SHADOW

Ak!La

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第一章 エレメス・フィーアン

#3 刺客

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「なにが『ほな、さいなら』ですか。格好つけたくせに家まで転移できていないじゃないですか」

 クスィーちゃんが肩透かしを食らったように、あるいは戸惑ったように口をすぼめている。

 俺たちは人族の国と魔王国との国境にある街に転移していた。
 これは俺の意に反する転移だった。

「しゃーないやろ。初めてなんやから。加減が分からんのや」

 黒羊ノワールムートン族のネロが描いた魔法陣よりも大きくしたら、移動距離が削られてしまった。
 しかも移動したい場所の選択が限られる上に、イメージが貧困だと成功率が著しく低下するらしい。

 魔力の分配が非常に難しい魔法だ。
 しかも即刻インスタントステータスだから、より精度が落ちている。

「お、おい。今のって転移魔法か!?」
「しかも3人同時だなんて」
「ただでさえ、習得の難しい魔法なのに」

 慣れないことをした結果、俺たちは冒険者たちが闊歩かっぽする大通りのど真ん中に転移してしまった。
 一瞬にして野次馬に囲まれてしまったが、こんなことでは動じない。

「ほら、皆さんも言ってるやん。この魔法、難しいねん」

「文句の一つでも言わなければ、事態を受け入れられません。なんで希少種の魔法まで使えるのですか……ハァ」

「羊姿の旦那様も可愛いな~。ぱくっと食べてしまいそうになります」

 やめてくれ。
 目が本気やんけ。

「ウル~~ッッ」

 ほら、感化されたウルルも涎《よだれ》を垂らしそうになってるやん。

「ちょうどいいから薬草を買っていこう。さっきから腹がズキズキ痛むねん」

 服を捲ると、俺の腹部は赤くなっていた。

 近場のショップに入り、金貨を取り出しながら店にある回復系のアイテムを全部要求した。

「す、全てですか!?」

「とにかく早く治したいんで」

「それなら治癒術士をご紹介しますよ。もう少し安い金額で全快できるかと思います」

「ほんとですか!? この街、いろんな職業の人がいるんやな」

「ここなら職にもお金にも困りませんからね」

 店員さんは地図を取り出して、治癒術士が営む店の場所を教えてくれた。
 店の利益よりも客のニーズに応えてくれる親切な店員さんだ。

「情報料や。受け取ってや」

「そ、そんな、いただけません。私は立ち話をしただけなのですから」

「そう言われてもな……」

 やるせない気持ちでいると隣から店員さんを手招きする手が伸びてきた。

「ギンコ?」

「この棚のここから、ここまで」

 一度は夢見るお手本のような大人買いをするギンコに店員さんが飛び上がる。

「ほ、本当によろしいのですか?」

「はい。釣りはいりません。包装も不要です。治癒術士に会ってきたらそのまま貰うんで」

「しかし、この量をどうやって……」

「転移魔法があるから心配ご無用です」

 放心する店員さんとの話が強制終了してしまったから、俺は一人で教えてもらった店へと向かった。

「………………ほんまにここか?」

 どう見てもいかがわしい店だった。
 しかし、何度地図と見比べても間違いない。

「騙されてない? この店に入ったら『浮気です!』とか言ってギンコに殺されるとかない?」

 おそるおそる店の中を覗いてみる。
 人の気配は感じられない上に薄暗くて奥の方は見えなかった。

 仕方なく即刻インスタントステータスしようとした俺の肩が叩かれる。

「ひゃぁあぁぁぁぁぁ!!!!」

「うわっ!? お客さんじゃないの!?」

 まさか背後から人が近づいて来ていると思わず、飛び上がってしまった。

 これだから人族のステータスは!!
 九尾族の感覚に慣れるといかに人族が無防備なのか知らしめられる。

「間違いなくお客さんです! ちょっとお腹を診てもらいたくて来ました」

「あら、どちら様のご紹介?」

 背後に立っていたのは、おっとりとしたお姉さんだった。

 美容クリニックに勤務していそうな雰囲気のお姉さんにアイテムショップの店員さんからの紹介であることを伝えると、すぐに中に案内してくれた。

 明かりが灯った店内の内装もいかがわしい店のようだ。

 施術用のベットに寝かされて言われるがままに服を捲る。

 姉さんの冷たい指に撫でられ、くすぐったいような、恥ずかしいような、体が火照るような感覚に襲われた。

「打撲ね。もう治ったわ」

 起き上がると痛みどころか、腹部の赤みすらも消えていた。

「うわっ! ほんまや! 治癒術士って凄いですね!」

「その代わりにお金はいただくけどね」

 提示された金額を払うとお姉さんは「毎度あり」と優しく微笑んだ。

「もっと光に包まれたり、呪文を唱えたりするのかと思っていました」

「それは回復魔法ね。私のは治癒魔法だから」

 ??
 何が違うんや。

 俺の反応が分かりやすかったのか、お姉さんが説明してくれた。

「回復魔法は術者の魔力で他者の傷を治す。治癒魔法は術者の魔力で他者の治癒能力をサポートするの」

「つまり、回復魔法の方がより高度ってことですか?」

「その通り。気をつけないといけないのは、他者が回復するまで自分の魔力を消費するから、自分が回復させてあげられるのか見極めること」

「失敗したら?」

「術者が死ぬわ」

 即答するお姉さんはどこか遠くを見ていた。

「私にはその覚悟がないから、こうして治癒魔法で細々と稼いでいるってわけ。当然だけど回復魔法の方がお高いわよ」

 大人の女性のウインクはどうしてこうも心に響くのだろう。

 あかん。ギンコのキレた顔が脳裏に浮かぶ。

「それは、厄介な魔法ですね。……回復魔法か」

「魔王国には全く異なる治癒魔法を使う種族がいるらしいわよ」

「へぇ。どんな魔法ですか?」

「転置魔法。その名の通りで自分の傷を他者に移したり、他者の傷を自分に移したりするものらしいわ」

「それって――」

 俺の言葉よりも早くお姉さんが頷いた。

「回復とも治癒とも違う。事象をなかったことにできる夢のような魔法。同時に大きなリスクを伴うらしいけどね」

 生粋の日本人からすれば、頭が痛くなりそうな話だった。

 今後そういうおっかない魔法を使う種族に出会うかもしれないと思うと気が滅入ってしまう。

 治癒術士のお姉さんに改めてお礼を伝えて、ギンコたちの元に戻り、大量のアイテムごと転移魔法で家に帰ってきた。

 ちなみにだが、家につくまでに3回も途中休憩している。
 移動距離が限られるから一気に距離を詰められないのがデメリットだ。

「ふぅ。コツが掴めん」

「な、な、なんで……転移魔法を――」

 デロッサの森から少し離れた場所に建てられた一軒家の前では執事服を着こなす黒い羊の魔物(メス)が絶望に顔を歪めていた。

「おっす、ネロちん。ほら、約束の物を取り戻してきたで。魔王様に取り次いでや」

「え、あっ、ほ、ほんとに魔王様の右腕がぁぁあぁぁぁあぁぁぁぁ。わたくしの手の中にぃぃぃぃいぃぃぃぃぃ」

 気絶しそうな勢いで全身を小刻みに震わせるネロは、はっと何かを思いついたように顔を上げ、膝をついた。

「例のものはすぐにお待ちしますメェ。あの、その、大変申し上げにくいのですが、個人的にトーヤ様にお願いがありまして」

「なんや?」

 勝手に転移魔法を盗ませてもらった罪悪感もあったから、本当は聞きたくないけど、一応聞いてみることにした。

「わたくしの親友を……プテラヴェッラを探して欲しいのですメェ」

 聞かんかったらよかったわ。
 こんな事してたら過労死待ったなしやで。

「ごめん、ネロちん。俺はスローライフを送りたいんや。このままやと俺は社畜時代と何も変わらん――」

「転移魔法の極意を教えます! 魔力消費を抑えて、効率良くどこまででも転移できるようになりますメェ!」

「うぐっ。い、いや、俺は負けへんで!」

 一瞬、意志が揺らぎそうになったが、すんでのところで持ち堪えられた。

「プテラヴェッラは転置魔法を唯一使える種族なんです!」

「やります! やらせてください!」

 俺は欲望に負けた。
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