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第一章 エレメス・フィーアン

#2 エレメス・フィーアン

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「やっと着いた…」
「あ、兄貴」
 グレンがカフィの家に着いたのは、日が落ちてからだった。エレンと別れてから3時間ほど経っている。疲れ切った様子でリビングに現れたグレンに、カフィは笑う。
「やっぱり迷ったのか。相変わらずだな」
「うるせぇ。……元気そうで良かったよカフィ」
 軽口を叩くカフィに、グレンはそう言って笑った。疲れた様子から一気に元気そうになったのを見て、エレンは二人は仲が良いのだなと感じた。
「ウェラは? いないのか」
 グレンは部屋を見渡し、姿の見えない仲間のことをカフィに訊ねた。
「あぁ、ウェラか。買い出し頼んだんだけど、結構遅いな。まぁまた本屋とかに引っかかってんだろ」
「あいつも変わらないな」
 二人はやれやれと苦笑を浮かべる。ウェラという人にはまだエレンも会っていない。かれこれ3時間以上外出していることになる。
「で、何があったんだ? 急に俺のこと放ってったりしてよ」
 エレンがそう訊くと、緩んでいたグレンの顔が急に引き締まった。そしてエレンよりもカフィの方へ視線を向けると、重々しく口を開いた。
「……カリサがいたんだ」
「え、マジで?」
 カフィは目を見開いた。そのただならぬ様子にエレンは眉をひそめる。
「誰なんだ、それ」
「俺たちの昔の仲間さ」
 答えたのはカフィだった。エレンは首をかしげる。
「……仲間って…兄貴とカフィさんと、あとはもう一人の……ウェラって人だけじゃなかったんですか?」
「なんだ。カリサのことは話してないのかグレン」
「……」
 グレンは眉間にしわを寄せ、俯いたまま答えない。カフィは肩を竦めて続けた。
「カリサも含めて、俺たちは元々4人で活動してたんだ。“エレメス・フィーアン”って名前でな。で、俺たちが解散したのもカリサが抜けたからなんだ」
「何で抜けたんです?」
 そこに何か薄暗い事情があるのはエレンにも分かる。今の兄の様子で。
「……まぁなんていうか……色々あってカリサは抜けて、グレンはあいつに恨まれてんだ」
「色々の部分が気になるんですけど……」
 そこは喋りづらいのか、カフィは困った顔をし、グレンも釘を刺すようにカフィを見る。エレンは困る。
 その時代の兄のことはエレンはよく知らない。エレメス・フィーアンとやらが解散した後のことしか。何せエレンはエレンでその頃は大泥棒として暗躍していたのだから。
「……話してくれねェの?」
 エレンはそう言った。グレンはどきっとしたようだった。兄の愚直なほどの正直さは知っている。嘘は吐けない性格だ。そんな兄が話したがらないからには何かある。
「……怒るなよ」
「怒らねえよ」
 悪いことをした子供のような顔。あぁ、これは兄の方が悪いのだとエレンはその時直感した。

「俺は昔……カリサの両親を殺してんだ」

 思ってもない言葉が出て来て、エレンは思考が停止した。
「……え?」
「これは後で分かったことだったんだが……カリサの両親は懸賞金のかかったハッカー……つまり賞金稼ぎのターゲットだったんだよ。それを俺が、エレメスに来る以前に狩った。最初はそんなこと、分からなかったんだが、ある時たまたま……繋がって」
 エレンはなんと答えていいのか分からなかった。これは思った以上にグレンが悪い。不可抗力といえばそうだが。そもそものポリシーとして、エレンは殺しを良しとはしていなかった。エレンが手伝うようになってからのグレンは、生け捕りしかしていない。それ以前のことはエレンは何も言わないことにしていたが、いざ聞くとどうしても複雑な感情が浮かぶ。
「とにかく、あいつが現れたのは多分、俺への復讐のためだろ。今日は余興だとかなんとか言ってたが……」
「カリサらしいな」
 カフィはそう言って笑う。呑気そうな彼にグレンは眉をひそめた。
「お前……呑気な」
「だってお前はカリサより強いわけだろ。心配いらねェって」
「でも」
 そんな単純な話ではない、とグレンはそう思っていた。自分を殺すだけなら、今日逃げなくたって良かったはずだ。あの笑みの下にあるのは、もっと厄介な……。
「お前も気を付けろよエレン。あいつ、お前よりだいぶ強いからな」
「俺も? まぁ、分かったよ……」
 それにしても、兄の元仲間が呼び寄せたタイミングで、そんな宿敵が現れるとは。エレンはじ、とカフィを見た。……浮かんだ疑惑をすぐに口にするほど、エレンは浅慮ではなかった。

* * *

 王都エレメスの隣町、アナレ。ここには二つの治安維持組織がある。
 ひとつは、セシリア軍本部。もう一つは国立探偵……通称“K.D”アナレ支部。近隣に存在するこの二つの組織は、共に正義を司る機関でありながら、ことあるごとにいがみ合っている。機能としては武力のセシリア軍と、頭脳の国立探偵、と差別化されてはいるものの、どうにもぶつかる時があり、両者のトップの気性もあって穏便に協力体制を……という風にはなっていない。
 そんな治安組織の片割れ“K.D”アナレ支部裏にある、使われていない倉庫。その地下へ通じるハッチを開け、カリサは階段を下りた。
 ここはカリサが見つけた秘密基地。昔はK.Dが使っていたのかそういう備品があちこちに見受けられる。最近は使われた形跡がなく、それらはすっかりホコリを被っていた。
 地下に降りると、人影が二つある。適当に並べた机と椅子と残された備品でごちゃついたその部屋の壁際に、それぞれ黒と白のフード付きコートを纏った男が二人。顔は同じ仮面をつけていて見えない。
「……ねぇ。それ俺の前でつけてる必要ある?」
 カリサはそう彼らに言った。黒コートの方が反応して、右腕を広げる。
「いいじゃん、雰囲気作りってことで」
「……いいけど」
 カリサは椅子を引いて座った。黒コートが机の方へ寄って来る。
「で。会って来たのか」
「まあね。さすがに怖かった」
「嘘ばっかり」
 黒コートはフン、と笑う。そしてガタ、と音を立てて空いている椅子に座った。後ろに立っている白コートの方を振り向き、首をかしげる。
「座んないの?」
「いい」
「そう」
 短い返事に納得して、黒コートはカリサの方へと向き直った。
「で、ほんとに成功するのか? 俺は敵う気がしねェんだけど、アイツに」
「グレンを殺るのは俺だよ。君たちが心配しなくてもいい。君たちには下準備をして貰う」
「そうか。まぁやれることはやるよ。具体的な計画は?」
「まだ大体しか決まってないけどね。イレギュラーも十分考えられるから……でもそうだな、初めにやることは決まってる」
 と、そしてカリサは黒コートを指差した。
「まずは君に行ってもらう」
「俺か」
「グレンたちを皆攫ってきて、ここに」
「……マジで?」
「冗談でそんなこと言わない。眠らせて、力を使えば簡単だろう?」
「まぁそうだけど……えー俺一人」
 チラ、と白コートを見るとフイ、とそっぽを向かれ、黒コートはうなだれた。
「仕方ない……やるか。やりますよ」
「頼んだよ。まずここが大事なんだ」
 と、カリサは上を見てにやりと笑った。
「俺の本業も絡んでくるからさ」

* * *

 国立探偵アナレ支部、その三階。そこには第三部隊のオフィスが置かれている。
 窓際に置かれたデスクの上には書類の山、その前にだらしなく座っているのは隊長のエルラン・ゼノールだ。背もたれを枕にして、天井を見上げ、そしてひとつの資料の束をトレードマークのサングラス越しに眺めている。ぺら、ぺら、と紙をめくる音がオフィスに響く。その音にいちいち眉をヒクつかせながら様子を見ているのは、副隊長のエルザ・エスケルムだ。赤髪のエルランとは対照的な青い髪の彼は、じとっとした目で彼を見つめる。
「エルラン……さっさと進めないと今日も残業だぞ」
「……」
 エルランは答えない。いつものことだ。エルザは特大のため息を吐いた。
「エルラン‼」
「うるさい」
 ようやく反応がある。だが資料から目を離しはしなかった。もう一つため息を吐くと、エルザは僅かに殺気を放ちながら腰の刀に手をかけた。
「!」
 ガタッと音を立てて、エルランは体を起こした。ずり落ちたサングラスでエルザの方を見る。
「……ゴメンナサイ」
「よし」
 エルザは刀から手を離した。ホッとしたように肩の力を抜くエルランの近くへ、歩み寄る。
「……何を見てたんだ?」
「これ」
 いつもなら『何でもないよ』と言われるところを、今日は違ったのでエルザは少し驚いた。訝しんでエルランの方を見ながらエルザは渡された捜査資料に目を通す。

「……“エレメス・フィーアン”……何年前のやつだこれ」
「6年くらい? 僕たちの担当じゃないはずなんだけどね。なぜか紛れ込んでたんだ」
 賞金稼ぎグループ、エレメス・フィーアン。事件として追われていたわけではなく、指名手配犯の身柄および遺体の引き渡しによるものだ。
「ああ……六番…ユリスとこのか。古いのになんで」
「さあね。誰かが盗んだのかも」
 あっけらかんとそんなことを言うエルランに、エルザは眉根を寄せる。
「盗んだって……うちの誰かが? まさか」
「でもほら……エレメス・フィーアンっていうとさ」
「あぁ」
 メンバーの中に見知った顔がある。
「うちのカリサ君がかつて所属してたグル―プだ。無関係じゃない」

 カリサ・エマル。彼はこのK.D第三部隊に所属している探偵の一人だ。ここに来たのは1年ほど前。にこやかな好青年だとエルザは思った。頭もキレるし、戦闘力も高い優秀な人材だ。殺し屋の元メンバー、というイメージとはエルザの中ではあまり結びつかなかった。
「悪いけどエルザ、このページだけコピーしてユリスのところに返してきてくれる?」
「悪いと思うなら自分で行けよ」
「何を言ってるんだ、僕には資料整理という大事な仕事があるじゃないか!」
 サボってる癖に何を言っているんだと、そういう気持ちを込めてエルザは言い返す。
「大事だと思うなら、隊がつぶれないようにしっかりやれよ!」
「うるさいな! そんな大きな声じゃなくても聞こえるよ!」
 フン、とお互い鼻を鳴らして、エルザはコピー機へ、エルランは資料の山へ向かった。パタンとコピー機の蓋をしめてスイッチを押す。少し待つとあっという間にコピーが出てくる。それを裏向けてホワイトボードにマグネットで貼り付ける。
 オフィスを出て階段に出たところでげんなりした。何て言って返そう。六番隊の隊長であるユリスは気難しい女だ。言い方ひとつでトラブルになりかねない。面倒くさい。エルザは口が回る方ではない。憂鬱だった。
 と、その時上階から足音が降りて来た。
「あれ、エル君。どうしたんだい?」
 六番隊のサーミア・リーフィーだった。ユリスの部下、副隊長だ。可憐な彼女の姿に、エルザの心は僅かに緩んだ。
「あぁ、サーミア。……君こそ」
「資料整理してたら一つ足りないって隊長がさー。それで上から順番に全部の隊回ってるんだ」
 20ある隊すべてを彼女一人に回らせているというのか。三番隊まで回ってきたということはかなり回ったあとだ。なんて鬼畜な女なんだ、とエルザはユリスに対して思った。
「多分、探してるのはこれだろ?」
 エルザは持っていた資料をサーミアに手渡す。受け取った彼女は表情を明るくさせた。
「あー! これだよこれ! 良かったあ! ……でも何で君のところにあったんだろ?」
 その疑問はもっともだが、エルザにも答えは出ていない。
「さあ……俺たちにも分かんねえんだ。さっきエルランが資料整理してたらこれを見つけて」
「そうなんだ……とにかくありがと。これで隊長のとこに戻れるよ」
 そう言って笑うサーミアに、エルザは思わず表情を綻ばせる。立ち去ろうとしたサーミアが、あ、と階段の上で足を止めた。
「ねえ、今日仕事終わったら近くのカフェ行こ~。新作ドリンクが出たんだよ」
「いいな。分かった、仕事が終わったらビルの前で集合な」
「うん!」
 はじけるような笑顔を見せて、サーミアはトントンと階段を登って行った。帰りくらいエレベーターを使えばいいのにと彼女の足音を見送りながらエルザは思った。
 さて、ならますます資料整理を早く終わらせないとな、とエルザはオフィスへと踵を返した。


#2 END


To be continued...
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