上 下
31 / 41

前夜

しおりを挟む
「いよいよ明日は魔王戦ですね。早いものです」

 夜空を彩る満点の星々とそんな空を飛翔するドラゴンの群れ。

「ごちそうさま。それじゃ僕は先に寝ます」

 うっすらと雪が積もり、近くの山脈から風が吹き木々を揺らす。

「おやすみなさい」

 魔王城近くの森に拠点を設けた私たちーー勇者パーティーは暖を取るために焚き火を囲みお茶を飲んでいた。

「おやすみなさい」

「おう。風邪ひくなよ」

 お茶を飲み終えたハンスが寝袋に入った。いつも通りの順番。ハンスが1番先に眠って、3時間交代で見張りを替わる。私とワタルはいつも通りハンスに挨拶してからお茶を啜った。

「……」

「……」

 静かな時間が流れる。ドラゴンの鳴き声、風に揺れ擦れ合う木の葉の音ーー静か。非常に心地いい……はずなのに、私の内側は違った。

『これがワタルと過ごす最後の夜』

 そう思ったら心臓がうるさく鳴り響いた。

(ど、)

 緊張で視野が狭まり何も考えられなくなった。

(どうしよう……)

 ワタルへの気持ちに気がついて半年、色んなワタルを見た。

"ギャッギャッ!!"

"お尻ぺんぺんだと……舐めんな!"

 ゴブリンに挑発されてムキになって敵の罠である落とし穴にハマったりとすぐに感情的になる所、

"大丈夫だ"

 だけど、親を魔族に殺されて悲しむ子供と一緒になって泣いたりもしていた。それに、

"サ、サン!お、お腹が……か、回復魔法をぉぉ"

 ちょっとでも冷やすとすぐにお腹を壊すくせに「汗をかきたくない」という理由で冬になっても半袖半ズボン姿のワタルがゾンビのような青白い顔でお腹を抑えて回復魔法を求めてきたこともあった。

「……」

 話したいことなんていくらでもあるはずなのに、思い出が巡るたびに、ワタルのことが愛おしくなって

『伝えたい』

 という想いが強くなっていって、

(ああ……ぅぅ……)

「言わない」と決めた覚悟と「伝えたい」という想いがぶつかって頭の中で激しい論争が展開した。その結果、

(もうどうにでもなれ!)

 訳がわからなくなり勢いに任せてしまうことにした。

「……わ、ワタ」

「サン!」

 勢いに任せてワタルの名前を呼んだ時、ほぼ同時にワタルが私の名前を呼んだ。

「見ろよ!」

 そして夜空を指差した。

「流星だ!」

 木々の間から水色に輝く星が東から西へ流れる空を見て、

「……明日は生きて帰れるかわからないって不安だったけど」

 笑顔を浮かべた。

「なんか少しだけ大丈夫かなって思えてきたわ」

 そんな笑顔のワタルと視線があった。

(何をやってるんだろう。私は……)

 魔族を束ね、人族国家へと侵攻し50年ーー大陸の3分の2を支配する魔王軍の長にして、歴史に名を刻む英傑たちを葬り去ってきた最強の存在である『魔王』

(不安にならないはずがないのに)
 
 そんな魔王を倒せるのは「勇者」のみだ。ワタルが死ねば私たち人族は滅びるしかない。

「……」
 
 私は一度、目を瞑った。

(今、大事なのは……)

 それからしばらく閉じていた目を開き、

「うん!大丈夫!私たちなら勝てる!」

 喉まで出かかった"想い"を飲み込んで笑った……でも、私は後になってこの時のことをものすごく後悔した。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

頑張らない政略結婚

ひろか
恋愛
「これは政略結婚だ。私は君を愛することはないし、触れる気もない」 結婚式の直前、夫となるセルシオ様からの言葉です。 好きにしろと、君も愛人をつくれと。君も、もって言いましたわ。 ええ、好きにしますわ、私も愛する人を想い続けますわ! 五話完結、毎日更新

運命の番?棄てたのは貴方です

ひよこ1号
恋愛
竜人族の侯爵令嬢エデュラには愛する番が居た。二人は幼い頃に出会い、婚約していたが、番である第一王子エリンギルは、新たに番と名乗り出たリリアーデと婚約する。邪魔になったエデュラとの婚約を解消し、番を引き裂いた大罪人として追放するが……。一方で幼い頃に出会った侯爵令嬢を忘れられない帝国の皇子は、男爵令息と身分を偽り竜人国へと留学していた。 番との運命の出会いと別離の物語。番でない人々の貫く愛。 ※自己設定満載ですので気を付けてください。 ※性描写はないですが、一線を越える個所もあります ※多少の残酷表現あります。 以上2点からセルフレイティング

今さら、私に構わないでください

ましゅぺちーの
恋愛
愛する夫が恋をした。 彼を愛していたから、彼女を側妃に迎えるように進言した。 愛し合う二人の前では私は悪役。 幸せそうに微笑み合う二人を見て、私は彼への愛を捨てた。 しかし、夫からの愛を完全に諦めるようになると、彼の態度が少しずつ変化していって……? タイトル変更しました。

完結 嫌われ夫人は愛想を尽かす

音爽(ネソウ)
恋愛
請われての結婚だった、でもそれは上辺だけ。

【完結】愛に裏切られた私と、愛を諦めなかった元夫

紫崎 藍華
恋愛
政略結婚だったにも関わらず、スティーヴンはイルマに浮気し、妻のミシェルを捨てた。 スティーヴンは政略結婚の重要性を理解できていなかった。 そのような男の愛が許されるはずないのだが、彼は愛を貫いた。 捨てられたミシェルも貴族という立場に翻弄されつつも、一つの答えを見出した。

愛する義兄に憎まれています

ミカン♬
恋愛
自分と婚約予定の義兄が子爵令嬢の恋人を両親に紹介すると聞いたフィーナは、悲しくて辛くて、やがて心は闇に染まっていった。 義兄はフィーナと結婚して侯爵家を継ぐはずだった、なのにフィーナも両親も裏切って真実の愛を貫くと言う。 許せない!そんなフィーナがとった行動は愛する義兄に憎まれるものだった。 2023/12/27 ミモザと義兄の閑話を投稿しました。 ふわっと設定でサクっと終わります。 他サイトにも投稿。

この度、仮面夫婦の妊婦妻になりまして。

天織 みお
恋愛
「おめでとうございます。奥様はご懐妊されています」 目が覚めたらいきなり知らない老人に言われた私。どうやら私、妊娠していたらしい。 「だが!彼女と子供が出来るような心当たりは一度しかないんだぞ!!」 そして、子供を作ったイケメン王太子様との仲はあまり良くないようで――? そこに私の元婚約者らしい隣国の王太子様とそのお妃様まで新婚旅行でやって来た! っていうか、私ただの女子高生なんですけど、いつの間に結婚していたの?!ファーストキスすらまだなんだけど!! っていうか、ここどこ?! ※完結まで毎日2話更新予定でしたが、3話に変更しました ※他サイトにも掲載中

【完結】いてもいなくてもいい妻のようですので 妻の座を返上いたします!

ユユ
恋愛
夫とは卒業と同時に婚姻、 1年以内に妊娠そして出産。 跡継ぎを産んで女主人以上の 役割を果たしていたし、 円満だと思っていた。 夫の本音を聞くまでは。 そして息子が他人に思えた。 いてもいなくてもいい存在?萎んだ花? 分かりました。どうぞ若い妻をお迎えください。 * 作り話です * 完結保証付き * 暇つぶしにどうぞ

処理中です...