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4.宰相
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旅に出るには、それなりの準備が必要になる。荷物の支度だけではなく、自身の体調を整えるのも肝要だ。それに俺には、明確なタイムリミットが設けられている。まだ十ヶ月以上あるとは言えども、日程調整は徹底しておきたいところだ。
この十年ほどの間に俺とモリノはパルセミス国内の街道整備を徹底させて、移動にかかる時間を大幅に短縮させることに成功している。一定の距離に駅を設けているので、急ぎの旅路では馬を交代させて、移動時間を更に縮めることも可能だ。これは将来的には、乗合馬車などでも応用できるシステムに昇華していくのが理想と言える。
頻繁にパルセミスを視察に訪れるリサルサロスでも、街道と駅舎の敷設は順調だ。害獣ヤヅを警戒し夜間に単独で馬車を走らせることは禁止されているが、その分街道を警邏する組織を新たに設け、東西に長く伸びた領土を横断する街道の安全性を高めている。
パルセミスからセムトアを抜けてリサルサロスに入るまでに要する時間は、雨季でなければ馬車を休まず走らせ続けて一日半ほど。今回はアルベールを連れているので、無理をせずに二日間の日程を組んでいる。
リサルサロスに入国後は、横断するだけであればヒノエまで一週間ほどで事足りる道程ではあるが、さすがにリサルサロスの領土を踏んでおいて、首都ネピメンに立ち寄らない訳には行かないだろう。王太子の婚約者が同行しているのだから尚更だ。
既にネピメンの王城にはリストに頼んで報せを飛ばしているのだが、程なく受け取った返事によると国境まで俺達を迎えに行くメンバーを決めようとしたところ希望者が殺到し、部隊編成で争っているとのこと。下手をしたら王太子ダンテまでもが国境に向かいかねないらしく、黒豹将軍と親子喧嘩に発展しているそうだ。事情はともあれ、平和そうで何より。
方々への根回しなどにも気を配り、諸々の準備が整った頃には、俺とヨルガが王城に召喚されてから一週間が経過していた。
そして出立を三日後と定めた日に、俺達は再度、パルセミス王城に呼び出される。
「……殿下の姿が無いな」
王城に到着し、謁見室に向かう回廊を進みながら、ぐるりと周囲を見回したヨルガが呟く。
いつもは到着と同時に護衛の騎士とメイドを連れた王太子がアルベールを迎えにきて、仲良く手を繋いで遊びに行ってしまうのだが、今日は俺達の来訪が告げられても幼い王太子が姿を見せない。
「王太子教育に新たなカリキュラムでも追加されたか?」
「一昨日お会いした時には、そんな話はされていませんでしたが……」
俺の疑問に、勉強の意味も兼ねて王太子のスケジュール管理を補佐しているアルベールが首を振る。珍しいこともあるものだなと呟きつつ、結局アルベールを連れたまま謁見室に入ったところで、その理由が知れた。
「アンドリム、ヨルガ。そしてアルベール。よく来た」
国王ウィクルムの座る玉座の隣に一回り小さな、しかし造りの良い椅子が置かれている。そこにはやや足が地面に届かない状態でありながらもしゃんと背筋を伸ばし、行儀良く前を見据える王太子ヴィンセントの姿があった。玉座を挟んで反対側には側妃ベネロペが、少し離れた位置に宰相モリノがいつものように控える。
片膝をつき、謁見の口上を述べた俺達を早々に立ち上がらせたウィクルムは、この一週間で集めたという資料を俺に渡してくれた。予想通りにきな臭い状況が伺える分厚い紙の束を捲る俺の手元を、上背のあるヨルガと彼に抱き上げられたアルベールが覗き込む。
「……成るほど。予想以上に、穏やかではないな」
「下手をしたらこれは、大陸全土に飛び火する案件だぞ」
資料を読み込み唸る俺とヨルガに、宰相モリノも眉を顰めて息を吐き、静かに同意を示す。
「えぇ。まさかキコエドがこんな大規模の爆弾を抱えているとは、僕も想像もしていませんでした。警鐘を鳴らしてくれたリン少年に、感謝をしなくては」
「それは、俺達の役目だな。隠し子の真相を確かめに現地に向かう……貴族が取る行動として実に分かりやすく、文句のつけ難い来訪理由だ。学者達の証言もあるのだから、リンとの面談を拒まれることもないだろう。あとは彼にどれほど自由があるかが、問題だ」
しかし彼の『伝え方』から察するに、その自由は限りなく狭いものと見て、間違いはない。
「資料にもありますが、リン・ラ・シャハル少年は孤児です。キコエドを構成する七つの州の一つ、チェリカの首長オンマ・グ・シャハル氏の養子となったのは五年前。彼が十三歳になった頃です」
「随分と成長してから、養子に迎えた形だな」
「はい。オンマ氏には、既に後継者と定めた長男がいます。軽く調べさせましたが、特別に優秀ではないが素行に問題もない青年……という無難な印象でした。ですから、新たな跡取りを求めたわけではなく、単純に彼の賢さを見込んで身内に引き込んだ……という形でしょうね」
おそらくは、後継者である長男の補佐をさせる為に引き取った、賢い孤児の子供。
リン少年とて最初は養子にまで迎えてくれたことに感謝して、首長補佐が立派に務まるよう、研鑽を重ねたことだろう。
そして、知ってしまったのだ。
「……賢さとは、な。時に、仇にもなる」
賢いがゆえに、彼は気づいてしまった。キコエドが孕む、深い闇に。着々と育つ、破滅の産声に。
そして『気づいた』という事実を、隠しきれなかったのだ。
「リンがどんな柵を抱えているかは、まだ分からない。しかしいざとなれば、多少は強硬な手段で保護せねばなるまいよ」
「……まさか、未成年を拉致する気か?」
「フフッ、人聞きが悪い。しかし、それも想定に入れてある。先方の出方次第だが、その場合は頼むぞ、ヨルガ」
「そうですね。彼自身を『証拠』として確保する意味合いもありますので、僕も同意見です」
俺の行動を疑いなく是とするモリノの言葉にヨルガは呆れているが、既に何度も繰り返されたやり取りだ。さすがに会話に追いつけなかったのか、ヨルガに抱えられた腕の上でキョトンとしているアルベールの表情が愛らしい。
「確認は終わったか? さて、ここからが本題だ。アンドリム・ユクト・アスバル」
「はい、陛下」
直々に名を呼ばれ、手にしていた資料の束をヨルガに預けた俺は、改めて国王ウィクルムに頭を下げる。
「今回の件、当初の想定よりも悪意の規模が煩雑、かつ根深いと判明している。……アンドリム、その名は『最後の賢者』として今や大陸全土に知られているが、残念ながら形式上では、爵位すら捨てた一貴族に過ぎない」
「その通りにございます」
実質、それは俺がそうなるように、最初に仕向けたからでもあるのだが。
「身分に囚われない立ち位置は、一つの強みでもある。ましてや最後の賢者が相手ともなれば、損得を別にして傅く相手もいるだろう。だが今回の相手は、そもそもの質が違う。キコエドは、我等のように誇りや名誉を重んじる風潮に乏しい国家だ。ヨルガが騎士団長に籍を置いている間であれば、まだ話は別だったが……今のお前達は一線を退いた騎士と引退文官、そして成人前の小児に過ぎない。それでいてキコエドの中枢を喰い荒らすのは、非常に危うい」
「一理ありますな」
謂わばお国柄、とでも言うのだろうか。連合国家のキコエドは各州での自治性が高い分、首長と宗主の意見が食い違えば、軋轢が大きくなりやすい。だからその分、肩書きが何かとものを言うわけだ。
俺が頷くのを待ち、ウィクルムは、今度はヨルガを呼び寄せた。アルベールを腕から下ろし、玉座の前で静かに片膝をつくヨルガの前で、玉座を立ったウィクルムは腰に帯びていた剣を抜き払う。麗しい宝飾の施された剣の刃がひたりと、頭を垂れるヨルガの肩に当てられる。
「ヨルガ・フォン・オスヴァインよ。長らく王国騎士団団長を務めた貴殿が、今も鍛錬を欠かさぬ姿に敬意を覚える。王国の盾、竜制す者、そして我が師匠。ウィクルム・アトレイ・パルセミスの名において、貴殿をパルセミスの【近衛騎士】に命ずる」
「……謹んで拝命いたします」
既に引退した騎士であるヨルガに与えられた、近衛騎士の称号。王家の直属騎士に授けられるものだ。王族だけでなく、王国にとって重要な客人を護衛する職務も受け持つ部隊の総称だ。国王陛下もまた随分と、思い切ったことを考える。
次いで勢いよく小さな椅子から立ち上がったのは、母ベネロペの合図を待っていた王太子ヴィンセントだ。
「ベルジュ……アルベール・シア・オスヴァイン!」
「はい、殿下」
弟にも等しいヴィンセントに呼ばれたアルベールも、先に称号を与えられたヨルガに倣い、幼い王太子の前に片膝をつく。
「いつも共にいてくれて、嬉しい。ヴィルは……わたしは、ベルジュが大好きだ! ヴィンセント・アド・パルセミスの名において、きでんをわたしの【従者】に命ずる!」
「はいめい、いたします」
単なる従者ではなく、王太子直属の従者。これもまた、貴族の子供達が羨望する称号だ。王太子直属の従者ともなれば、彼が見聞きすることは全て王太子に届くものと見做されるし、逆に従者が口にした言葉を、正式に王太子の発言とすることさえ許される。余程の信頼がなければ、得られない称号だ。確かに、アルベールの身を守る術の一つとなるだろう。よく考えてくれている。
彼らの成長に感慨深く思考を巡らせていた俺がふと顔を上げた先に、弧を描いた唇で微笑むモリノの顔があった。
……いや待て。
嫌な予感がするぞ。
「アンドリム・ユクト・アスバル殿」
笑みを浮かべたまま俺に近づいた宰相モリノは、臆する俺の手を緩く掴み、手のひらを上に向けさせる。
チャリ、と鈍い金属音と共に手のひらの中心に置かれた重みは、かつて俺が携えていた時のそのままで。
背面にパルセミス王家の紋章が彫られた懐中時計は、持ち主の変遷など意にも介さず、金色に輝き宰相の証を示す。
「今日からこれは、あなたのもの……おめでとうございます。宰相アンドリム・ユクト・アスバル」
この十年ほどの間に俺とモリノはパルセミス国内の街道整備を徹底させて、移動にかかる時間を大幅に短縮させることに成功している。一定の距離に駅を設けているので、急ぎの旅路では馬を交代させて、移動時間を更に縮めることも可能だ。これは将来的には、乗合馬車などでも応用できるシステムに昇華していくのが理想と言える。
頻繁にパルセミスを視察に訪れるリサルサロスでも、街道と駅舎の敷設は順調だ。害獣ヤヅを警戒し夜間に単独で馬車を走らせることは禁止されているが、その分街道を警邏する組織を新たに設け、東西に長く伸びた領土を横断する街道の安全性を高めている。
パルセミスからセムトアを抜けてリサルサロスに入るまでに要する時間は、雨季でなければ馬車を休まず走らせ続けて一日半ほど。今回はアルベールを連れているので、無理をせずに二日間の日程を組んでいる。
リサルサロスに入国後は、横断するだけであればヒノエまで一週間ほどで事足りる道程ではあるが、さすがにリサルサロスの領土を踏んでおいて、首都ネピメンに立ち寄らない訳には行かないだろう。王太子の婚約者が同行しているのだから尚更だ。
既にネピメンの王城にはリストに頼んで報せを飛ばしているのだが、程なく受け取った返事によると国境まで俺達を迎えに行くメンバーを決めようとしたところ希望者が殺到し、部隊編成で争っているとのこと。下手をしたら王太子ダンテまでもが国境に向かいかねないらしく、黒豹将軍と親子喧嘩に発展しているそうだ。事情はともあれ、平和そうで何より。
方々への根回しなどにも気を配り、諸々の準備が整った頃には、俺とヨルガが王城に召喚されてから一週間が経過していた。
そして出立を三日後と定めた日に、俺達は再度、パルセミス王城に呼び出される。
「……殿下の姿が無いな」
王城に到着し、謁見室に向かう回廊を進みながら、ぐるりと周囲を見回したヨルガが呟く。
いつもは到着と同時に護衛の騎士とメイドを連れた王太子がアルベールを迎えにきて、仲良く手を繋いで遊びに行ってしまうのだが、今日は俺達の来訪が告げられても幼い王太子が姿を見せない。
「王太子教育に新たなカリキュラムでも追加されたか?」
「一昨日お会いした時には、そんな話はされていませんでしたが……」
俺の疑問に、勉強の意味も兼ねて王太子のスケジュール管理を補佐しているアルベールが首を振る。珍しいこともあるものだなと呟きつつ、結局アルベールを連れたまま謁見室に入ったところで、その理由が知れた。
「アンドリム、ヨルガ。そしてアルベール。よく来た」
国王ウィクルムの座る玉座の隣に一回り小さな、しかし造りの良い椅子が置かれている。そこにはやや足が地面に届かない状態でありながらもしゃんと背筋を伸ばし、行儀良く前を見据える王太子ヴィンセントの姿があった。玉座を挟んで反対側には側妃ベネロペが、少し離れた位置に宰相モリノがいつものように控える。
片膝をつき、謁見の口上を述べた俺達を早々に立ち上がらせたウィクルムは、この一週間で集めたという資料を俺に渡してくれた。予想通りにきな臭い状況が伺える分厚い紙の束を捲る俺の手元を、上背のあるヨルガと彼に抱き上げられたアルベールが覗き込む。
「……成るほど。予想以上に、穏やかではないな」
「下手をしたらこれは、大陸全土に飛び火する案件だぞ」
資料を読み込み唸る俺とヨルガに、宰相モリノも眉を顰めて息を吐き、静かに同意を示す。
「えぇ。まさかキコエドがこんな大規模の爆弾を抱えているとは、僕も想像もしていませんでした。警鐘を鳴らしてくれたリン少年に、感謝をしなくては」
「それは、俺達の役目だな。隠し子の真相を確かめに現地に向かう……貴族が取る行動として実に分かりやすく、文句のつけ難い来訪理由だ。学者達の証言もあるのだから、リンとの面談を拒まれることもないだろう。あとは彼にどれほど自由があるかが、問題だ」
しかし彼の『伝え方』から察するに、その自由は限りなく狭いものと見て、間違いはない。
「資料にもありますが、リン・ラ・シャハル少年は孤児です。キコエドを構成する七つの州の一つ、チェリカの首長オンマ・グ・シャハル氏の養子となったのは五年前。彼が十三歳になった頃です」
「随分と成長してから、養子に迎えた形だな」
「はい。オンマ氏には、既に後継者と定めた長男がいます。軽く調べさせましたが、特別に優秀ではないが素行に問題もない青年……という無難な印象でした。ですから、新たな跡取りを求めたわけではなく、単純に彼の賢さを見込んで身内に引き込んだ……という形でしょうね」
おそらくは、後継者である長男の補佐をさせる為に引き取った、賢い孤児の子供。
リン少年とて最初は養子にまで迎えてくれたことに感謝して、首長補佐が立派に務まるよう、研鑽を重ねたことだろう。
そして、知ってしまったのだ。
「……賢さとは、な。時に、仇にもなる」
賢いがゆえに、彼は気づいてしまった。キコエドが孕む、深い闇に。着々と育つ、破滅の産声に。
そして『気づいた』という事実を、隠しきれなかったのだ。
「リンがどんな柵を抱えているかは、まだ分からない。しかしいざとなれば、多少は強硬な手段で保護せねばなるまいよ」
「……まさか、未成年を拉致する気か?」
「フフッ、人聞きが悪い。しかし、それも想定に入れてある。先方の出方次第だが、その場合は頼むぞ、ヨルガ」
「そうですね。彼自身を『証拠』として確保する意味合いもありますので、僕も同意見です」
俺の行動を疑いなく是とするモリノの言葉にヨルガは呆れているが、既に何度も繰り返されたやり取りだ。さすがに会話に追いつけなかったのか、ヨルガに抱えられた腕の上でキョトンとしているアルベールの表情が愛らしい。
「確認は終わったか? さて、ここからが本題だ。アンドリム・ユクト・アスバル」
「はい、陛下」
直々に名を呼ばれ、手にしていた資料の束をヨルガに預けた俺は、改めて国王ウィクルムに頭を下げる。
「今回の件、当初の想定よりも悪意の規模が煩雑、かつ根深いと判明している。……アンドリム、その名は『最後の賢者』として今や大陸全土に知られているが、残念ながら形式上では、爵位すら捨てた一貴族に過ぎない」
「その通りにございます」
実質、それは俺がそうなるように、最初に仕向けたからでもあるのだが。
「身分に囚われない立ち位置は、一つの強みでもある。ましてや最後の賢者が相手ともなれば、損得を別にして傅く相手もいるだろう。だが今回の相手は、そもそもの質が違う。キコエドは、我等のように誇りや名誉を重んじる風潮に乏しい国家だ。ヨルガが騎士団長に籍を置いている間であれば、まだ話は別だったが……今のお前達は一線を退いた騎士と引退文官、そして成人前の小児に過ぎない。それでいてキコエドの中枢を喰い荒らすのは、非常に危うい」
「一理ありますな」
謂わばお国柄、とでも言うのだろうか。連合国家のキコエドは各州での自治性が高い分、首長と宗主の意見が食い違えば、軋轢が大きくなりやすい。だからその分、肩書きが何かとものを言うわけだ。
俺が頷くのを待ち、ウィクルムは、今度はヨルガを呼び寄せた。アルベールを腕から下ろし、玉座の前で静かに片膝をつくヨルガの前で、玉座を立ったウィクルムは腰に帯びていた剣を抜き払う。麗しい宝飾の施された剣の刃がひたりと、頭を垂れるヨルガの肩に当てられる。
「ヨルガ・フォン・オスヴァインよ。長らく王国騎士団団長を務めた貴殿が、今も鍛錬を欠かさぬ姿に敬意を覚える。王国の盾、竜制す者、そして我が師匠。ウィクルム・アトレイ・パルセミスの名において、貴殿をパルセミスの【近衛騎士】に命ずる」
「……謹んで拝命いたします」
既に引退した騎士であるヨルガに与えられた、近衛騎士の称号。王家の直属騎士に授けられるものだ。王族だけでなく、王国にとって重要な客人を護衛する職務も受け持つ部隊の総称だ。国王陛下もまた随分と、思い切ったことを考える。
次いで勢いよく小さな椅子から立ち上がったのは、母ベネロペの合図を待っていた王太子ヴィンセントだ。
「ベルジュ……アルベール・シア・オスヴァイン!」
「はい、殿下」
弟にも等しいヴィンセントに呼ばれたアルベールも、先に称号を与えられたヨルガに倣い、幼い王太子の前に片膝をつく。
「いつも共にいてくれて、嬉しい。ヴィルは……わたしは、ベルジュが大好きだ! ヴィンセント・アド・パルセミスの名において、きでんをわたしの【従者】に命ずる!」
「はいめい、いたします」
単なる従者ではなく、王太子直属の従者。これもまた、貴族の子供達が羨望する称号だ。王太子直属の従者ともなれば、彼が見聞きすることは全て王太子に届くものと見做されるし、逆に従者が口にした言葉を、正式に王太子の発言とすることさえ許される。余程の信頼がなければ、得られない称号だ。確かに、アルベールの身を守る術の一つとなるだろう。よく考えてくれている。
彼らの成長に感慨深く思考を巡らせていた俺がふと顔を上げた先に、弧を描いた唇で微笑むモリノの顔があった。
……いや待て。
嫌な予感がするぞ。
「アンドリム・ユクト・アスバル殿」
笑みを浮かべたまま俺に近づいた宰相モリノは、臆する俺の手を緩く掴み、手のひらを上に向けさせる。
チャリ、と鈍い金属音と共に手のひらの中心に置かれた重みは、かつて俺が携えていた時のそのままで。
背面にパルセミス王家の紋章が彫られた懐中時計は、持ち主の変遷など意にも介さず、金色に輝き宰相の証を示す。
「今日からこれは、あなたのもの……おめでとうございます。宰相アンドリム・ユクト・アスバル」
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