SHADOW

Ak!La

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第一章 エレメス・フィーアン

#17 因縁の果てに

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 激しい風が、地面のタイルを巻き上げる。それを影で弾きながら、竜巻のような渦の中心にいるカリサへ向かってグレンは突き進む。
『力の切り替え上手いな。一年も俺たちに気付かなかった奴とは思えねェ』
『あぁ。俺も驚いている……』
 ゼイアとアレスのそんな会話が聞こえる。グレンは高揚感に包まれていた。いつも以上に体が上手く動く。影の力も思うように扱える。
 グレンの左手に、影の槍が現れる。それを、カリサへとぶん投げる。高速で飛んで行ったそれは、風を切り裂きカリサを穿とうとする。
「!」
 間一髪のところで避けたカリサは、さらに風を強めた。
『今同時に使わなかったかコイツ』
『あり得ん……』
 闘の力と影の力を自在に操り、身を切り裂くような“風神”たる精霊の力もものともせず戦う己の宿主に、二人の精霊は驚愕した。
 カリサの姿が風になって消える。グレンの目の前に一瞬で現れ、上からのパンチを繰り出す。グレンは腕をクロスさせて防ぐ。骨が軋み、グレンは吹き飛ぶがその先で瓦礫の影に紛れて消えて行った。そしてカリサ自身の影から逆さに飛び出して顎に蹴りが入る。
「がっ……」
 風が僅かに弱まる。バク転して着地したグレンは、ぐらついているカリサに追撃する。地を蹴って飛び出したその時、ざくりとグレンの胸が袈裟懸けに斬れた。
「!」
「……油断したな」
 頭を持ち直したカリサが、突き出した右手の奥で笑う。
「………生憎、そんなに斬れてねェよ!」
「堅すぎだろ」
 それでも僅かに削がれた勢い。再び風となって高速移動してきたカリサがグレンの顔面へと拳を繰り出した。クリーンヒットしてグレンは頭から地面に叩きつけられる。その腹にさらにカリサは足を踏み下ろす。
「がはっ!」
「ほんとに頑丈で嫌になる……頭カチ割るつもりだったのに」
 ぐり、と足を捻る。グレンは咳き込むと共に血を吐き、顔をしかめる。
「離れろ」
「!」
 グレンの影から棘がいくつも伸びて、カリサを串刺しにしようと一点に収束する。下がって避けたカリサは、棘が影に引っ込みグレンが立ち上がる様を見る。
「……まじでいつになったら倒れんだよお前」
「お前もな」
 グレンが間合いを詰めようと動く。それと同時にカリサは手を伸ばしクロスさせる。
「“ウィンドバースト”」
「!」
 突風が押し寄せ、グレンは反射的に腕でガードするがピシピシと体が切れる。
「……ってェな」
「おいおい、切り刻めないってマジか」
 続けて繰り出されたのは巨大な風の刃だった。横へ躱すと、地面を切り裂きながら飛んで行った刃は背後の建物にぶち当たって大きく崩壊させた。
「そういうのは避けるんだから」
「避けるだろ普通」
 グレンの姿が地面に沈んで消えた。直後、背後に気配を感じたカリサは風を纏って大きく上へ飛んだ。
「逃がすか」
「!」
 地面から大きな影の手が伸びて来て、カリサの体を捉える。そのまま、ブンと地面へ彼の体を叩きつけた。
「ッ……くそ……」
 全身の軋みにカリサは呻く。影の手が自分を抑え込んでいる。身動きが取れない。
「そろそろ黙れよ。本当に俺に勝てると思ってたのかよ」
 グレンが上から見下した目をしてくる。カリサは片頬で笑った。
「……上から目線、やめろよ。ムカつくんだよ。お前は俺たちのリーダーだったが、俺は認めちゃいないんだ。……俺が集めた仲間だ。それを……」
「お前らが俺に喧嘩売ってきたんだろ。だから返り討ちにした。俺が勝ったら仲間になる。そういう約束だっただろ」
「お前が勝手に決めたんだ! 俺は一度だって納得したことはない!」
 血を吐きながらカリサは叫ぶ。グレンは目を細めた。カリサは続ける。
「それに……お前は俺の両親を殺した仇だった! 俺が賞金稼ぎになって一番殺したかった相手だ! そんな奴の……下に、一時的にでもいたことが許せない! ……気に食わないなら最初からこうしておけば良かったんだ。お前を……さっさと」
 カリサは目を瞑る。悔しさを噛みしめるように、ギリ、と歯を食いしばる。
「どんな手を使ってでも、お前を殺しておくべきだった」
 ドス、と背中に感触があった。グレンは一瞬何が起こったのか分からなかった。そして、はっとして振り向く。そこには、目の前で抑えつけられているはずのカリサがいた。手に影の短剣を握っている。そして、その姿と短剣はぼろぼろと、影になって消えていく。
「な……」
 力が抜ける。自身の中でゼイアとアレスが叫んでいるような気がしたが、ぼやけてよく分からない。気が付くと空を仰いでいた。背中に感じる冷たい地面と生暖かい感触。
「……気が抜けてるぞグレン。はは、ははは。影の力は嫌いだが、使えるものは使うさ」
 上からカリサが覗き込んでくる。血まみれの顔の中で、目の色がいつの間にかいつもの紫に戻っていた。風が止んで空気が凪いでいた。
「なん……」
 思うように声が出なかった。ああ。死ぬのか。そう直感した。
「呆気ない終わりだな。……拍子抜けだ。詰めが甘いんだよ。俺を拘束してすぐ殺しておけばいいものを……」
「…………」
 息が苦しい。どこを刺されたのかと胸に手を当てる。べったりと赤い血がつく。それを見て、カリサがにやりと笑う。
「心臓だ。助からない。ああ、本当に気分がいい。……でもそうだな、まだ少し物足りないな。とりあえずもう少し刻むか。心配するなよ。弟たちも一緒だ。末弟は俺があとで殺しといてやるよ。楽しみにしとけ」
「!……やめろ……」
 起き上がろうとしたグレンを、反射的にカリサは踏みつける。
「驚いた。まだそんな力が……もう一回くらい刺しといた方がいい? いや、切り刻めばさすがに死ぬか」
 カリサは右手をグレンへとかざした。
「じゃあねグレン。跡形もなく消えてなくなれ」
 その時だった。突如、カリサの側頭から血が噴き出した。グレンのぼやけていた頭が途端にクリアになった。何が起こったのか分からなかった。
 糸の切れた人形のように、血と同じ方向にカリサは倒れた。グレンはそれと反対の方を見遣った。何者かの介入があったことは理解した。遥か高いビルの屋上に、人影があるのをグレンは認めた。それが誰かは分からないが────────感じたのは、安堵と落胆だった。
「────────余計なことしやがって」

* * *

 その光景を見て、エレンは絶望した。
 アーガイルと共にエルザをなんとかねじ伏せ、やって来た先で見たのは硝煙の上がる狙撃銃を構えたエルランだった。付近でケレンが血を流しながら座り込んでいる。状況の全てに怒りが湧いて、エレンはエルランへと掴みかかった。
「てめェ!」
「……ッ! 待って。グレンのことはやってない……でも、手遅れだ」
「!」
 エレンはエルランを地面に投げ捨て、屋上の縁から身を乗り出した。広場の中心で、カリサと兄が倒れているのが見えた。
「………アル! ケレンを頼む!」
「うん」
 縁に足を掛け、ポーチからゴーグルを取り出したエレンはそれを装着すると、躊躇いなくそこから飛び降りた。影の翼を出し、グライダーのように広場へと滑空してい行く。
「……やれやれ」
 エルランは体を起こして地面に座ると、ケレンを介抱しているアーガイルに向かって言った。
「心配しないで。足を撃っただけだ。自分の力の使い過ぎで動けなくなってる」
「…………」
 アーガイルはエルランの方を一瞥しただけで、ケレンの足の状態を見る。応急処置を始めた彼に向かって、エルランはため息を吐いて問うた。
「……エルザは?」
「殺してない。縛って置いて来た」
「へぇ。優しいんだ。ありがとうね」
「……礼を言われる筋合いはないだろ。………それで、僕たちを捕まえる?」
「いや。今回の任務は完了だ。僕一人じゃ君とはやり合えないしね。また逃がすのはそりゃ残念だけど、今日は君たちのことはそれほど重要じゃない」
 エルランはそう言って笑う。アーガイルはムッとする。置かれた狙撃銃をチラリと見て、彼はさらに口を開く。
「あんたは戦えないんだと思ってた」
「戦えるのと狙撃が出来るのは違う。……近づかれたら僕はほとんど無力だ。拳銃くらいは持ってるけど、君たちはそんなのじゃ相手にならないだろう? ……ま、元軍人だからそれなりの訓練は受けてるけどね」
 エルランはそして、思い出したようにアーガイルの顔を見た。
「……そういや。君のお父さんって……」
「その話はするな」
 ぎゅ、と目を細めて睨むアーガイルに、エルランは肩を竦めた。
「──────そういう感じ、改めて見るとやっぱり似てるな」
「うるさいな。何が言いたいんだ」
「いや? ただ軍の中枢にいるあの人が、どうして君を放置してるんだろうって気になっただけさ。自分の評判を落としかねないのに」
「それくらい歯牙にもかけてないってことだよ。……関係ないだろあんたに」
「まぁね。それにしたって、軍人の息子が堂々と泥棒やってるなんて、不思議な世の中だね」
 アーガイルは心底不愉快な顔をしながら、ケレンを支えて立ち上がる。
「勝手に言ってなよ。僕と父さんは関係ない。僕はエレンを追う。あんたも相棒を回収して帰りなよ」
「そうだね。そうしよう」
 エルランはそう言って、立ち上がる。踵を返して立ち去る二人を見送り、そして仕事をしたばかりの狙撃銃と、広場の方を見た。
「────────ごめんね」

* * *

「兄貴!」
 エレンが駆け付けた時、グレンはまだ僅かに息をしていた。カリサは既に事切れているようだった。
 兄の体を片腕と膝で抱き起し、エレンは呼びかける。
「おい! 起きろって……」
 助け起こした手に血がべっとりついて絶句する。胸を刺されているのを見て、頭が真っ白になる。ただでさえ重症だが、それが致命傷になったことは目に見えて明らかだった。
「……エレン……? 無事だったか……」
「俺はな! 何やってんだよお前! ……もうすぐケレンが……」
「無駄だ……もう助からねェよ」
「は⁉ 何言ってんだよ、しっかりしろ!」
「………お前……腕どうした……」
「そんなこたどうでもいいんだよ!」
 視界が滲んでくる。焦燥が思考を搔き乱す。そんな中でグレンは笑う。
「……あぁ……カフィと……やったって聞いたから。……そうか、無事なら、よかった」
「ケレンも無事だよなんとかな! でも……」
 右腕を影で作り、胸の傷に当てる。それが無駄だと分かっていても、そうせずにはいられなかった。

「死ぬな! 死ぬなよ! なぁ!」
 エレンはただそう繰り返すことしか出来なかった。グレンはほとんど目を閉じて、穏やかに笑っていた。
「……ごめんなエレン。俺のせいで」
「兄貴……」
「全部俺のせいだ。……だから報いだ。俺は……受け入れる」
「受け入れられるか! これからどうすれば……」
「お前なら大丈夫だ。お前には……ちゃんと味方も、いるし」
 はあ、とグレンは死したカリサの方を見た。
「俺みたいには、なるなよ」
 ずし、と重みが増すのを感じた。グレンの手から、体から力が抜けた。エレンは首を振った。現実を受け入れられなかった。
 兄の体を抱き寄せて泣く。足音が近づいて来る。もつれるような足音がさらに近づいてきて、自分の隣で跪いた。顔を上げると、ケレンだった。目が合うと、彼は自分に抱き着いて来る。泣き出す弟を抱き寄せて背中を撫でながら、少し冷静になる。
 背後にアーガイルが立っている。肩に手を置かれて応えるように振り向いて、そして視線を戻すと共にアーガイルも屈んで寄り添ってくれた。
 徐々に冷たくなる体。それでも自分の周りには、変わらぬ温もりがあった。
 

#17 END


To be continued...
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