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第一章 エレメス・フィーアン
#5 SHADOW&LIGHT(後編)
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─────少し時は遡り─────
エレメス城、王座の間にて。セシリア王国54代王女、ルファイン・テフィリス・セシルは“天の雫”を手に玉座に座っていた。
“天の雫”─────それは音に聞く伝説の英雄王、アルファイリアの時代から伝わるという王家の宝。澄んだ青色の雫型の宝石。それは英雄王アルファイリアが、隣国リーネンスの領地をセシリアに統合させた戦争の終結の折に、我が国の守護竜アテリスから授かったと謂われているものだ。もっとも、近年守護竜の姿はこの王城にはない。かつてはセントラル・セントラスにあった王城で暮らしていたらしいが、いつの時代からか、かの竜はセシリア史から姿を消した。他の国にも現在、守護竜の姿はない。伝え聞く守護竜は国のある限り生き続けるというので、存在が確かならばどこかで生きてはいるのだろうが……。
そんな伝説の一部である宝は、古く頑丈な木の箱に納められている。これは王家の安寧と国の平和を願って授けられたものだ。易々と賊に渡すわけにはいかない。
「……ルファイン様。やはり宝は兵どもに任せてお下がりを。危険です」
「いいえ、フォセ。この宝は私が守るべきなのです」
傍らに立つ老年の護衛官に、ルファインはそう告げた。箱を抱える手に力が籠る。
「私とて勇猛たる英雄王の血を引く身……賊一人に恐れをなして縮こまっているわけには参りません」
「しかし……御身こそセシリアの宝、何かあっては……」
「誇りを失った王家に価値はありません。政治を降り、ただの象徴となった王族だからこそです。心配には及びませんフォセ。私にも武の心得はあります。あなたが教えてくれたでしょう」
王族が持つ、独特の光を持った黄金の瞳がフォセを見る。彼はどきりとした。
「……分かりました、ルファイン様。あなた様の誇りもお命も、このフォセがお守りいたします」
「へえ……実に高尚だ。誇りのためなら命も投げ打つ……古き良き騎士道ってやつか」
「!」
声に二人は部屋の中心に視線を向けた。そこにはいつの間にか白衣の男が立っていた。黒髪に黄色い目をした彼は、にこりと笑い恭しく礼をして見せる。
「こんばんは女王様、護衛官殿。お宝をいただきに参りました」
「一体どこから……⁈」
「城には隠し通路がつきものだ。調べるのには苦労したけど……お陰ですんなり入れた」
黒い手袋をした手の陰で、彼は楽しそうに笑った。ルファインは立ち上がると、箱をぎゅ、と抱きしめた。
「堂々と現れるとは思いませんでした。生憎ですがこれは渡せません。お引き取りを」
「渡せないのはそうでないと。あっさり渡されるんじゃ面白くない」
「面白い?」
ルファインが目を眇めて問うと、彼はおかしそうな顔をした。
「当たり前じゃないか。僕がなんのためにこんなことをしてると?」
「娯楽のために犯罪を犯すのですか。おやめなさい、こんな下らないこと。この宝を手にしたとて、あなたには何も……」
フォセが動く。彼が手にした剣が、飛んで来た光の弾をはじいた。
「貴様……!」
「うるさいな。その力で僕を治めようっていうんだろう。何を言ったって無駄だよ。僕には効かない」
「!」
ルファインはハッとした。手に汗が滲む。その賊はニヤリと笑った。
「王家の力。秩序の守護者……絶対的な命令ができる、心理操作の出来る力だろう。それによって各国の王族は国を治めて来た。……その力のおかげばかりじゃないとは思うけどね? でも、それは何も知らない相手に対してだけだ。能力について知る者は、秩序の力に対して耐性がある……」
「ッ……衛兵!」
ルファインは声を張り上げた。ガタガタと、王座の間の入り口から兵士たちが入って来た。それを尻目に、男はため息を吐いた。
「……城の兵士だけか。探偵は昔からポンコツだねほんとに。外の警備なんていくらしたって無駄なのに……」
「大人しく投降しなさい。これだけの兵を掻い潜って、逃げられると思っているのですか」
「これだけ……うん、本当にこれっぽっちだ」
彼はそう呟くと、右手を持ち上げた。それを見た一人の兵士が、背後からハルバードを手にかかる。
「何をするつもりだ賊!」
ドッ、と天井の方から光の槍が降って来て兵士を刺し貫いた。
「“煌めきたる投槍”」
「貴様!」
返り血を浴びた彼に、また一人がかかる。男はぐるりと回ると、いつの間にか左手に持っていた短剣で兵士の首を刺した。
「がっ……」
「捕らえろ!」
さらに四人が一斉に賊を捕らえようと襲いかかる。だがその時、賊の姿は揺らぎ、光の粒子を残して消える。刺されていた兵士の体が遅れて床に倒れる。
「何っ……ぐあぁっ!」
一人を背後から二本の短剣が襲う。首を掻き切られた兵士の上から彼は飛び退くと、自分の両サイドに光の槍を二つ生成して放った。それらは残る二人の兵の腹をそれぞれ貫き、霧散した。
「っ……なんてことを……」
「犯罪者に情を求めるなよ。邪魔なら殺すよ、僕は。女王様はさすがに……立場が悪くなるか」
くるりと彼は双剣を手で弄ぶ。
「まぁ……あなたからただそれを奪うのは難しくない」
「……」
「生意気な口を利くな賊。この私がいる限りルファイン様には指一本触れさせん」
「いいね。そうでないと」
ニヤリと笑って構えた男は、そして、不意に感じた気配に目を見開いて振り向いた。
「……どうして……」
「そりゃ俺のセリフだ馬鹿」
扉の所に立っていたエレンは、そう言ってため息を吐いた。
「何やってんだよアル」
「エレン……どの面下げて……」
こちらに向かって怒りの形相で歩いてくるかつての相棒に、エレンは脚に着けていた棒を手に、それを突きつけるように伸ばす。
「お前を止めに来た」
「は……?」
アル─────アーガイルの表情が凍り付く。少しだけ期待していたのだろうか。それを打ち砕かれたという顔だ。
「止めに来た…? わざわざ? 僕の邪魔をしに来たのか! その恰好は当てつけかよ!」
「潜入にはいいだろ。……まぁ、久しぶりにお前に会うならって気持ちもあったけど」
エレンは眼前で斃れている兵士たちに目をやった。
「……お前、本当に変わっちまったんだな」
「昔から君が甘ったれてるだけだ。邪魔をするのなら君のことだって殺してやる」
「やってみろよ、出来るものならな」
エレンは床を蹴った。首筋を狙った棒が短剣に受け止められ、弾かれる。姿勢を低くして、足元を狙った蹴りを放つ。アーガイルは上に跳んだ。彼の背後にいくつか光の矢が生成される。放たれたそれを、エレンは影の盾で防ぐ。相反するエレメントが衝突し、爆発を起こした。
「きゃっ!」
「ルファイン様。ここは下がりましょう。危険です」
フォセはルファインを庇い、王の部屋へ通じるドアへと誘導した。
「あれは間違いなく“黒影”ですが……我々の敵ではないようです。彼に任せましょう」
「ですが……」
「早く!」
「ちっ……逃げる気か」
着地したアーガイルはルファイン達の方に目をやる。と、その時煙の中から影が伸びて来て足を捕らえた。
「!」
「邪魔がなくなって気にせず戦えるだろ」
エレンの声がしたと同時に引っ張られる。床に背中から叩きつけられたが受け身を取って軽減した。煙の中から現れたエレンが、棒で腹を突こうとするのを寸前で手で止めた。ギリギリと拮抗する力。
「……随分鍛えたみたいだな」
「そりゃあそうでしょ」
床へ逸らす。起き上がり様に、アーガイルは肩でエレンの胴にタックルした。
「!」
後ろへよろめいた彼へ向かってアーガイルはその腹を狙って右手の短剣を逆手に振る。が、エレンはそれを体をひねって避ける。勢いのままにアーガイルは床に左手をつき、突き上げるように蹴りを繰り出す。反るように躱したエレンはそしてその足を手で掴んだ。
「そら!」
「!」
そのままアーガイルはぶん投げられて壁にぶつかる。額が切れて血が出る。
「……痛ッ…」
「まあでも、まだ俺ほどじゃないか」
「……ムカつくなぁ、上から目線で喋るなよッ!」
立ち上がったアーガイルがエレンに向かって跳んでくる。続けて繰り出された二太刀の斬撃を躱し、棒によるカウンターを繰り出した。確かに当たるはずだったが、直後アーガイルの体が光の粒子と化して消える。
「!」
「光の速さ、知ってるでしょ」
右から声がして、腹に強烈な衝撃を受けて吹き飛んだ。
「うがっ!」
体が軋む。床に激突して体が跳ねる。そしてさらに上から衝撃が来て床に叩きつけられた。タイルが割れる。
「がっ……」
「僕が……誰ほどじゃないって? ……ナメるなよ、この三年……僕がどれだけ努力したと思ってる」
「……こんなことのためにか……」
「こんなこと? 僕たち二人でやってたことじゃないか!」
アーガイルが叫ぶ。エレンは痛みを堪えて体を起こした。
「なんでやめるなんて言ったんだ。僕たちは……」
「お前と一緒にやるのは楽しかった。でも……疲れたんだ」
「疲れた……?」
「はっきりとした理由はない。ただそれだけだ」
立ち上がり、棒を振って床を叩くエレンに、アーガイルは信じられないという顔で首を振った。
「……らしくない。らしくないよ。変わったのは君の方だ」
「そうかもな」
エレンは笑う。重心を緩やかに傾け、その姿が揺らぐ。
一瞬で距離を詰め、棒を横に薙ぐ。アーガイルが下がる。そのままエレンは踏み込んで腹を突いた。
「ッ!」
そして棒の先を跳ね上げ顎を打つ。のけ反ったアーガイルの腹を蹴る。ズサ、と仰向けに転んだ彼のすぐ横に足を踏み下ろす。直後、床から生えた影の棘がアーガイルの体を掠める。
「……ッ!」
彼が身を強張らせる。そして身を捩ろうとして動けないことに気が付いたようだった。
「……卑怯だぞ……」
「“影縛り”。……まぁ今ので俺がずらしてなかったら死んでたんだから負けでいいだろ」
「─────やっぱり変わってないな。君はそうやって、いつもとどめを刺さない……」
「何で。お前を殺す必要はないだろ。無用な怪我をさせるつもりもない……」
不服そうなアーガイルをエレンは見下ろし、そしてチラリと入口の方へ目を向けた。
「……立てるか」
「何。まだやるの」
「違う。追手が来た」
影の棘が床に戻る。アーガイルの拘束も解く。彼が体を起こすと同時に、開いたままの扉のところに人影が現れた。兵士ではない。
「あれ。もっとこっぴどくやりあってるもんだと思ってた……案外軽傷だね?」
「カリサ……」
赤いコート─────国立探偵の制服を纏った彼を見て、エレンは目を細める。
「やっぱりそういうことか。俺とアルを戦わせて、消耗したところを捕まえるつもりだったな」
「……何、エレン、どういうこと」
座り込んだまま、アーガイルが見上げてそう訊いてくる。エレンはカリサの方をみたまま答える。
「俺がお前を止めに来たのは、アイツの差し金ってことだよ」
「……どう考えても罠でしょ。バカなの?」
「分かってて引き受けたんだよ。お前のこと放っておけねェから……」
アーガイルの前にエレンは立つ。カリサは笑う。
「もう仲直りしたの?」
「お前から逃げてから考える」
「逃げられると思ってるの? それに俺はまだグレンのことも預かってる」
「逃げるのも、奪い取るのも俺たちの得意分野だ。なんとでもなる」
「……今僕のことしれっと頭数に入れたよね?」
アーガイルが立ち上がる。口の中が切れたのか、血の混じった唾をペッと吐く。
「まぁ確かにあいつやばそうだ。……何者なの」
「俺の兄貴の元仲間」
「あぁ……それだけでなんとなく分かるよ」
げんなりした様子のアーガイル。彼もグレンのことは知っている。
「協力する気になったか」
「仕方ないね……足引っ張るなよ」
「誰に言ってんだ」
エレンの隣にアーガイルは並ぶ。その様子を見てカリサは三日月のような笑みを浮かべた。
「二人で俺にかかってくるつもり? いいけど、それで俺に敵うと思ってるなら片腹痛いよ」
「言ってろ。行けるか、アル」
「うん」
二人は構える。“黒影”のエレンと“瞬光”のアーガイル。それはかつて世間を騒がせた、無敵の大泥棒の姿だった。
#5 END
To be continued...
エレメス城、王座の間にて。セシリア王国54代王女、ルファイン・テフィリス・セシルは“天の雫”を手に玉座に座っていた。
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「……ルファイン様。やはり宝は兵どもに任せてお下がりを。危険です」
「いいえ、フォセ。この宝は私が守るべきなのです」
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「私とて勇猛たる英雄王の血を引く身……賊一人に恐れをなして縮こまっているわけには参りません」
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「……分かりました、ルファイン様。あなた様の誇りもお命も、このフォセがお守りいたします」
「へえ……実に高尚だ。誇りのためなら命も投げ打つ……古き良き騎士道ってやつか」
「!」
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「こんばんは女王様、護衛官殿。お宝をいただきに参りました」
「一体どこから……⁈」
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黒い手袋をした手の陰で、彼は楽しそうに笑った。ルファインは立ち上がると、箱をぎゅ、と抱きしめた。
「堂々と現れるとは思いませんでした。生憎ですがこれは渡せません。お引き取りを」
「渡せないのはそうでないと。あっさり渡されるんじゃ面白くない」
「面白い?」
ルファインが目を眇めて問うと、彼はおかしそうな顔をした。
「当たり前じゃないか。僕がなんのためにこんなことをしてると?」
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フォセが動く。彼が手にした剣が、飛んで来た光の弾をはじいた。
「貴様……!」
「うるさいな。その力で僕を治めようっていうんだろう。何を言ったって無駄だよ。僕には効かない」
「!」
ルファインはハッとした。手に汗が滲む。その賊はニヤリと笑った。
「王家の力。秩序の守護者……絶対的な命令ができる、心理操作の出来る力だろう。それによって各国の王族は国を治めて来た。……その力のおかげばかりじゃないとは思うけどね? でも、それは何も知らない相手に対してだけだ。能力について知る者は、秩序の力に対して耐性がある……」
「ッ……衛兵!」
ルファインは声を張り上げた。ガタガタと、王座の間の入り口から兵士たちが入って来た。それを尻目に、男はため息を吐いた。
「……城の兵士だけか。探偵は昔からポンコツだねほんとに。外の警備なんていくらしたって無駄なのに……」
「大人しく投降しなさい。これだけの兵を掻い潜って、逃げられると思っているのですか」
「これだけ……うん、本当にこれっぽっちだ」
彼はそう呟くと、右手を持ち上げた。それを見た一人の兵士が、背後からハルバードを手にかかる。
「何をするつもりだ賊!」
ドッ、と天井の方から光の槍が降って来て兵士を刺し貫いた。
「“煌めきたる投槍”」
「貴様!」
返り血を浴びた彼に、また一人がかかる。男はぐるりと回ると、いつの間にか左手に持っていた短剣で兵士の首を刺した。
「がっ……」
「捕らえろ!」
さらに四人が一斉に賊を捕らえようと襲いかかる。だがその時、賊の姿は揺らぎ、光の粒子を残して消える。刺されていた兵士の体が遅れて床に倒れる。
「何っ……ぐあぁっ!」
一人を背後から二本の短剣が襲う。首を掻き切られた兵士の上から彼は飛び退くと、自分の両サイドに光の槍を二つ生成して放った。それらは残る二人の兵の腹をそれぞれ貫き、霧散した。
「っ……なんてことを……」
「犯罪者に情を求めるなよ。邪魔なら殺すよ、僕は。女王様はさすがに……立場が悪くなるか」
くるりと彼は双剣を手で弄ぶ。
「まぁ……あなたからただそれを奪うのは難しくない」
「……」
「生意気な口を利くな賊。この私がいる限りルファイン様には指一本触れさせん」
「いいね。そうでないと」
ニヤリと笑って構えた男は、そして、不意に感じた気配に目を見開いて振り向いた。
「……どうして……」
「そりゃ俺のセリフだ馬鹿」
扉の所に立っていたエレンは、そう言ってため息を吐いた。
「何やってんだよアル」
「エレン……どの面下げて……」
こちらに向かって怒りの形相で歩いてくるかつての相棒に、エレンは脚に着けていた棒を手に、それを突きつけるように伸ばす。
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「は……?」
アル─────アーガイルの表情が凍り付く。少しだけ期待していたのだろうか。それを打ち砕かれたという顔だ。
「止めに来た…? わざわざ? 僕の邪魔をしに来たのか! その恰好は当てつけかよ!」
「潜入にはいいだろ。……まぁ、久しぶりにお前に会うならって気持ちもあったけど」
エレンは眼前で斃れている兵士たちに目をやった。
「……お前、本当に変わっちまったんだな」
「昔から君が甘ったれてるだけだ。邪魔をするのなら君のことだって殺してやる」
「やってみろよ、出来るものならな」
エレンは床を蹴った。首筋を狙った棒が短剣に受け止められ、弾かれる。姿勢を低くして、足元を狙った蹴りを放つ。アーガイルは上に跳んだ。彼の背後にいくつか光の矢が生成される。放たれたそれを、エレンは影の盾で防ぐ。相反するエレメントが衝突し、爆発を起こした。
「きゃっ!」
「ルファイン様。ここは下がりましょう。危険です」
フォセはルファインを庇い、王の部屋へ通じるドアへと誘導した。
「あれは間違いなく“黒影”ですが……我々の敵ではないようです。彼に任せましょう」
「ですが……」
「早く!」
「ちっ……逃げる気か」
着地したアーガイルはルファイン達の方に目をやる。と、その時煙の中から影が伸びて来て足を捕らえた。
「!」
「邪魔がなくなって気にせず戦えるだろ」
エレンの声がしたと同時に引っ張られる。床に背中から叩きつけられたが受け身を取って軽減した。煙の中から現れたエレンが、棒で腹を突こうとするのを寸前で手で止めた。ギリギリと拮抗する力。
「……随分鍛えたみたいだな」
「そりゃあそうでしょ」
床へ逸らす。起き上がり様に、アーガイルは肩でエレンの胴にタックルした。
「!」
後ろへよろめいた彼へ向かってアーガイルはその腹を狙って右手の短剣を逆手に振る。が、エレンはそれを体をひねって避ける。勢いのままにアーガイルは床に左手をつき、突き上げるように蹴りを繰り出す。反るように躱したエレンはそしてその足を手で掴んだ。
「そら!」
「!」
そのままアーガイルはぶん投げられて壁にぶつかる。額が切れて血が出る。
「……痛ッ…」
「まあでも、まだ俺ほどじゃないか」
「……ムカつくなぁ、上から目線で喋るなよッ!」
立ち上がったアーガイルがエレンに向かって跳んでくる。続けて繰り出された二太刀の斬撃を躱し、棒によるカウンターを繰り出した。確かに当たるはずだったが、直後アーガイルの体が光の粒子と化して消える。
「!」
「光の速さ、知ってるでしょ」
右から声がして、腹に強烈な衝撃を受けて吹き飛んだ。
「うがっ!」
体が軋む。床に激突して体が跳ねる。そしてさらに上から衝撃が来て床に叩きつけられた。タイルが割れる。
「がっ……」
「僕が……誰ほどじゃないって? ……ナメるなよ、この三年……僕がどれだけ努力したと思ってる」
「……こんなことのためにか……」
「こんなこと? 僕たち二人でやってたことじゃないか!」
アーガイルが叫ぶ。エレンは痛みを堪えて体を起こした。
「なんでやめるなんて言ったんだ。僕たちは……」
「お前と一緒にやるのは楽しかった。でも……疲れたんだ」
「疲れた……?」
「はっきりとした理由はない。ただそれだけだ」
立ち上がり、棒を振って床を叩くエレンに、アーガイルは信じられないという顔で首を振った。
「……らしくない。らしくないよ。変わったのは君の方だ」
「そうかもな」
エレンは笑う。重心を緩やかに傾け、その姿が揺らぐ。
一瞬で距離を詰め、棒を横に薙ぐ。アーガイルが下がる。そのままエレンは踏み込んで腹を突いた。
「ッ!」
そして棒の先を跳ね上げ顎を打つ。のけ反ったアーガイルの腹を蹴る。ズサ、と仰向けに転んだ彼のすぐ横に足を踏み下ろす。直後、床から生えた影の棘がアーガイルの体を掠める。
「……ッ!」
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「……卑怯だぞ……」
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「─────やっぱり変わってないな。君はそうやって、いつもとどめを刺さない……」
「何で。お前を殺す必要はないだろ。無用な怪我をさせるつもりもない……」
不服そうなアーガイルをエレンは見下ろし、そしてチラリと入口の方へ目を向けた。
「……立てるか」
「何。まだやるの」
「違う。追手が来た」
影の棘が床に戻る。アーガイルの拘束も解く。彼が体を起こすと同時に、開いたままの扉のところに人影が現れた。兵士ではない。
「あれ。もっとこっぴどくやりあってるもんだと思ってた……案外軽傷だね?」
「カリサ……」
赤いコート─────国立探偵の制服を纏った彼を見て、エレンは目を細める。
「やっぱりそういうことか。俺とアルを戦わせて、消耗したところを捕まえるつもりだったな」
「……何、エレン、どういうこと」
座り込んだまま、アーガイルが見上げてそう訊いてくる。エレンはカリサの方をみたまま答える。
「俺がお前を止めに来たのは、アイツの差し金ってことだよ」
「……どう考えても罠でしょ。バカなの?」
「分かってて引き受けたんだよ。お前のこと放っておけねェから……」
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「もう仲直りしたの?」
「お前から逃げてから考える」
「逃げられると思ってるの? それに俺はまだグレンのことも預かってる」
「逃げるのも、奪い取るのも俺たちの得意分野だ。なんとでもなる」
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「協力する気になったか」
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「二人で俺にかかってくるつもり? いいけど、それで俺に敵うと思ってるなら片腹痛いよ」
「言ってろ。行けるか、アル」
「うん」
二人は構える。“黒影”のエレンと“瞬光”のアーガイル。それはかつて世間を騒がせた、無敵の大泥棒の姿だった。
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