桜のかえるところ

響 颯

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四話

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「憶えとけよ。ここが俺の秘密基地だ」

長く汽車に揺られ雪道を歩き、
たどり着いた家で
ささやかな夕飯を食べた後の夜更け。

いいから、ちょっと来いの一言で
連れていかれたところは……。

「なんだよ。ただの防空壕じゃないか」

「そう見えるだろ? だよな?」

以前よりもずっと
日に焼けてたくましくなった顔で、
にやっと笑う。

そう念を押して言われると、
何かを見落としているのかと不安になる。
しかし、どこをどう見ても、
やはりただの防空壕にしか見えない。

家の裏の斜面を利用して掘った穴に、
分厚い扉を取り付けている。
内部は丸太や角材を使って支え、
床には板を敷き詰め、
木箱で腰掛も設けてある。

東京と比べれば
格段に広さに余裕のある作りだが、
窓がなく狭くるしい感じは
いかにも防空壕だ。
強いて言えば、必要な日常雑貨のほかに
本が多いくらいで……。

「降参。防空壕にしか見えない」

「だろ? ただの防空壕だからな」

「そんな」

「俺は防空壕に見えるだろ?
 って確認しただけだぞ」

確かにそうだが、
俺が深読みして違いを探すことは
わかった上でのことに決まっている。

からかわれたのは面白くなかったが、
不満気な俺の顔を見て満足する顔は、
以前の彼と何も変わらなくて
正直ほっとしていた。

しかし、それも束の間で、
笑顔がかげり厳しい表情に変わった。

「ここが俺の秘密基地、計画書だ」

「計画書?」

また突拍子もない、ろくでもないことを
考えているんじゃないだろうな。

心配しつつ見守ると、
本を詰めた箱からノートを取り出し、
無言で渡された。
視線で促されるままに開いてみる。

書かれていたものは
確かに計画書だった。

「観光農園か……」

広い敷地に配置されるブドウ畑と建物。
小道や花壇などの装飾、
土産物の種類に店の場所、
必要ないほどに広くとられた駐車場。

設計図だけでなく、
何をやろうとしているのか、
どうしてそうしたいと思ったのか、
全てが事細かに記されている。

「お前これ、
 訓練が終わってから書いてたのか?」

よく見れば、箱に詰まった本は、
全て観光農園を作る時に使える
参考文献だとわかった。

「そうそう。
 教官に怒鳴られるとやる気倍増してさ。
 夜にはかどるはかどる……」

いつものように冗談めかして言っているが、
そんなものではないことは俺にもわかる。

訓練が生易しいはずがなく、
夜は普通倒れこむように眠るものだろう。
その時間を押して日々書き綴るのに、
どれほどの想いが込められているのか……。

「ここに残していくからな……」

俺は医師を目指している。
彼もそれはよくわかっている。
だが、この計画を読み解いて実現するには、
大学で学べる程度の知識が必要だ。

いざという時には伝えてくれ
という意味だとはわかっている。
でも……。

「預かるだけだからな。
 俺は何もしないぞ」

そう返事した。

――必ず、帰ってこい。



突然、空襲警報のサイレンが鳴り響いた。

彼は迷わず防空壕の外に出ようとする。

「おい! 危ないから出るな!」

止める俺を振り返る目は静かだった。

「大丈夫。ここはいつも通り道なんだ」

彼に習って、防空壕から出て空を見上げる。

途端、満天の星空が目に飛び込んできた。

宝石箱をひっくり返したかのような星々に
吸い込まれそうな気持ちになっていると、
禍々しい爆音が大きくなり、
星空を機影が黒く横切っていく。

「B29」

大きな飛行機が次から次へと通り過ぎていく。
その数が、尋常ではない。
百を優に超え、これは……。

「……東京か?」

つぶやく彼を見る。
苦しそうな表情を見て、胃の腑に傷みが走った。

「まさか」

……きっと違う場所だ。大丈夫だ。

強い風に抗いながら、
急いで母屋に戻りラジオをつける。

空襲の情報が流れてはいるが、
雑音がひどくてわかりにくい。

かろうじて聞き取れたのは、
東京、B29、約三百機
という言葉だった――。
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