上 下
1 / 41

私のこの気持ち……?

しおりを挟む
「マジかよ……ここって本当に異世界なんだな」

 雨上がりの森ーー雲の切れ目から太陽が顔を出し、大地を照らした。木の葉から雫が垂れ、地面の水溜りを揺らした。

「ひっ……やぁぁぁ!? ホブゴブリン!」

 森の真ん中に作られた街道を東へ進む私たち勇者パーティーの前に、3体の緑の怪物が立ちはだかった。

「……」

 一体は、ところどころ錆びた直剣を構え、軽鎧を身に纏った屈強な体躯のホブゴブリンが、

「き、切り掛かってきぎゃあああああ!!」

 派手な黄色の髪に似合わず、ひどく臆病な性格の勇者パーティーのタンクーーハンス・ミネルヴァへと切り掛かった。

「グアア!!」

「ぎゃあああ!!」

 彼は腰を抜かし悲鳴をあげながらも器用に斬撃を受け流していく。

「そいつ頼むわ」

 ハンスの受け流しに体勢を崩されたボブゴブリンの隙をついて、後方で矢を構える2体のボブゴブリンへと勇者ーーナカムラ・ワタルが接敵、

「サン。なんか適当に支援魔法頼む」

 異世界人特有の黒髪を靡かせ、ナックルをはめた拳を振りかぶり、勇者パーティー後方支援担当の聖女の私に指示を飛ばした。

「……」

 即座に「攻撃力上昇」「俊敏上昇」「防御力上昇」の支援魔法を発動しようと杖を構えた。

「……え、ちょ」

 だけど、

「支援魔法……?」

 勇者のサポートをするのが聖女の使命……なのに、

「……」

 支援魔法を発動しようとするも何故だか躊躇してしまう。

(……なぜ?)

 ワタルに声をかけられると毎回こうなってしまう。考えてみるけど原因がわからない。

(ワタルがこの世界に召喚された時に声をかけられてからずっと……なぜ?)

 首を傾げる。

「サンさん!支援魔法お願いしまーす!」

 そんな時、考えている私にワタルが叫んだ。


 ・
 ・
 ・
 ・
 ・


 異世界の勇者が15歳となった瞬間、王国宮廷魔法使い総出で勇者召喚が行われ、彼ーーナカムラ・ワタルは眩い光の中から姿を現した。

「お前は女神様の代理者である『聖女』そのことをゆめゆめ忘れるな」

 いきなりのことに戸惑うワタルへ王様が事情説明する横で、私の育ての親である教皇様に耳打ちされた。低く強い口調で。鋭い視線を向けられながら。

「……はい」

 女神様と唯一話すことのできる聖女は「女神の代理者」と言われる。故に、女神様のように「献身的な自己犠牲」「完全無欠」であるようにと育てられた。

「聖女として」「女神の代理者として」

 そこに私の「感情」や「意思」は邪魔でしかない。女神様の考えが記された聖典を誰よりも深く理解する教皇様の言うことを聞いていればいいだけ……「聖女」として。

「単車も買ったばかりで早く乗りてーからな……わかった。さっさと魔王の討伐に行こう」

 ワタルはそう言うとパーティーメンバーになるハンスへ笑いかけた。

「よろしくな!」

 その次に私に向かって笑って、

「よろしく!」

 初対面の人間に対する挨拶にしては軽い感じで話しかけてきた。

「……」

「……?」

 返事をしない私にワタルは首を傾げた。

「……っ!」

 それからしばらくワタルの顔をじっと見つめていた私は我に帰ると慌てて顔を逸らしてしまった。

「人見知りか……?」

 そんな私を見たワタルは今度は逆に首を傾げた。

「……」

 あのとき、何で顔を逸らしてしまったのかいくら考えても分からなかった。ただ、これまで聖女として出会ってきた人々とは異なる視線だった。

 それからというもの、なぜかワタルに苦手意識のようなものがあり、最低限しか接していない。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

頑張らない政略結婚

ひろか
恋愛
「これは政略結婚だ。私は君を愛することはないし、触れる気もない」 結婚式の直前、夫となるセルシオ様からの言葉です。 好きにしろと、君も愛人をつくれと。君も、もって言いましたわ。 ええ、好きにしますわ、私も愛する人を想い続けますわ! 五話完結、毎日更新

〖完結〗旦那様には出て行っていただきます。どうか平民の愛人とお幸せに·····

藍川みいな
恋愛
「セリアさん、単刀直入に言いますね。ルーカス様と別れてください。」 ……これは一体、どういう事でしょう? いきなり現れたルーカスの愛人に、別れて欲しいと言われたセリア。 ルーカスはセリアと結婚し、スペクター侯爵家に婿入りしたが、セリアとの結婚前から愛人がいて、その愛人と侯爵家を乗っ取るつもりだと愛人は話した…… 設定ゆるゆるの、架空の世界のお話です。 全6話で完結になります。

【完結】あなただけが特別ではない

仲村 嘉高
恋愛
お飾りの王妃が自室の窓から飛び降りた。 目覚めたら、死を選んだ原因の王子と初めて会ったお茶会の日だった。 王子との婚約を回避しようと頑張るが、なぜか周りの様子が前回と違い……?

愛する人が妊娠させたのは、私の親友だった。

杉本凪咲
恋愛
愛する人が妊娠させたのは、私の親友だった。 驚き悲しみに暮れる……そう演技をした私はこっそりと微笑を浮かべる。

王太子殿下が好きすぎてつきまとっていたら嫌われてしまったようなので、聖女もいることだし悪役令嬢の私は退散することにしました。

みゅー
恋愛
 王太子殿下が好きすぎるキャロライン。好きだけど嫌われたくはない。そんな彼女の日課は、王太子殿下を見つめること。  いつも王太子殿下の行く先々に出没して王太子殿下を見つめていたが、ついにそんな生活が終わるときが来る。  聖女が現れたのだ。そして、さらにショックなことに、自分が乙女ゲームの世界に転生していてそこで悪役令嬢だったことを思い出す。  王太子殿下に嫌われたくはないキャロラインは、王太子殿下の前から姿を消すことにした。そんなお話です。  ちょっと切ないお話です。

運命の番?棄てたのは貴方です

ひよこ1号
恋愛
竜人族の侯爵令嬢エデュラには愛する番が居た。二人は幼い頃に出会い、婚約していたが、番である第一王子エリンギルは、新たに番と名乗り出たリリアーデと婚約する。邪魔になったエデュラとの婚約を解消し、番を引き裂いた大罪人として追放するが……。一方で幼い頃に出会った侯爵令嬢を忘れられない帝国の皇子は、男爵令息と身分を偽り竜人国へと留学していた。 番との運命の出会いと別離の物語。番でない人々の貫く愛。 ※自己設定満載ですので気を付けてください。 ※性描写はないですが、一線を越える個所もあります ※多少の残酷表現あります。 以上2点からセルフレイティング

私のことを愛していなかった貴方へ

矢野りと
恋愛
婚約者の心には愛する女性がいた。 でも貴族の婚姻とは家と家を繋ぐのが目的だからそれも仕方がないことだと承知して婚姻を結んだ。私だって彼を愛して婚姻を結んだ訳ではないのだから。 でも穏やかな結婚生活が私と彼の間に愛を芽生えさせ、いつしか永遠の愛を誓うようになる。 だがそんな幸せな生活は突然終わりを告げてしまう。 夫のかつての想い人が現れてから私は彼の本心を知ってしまい…。 *設定はゆるいです。

浮気をした王太子が、真実を見つけた後の十日間

田尾風香
恋愛
婚姻式の当日に出会った侍女を、俺は側に置いていた。浮気と言われても仕方がない。ズレてしまった何かを、どう戻していいかが分からない。声には出せず「助けてくれ」と願う日々。 そんな中、風邪を引いたことがきっかけで、俺は自分が掴むべき手を見つけた。その掴むべき手……王太子妃であり妻であるマルティエナに、謝罪をした俺に許す条件として突きつけられたのは「十日間、マルティエナの好きなものを贈ること」だった。

処理中です...