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プロミネンス王国という国

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「奴隷番号90、ロイ!出番だ!出ろ!」

試合の時間になり、係員が呼びに来た。

「ふぅ……さて。ちょっくら行ってくるわ」

ロイは檻を出て行った。

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「皆様!長らくお待たせしました!本日の第3試合を開始します!」

アナウンスが流れる。

試合が始まるのを待っていた民衆は、

「「うおおおお!」」

大いに盛り上がる。

この世界は娯楽が少ない。その為、賭け事などが盛んに行われている。

その中でもどちらが勝って、どちらが死ぬかを賭けるだけの単純な剣闘は、大人気で、王国民の1番の楽しみとなっている。

「それでは戦士の紹介です!西!娘をさらって奴隷商に売ろうとしたチンピラを殺した罪で奴隷になってしまった男!ロイ!」

名前が呼ばれると、目の前の檻が上がり闘技場の真ん中へと進む。

「彼の得意武器は頭が2Mもある巨大ハンマー!その大きなハンマーを操り敵を一撃で押し潰して鮮血が舞う姿から、ついた名は「赤鬼」!ここまで無傷の5連勝!今日も相手を一撃で沈めるのか!」

アナウンスはロイが真ん中へ着くとちょうど良く終わる。

「東!貴族に婚約者を奴隷にされ、奴隷となった婚約者を解放するために、闘技場で剣闘奴隷として10勝しなければならない男!ケイタ!」

ロイの対戦相手が入場してくる。

「現在、王国貴族の間で流行っている。恋人や婚約者がいる女を奴隷にして、男を誘い出し、解放する条件として闘技場で奴隷剣闘士として10勝することを提示。その後条件を飲ませて奴隷にして、どこまで勝ち抜くのか賭けるという遊びが盛り上がっていますよね!現在2勝している彼はどこまで勝つのか!私は2勝に賭けているのでここで死んでくれるとありがたい!」

ケイタと呼ばれた中肉中背で影が薄そうな男が真ん中へとやってくる。

「全く……この国の貴族には碌なのがいない。あんたには同情するよ」
「ははは……私ではあなたには勝てそうにありませんね。しかし。僕も引くわけにはいきません。守るべき存在の為に」

ケイタと呼ばれた男は覚悟の決まった強い眼差しを向けてきた。

「悪いが、俺はこんなところで死ぬわけにはいかん!なので、全力で行かせてもらう!」

お互いに闘志をぶつけ合い武器を構える。

「では、試合開始!」

どおおおおん!

大きな太鼓の音が、試合が始まる。

(相手は片手剣に小さな盾……ここまで2勝しているだけあって落ち着きも見られるな。これは少しでも隙を見せたら危ないな)

判断したロイは、先手を取るためハンマーを振り上げて、ケイタめがけて振り下ろす。

どおおおん!

派手な音と地震のような衝撃が闘技場をかすかに揺らす。

「出ました!ロイ選手の一撃必殺「スマッシュ」!土煙で見えませんがケイタ選手は無事なのか!」

実況が終わると同時に、土煙の中からケイタがロイの懐をめがけて片手剣を前方に突き出しながら走る。

「ケイタ選手無事でした!ロイ選手のスマッシュをかわしてがら空きとなっている懐を狙って剣を構え突進していく!」

ケイタの剣の切っ先がロイに脇腹に迫る。だが、ロイは慌てることなくハンマーの柄で受ける。

「やるな!」
「なんとか避けられただけですよ」

ロイはバックステップでケイタから距離を取る。

ロイのハンマーは大きいので一撃の攻撃力はあるが、次の攻撃までのタイムラグとその大きさゆえに攻撃するためにはある程度の距離を空ける必要が欠点となっている。

当然、そのことを理解しているケイタは距離を縮めてロイの懐に入り、剣で攻撃し続ける。

「くっ!」

ケイタの攻撃をなんとかハンマーの柄で防ぎ続ける。

だが、攻撃が当たるのは時間の問題。観戦している民衆もケイタ本人も勝ちを確信した。

確信通り、ケイタの攻撃でロイはハンマーを落としてしまう。

「これで終わりです!」

ケイタの剣が、ロイの腹を捉えた……が、ロイはケイタの剣先を両手で掴み止める。

「くっ!」

剣を動かそうと力を込めるが、剣が動かない。

「無駄だ。力は俺の方が上だからな。そして、これで終わりだ」

掴んでいた剣を遠くへと放り投げケイタの喉に思いっきり拳を叩き込む。

「ぐは!」

ケイタは5メートル先まで転がって、血を吐く。

「ごぼ……イー、ナ……」

呟いてからしばらくして動かなくなった。

「……よっしゃ!賭けに勝った!これで大金が入るぞ!……っと。失礼しました。勝者!ロイ!」

地下へと続く檻が上がり、闘技場を後にする。

檻をくぐる時に、近くから

「いやーー!いやーー!ケイターー!」

と叫ぶ女の声が聞こえた。

気になり、声のする方に目を向けると、ボロボロの服を着た女と仕立ての良さそうな紳士服を着た中太りの貴族と思われる男が観客席にいるのが見えた。

「ケイター!」

女は必死に男の名を叫んでいた。

その横に立つ貴族の男は何を言っているか聞こえなかったが、喋り終わると剣を抜き女の胸を突き刺した。

胸を刺された女は血を吐きながら闘技場で倒れる男へと手を伸ばして動かなくなった。

女の返り血で服が汚れた男は大きな声で怒鳴り始めた。

「くそ!血で服が汚れたじゃねえか!ゴミクズ!」

貴族の男は女の体を蹴り飛ばす。

「おい!誰か!このゴミを片付けておいてくれ!」

係員を呼ぶと男は怒った様子のまま闘技場から出て行った。

初めになんて言っていたかわからなかったが、刺した後の言葉はよく聞こえた。

「胸糞悪いどころじゃねえな……ちくしょう!」

その光景を見ていた俺は、何もできない自分に腹が立って仕方がない。ちくしょう!

だが、この国ではこれが当たり前だ。

市民は貴族の気分次第で人生を滅茶苦茶にされるのは当たり前。でも、納得できねえ!が、俺にはどうにかしてやれる力がない。

だからこそ、俺は……

********************

「おじさんおかえり」

愛想はなかったが、メイナスが出迎えてくれる。

「おう!なんとか勝つことができたぜ!」
「おめでとう」
「ありがとな!アークは何かないのかぁ?」
「……おつかれ」
「おう!……あと4勝だ!やってやるぜ!」

だからこそ、俺は死んでいった奴らの分まで笑ってやるんだ。

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「本日もその目にも止まらぬ俊速の5連突き「フィフスバレット」で敵を屠って、無傷の5勝目!勝者!メイナス!」

アナウンスが流れると会場は、

「「きゃあああ!!!」」

と黄色い声で盛り上がる!

「「ぶーぶー!」」

その中には、野太いブーイングも微かに聞こえる。

それでも僕には関係ない。

僕はいつものように運ばれていく対戦相手にお辞儀をして、闘技場を後にする。

檻に戻る途中で係員から手紙を渡された。

「俺は何も見ていないから早く受け取れ」

その係員は動くたびにポケットからチャリンとした音が聞こえた。

俺は係員から手紙を受け取る。

本来は奴隷に手紙を渡すことは禁止とされている。だが、闘技場の係員は金さえ払えばどんなことも見逃してくれる。

手紙には差出人は書かれていなかったが、字で誰かすぐにわかった。

「メアリー」

俺の2つ下の妹からだった。

親愛なるお兄様へ
私が売られるはずだったのに身代わりにしてしまい申し訳ありません。
お兄様が売られた後に、結局お父様達は他に借金があり、払えず奴隷となり、男爵家は亡くなってしまいました。
私は運良く奴隷にならずにすみ、今は王都の下町のパン屋さんで住み込みで働いています。
こうして無事に生きていられるのもお兄様のおかげです。本当にありがとうございます。
お兄様が、その後剣闘奴隷となっていると聞き、この手紙を渡してもらうようにお願いしました。
どうか!どうか!ご無理だけは!
いつになるかは分かりませんが、お金を稼いでお兄様を奴隷から必ず救い出します!だから、どうか!生きてください!
                MRより

「そうか……無事で過ごしているのか」

俺は妹が無事でいることが知れてホッとした。

「本当によかった……」

俺はその手紙をたたみ、懐に大事にしまい、檻に向かって歩き出す。

「お!今回も無傷で勝ってきたのか!」

僕は腰に下げたレイピアについた血を拭い手入れをする。

「なんとかね」
「なんかいつもより嬉しそうにしてんな!何かいいことでもあったのか?」

おじさんが聞いてきた。

(おじさんてたまに鋭いよな……)

手紙のことを他の係員に聞かれると面倒なことになるので、

「まあ、後5回勝てばここともおさらばできるからね」

と、誤魔化しておいた。

「そうだな……俺も頑張らねえとな!」

俺は懐のにある手紙にそっと手を触れる。

後5回。何がなんでも勝つ!


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アークの試合2日前……

闘技場 公爵マグナス執務室

コンコン

闘技場の係員がドアを叩く。

「入れ」
「失礼します」

公爵の許しが出たので部屋へと入る。

「奴隷番号50 エリーゼをお連れしました」
「うむ。これは褒美だ。とっておけ」

公爵は係員に金貨10枚入った袋を投げて渡す。

「ありがとうございます。それでは失礼します」

金を受け取った係員は部屋を退室する。

「初めましてだな。マース小王国エリーゼ元!王女。私はこの国で公爵をしているマグナスというものだ。今回君にお願いがあって呼び出した」
「……」
「まあまあ。そんなに怖い顔をするな。君に任せることは簡単なことだから安心してくれ。君にはあのアークという少年に次の試合の直前に毒を飲ませてほしいだけだ」

エリーゼはさらにきつい顔でマグナスを睨む。

「できません」
「そうか。まあ、断っても同じだがな。お前は隷属の首輪で俺たちには逆らえない。命令だ。あの少年に2日後の最終試合の前に毒を飲ませろ」

マグナスが命令というと隷属の首輪は、赤く光っり、エリーゼの目が虚になり、顔から表情が消えた。

「……わかりました」
「よし。なら、檻へと戻れ」
「はい」

エリーゼは部屋を出て行く。

「さて、あの少年がどんな反応をするのか。命令が遂行されなければ隷属の首輪によって姫を動けなくなるほどの電流が襲うぞ。さて、少年はどんな選択をするのだろうな」

マグナスは葉巻を吸い、ニヤリと笑う。

**********×*********

闘技場地下一階 女性奴隷の檻

「……」

エリーゼは無言でただ座っている。

その様子を見たエリは、

「隷属の首輪で何かを強制的に命じられたのか」

奴隷歴が長い彼女はすぐに見破る。

「神様。あたしは悪いことたくさんしたけど、この子はただ敵国の姫ってだけでこの仕打ちはひどいよ。もし見ているならどうかこの子が幸福でありますように」

エリは自分が何もできないことがわかっていた。だから、せめてエリーゼがこの先幸福な人生を歩めるようにと祈る。
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