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第1章 黒の川

アルガナバード油田 2

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 ドアが開く音がした。
 続いてスティーヴンがXC-11を右手に持ち、左手で窓枠を掴んで飛び越えるように突入した。
 僕らも後に続いて速やかに侵入した。
 鳴り響く銃声なんてものはなく、あるのは少しの足音と針が発射される空気の音のみ。
 既にアルファ部隊が中の4名を昏倒させ、スティーヴンがもう1人を撃ち抜いた。
 トランプがこぼれ落ち、兵士が机に倒れ込む。
 「クリア。」
 部屋に敵はもういない。
 スティーヴンが言う。
 「よし、アルファは下の階を調べろ、俺たちは上へ行く。」
 「分かった。」
 アルファ部隊は地下へ向かう階段を降りていった。
 部屋にいるのはチャーリー部隊のみだ。
 『こちら司令部よりチャーリー部隊へ。針を回収し偽装工作を行え。』
 『…了解。…どうする?みんな。」
 針を抜きながらスティーヴンが言う。
 針を回収して証拠を隠滅するのは簡単だが、偽装工作となるとなんらかの物品が必要になる。
 4人はあたりを見渡す。
 「これなんてどうですか?」
 モーガンは冷蔵庫から酒のようなものを出した。
 アルコールは記憶を混濁させる。この状況にうってつけの工作だろう。
 「いいんじゃない?」と僕は同意する。
 「お、アラックだな?」
 ランドルフがにやけながら言う。
 「イスラム圏は基本酒はダメなんだが、このアラックは許されるらしくてな。意外と美味いんだわ。…どれどれ、見せてみろ。」
 モーガンからボトルを受け取るとラベルを見る。
 「おお、割といいブランドじゃないか。…これはな、」
 と言うとランドルフはミネラルウォーターを取り出しコップで割った。すると、
 「こうやって水で割って飲むんだよ。」
 ほう。と感心している場合ではない。上の階にも下の階にも敵はいる。
 「じゃあ、これを人数分作ってこぼしておけばいいんじゃないですか?」
 「ああ、そうしよう。」
 それから工作が終わるまでに1分もかからなかった。
 机にも床にもアラックの瓶が散乱している。
 ランドルフは半分ぐらい残ったボトルを見つめていた。
 「こんなもんだろ。…なあ、これ持って帰ってもいいか?」
 僕は横目でスティーヴンを見る。許可を出すか出さないかは彼次第だ。
 スティーヴンは3秒ほど考えて、
 「ま、いいんじゃないか。帰りに持ってけよ。」
 …許可が降りたらしい。心なしかランドルフの口角が上がっている。
 「じゃあ、とっとと終わらせよう。」
 まだ任務は途中だ。
 階段を上がっていくが、敵の様子はない。
 最上階に到着した。窓から部屋の内部で兵士が1人、3人が機械を操作しているのが見える。
 スティーヴンとランドルフは左側に、僕とモーガンは右側に張り付いた。
 「突入して俺が見張りをやる。あとの3人は任せたぞ。」
 「ああ。…じゃあ俺は一番左のやつをやるから、モーガン、お前は真ん中でタバコ吸ってるやつを。」
 「了解です。」
 …どうやら、僕に選択肢はないようだ。
 「僕は一番右の人ですね…了解です。」
 壁に張り付いてXC-11の動作を確認する。
 銃口部分が半透明になっていて、左側には斜めに取り付けられた特殊な弾倉が、右側には薬莢入れが付いている。
 獣用の麻酔銃とは異なった設計で、特殊なカートリッジに針を装填することで空気圧により発射される設計だ。
 そして発射されたカートリッジがこの銃専用の機構であるエイタックス・システムがその空気圧を利用してカートリッジを押し出し…
 そんなようなことを先日ヴィクターが話していたことを記憶している。かなりの熱量と圧を感じた。
 薬室に弾丸はしっかりと装弾されている。
 スティーヴンがドアノブを左手で軽く持つと、「行くぞ。」と合図を出し力強くドアを開け突入していく。
 僕らも後に続いて、作業員に針を撃ち込んだ。あるのはプシュンという空気の音のみ。
 「よし、これで全員だな。」
 針を抜きながらランドルフが言うと、それに応えるようなモーガンが
 「…もしこれがバレでもしたら条約違反ですよ?ま、良いんですけど別に。」
 「はは…ま、今更だろ?」と苦笑いをしながらスティーヴンが言った。
 「それもそうですね…それより、任務を終わらせましょう。長居はしたくない。」
 ソ連崩壊時に制定された国際条約により麻酔銃やその他の薬物を使用する兵器は禁止されている。
 そんなものは同じ条約で対物ライフルが使用禁止になっているが、変わらずに各国で使われていることを考えると、形だけになってしまっていることは確かだろう。
 「…よし、じゃあとっとと済ませよう。おいトビアス。どうすればいい?」
 トビアスと呼ばれた男は返事をする。
 『よーし、やっと俺の出番、ってワケだな!待ちくたびれたぜ……俺の作った最強ウイルスのexplosion.exeをインストールしてくれ。USB端子はあるだろ?そこにブスッとメモリーを差し込むだけだ。』
 早口でまくし立てるこの喋り方、HACの中でも一際存在感を放っている。
 トビアスはメカニックの天才であり変態で、工作からプログラミングまでなんでもできる…と本人は言っている。実際色んなソフトウェアやガジェットを工作場で見たので間違いではないだろう。
 他の隊員たちも信頼を寄せるベテランだ。…年齢はわからないが。
 床に置かれた巨大なコンピューターにスティーヴンがメモリーを差し込む。
 すると、モニターにインストールの表示が現れた。%の表示が上がっていき、インストールが完了した。、
 『トビアス、こいつから情報は取れそうか?』
 『いや…そいつは厳しいな。どうやらこの油田のコンピューターはローカルサーバーで制御されてる。外部からの通信の形跡はない。』
 イヤホンから司令部で会話している音が聞こえる。
 僕は痺れを切らした。
 『…とりあえず、言われていた通りにコードは入力しておきましたよ。』
 インストールしたウイルスは油田制御システムに侵入するためのもので、信頼性を上げるためにコードはHMDに送られるものをコピーする必要がある。
 『よし、カメラから確認したが問題はない。そのまま脱出をー
 順調だった任務に亀裂が生じる。
 響き渡るアラームの音が油田中に鳴り響き、ロシア語が聞こえる。
 『くそっ!こちらアルファ!敵にバレた!地下室に敵がうじゃうじゃいやがった!とっとと脱出する!』
 「…マジかよ。」
 モーガンがつぶやいた。
 『こちらチャーリー了解!…ブラボー!脱出の用意は?!』
 
 
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