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わたしは、俺は「あなたが」「お前が」嫌い(だ)!

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揺れる馬車の中、俺は窓ガラスに映った自分を見る。

「ふぅ……」

 緊張から手が震え、ズレたネクタイの結び目を直そうとするのだけど、うまくいかない。

「やっと見つかった婚約相手。これを逃したら……」

 夫を亡くした10個上の未亡人女性か、親と同世代の女性……

「妻って感じがしない……今日だ!今日しかチャンスはない!これを逃したら俺は、歳の近い妻を娶るチャンスなんて二度と来ない!」



***




「ふぅ……」

 重苦しい息を吐き出すと、緊張からこわばっていた身体が少しだけ軽くなる。

「オリヴィア様」

 もう一度、深呼吸をしようとしたら、ヘアのドアが叩かれ、私の名前が呼ばれた。

「お客様がご到着なさいましたので応接室へ」

ベッドに腰掛け、櫛(くし)で髪を溶かしていた私は、

「はい」

 と短く返事をして、近くのテーブルに櫛(くし)を置こうとして、

「あっ」

 床に落としてしまった。

「……」

 身を屈め、淡く輝く櫛に手を伸ばす。が、震えからうまく掴めない。

「ふぅ……」

 仕方なく、もう一度、深呼吸。すると、手の震えがいくらかおさまったので、櫛を掴み近くのテーブルへ置き、自室を出た。

「……」

 一階へ続く階段を降りながら、普段より一オクターブ高い音色を奏でる胸を手で抑え、転ばないように手すりに捕まり歩を進める。

(やっと現れてくれた婚約相手。様々な噂が飛び交い、断られた末にようやく決まった縁談。これを逃したら、残るは当主を引退されたばかりのおじい……ぐふん!お年を召された殿方しか残らない……)

「何がなんでも今日のお相手をものにしなくては!」

 という熱い想いが溢れ、つい口から出てしまった。それを耳にしていたハンナに、

「頑張って下さい!オリヴィア様!」

 と、応援された。

 恥ずかしさから頬を朱に染めながらも、

「任せなさい!」

 そう答えた。

 それからすぐに応接室の前へ到着し、ハンナがドアノブに手をかける。しかし、すぐに開くのかと思ったら、ハンナは振り返り、心配そうな顔で私を見る。

「オリヴィア様。覚えておられると思いますが、カーテシーは」

「わかってるわ。30秒でしょ」

 礼儀作法について聞いてきたので、ハンナを心配させまいと即答した。

 私の答えを聞いたハンナは満足そうに頷くと、応接室の扉を開けた。

 私はハンナに頷き返し、中へと歩を進めた。


「本日はお招きいただき恐悦至極に存じます」

 私が入室すると、部屋にいた今回の縁談の相手がソファから立ち上がり、綺麗な姿勢でお辞儀をした。

「頭をお上げください!」

 私は慌てて声をかけた。

 お招きしたのはこちらだ。遠路はるばるお越しくださった方に、先にお礼を申し上げるべきなのは私の方だ。

「お礼を述べなければならないのはこちらです! 本日は遠路はるばるお越しくださりありがとうございます!」

 黒髪の男性に向かってカーテシーをした。

 今日のために何度も何度も大雑把な性格がバレないように練習した華麗な動きで。

「こちらこそです。真実でないとはいえ、今回の縁談をお受けして下さり、本当にありがとう……?」

 話している途中で、言葉を発しなくなった黒髪の男性。

 何かあったのだろうか?と疑問に思ったが、今の私は、ハンナからの指示で、

「スカートを広げてから30秒は目を伏せていて下さい」

 というのを忠実に守っているために、男性がどのような状態なのか確認することができない。

(もう少し……二十五、二十六)

 一秒一秒がとても長い。それに比例して、コントロールできていたはずの心音も騒がしさを増していき、もしかしたら相手に聞こえているのではないか?というほどにうるさく鳴り響く。

(二十九、三十!)

 ようやく三十秒たった。

 数え終わった私は、パッと目を開き、

「急に言葉が詰まったようでしたが、何かありました……」

 黒髪の男性へと視線を向け、なるべくお淑やかに見えるように話しかけた。のだけど、その顔を見て言葉を失った。

「な、な、なんであなたがここに?!!」

「それはこっちのセリフだ!なんでお前が……って、もしかして!」

 黒髪の男性はそう言うと、慌てて封筒から招待状を取り出すと、中身を確認し出した。

「…… オリヴィア・オルソン」

 2枚目……おそらく私の絵が描かれた紙を食い入るように見ると、今度は視線を実物の私へ。そして、交互に何度も何度も確認するように見て、

「ヒャー……」

 黒髪の男性は、白い顔で天井を見上げたまま、その場に膝をついた。

「お、オリヴィア・オルソン……さん?」

 それから確認するように、彼は私の名を呼んだ。

「あなたが、ディック・ファーガソン……様?」

 私も青い顔で確認するように名前を呼んだ。

「……」

「……」

 気まずい空気が流れる。互いに指を差し合い、その顔を見つめ合う。

「……あっ、あはっ、はは……嫌だー!!この女だけは絶対に嫌だー!!」

 突然、頭を両手で押さえ、天に向かってディックが叫んだ。この世の終わりのような表情で。

「それはこっちのセリフよ!! なんであなたと婚約しなければならないのよー!!」

 そんな彼に釣られるようにして、私も思いの丈を叫んだ。般若の形相で。

「俺は、お前が嫌いだ!」

「私は、あなたが大嫌い!」
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