んでにやりと笑い、エレンはヒラヒラと手を振る。が、不意にその背中を誰かに押された。
「おわっ⁈」
 バランスを崩すも、なんとか落ちる前に体勢を立て直してストンと着地する。
「……猫かよ」
 ロレンはその様子を見てそうツッコむ。エレンは見上げると、抗議する。
「何すんだよ!」
「ズルはやめようね~」
 もう一段上の枝にアーガイルが立っていた。不服そうな顔で睨むエレンの下へ、アーガイルもストンと降りてくる。
「……あー、一旦終わり?」
「そうだな。ちょっと疲れた……」
 歩み寄って来たロレンに、エレンはそう答える。座ったままの彼に、ロレンは言う。
「だいぶ慣れてきたんじゃない?」
「……そうだな。片腕のバランスにも……」
 隻腕を握ったり開いたりして、エレンは傍らに立つアーガイルに視線を投げる。
「……まだ出来ないのか?」
「たまに連絡してるけど、なかなか気に入るのが出来ないらしくて」
 渋い顔をするアーガイル。ユーヤに義手の作成を依頼して一か月だが、まだ完成しないらしい。彼がこだわりの強い人間なのは分かっていたことだが、それにしてもそんなに時間がかかるとは思わなかった。
「変な機能はいらねェって言っとけよ」
「ワイヤー仕込みたいって言ってた……」
「それはちょっと……欲しいな」
 そんな会話をする二人を、ロレンは眺める。
「……あれだったらいい技師紹介するけど……」
「え、知ってるのか」
「兄さんも左手義手だからね。肘から先だけど」
 それを聞いて二人は驚く。ロレンは眉をひそめる。
「何。軍人だとよくあることだよ」
「……そうか……。技師って軍関係の人?」
「直接じゃないけど。あー……でもそうか、まずいか」
 うーんと考えるロレンに、エレンは苦笑する。
「いいよ。途中で浮気したら拗ねるからアイツ」
「そう。……早く出来るといいね」
 フッ、とロレンも笑う。その時、三人は足音が近付いてくるのを聞いた。
「!」
 三人は警戒する。他の同居人はさっき出て行ったばかりだし、帰って来るには早い。そもそも足音は一人分だった。やけに歩き慣れたような足音。立ち上がったエレンと、身構えたアーガイルを庇うようにロレンが立つ。
 やがて、木々の間から大荷物をもった旅装の青年が現れた。その顔にはエレンもロレンも見覚えがあった。
「あっ」
「……あっ? おー! いた! おーい!」
 手を振る彼に、二人は面食らう。アーガイルだけ分からない。
「え? 何、誰」
「イアリ!」
 ロレンが真っ先に駆け寄って行く。がばっと抱き着いたのを受け止めているところへ、エレンもアーガイルと共に近づいて行く。
「……イアリ? なんでここに……」
「おうエレン! お前に会いに来たんだ!」
 青年、イアリは人懐っこい笑みを浮かべる。アーガイルはまたしても自分が知らないエレンの知り合いが出て来てげんなりする。

「……えーと、今度は誰」
「ああ、コイツも孤児院の……」
「あぁ、なるほど」
 納得する。イアリはロレンを退けるとアーガイルに向かって右手を差し出した。
「イアリ・ルフェンシークだ。旅の情報屋をやってる。こいつらとはそう……同い年で、親友なんだ。よろしく」
「……アーガイル・エウィン。エレンの“相棒”だ。よろしく」
 相棒、の部分を強調してアーガイルは言う。傍目から見てもイアリの手を握る力が強い。
「へえ! じゃあお前がエレンの言ってた幼馴染か」
「……僕のこと話したの?」
 アーガイルはじとっとした目でエレンの方を見る。エレンは頬を掻く。
「あー、話したかもな……」
「ことあるごとに話してただろ。な、ロレン」
「そうだね」
 肩を竦めて苦笑するロレン。アーガイルは少し恥ずかしい。
「で、お前何でこんなところにいるんだ」
 エレンは腕組みしてそう訊ねる。イアリはそうだと思い出したように答えた。
「お前に教えたいことがあるんだ」
「教えたいこと? あと、どうやってここを……」
「ああそれは、聞き込みしたら割とすぐに……」
「……」
 “情報屋”を名乗っていたのは伊達ではないらしい。その収集力に恐怖さえ覚える。
「って。それよりだ。……グレンさんが死んだんだって?」
「あぁ。そりゃ知ってるか」
「本当なんだな。……あぁ、なんてこった」
 イアリはそう言って額に手を当てる。そして、エレンの方を見ると悲しそうな顔をした。
「……お前も、その腕……」
「あぁ、まぁ色々あってな」
 気にするな、とエレンは肩を竦める。それより、とエレンはイアリの腕を引いた。
「歩き疲れただろ。中で休めよ」
「あ、あぁ、ありがとう」
 そうして三人は、家の中へと向かうのだった。

* * *

 エレンたちが住む家は、少し古いログハウスだ。誰も住んでおらず廃れていたものを買い取り、改修して住んでいる。当初の予定より同居人は増えたが、問題ないくらい家は大きかった。部屋もたくさんある。
「お邪魔します」
「どうぞ」
 リビングの壁際に“く”の字に置かれたソファに4人で座る。荷物を降ろしたイアリは肩をぐるぐると回した。
「重そうな荷物だな」
「野宿もするからな。これくらいは普通だよ」
 さて、とイアリは膝に手をつき真剣な顔をした。
「じゃあ、早速本題だ。よく聞いてくれ」
 その場に緊張感が走った。そしてイアリは怪談でも始めるかのように声を潜める。
「これは、噂でしかないんだが……」
「……?」
「人を生き返らせる神殿があるらしい」
 思わぬ言葉に、三人は彼が何を言っているのか分からなかった。
「……何だって?」
「だから、グレンさんを生き返らせられるかもしれない」
 それを聞いて、エレンは怪訝な顔をする。
「……嘘だろ」
「かもしれない」
「オイ」
「でも調べる価値はあると思うぜ?」
 眉唾のただの噂だ、とエレンは思った。他の二人もそうだ。だって。
「死人が生き返るんじゃ……そんなの」
「ただし、生き返らせられるのは三人で一人って話だ」
「……三人で?」
 ただただ都合のいい話ではないことに気付き、エレンはその話に僅かに興味を抱いた。
「……その神殿はどこに?」
「ここから南東、レストという村にある。冥界と繋がる場所だって聞いた」
「冥界……」
 それは死後、人間の魂が行くと云われている場所だ。そこでしばらくの間人の魂は時を過ごし、浄化されてまた人界へと転生するという。
『馬鹿な。神界と人界じゃねェんだぞ。そう簡単には繋がらねェ』
 エレボスがそう言う。エレンがそう言うと、イアリは首を振った。
「その辺のことは……俺も詳しくは知らねェ。そもそも本当かも分からねェしな。レストって村も、地図には載ってねェし……」
「そういう村がちゃんと載ってる方が問題だと思うけど……」
 アーガイルがそう言う。それはもっともだ。
「とにかく、この話には不明な点が多い。調査が必要だ。だが、希望のある話だろ? どうだ、乗るか」
「それは……」
「情報料は、俺がそこに同行することでいい。その“三人”に俺も協力する」
「その話、俺は乗った」
「!」
 突然声がして、玄関の方を向くといつの間にかフォレンが立っていた。
「兄さん!」
「グレンが生き返るって? そりゃ願ってもないことだ。眉唾だろうが少しでも可能性があるなら、俺は賭けたい」
 フォレンはとても嬉しそうだった。イアリの前まで彼は歩いて来ると、腰を曲げてにこりと笑った。
「やあイアリ君。久しぶりだね」
「ど、どうも」
「情報が必要だって? 実はいい店を知ってるんだ。案内しよう」
「今帰って来たところじゃ……?」
 エレンがそう言うと。フォレンは晴れやかな顔で振り向いた。
「こんな話聞いて、落ち着いていられないよ。さぁ、早速行こうじゃないか」
 フォレンはイアリの手を取って立ち上がらせる。
「君たちも来るでしょ?」
 フォレンはエレンとアーガイルに向かってウィンクする。二人は顔を見合わせ、そしてフォレンへと視線を戻すと笑みを浮かべた。
「勿論!」
「まぁ、調べてみるだけでも……」
「よし、決まりだ」
 ロレンもフォレンに半ば強引に手を引かれて外へ向かう。その後へ続くように、残りの三人も外へ向かうのだった。


#19 END


To be continued...
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