SHADOW

Ak!La

文字の大きさ
上 下
16 / 61
第一章 エレメス・フィーアン

#16 千里眼

しおりを挟む
 双眼鏡を手に、エルザは高いビルの屋上からその惨状を見ていた。影を纏いながら戦う二人の姿を認め、双眼鏡を降ろして眉をひそめる。
「……本当に人間かあいつら……」
「世の中信じられないような怪物はいる。伝説にもたくさん残ってるし……」
「伝説だろ」
「軍の上層部なんかは、そういうのばかりだよ」
「────────お前も?」
 エルザはそう言って振り向く。見慣れない恰好をしたエルランが、陰鬱な顔をして立っていた。
「…………僕は伝説なんかじゃない。ただの人殺しだ」
「────────」
 グレーと紺のコートに、迷彩柄のバンダナ。そしてその背にはケースに入った狙撃銃を背負っている。彼のそういう姿をエルザは初めて見た。彼がそういう者であったことも初めて知った。
「……何で黙ってた? 元軍人だって」
「わざわざ言うことじゃない。それに、僕はこの自分を忘れたかった」
 エルランは大きなため息を吐いて、エルザの隣に歩いて来る。
「物心ついた時から僕は軍の養成所にいた。戦争で戦うための兵を育てる施設だ。今はもう無いけど────────そういう施設で育って、僕はそういう人間として育ってきたんだ」
「……ってことは……」
「僕の父さんは養父だし、実の父じゃない。誕生日だって分からない。だから、ここに来た時に君と同じ誕生日ってことにした」
 実の年齢も正確には分からない。名前は養成所にいた時からあったが、誰がつけたのかも知らない。
「国立探偵に移籍したのは、父の誘いがあったからだよ。とても感謝してるんだ。僕はもう────誰かを殺すのは嫌だったし」
「エルラン……」
「引いた?」
 エルランはそう言って、エルザに向かって笑った。自嘲気味なその笑みを、エルザは真剣な顔で見返して首を振る。
「いや。お前はお前だよ」
「……そっか。ありがとう」
 笑みが安心したようなものに変わったのを見て、エルザも微笑んだ。
「それにしても、そういうことなら長官も人が悪いな」
「仕方ないよ。この規模なら軍が出て来てもおかしくないけど、カリサはうちの隊員だ。探偵の尻ぬぐいを軍にさせたくないんでしょ」
「だが……」
「それに、これは僕の甘さが招いたことだ。カリサを深く詰めなかった。少しでも怪しいと思った時に、心を読んででも彼を監視しておくべきだった」
 破壊された街を、エルランは見つめた。風が彼の前髪をさらう。
 責任を感じている。止められたはずだった。兆候はあった。でも、身内を疑うことをエルランはしたくなかった。ただそれだけだ。
「……過ぎたことを悔いても仕方ないね。今は任務を片付けないと」
「撃てるのか? この距離で」
「問題ない。……ただ、隙がないな」
 エルランは目を細めた。高速で動く二人が豆粒のような大きさで見えている。これでは狙えない。
「一度外したら警戒される。慎重に機を伺うよ」
「そうだな」
「僕は移動する。もう少し狙いやすい場所へ……」
 そう言って、エルランが踵を返そうとした時、エルザは不意に気配を感じて刀を抜いた。
「!」
 キィン! と金属音が鳴り響く。襲撃者はそのまま弾かれるように後ろへ宙返りして跳んだ。着地したその姿を見て、エルザは目を眇めた。
「お前……どうしてここに……」
「あの広場が一番よく見えるのはここだろ。そっちこそ何してる」
 棒を構えたエレンがそう唸るように言う。その様を見て、エルザは眉を上げる。
「……その腕……やっぱりお前か」
「────探偵は仕事が早いな」
 言わんとしていることを察して、エレンは顔を曇らせる。エルランはそれに対して眉をひそめた。
「君が殺しをするだなんて思わなかったよ、エレン・レオノール。僕たちのこともやる気かい」
「…………必要ならな。だが好きでやったわけじゃない」
「そう」
 エルランは肩の狙撃銃のベルトをかけなおし、サングラスの奥で目を細めた。
「僕はこれからカリサ・エマルと君の兄を射殺する」
「……なんだと?」
「当然止めるよね。……エルザ。頼めるかい」
「勿論だ」
「!」
 エルランがその場を離れようとしたのに反応して、エレンは飛び出そうとする。が、無論それを塞ぐようにエルザが立ちはだかる。
「……片腕で俺とやるつもりか? 黒影」
「ここで諦めるわけに行くかよ」
「フン。お前は逃げてばかりの腰抜けだと思ってたが」
「不要な戦いはしないだけだ!」
 エレンが跳ぶ。振られた棒を刀で受け止め、エルザは背後に向かって叫ぶ。
「さっさと終わらせろエルラン!」
「分かってるよ。ここは任せた」
 頷いたエルランは足早にその場を離れた。
「待てッ!」
「邪魔はさせねェよ!」
 片腕のエレンを弾く。その弾かれた勢いのまま繰り出された裏の突きを躱し、素早く間合いを詰めるとエルザは柄でエレンの手を強く打った。
「!」
 カランと棒が地面に落ちる。その隙に、エルザは左手でエレンの首根っこを捉えると地面に叩きつけるように抑え込む。
「ッ……!」
「そのナリでどうにか出来ると思ったのか。随分とナメられたもんだな」
 逆手に持った刀をエレンのうなじに突きつけた。うつ伏せになって動けないエレンは、僅かに首を捻ってエルザの方を睨む。
「……離せッ……」
「殺しはしない。このまま逮捕する。ったく、こんな風に幕引きするだなんて思いもしなかったが……」
 と、はたとエルザはあることに気が付いた。
「────────相棒はどうした?」
 背筋がゾクリとした。反射的にエルザは振り返って刀を振った。手応えがあったが姿は見えなかった。光の粒子が目の前をチラつく。
「ったく、何がここに隠れてろだ。あっという間にピンチになっちゃってさ」
「……悪い」
「!」
 声に振り向くと、足元にいたはずのエレンの姿はなく、少し離れたところにアーガイルと共に支えられるようにして立っていた。
「………瞬光……」
「どうも。やれやれ、仕事以外で探偵と関わることになると思わなかった……まともにやり合うなんて僕ららしくない。でも、仕方ないよね」
 アーガイルは首を傾けてエレンの方を見た。体を払ったエレンはアーガイルに視線を返すと頷いた。
「……悪いな」
「今さら謝らないでよ。それ以上謝ったら僕は君を囮にして逃げる」
「そんな薄情じゃないだろお前……」
「そうだ。だからここにいる」
 片手で短剣をくるくると回し、宙に投げてそれをパシ、と受け止める。そしてアーガイルはにやりと笑った。
「悪いけど、そこを通してもらうよ」
「……二対一か。仕方ない」
 エルザは構える。エレンは影で落ちていた棒を投げて寄越して回収した。そして、左手を前に出すと右肩からそれに合わせるように影の腕が生えた。影の手を握ったり開いたりしているのを見て、アーガイルは眉を上げた。
「出来るんじゃん、そういうこと」
「お前がいるからだ。一人だと余裕がなかった。上手く扱えるか自信がなくて」
「へぇ。そう」
 アーガイルはニヤと笑う。そして二人は背中を合わせるようにエルザに向かって構える。
「卑怯とか言わないでよ」
「言うかよ。逃げ足ばかり早いコソ泥が。二人まとめて逮捕してやる、今度こそ」
「僕らも随分ナメられたものじゃない? エレン」
「……煽るな。煽ってる暇があったらさっさと倒すぞ」
 エレンの言葉に、アーガイルは肩を竦めた。
「それもそうだね」
「殺すなよ」
「了解」
「……フン」
 エルザは鼻で笑うと、刀を振る。すると彼の背後からぐるりと、三人を囲うように炎の壁が現れた。
「逃がしもしねェし、通しもしねェ。因縁にカタがつくなら望むところだ」

* * *

 少し離れたところから、戦う音が聞こえる。エルザたちが戦闘を開始したのだとエルランは思った。そして自分は眼下に広がる街の広場に目を遣る。さきほどの位置よりも、カリサとグレンの様子がよく見える。遮蔽物もない。動きさえ鈍れば問題なく撃てるだろう。
 エルランはかつて軍では随一の腕を持つ狙撃手だった。幾度も戦場に赴いては、遠距離から敵を撃ち抜いた。後方支援のプロフェッショナル。どれだけ離れていようが、どんな環境だろうが確実に撃ち抜いて見せた。ゆえに、ついたあだ名は“千里眼”。どこまでも見通すその目は、幾多の死を目の当たりにしてきた。
(……もう手にすることはないと思ってたんだけど)
 狙撃銃のケースを降ろしながら、エルランはため息を吐く。半生以上を軍人として生きたが、今のこの探偵である自分こそが自分だと思っていた。血生臭い世界は嫌いだった。力の制御があまり出来なかった頃、自身に流れ込む憎悪と恐怖の感情が恐ろしかった。
 だから、今でもあまり人の心を読みたくない。必要な時にしか。
 エルザが本当は自分をどう思っているのか、読めばそれは簡単に分かる。でも怖い。それに、「お前はお前だ」とそう言ってくれたエルザのことを信用したかった。
(……エルザが一人で戦ってくれてる。僕も頑張らないと)
 両手で自身の頬を叩いて鼓舞する。今だけ。今だけ忘れていた自分を引き出そう。
 そう思って縁に立てかけたケースを倒そうと手を掛けた時、背後に気配を感じて振り向いた。
「……驚いた。まだ刺客がいたなんて」
 先ほど見たのと同じ色をした青い瞳。眼鏡越しのその眼光に、エルランは言い知れぬ気迫を感じた。

「ケレン・レオノールか。黒影の……そしてグレン・レオノールの弟。君も僕の邪魔をしに?」
「……はい」
 僅かな迷いの後に発された短い返答。エルランはまたため息を吐く。
「君は堅気の人間だろう。まともに生きてる。兄たちとは違ってね。……ここで僕に手を出せば、君も犯罪者の仲間入りだ。それでもいいのかな?」
「僕の兄が殺されると聞いて、黙っていられますか」
「犯罪者だ。この街の惨状を見てよ。君のお兄さんは……怪物だ」
「兄は僕を守ってくれた。そのために今戦ってる。だから、僕が見捨てるわけにはいかないんです」
「……覚悟は決まってるって顔だね。大人しそうな人だと思ってマークしてなかったけど、見当違いだったか」
 ケレンの周りの影が揺らめいている。それを見てエルランは眉をひそめる。
「………本気で戦うつもり?」
「話したって済むことじゃないでしょう?」
「そうだね……上官命令なもので。二人を殺すことは確定だ」
 ケレンの足元から、影が盛り上がった。それがエルランに届くよりも前に、銃弾がケレンの右足首を撃ち抜いた。
「ッ! ……グッ……!」
 その場に倒れ込むケレン。エルランは硝煙の上がっている拳銃を降ろした。
「無駄だよ。僕の方が速い。大人しくそこで見ててくれないか。あまり傷つけたくない」
 唇を噛み、涙を堪えた目でケレンはこちらを睨んでくる。それだけで、彼が戦いに慣れていないことは見て取れた。立ち上がろうとするが、痛みに負けて無理なようだった。
「……ダメ……」
「そう言われてもね」
 そう答えた時、ゾワリとした感覚を覚え、エルランは身構えた。
「何だ……」
 ケレンの胸から光が飛び出した。それは高速でエルランの方へ飛んで来ると、人の形を取る。
「!」
 薙ぎ払われた杖を躱す。転がった時にどこかの筋がビキと悲鳴を上げた。体の鈍りにエルランは、地に膝をついたまま片頬で笑う。
「……精霊か」
「ケレン殿とその一族を守るのが私の役目……仇為す者に容赦はせぬ」
 シャン、と杖がこちらに突きつけられる。フェールの険しい目を見て、エルランは笑う。
「……はは。強がってるけど、結構限界でしょ君の宿主は」
「そなたをねじ伏せるのにそう時間は取らぬ」
「参ったな。まともな戦闘は得意じゃないんだけど」
 立ち上がったエルランは体を手で払い、そして拳銃を構えて不敵に笑った。
「簡単にやられるほどヤワでもないんだ」
「強がりを」
「強がってるのはそっちだろ」
 ケレンの方を見る。目に見えてしんどそうだ。精霊の顕現に宿主の体力を消費することは知っている。そう長くは保たないだろう。
「宿主を守りたいならすっこんでなよ」
 引き金を引く。同時に、フェールの体は影になって弾け、そしてエルランへと襲いかかってきた。


#16 END


To be continued...
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

父親が再婚したことで地獄の日々が始まってしまいましたが……ある日その状況は一変しました。

四季
恋愛
父親が再婚したことで地獄の日々が始まってしまいましたが……ある日その状況は一変しました。

ちょっと大人な体験談はこちらです

神崎未緒里
恋愛
本当にあった!?かもしれない ちょっと大人な体験談です。 日常に突然訪れる刺激的な体験。 少し非日常を覗いてみませんか? あなたにもこんな瞬間が訪れるかもしれませんよ? ※本作品ではPixai.artで作成した生成AI画像ならびに  Pixabay並びにUnsplshのロイヤリティフリーの画像を使用しています。 ※不定期更新です。 ※文章中の人物名・地名・年代・建物名・商品名・設定などはすべて架空のものです。

百合ランジェリーカフェにようこそ!

楠富 つかさ
青春
 主人公、下条藍はバイトを探すちょっと胸が大きい普通の女子大生。ある日、同じサークルの先輩からバイト先を紹介してもらうのだが、そこは男子禁制のカフェ併設ランジェリーショップで!?  ちょっとハレンチなお仕事カフェライフ、始まります!! ※この物語はフィクションであり実在の人物・団体・法律とは一切関係ありません。 表紙画像はAIイラストです。下着が生成できないのでビキニで代用しています。

友達の母親が俺の目の前で下着姿に…

じゅ〜ん
エッセイ・ノンフィクション
とあるオッサンの青春実話です

ドマゾネスの掟 ~ドMな褐色少女は僕に責められたがっている~

ファンタジー
探検家の主人公は伝説の部族ドマゾネスを探すために密林の奥へ進むが道に迷ってしまう。 そんな彼をドマゾネスの少女カリナが発見してドマゾネスの村に連れていく。 そして、目覚めた彼はドマゾネスたちから歓迎され、子種を求められるのだった。

特殊部隊の俺が転生すると、目の前で絶世の美人母娘が犯されそうで助けたら、とんでもないヤンデレ貴族だった

なるとし
ファンタジー
 鷹取晴翔(たかとりはると)は陸上自衛隊のとある特殊部隊に所属している。だが、ある日、訓練の途中、不慮の事故に遭い、異世界に転生することとなる。  特殊部隊で使っていた武器や防具などを召喚できる特殊能力を謎の存在から授かり、目を開けたら、絶世の美女とも呼ばれる母娘が男たちによって犯されそうになっていた。  武装状態の鷹取晴翔は、持ち前の優秀な身体能力と武器を使い、その母娘と敷地にいる使用人たちを救う。  だけど、その母と娘二人は、    とおおおおんでもないヤンデレだった…… 第3回次世代ファンタジーカップに出すために一部を修正して投稿したものです。

セクスカリバーをヌキました!

ファンタジー
とある世界の森の奥地に真の勇者だけに抜けると言い伝えられている聖剣「セクスカリバー」が岩に刺さって存在していた。 国一番の剣士の少女ステラはセクスカリバーを抜くことに成功するが、セクスカリバーはステラの膣を鞘代わりにして収まってしまう。 ステラはセクスカリバーを抜けないまま武闘会に出場して……

スライム10,000体討伐から始まるハーレム生活

昼寝部
ファンタジー
 この世界は12歳になったら神からスキルを授かることができ、俺も12歳になった時にスキルを授かった。  しかし、俺のスキルは【@&¥#%】と正しく表記されず、役に立たないスキルということが判明した。  そんな中、両親を亡くした俺は妹に不自由のない生活を送ってもらうため、冒険者として活動を始める。  しかし、【@&¥#%】というスキルでは強いモンスターを討伐することができず、3年間冒険者をしてもスライムしか倒せなかった。  そんなある日、俺がスライムを10,000体討伐した瞬間、スキル【@&¥#%】がチートスキルへと変化して……。  これは、ある日突然、最強の冒険者となった主人公が、今まで『スライムしか倒せないゴミ』とバカにしてきた奴らに“ざまぁ”し、美少女たちと幸せな日々を過ごす物語。

処理中です...