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そう思ってた。

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"私の背中を押してくれてありがとう"

 自然と、なんの抵抗感もなく言葉が、感情が出た。今までなら教皇の顔がチラついて感情が出る前に消えてしまっていたのに。教皇の顔が浮かんでも言えた。

(言えた)

 それからも感情が出るたびに教皇の顔が浮かんだけど普通に言えた。そしてワタル達へ思いを伝えるたびに浮かび上がってくる教皇の顔が薄れていった。

「ふふ」

 自然と自分の感情が表現できる。それが楽しくて嬉しくて……少し前までは何も感じなかった。ただボーッと私以外の人たちが、笑ったり、怒ったりと好きなように感情を表現する中で私だけが何もなかった。

 だけど、今ならわかる。私はずっとずっと憧れていた。笑う人を見てどう笑うのか考えたり、怒る人を見てどんな気持ちなのだろうと想像したり……無意識の中でそんな人たちを眺めながら考えていた。

"お前の考えになどなんの価値もない"

 楽しくて忘れていた。現実は何も変わっていなかった。

「さ、聖女様。さっさと門を潜って王都へ入りましょう」

 空へ何かを叫ぶワタルを置いてハンスに押されるままに東門へ向かった。

「おや」

 勇者パーティーの帰還だ。と門の前に並ぶ王都民達は歓喜し、道を開けてくれた。その中を私とハンスは進んだ。たまに話しかけられたりしたけど、人と親しく接した経験が不足していた私にはどう接したらいいか分からず、下を向いたまま進んだ。

「予定より早い帰還ですね」

 そして人垣を抜け安堵の息を漏らした……その時、聖都で政務中のはずの、この場にいるはずのない人物がいた。

「よく四天王を倒しました。聖女『サン』」

 白髪のオールバック。70という年齢を感じさせる皺くちゃの顔。黒の修道服、胸には十字架のペンダントが輝く柔和な笑顔を浮かべた聖教会教皇ーーマイヤ・ローウェンが5人の聖騎士を従え、立っていた。

「ん?目を見開くなんていつものあなたらしくない反応ですね」

 教皇は私の反応を見て笑顔を崩し、真顔になると私へ近づいて目を覗き込んできた。

「どうしました?返事がまだですよ?」

 震え出す私の身体。

(や……嫌)

 と、初めて「教育」を受けた時の記憶が頭の中を駆け巡った……あの時も今のように真顔で私が「はい」というまで鞭で身体を打たれた。

「っ!」

"もうあなたの操り人形には……ならない!"

 そんな思いが浮かんで、

「これは"教育"が必要なようですね」

 喉元まで出かかった。だけど、その言葉は口を通る頃には消えてしまった。

「さあ、教会へ行きますよ」

 と、私の肩を教皇は掴んだ。

「え……ちょっと待ってください!」

 教皇を前にして震える私を見たハンスは異変を感じたのか険しい顔で教皇に手を伸ばした。

「……」

 が、教皇の隣に佇む1人の聖騎士が腰に差した剣を抜き放ち、ハンスの手へと振り下ろした。

「っ!」

 聖騎士から漏れたわずかな殺気を感じ取ったハンスは慌てて右手を引っ込めて難を逃れた。そして即座に大盾を構え、

「いきなり切り掛かるとか正気ですか!?」

 聖騎士を睨んだ。

「異教徒が……穢らわしい手で教皇様の御身に触れるな!」

 そんなハンスに対して怒りを露わにする聖騎士は剣を構え詠唱を始めた。

「……噂通りのイカれぶりというわけですか」

 そこから聖騎士5人とハンスの戦闘が始まった。

「それではその方への『教育』はあなた達に任せましたよ」

 微笑む教皇は「行きますよ」と私の手を引いて歩き出した。
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