1 / 11
わたしは、俺は「あなたが」「お前が」嫌い(だ)!
しおりを挟む
揺れる馬車の中、俺は窓ガラスに映った自分を見る。
「ふぅ……」
緊張から手が震え、ズレたネクタイの結び目を直そうとするのだけど、うまくいかない。
「やっと見つかった婚約相手。これを逃したら……」
夫を亡くした10個上の未亡人女性か、親と同世代の女性……
「妻って感じがしない……今日だ!今日しかチャンスはない!これを逃したら俺は、歳の近い妻を娶るチャンスなんて二度と来ない!」
***
「ふぅ……」
重苦しい息を吐き出すと、緊張からこわばっていた身体が少しだけ軽くなる。
「オリヴィア様」
もう一度、深呼吸をしようとしたら、ヘアのドアが叩かれ、私の名前が呼ばれた。
「お客様がご到着なさいましたので応接室へ」
ベッドに腰掛け、櫛(くし)で髪を溶かしていた私は、
「はい」
と短く返事をして、近くのテーブルに櫛(くし)を置こうとして、
「あっ」
床に落としてしまった。
「……」
身を屈め、淡く輝く櫛に手を伸ばす。が、震えからうまく掴めない。
「ふぅ……」
仕方なく、もう一度、深呼吸。すると、手の震えがいくらかおさまったので、櫛を掴み近くのテーブルへ置き、自室を出た。
「……」
一階へ続く階段を降りながら、普段より一オクターブ高い音色を奏でる胸を手で抑え、転ばないように手すりに捕まり歩を進める。
(やっと現れてくれた婚約相手。様々な噂が飛び交い、断られた末にようやく決まった縁談。これを逃したら、残るは当主を引退されたばかりのおじい……ぐふん!お年を召された殿方しか残らない……)
「何がなんでも今日のお相手をものにしなくては!」
という熱い想いが溢れ、つい口から出てしまった。それを耳にしていたハンナに、
「頑張って下さい!オリヴィア様!」
と、応援された。
恥ずかしさから頬を朱に染めながらも、
「任せなさい!」
そう答えた。
それからすぐに応接室の前へ到着し、ハンナがドアノブに手をかける。しかし、すぐに開くのかと思ったら、ハンナは振り返り、心配そうな顔で私を見る。
「オリヴィア様。覚えておられると思いますが、カーテシーは」
「わかってるわ。30秒でしょ」
礼儀作法について聞いてきたので、ハンナを心配させまいと即答した。
私の答えを聞いたハンナは満足そうに頷くと、応接室の扉を開けた。
私はハンナに頷き返し、中へと歩を進めた。
「本日はお招きいただき恐悦至極に存じます」
私が入室すると、部屋にいた今回の縁談の相手がソファから立ち上がり、綺麗な姿勢でお辞儀をした。
「頭をお上げください!」
私は慌てて声をかけた。
お招きしたのはこちらだ。遠路はるばるお越しくださった方に、先にお礼を申し上げるべきなのは私の方だ。
「お礼を述べなければならないのはこちらです! 本日は遠路はるばるお越しくださりありがとうございます!」
黒髪の男性に向かってカーテシーをした。
今日のために何度も何度も大雑把な性格がバレないように練習した華麗な動きで。
「こちらこそです。真実でないとはいえ、今回の縁談をお受けして下さり、本当にありがとう……?」
話している途中で、言葉を発しなくなった黒髪の男性。
何かあったのだろうか?と疑問に思ったが、今の私は、ハンナからの指示で、
「スカートを広げてから30秒は目を伏せていて下さい」
というのを忠実に守っているために、男性がどのような状態なのか確認することができない。
(もう少し……二十五、二十六)
一秒一秒がとても長い。それに比例して、コントロールできていたはずの心音も騒がしさを増していき、もしかしたら相手に聞こえているのではないか?というほどにうるさく鳴り響く。
(二十九、三十!)
ようやく三十秒たった。
数え終わった私は、パッと目を開き、
「急に言葉が詰まったようでしたが、何かありました……」
黒髪の男性へと視線を向け、なるべくお淑やかに見えるように話しかけた。のだけど、その顔を見て言葉を失った。
「な、な、なんであなたがここに?!!」
「それはこっちのセリフだ!なんでお前が……って、もしかして!」
黒髪の男性はそう言うと、慌てて封筒から招待状を取り出すと、中身を確認し出した。
「…… オリヴィア・オルソン」
2枚目……おそらく私の絵が描かれた紙を食い入るように見ると、今度は視線を実物の私へ。そして、交互に何度も何度も確認するように見て、
「ヒャー……」
黒髪の男性は、白い顔で天井を見上げたまま、その場に膝をついた。
「お、オリヴィア・オルソン……さん?」
それから確認するように、彼は私の名を呼んだ。
「あなたが、ディック・ファーガソン……様?」
私も青い顔で確認するように名前を呼んだ。
「……」
「……」
気まずい空気が流れる。互いに指を差し合い、その顔を見つめ合う。
「……あっ、あはっ、はは……嫌だー!!この女だけは絶対に嫌だー!!」
突然、頭を両手で押さえ、天に向かってディックが叫んだ。この世の終わりのような表情で。
「それはこっちのセリフよ!! なんであなたと婚約しなければならないのよー!!」
そんな彼に釣られるようにして、私も思いの丈を叫んだ。般若の形相で。
「俺は、お前が嫌いだ!」
「私は、あなたが大嫌い!」
「ふぅ……」
緊張から手が震え、ズレたネクタイの結び目を直そうとするのだけど、うまくいかない。
「やっと見つかった婚約相手。これを逃したら……」
夫を亡くした10個上の未亡人女性か、親と同世代の女性……
「妻って感じがしない……今日だ!今日しかチャンスはない!これを逃したら俺は、歳の近い妻を娶るチャンスなんて二度と来ない!」
***
「ふぅ……」
重苦しい息を吐き出すと、緊張からこわばっていた身体が少しだけ軽くなる。
「オリヴィア様」
もう一度、深呼吸をしようとしたら、ヘアのドアが叩かれ、私の名前が呼ばれた。
「お客様がご到着なさいましたので応接室へ」
ベッドに腰掛け、櫛(くし)で髪を溶かしていた私は、
「はい」
と短く返事をして、近くのテーブルに櫛(くし)を置こうとして、
「あっ」
床に落としてしまった。
「……」
身を屈め、淡く輝く櫛に手を伸ばす。が、震えからうまく掴めない。
「ふぅ……」
仕方なく、もう一度、深呼吸。すると、手の震えがいくらかおさまったので、櫛を掴み近くのテーブルへ置き、自室を出た。
「……」
一階へ続く階段を降りながら、普段より一オクターブ高い音色を奏でる胸を手で抑え、転ばないように手すりに捕まり歩を進める。
(やっと現れてくれた婚約相手。様々な噂が飛び交い、断られた末にようやく決まった縁談。これを逃したら、残るは当主を引退されたばかりのおじい……ぐふん!お年を召された殿方しか残らない……)
「何がなんでも今日のお相手をものにしなくては!」
という熱い想いが溢れ、つい口から出てしまった。それを耳にしていたハンナに、
「頑張って下さい!オリヴィア様!」
と、応援された。
恥ずかしさから頬を朱に染めながらも、
「任せなさい!」
そう答えた。
それからすぐに応接室の前へ到着し、ハンナがドアノブに手をかける。しかし、すぐに開くのかと思ったら、ハンナは振り返り、心配そうな顔で私を見る。
「オリヴィア様。覚えておられると思いますが、カーテシーは」
「わかってるわ。30秒でしょ」
礼儀作法について聞いてきたので、ハンナを心配させまいと即答した。
私の答えを聞いたハンナは満足そうに頷くと、応接室の扉を開けた。
私はハンナに頷き返し、中へと歩を進めた。
「本日はお招きいただき恐悦至極に存じます」
私が入室すると、部屋にいた今回の縁談の相手がソファから立ち上がり、綺麗な姿勢でお辞儀をした。
「頭をお上げください!」
私は慌てて声をかけた。
お招きしたのはこちらだ。遠路はるばるお越しくださった方に、先にお礼を申し上げるべきなのは私の方だ。
「お礼を述べなければならないのはこちらです! 本日は遠路はるばるお越しくださりありがとうございます!」
黒髪の男性に向かってカーテシーをした。
今日のために何度も何度も大雑把な性格がバレないように練習した華麗な動きで。
「こちらこそです。真実でないとはいえ、今回の縁談をお受けして下さり、本当にありがとう……?」
話している途中で、言葉を発しなくなった黒髪の男性。
何かあったのだろうか?と疑問に思ったが、今の私は、ハンナからの指示で、
「スカートを広げてから30秒は目を伏せていて下さい」
というのを忠実に守っているために、男性がどのような状態なのか確認することができない。
(もう少し……二十五、二十六)
一秒一秒がとても長い。それに比例して、コントロールできていたはずの心音も騒がしさを増していき、もしかしたら相手に聞こえているのではないか?というほどにうるさく鳴り響く。
(二十九、三十!)
ようやく三十秒たった。
数え終わった私は、パッと目を開き、
「急に言葉が詰まったようでしたが、何かありました……」
黒髪の男性へと視線を向け、なるべくお淑やかに見えるように話しかけた。のだけど、その顔を見て言葉を失った。
「な、な、なんであなたがここに?!!」
「それはこっちのセリフだ!なんでお前が……って、もしかして!」
黒髪の男性はそう言うと、慌てて封筒から招待状を取り出すと、中身を確認し出した。
「…… オリヴィア・オルソン」
2枚目……おそらく私の絵が描かれた紙を食い入るように見ると、今度は視線を実物の私へ。そして、交互に何度も何度も確認するように見て、
「ヒャー……」
黒髪の男性は、白い顔で天井を見上げたまま、その場に膝をついた。
「お、オリヴィア・オルソン……さん?」
それから確認するように、彼は私の名を呼んだ。
「あなたが、ディック・ファーガソン……様?」
私も青い顔で確認するように名前を呼んだ。
「……」
「……」
気まずい空気が流れる。互いに指を差し合い、その顔を見つめ合う。
「……あっ、あはっ、はは……嫌だー!!この女だけは絶対に嫌だー!!」
突然、頭を両手で押さえ、天に向かってディックが叫んだ。この世の終わりのような表情で。
「それはこっちのセリフよ!! なんであなたと婚約しなければならないのよー!!」
そんな彼に釣られるようにして、私も思いの丈を叫んだ。般若の形相で。
「俺は、お前が嫌いだ!」
「私は、あなたが大嫌い!」
0
お気に入りに追加
21
あなたにおすすめの小説
命を狙われたお飾り妃の最後の願い
幌あきら
恋愛
【異世界恋愛・ざまぁ系・ハピエン】
重要な式典の真っ最中、いきなりシャンデリアが落ちた――。狙われたのは王妃イベリナ。
イベリナ妃の命を狙ったのは、国王の愛人ジャスミンだった。
短め連載・完結まで予約済みです。設定ゆるいです。
『ベビ待ち』の女性の心情がでてきます。『逆マタハラ』などの表現もあります。苦手な方はお控えください、すみません。
え?私、悪役令嬢だったんですか?まったく知りませんでした。
ゆずこしょう
恋愛
貴族院を歩いていると最近、遠くからひそひそ話す声が聞こえる。
ーーー「あの方が、まさか教科書を隠すなんて...」
ーーー「あの方が、ドロシー様のドレスを切り裂いたそうよ。」
ーーー「あの方が、足を引っかけたんですって。」
聞こえてくる声は今日もあの方のお話。
「あの方は今日も暇なのねぇ」そう思いながら今日も勉学、執務をこなすパトリシア・ジェード(16)
自分が噂のネタになっているなんてことは全く気付かず今日もいつも通りの生活をおくる。
ゆるふわな可愛い系男子の旦那様は怒らせてはいけません
下菊みこと
恋愛
年下のゆるふわ可愛い系男子な旦那様と、そんな旦那様に愛されて心を癒した奥様のイチャイチャのお話。
旦那様はちょっとだけ裏表が激しいけど愛情は本物です。
ご都合主義の短いSSで、ちょっとだけざまぁもあるかも?
小説家になろう様でも投稿しています。
婚約破棄されたおっとり令嬢は「実験成功」とほくそ笑む
柴野
恋愛
おっとりしている――つまり気の利かない頭の鈍い奴と有名な令嬢イダイア。
周囲からどれだけ罵られようとも笑顔でいる様を皆が怖がり、誰も寄り付かなくなっていたところ、彼女は婚約者であった王太子に「真実の愛を見つけたから気味の悪いお前のような女はもういらん!」と言われて婚約破棄されてしまう。
しかしそれを受けた彼女は悲しむでも困惑するでもなく、一人ほくそ笑んだ。
「実験成功、ですわねぇ」
イダイアは静かに呟き、そして哀れなる王太子に真実を教え始めるのだった。
※こちらの作品は小説家になろうにも重複投稿しています。
モブの私がなぜかヒロインを押し退けて王太子殿下に選ばれました
みゅー
恋愛
その国では婚約者候補を集め、その中から王太子殿下が自分の婚約者を選ぶ。
ケイトは自分がそんな乙女ゲームの世界に、転生してしまったことを知った。
だが、ケイトはそのゲームには登場しておらず、気にせずそのままその世界で自分の身の丈にあった普通の生活をするつもりでいた。だが、ある日宮廷から使者が訪れ、婚約者候補となってしまい……
そんなお話です。
当て馬令息の婚約者になったので美味しいお菓子を食べながら聖女との恋を応援しようと思います!
朱音ゆうひ
恋愛
「わたくし、当て馬令息の婚約者では?」
伯爵令嬢コーデリアは家同士が決めた婚約者ジャスティンと出会った瞬間、前世の記憶を思い出した。
ここは小説に出てくる世界で、当て馬令息ジャスティンは聖女に片思いするキャラ。婚約者に遠慮してアプローチできないまま失恋する優しいお兄様系キャラで、前世での推しだったのだ。
「わたくし、ジャスティン様の恋を応援しますわ」
推しの幸せが自分の幸せ! あとお菓子が美味しい!
特に小説では出番がなく悪役令嬢でもなんでもない脇役以前のモブキャラ(?)コーデリアは、全力でジャスティンを応援することにした!
※ゆるゆるほんわかハートフルラブコメ。
サブキャラに軽く百合カップルが出てきたりします
他サイトにも掲載しています( https://ncode.syosetu.com/n5753hy/ )
【完結】伯爵の愛は狂い咲く
白雨 音
恋愛
十八歳になったアリシアは、兄の友人男爵子息のエリックに告白され、婚約した。
実家の商家を手伝い、友人にも恵まれ、アリシアの人生は充実し、順風満帆だった。
だが、町のカーニバルの夜、それを脅かす出来事が起こった。
仮面の男が「見つけた、エリーズ!」と、アリシアに熱く口付けたのだ!
そこから、アリシアの運命の歯車は狂い始めていく。
両親からエリックとの婚約を解消し、年の離れた伯爵に嫁ぐ様に勧められてしまう。
「結婚は愛した人とします!」と抗うアリシアだが、運命は彼女を嘲笑い、
その渦に巻き込んでいくのだった…
アリシアを恋人の生まれ変わりと信じる伯爵の執愛。
異世界恋愛、短編:本編(アリシア視点)前日譚(ユーグ視点)
《完結しました》
伝える前に振られてしまった私の恋
メカ喜楽直人
恋愛
母に連れられて行った王妃様とのお茶会の席を、ひとり抜け出したアーリーンは、幼馴染みと友人たちが歓談する場に出くわす。
そこで、ひとりの令息が婚約をしたのだと話し出した。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる