SHADOW

Ak!La

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第一章 エレメス・フィーアン

#6 天下無敵の大泥棒

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「感動的だ……資料で見た姿そのままが目の前にあるなんて」
「……お前、エルランとこの班か」
「知ってるの? へぇ。そうだよ」
 エレンの言葉に、ニヤリと笑うカリサ。
「だから君たちを捕まえる。安心しなよ、殺しはしない」
「お前の点数稼ぎに俺たちは使われるってことだな」
「まぁそうなるね。探偵業も楽じゃなくて」
 不気味な笑みを残して、カリサの姿が消えた。風が吹く。
「だからまぁ、大人しくお縄についてほしい」
「!」
 耳元で声がしてゾクリとした。二人の間、すぐ背後にカリサがいる。二人同時に振り向いて攻撃した。そのどちらも空を切る。視界にカリサは映らない。
「遅い、遅いよ」
「!」
 また背後で声がする。反射で振り返ったエレンを強烈な蹴りが襲う。
「エレン!」
「……ってぇ……」
 壁まで吹っ飛んでエレンは呻く。辛うじて腕で受けたがその腕が激しく痛む。吐き気がする。確実に折れている。
「……クソが…。っ!」
 目の前にカリサが飛んでくる。体を捩り、なんとか横へ転がり退避する。さっきまでいた壁をカリサの拳が穿つ。ビキビキと音を立てて壁にヒビが入った。
「馬鹿力め……」
 一体細身の体のどこにそんなパワーがあるのか。とにかくあんなものをまともに食らったら確実に死ぬ。
「さっきまでの威勢はどうしたんだ?」
 目を細めて笑うカリサ。その表情はとても正義を背負う探偵のものには見えない。目の前にいるのは、ただの血に飢えた殺人者だ。
「バケモンが……」
 カリサの背後に光を纏ったアーガイルが現れる。が、その体がブン、とあらぬ方向へ引っ張られる。
「⁉」
 カリサの足元から伸びた影が、アーガイルの足を捉えている。そのまま床に彼は叩きつけられた。
「ぐあっ!」
「影の力……? 風の守護者じゃないのか!」
「こっちはそんなに得意じゃないけどね。これくらいは出来る」
 そのまま影がアーガイルを逆さに持ち上げる。影が伸びてその体を締め付ける。「ぐっ……あッ……!」
「やめろ!」
 エレンは力を振り絞ってカリサへと飛び掛かる。軽く片手で捌かれ、腹に突きを一発食らう。
「がっ!」
 蛇のようにカリサの手が遅い来る。首を捉えられ、壁に押し付けられた。その代わりにアーガイルの拘束が解けて落ちる。
「かっ…は……」
「……だめだな。集中しないと解けるか。まぁいい、君から片付けよう」
「!」
 ぶわっと激しい風が足元から巻き起こる。次の瞬間、エレンの体を風の斬撃が襲った。胸を中心にX字に斬れる。壁にまで亀裂が入った。

「エレン…! ぐっ……」
「ぐあっ……」
 手を離され、壁際に沈み込む。動けない。痛みのせい、というよりは恐怖によるものだった。正直敵う気がしなかった。これでも遊ばれている気がした。彼は「殺しはしない」と言った。その気ならばおそらく、自分たち二人をすぐにでも彼は始末できる。
(考えてみりゃ、俺兄貴にも一発も入れられたことねーしな……)
 エレメス・フィーアンと呼ばれた、四人の賞金稼ぎの一人。やはり強い。だが……だが。
「……アル。合わせろ、ちゃんと……」
「僕に命令しないで」
 壁に寄りかかりながら立ち上がる。棒を握りなおす。
「まだ立てるんだ。やめといたらいいのに」
「俺たちの逃げ足をナメるなよ……」
「それ自慢げに言うこと?」
 と、何かを感じたカリサは突然飛び退く。エレンは笑う。
「……やっぱ影の守護者同士だと分かるか」
「今、俺の影に入り込んで来たよね?」
「縛れねェか、そう簡単には」
 カリサ越しにアーガイルに視線を送った。それだけで十分だ。
 気合を入れる。痛みを忘れる。強く踏み込み、カリサへ跳ぶ。空中で頭へ向けて棒を叩きこむ。カリサの左手がそれを受け止める。棒を基軸にエレンは逆さに回るとカリサの背後に回った。
「⁉」
 棒ごと引っ張られてカリサは後ろにバランスを崩す。手を離してもすぐには元に戻れない。そして棒でエレンはその足を払う。完全に体が宙に浮く。その上にアーガイルが現れ、踵を落とす。光速の攻撃がカリサを床に叩きつける。さらに頭上に光の槍を生成すると、落とす。
「クソどもがっ」
 ほとんどダメージを感じていないようなカリサは、転がって避ける。槍は床を穿つ。起き上がったカリサは体が動かないことに気が付く。
「! しまっ……」
 そばに立つエレンと影が繋がっている。しかし、普通に影が繋がる距離ではないはずだった。異様に長い。そしてハッとする。さっき、その反対にあったのは。
「槍を光源にしたのか!」
「気付いても遅いよ」
 光の粒子と共に飛んで来たアーガイルの蹴りがカリサの側頭部を打つ。ぐらりと体が傾く。さすがに効いたか。
 エレンは影縛りを解くと、王座の間奥の一面ガラスになった壁へと走り出す。
「アル! 行くぞ!」
「分かってる!」
「……馬鹿め……それは防弾ガラス……」
 頭を抑えたカリサはふらつきながら呟く。
 瞬間移動でエレンに追いついたアーガイルの手に、光球が現れる。
「─────“閃光大砲ライトニング・カノン”‼」
 弾丸よりも遥かに速い、太い光線がガラスを貫いた。その穴からエレンとアーガイルは外へと飛び出す。
「……待てッ!」
 カリサはなんとか窓に向かって駆け寄る。ここは三階だ。下には屋根もない。飛び降りたところで……と思った矢先、エレンの腰元から黒い翼が生え、アーガイルを抱えて滑空していった。外の警備兵たちが割れたガラスに気づいて見上げているが、どうにも出来ない。発砲音が聞こえるが夜なのもあってきっと当たらない。
「……なるほどね、さすがの逃げ足だ」
 ぐらぐらする頭を抑えながら、カリサは呟く。
「─────追わないのか?」
 カリサの背後から声がする。振り向くと、白いコートの仮面の男が立っていた。
「……どうやってここへ?」
「容易いことだ」
 コートには返り血がついている。なるほどね、とカリサは目を細めた。
「……追わなくていい。どうせ俺のところに戻って来るんだから。ここで仕留められなかったのは残念だけど……」
「本当に戻ってくるのか?」
「兄貴を見捨てられるほど薄情じゃないだろ。そう宣言もしていったことだしな」
 そう言ってカリサは彼らが消えて行った夜空へ目を向ける。
「戻るぞ。お前はさっさと退避しろ。探偵に見られたら面倒だ」
「……そうだな。邪魔をした」
「本当に何しに来たんだ……」
 はぁ、とため息を吐いてカリサは歩き出す。それを見送った白コートの男は陽炎のように揺らめいて消えて行った。

* * *

 夜の冷たい空気に冷やされたコンクリートが、エレンたちに体温を感じさせた。生きていることを実感して、大きく息を吐く。落ち着いて来ると、忘れていた痛みが戻って来る。
「……死ぬかと思った……」
 エレンの隣で、アーガイルが息を吐き出す。ボロボロだな、と思うが自分も人のことは言えなかった。
 ここは王城から少し離れた路地。ひと気もなく安心して休める。
「お前のお陰で助かったよ。よく俺の意図が分かったな」
「君の考えてることなんか手に取るように分かるよ。何年一緒にいると思ってるんだ」
「はは……そうか」
 二人は幼馴染だ。家が隣だった。同じ村で育った。エレンたちを一人で育てていた母が病死して孤児院に入るまでの九年間、そして孤児院を出てから泥棒をやめるまでの五年間。ずっと一緒だった。
「……元気にしてたのか」
「してたよ。見れば分かるでしょ」
「本当に……強くなったなお前。こんなに戦えるとは思わなかった」
 だからこそ助かった。彼の力がなければ逃げきれなかったかもしれない。
「君こそ何してたの。鈍ったりしてる感じはなかったけど」
「兄貴の手伝い。賞金稼ぎの……」
「ふーん。君の力、拘束とか得意だもんね」
「なんか棘ある言い方だな……」
 やれやれと息を吐く。で、とアーガイルは壁にもたれて天を仰ぐ。
「グレンさんが捕まってるって?」
「あぁ……助けに行かねェと」
「折角逃げられたのに?」 
 アーガイルがこちらを見る。バカじゃないの、と顔に書いてある。
「ほっとくわけにはいかねェだろ……」
「グレンさんの方が倍以上強いでしょ。僕ら全然あいつに歯が立たなかったのに……次は殺されるかもよ」
「全然効いてない感じだったもんな……」
 動きを鈍らせることは出来たが一時的だ。今回は彼がこちらを殺す気がなかったから助かった。でなければ、きっと瞬殺される。
「というかそもそも、ここまでの経緯を一旦ちゃんと話してくれない?」
「あぁ……そうだな」
 エレンはどうしてこの街に来たのか、カリサに捕まってアーガイルを止めにここへ現れた経緯を簡単に説明した。
「なるほどね。グレンさんとあいつのいざこざに巻き込まれたって感じか」
「そうなるな。お前に会えるとは思ってなかったが」
「あいつは……あのエルランとこの班なんだって? 今日顔を合わせなくてよかったけど」
「あいつらの方がマシだろ」
「それはそうかも……」
 エルランと、その相棒エルザ。エレン達の宿敵である探偵だ。カリサとはまた別の出会いたくなさがある。
「……結局手に入れられなかったな……」
「諦めろ。さっさと引退しろ」
「────仕方ないな。まぁ、いいか……それよりやるべきことがありそうだし」
 アーガイルは立ち上がる。エレンは彼を見上げる。
「何だよ」
「グレンさん助けに行くんだろ。僕も手伝ってやるって言ってんの」
「え」
「だって君、どうせ一人でも行くんでしょ。放っておけないよ」
 そう言うアーガイルに、エレンは思わず立ち上がる。
「本当に? 手伝ってくれるのか」
「やめてよ水臭い。……久しぶりに共闘して、やっぱり悪くないと思ったんだよ」
 言ってから、アーガイルは照れ臭そうにした。エレンは笑う。
「ありがとう、心強いよ」
「宝を盗み出すよりスリリングで楽しそうだ。そうでしょ」
「そうだ。俺たちはカリサから兄貴を
「僕ら二人で盗めないものはない」
 不敵に笑うアーガイル。二人は自然と手をガシリと組んだ。
「じゃあ俺たち、再結成だ」
「うん。必ず助け出そう」
 二人で笑い合ってから、体の痛みを思い出す。
「……その前に手当しないとな」
「そうだね……とは言えどうしよう。兄さんの所は遠いしな」
 兄さん────というのは、アーガイルの兄だ。彼は二人の影の協力者だ。闇医者で発明家。偏屈な人だが頼りになる。だがエレメスからは遠いところに住んでいる。
「俺の弟を頼ろう。エレメスの病院で働いてんだ」
「あぁ……そうなんだ。正規の医者ってのは少し気が引けるけど」
「身内だから大丈夫だ。心配するな。早く行こう」
 そして二人は闇夜の中を歩き出した。一度消えたはずの天下無敵と謳われた大泥棒たちは、ここに静かに復活したのだった。


#6 END


To be continued...
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