婚約破棄されたばかりの私の手が第三王子のお尻にめり込んでしまった。

さくしゃ

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お母さんじゃありません

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春本番の四月。日が延びて明るい時間が長くなった夕方四時を三十分過ぎた頃、私はロベルト殿下のアトリエに向かっていた。

「はぁ……」

 ロベルト殿下の突然の告白に私は戸惑った。一瞬、茶化されているのか?とも思った。だけど、ロベルト殿下のまっすぐと私を見る目は真剣で嘘をついている様子は見られなかった。

 何て答えたものかーー悩んだ末にロベルト殿下のことはよくわからないので、と答えは一度保留にしてもらうことにした。

 そんな私にロベルト殿下は、

「では、俺のアシスタントを頼みたい!なぜかわからないが君に浣腸された瞬間、それまで悩んでいたのが嘘のようにアイデアが降ってきて、次の作品の構想が決まった!だから頼む!俺に君の力を貸してくれ!」

 昔から人に頼まれるとどうしても断れない私は勢いに押されて思わず了承してしまった。

「はぁ……自分のこの押しに弱い性格が恨めしい」

 と、自分に嫌気がさしてため息一つ。

(でも、引き受けてしまったものはしょうがない)

 しかし、いつまでもウジウジ考えていたってしょうがないと切り替えた。が、

"君との日々は苦痛でしかなかった"

 我に返るとマイクのことばかりを思い出してしまっていた。

(なんで……どうして)

 何がダメだったのか。自問自答し続けた。答えの出ない堂々巡り……それを繰り返しているといつの間にか学園の北はずれにあるロベルト殿下のアトリエについていた。

「ふぅぅ」

 再度、気持ちを切り替えてアトリエのドアを開いた。

「はぁぁ……」

 でも、気持ちを切り替えたのも束の間、ドアを開けた瞬間、私はこの日何度目になるかわからない憂鬱な気分に襲われた。

「昨日あんなに」

 その原因は、

「綺麗にしたのにぃぃ!!」

 ロベルト殿下のだらしなさが現れた汚部屋だった。

 ロベルト・ボルテン第三王子ーー同性、異性問わず魅了してしまう端正な顔立ちに、どんな分野の学者も凌駕する頭脳、そして全ての王侯貴族がお手本とするほどの人格者と噂される人物。しかしその実態は、

(めちゃくちゃだらしない)

 四方15メートルと広いロベルト殿下の部屋は絵の具やキャンパスなどの画材、着替えたと思われる衣類に本が散乱していた。しかも昨日掃除したにも関わらずなぜか埃の塊まで転がっていた。

(幼い頃から表舞台ーー社交界やその他の催しにあまり参加されない方だから噂に尾ひれがつきにつきまくって広まったとしか思えない。だってこんなだらしない人を全ての王侯貴族がお手本にしたら屋敷がゴミだらけで掃除するハウスメイドさんが次々に辞めてハウスメイドという職業が絶滅危惧種になってしまう)

 部屋の惨状に何度目になるかわからないため息をついた私は、

「まずは空気の入れ替え」

 と、あまりに汚いので土足厳禁と言われているが素足で歩く気になれず、ローファーを履いたまま部屋を進んだ。

「……暗い」

 日が延びて明るいとはいっても夕方であり、部屋のカーテンを閉めきっていて足元が微かにしか見えない程に暗い。そのため

「い!」

 窓に向かって歩いている途中で"何か"を踏んでしまうことは毎日のようにある。

(まあ、その"何か"というのはたいてい……)

「ううう……誰だぁ!俺の足を踏んだのzzz」

(床で眠っているロベルト殿下なんだけど)

 寝ている間の記憶はないらしくいつも目を覚ました後に、

「最近、起きた後になぜか足が痛いんだよな」

 と、真剣な顔で話してくるロベルト殿下に、

「きっと寝てる最中にキャンパスを蹴ってしまったんですよ。私が来た時に倒れてましたから」

 って言って誤魔化している。こんなのいつまでも通用しないよねと内心はドキドキしてるんだけど思ったよりも純粋なロベルト殿下は毎回騙されてくれる。

(ごめんなさい。ロベルト殿下……次からはもう少し優しく踏めるように努力します)

 ロベルト殿下に心の中で謝罪してから振り返ってカーテンを開けた。

「ゔゔゔ」

 すると窓から茜色の光が差し込んで部屋を照らした。そして太陽の光が弱点であるロベルト殿下は苦しそうに唸りながら近くに転がっていた布に手を伸ばすとくるまった。

「今日も手強そう」

 布にくるまったロベルト殿下はさながらドラゴンのブレスを弾くと言われる「オリハルコン」製の大楯を手にしたタンク職のようにしぶとくなかなか目を開けてくれない。だけど、強敵だからと躊躇していたらいつまで経っても目を開けてくれないどころか、時間が経てば経つほどに眠りが深くなっていく。

「ロベルト殿下!もう夕方ですよ!良い子は起きる時間です!」

 布を剥ぎ取って露わとなったシャツの襟を両手で掴むと思いっきり前後に揺らした。

「あ……あ"あ"気持ち悪いぃ」

 どのくらい思い切りかというと顔色が青くなるまで揺らす。

「ほら起きて!」

 そして顔色が紫色になりかけたとき、

「うう」

 ようやく意識が覚醒したロベルト殿下の瞼がピクピクと動いた。

「ようやくお目覚めですね。さあ、夕食を作るので早く顔を洗ってきてください」

「あ、あと3時間だけ寝かせて……お母さん」

 ロベルト殿下は人差し指、中指、薬指を立てて私に訴えかけてきた。

「誰がお母さんですか。あなたみたいな子を産んだ覚えはありません」

 しかしロベルト殿下の訴えだとしても聞けないこともある、とロベルト殿下を引きずって移動し、洗面所へ放り込むと夕食の準備を始めた。

(全く毎日毎日手がかかる)

 野菜を切りながら、

(だけど)

 洗面所の方を見た。

「はぁぁ、お腹すいたー」

 あくびをしながらロベルト殿下が洗面所から出てきた。どうやら歯を磨いただけのようで肩まである金色の髪が爆発したままになっていた。

(毎回思うけどロベルト殿下の髪ってどうなっているの……ぶ、ははは!髪が逆立ってる!)

 それを見た私はロベルト殿下にバレないように笑った。

(手はかかる。だけど、何だろう……何だか一緒にいるとものすごく楽しい)

 一人でいる時はマイクのことで悩んで落ち込んでしまう。だけど、ロベルト殿下といる時だけはそのことを忘れられた。

「あ、もうダメだ……あははは!」

「ん?どうした?」
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