綿津見様の入り婿探し

十河

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5.綿津見様、貝を掘る

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 カスガ様の手を引いた俺は、シオウとヤカクに案内を頼んで、再び海まで戻ってきた。
 だけど海と言っても小舟が浮かんだ桟橋付近じゃなくて、入江の奥に広がっている、浅瀬の干潟辺りだ。
 俺は早速着物の裾を絡げ、草鞋を泥に沈ませながら干潟の中に入る。
 うわー、ひゃっこい。

「ねぇヤカク! 浅蜊が獲れてたのって、ここら辺?」

 足元の泥を探りながら尋ねると、ヤカクは自分も袴の裾を捲り上げながら、そうですよと俺に返事を返してくれた。

「しかし、最近では浅蜊も他の貝も、殆ど獲れなくなっているんです」
「そっかぁ。でも、稚貝で良いからちょっとだけでも獲れたら良いんだ。一緒に探してくれる?」
「もちろんです! お任せください」

 俺は裸足になって隣に来てくれたヤカクと一緒に、揃って干潟の上にしゃがみこむ。
 生憎貝掘りの道具までは持っていなかったから、落ちていた木の枝と石コロを使って泥の中を探すこと数十分。俺とヤカクは、爪の先ぐらいの大きさをした浅蜊の稚貝を、十個ほど拾い集めることが出来た。

「これで大丈夫ですか?」
「うん! 充分!」

 俺は集めた稚貝を掌で囲い、シオウと陸地で待ってくれていたカスガ様の所に戻った。不思議そうな表情をしているカスガ様に掌を開いてもらって、その上に、拾ってきた稚貝を一つ乗せる。

「カスガ様、さっきの花みたいに『時間を奪って』みてくれますか?」
「え、えぇ……」

 多分意味が判っていないカスガ様は、それでも俺の頼み通りに、右手に嵌めていた手袋を外し、指先で稚貝に軽く触れた。
 1センチに満たない大きさだった稚貝があっという間に膨れ上がり、4センチほどにまで成長する。シオウとヤカクが声を上げる前に貝殻の隙間からはみ出た丸い管からどろりとした液体が漏れ出る。そうかと思うと今度は肌色をしていた貝の中身が黒く変色して縮んで行き、最後には上下の貝殻にヒビが入って崩れた。
 カスガ様の掌の上で再生されたこれは、早回しで再生された、浅蜊の一生。
 よーし、行けそうな気がする!

「ま、まぁ……? ワダツミ様、これは……?」

 俺は戸惑うカスガ様に海水を注いだ桶の中で手を洗ってもらった後で、その掌にまた一つ、稚貝を乗せる。

「カスガ様、今度は時間を奪う力を【控え目に】って、出来ますか?」
「調節……」
「さっきの、浅蜊が指の大きさぐらいに大きくなった辺りで、『時間を奪う』のを止められないですか」

 最悪。力の調節が無理でも、途中で浅蜊が吐いたあの液体を沢山手に入れられるなら、望みはあるんだけど。

「……物は試しね。やってみます」

 カスガ様は左の掌に乗せた稚貝を見つめ、大きく深呼吸を繰り返した。
 そしてゆっくり息を吐きながら、右手の指先で、稚貝にちょんと触れる。

 小さな稚貝はまたあっという間に大きくなり……親指ほどの大きさに成長したところで、動きを止めた。

「……出来たわ!」
「なんと!」
「こ、これは……」

 喜びの表情を見せるカスガ様と、その掌に転がる丸々とした大きな浅蜊を見つめ、驚愕を隠せないシオウとヤカク。試しにその浅蜊を干潟の上に置いてみると、もぞもぞと元気に動いて泥の中に潜り込もうとしている。

「カスガ様のお力に、こんな使い方があるなんて……」
「早速人手を募って、皆で貝を集めましょう!」
「あ、それはダメ」

 興奮するシオウとヤカクの前で、俺は腕を交差させてバツを作り、大きく首を振る。

「え?」
「ど、どうしてですか」
「今のままみんなで貝掘りしたら、浅蜊が絶滅しちゃうからだよぉ」

 確かに、今みたいにカスガ様の力を使えば、稚貝を瞬く間に成長させることが出来るって判った。
 時期も関係あるとは思うんだけど、俺とヤカクが二人がかりで数十分かけても、見つけた稚貝の数はやっと十個程度。この状態で稚貝を獲り尽くしたら、多分、ここの浅蜊は絶滅してしまう。

「なるほど……」
「それは、良くないですね」

 二人はがっくりと肩を落としているけれど、まだ、打開策はある。俺は泥に潜ろうとしていた浅蜊を拾い上げ、さっきカスガ様が手を洗った海水の中に浸した。トントン、と桶の外から軽い刺激を与えると、浅蜊が沈んだ海水がゆらゆらと揺れる。そして、少し経ってから。

「あら……?」
「始まった!」

 驚くカスガ様と喜ぶ俺の声に、シオウとヤカクも桶の中を覗き込む。

「なんだ、このモヤは」
「……浅蜊が、何か吐き出してるみたいですが」

 透明だった海水に、白い粘液のようなものが混じっている。

「ワダツミ様、この白いものは……?」
「これね、浅蜊の赤ちゃん」
「え!?」
「これが!?」

 大学の時、浅蜊の稚貝を効率良く育てる研究をしてた友達が居たんだよね。何度かバイトさせてもらったから、何となく覚えてるぞ。
 浅蜊は外観では雄雌が判らないんだけど、時期がきたら一斉に、海水の中に放卵と放精をするんだ。それで受精した卵が孵化して透明な幼生になって浮遊した後、砂粒とかにくっついて稚貝に育つ。
 俺は念の為に、カスガ様に頼んであと何個か浅蜊を大きくして、それも同じ桶の中に入れた。新しく入れられた浅蜊達も白いモヤを吐き出したのを確認してから、その海水を桶ごとカスガ様に渡す。

「カスガ様。今度はこの桶ごと、さっきみたいに加減しながら、時間を奪ってみてください」
「わ、判りました」

 緊張した面持ちのカスガ様が、桶を抱えた指に、ぎゅっと力を込める。

 さぁ、どうかな。
 俺の思惑通りの成果なら、これは、ニシキ領を救う大きな力になってくれる。

 俺達の視線が集中していた桶が、まずはきしりと、小さく軋む。
 そうかと思うと、今度はガラガラと小さな砂利を擦り合わせるような音が、桶の中から鳴り始めた。同時にカスガ様が、焦った様子になる。

「ワダツミ様……!」
「カスガ様、どうしたの?」
「お、桶が。桶がとても重くなってきて……!」

 そう言っている間にも、カスガ様の抱えた桶は小刻みに震え続け、桶の縁から海水が溢れそうになってきている。

「大丈夫! 持てなくなったら、そのまま干潟の上に落としちゃって!」
「は、はい!」

 カスガ様の返事と同時に。
 桶のたがが弾け飛び、今にも溢れそうになっていた桶の中身が、干潟の上に全てばら撒かれた。

「まぁ!」
「おぉお!」
「凄い!」

 三人の、感嘆の声が上がる。

 海水と一緒に干潟の上に広がったのは、数えきれないほど大量の、浅蜊の稚貝。
 あの桶の中で生まれた受精卵が全て、稚貝に成長した形だ。

「もう何回かカスガ様に同じことを試してもらって、稚貝を増やしてから上手に育てたら、みんな浅蜊がいっぱい食べられるようになると思うんだ」

 今残ってる浅蜊をカスガ様の力で大きくしてお腹を満たすだけじゃ、根本的な解決にならない。
 ニシキ領を豊かにするなら、今だけじゃなくて、ずっと収穫が出来るような方法を、考えないと。

 俺がその考えを告げると、三人は顔を見合わせた後で、何故か揃って干潟に入り、泥の上で綺麗に正座をした。

「ど、どうしたの!?」

 慌てる俺を他所に居住まいを正し、一段高い地面に立っていた俺に向かって、三人揃って深々と頭を下げる。

「素晴らしい、素晴らしいお考えです! ワダツミ様……!」
「ワダツミ様が、ご自身をテラス様のお遣いと仰っていたのは、まことなのですね! 感動しました!」
「忌まわしいと疎み続けてきた呪いの力が、こんなことに役立てるものだなんて、知りませんでした……」

 シオウは感無量と言った様子で天を仰ぎ、ヤカクは俺を見上げて瞳を輝かせ、カスガ様ははらはらと涙まで零している。



「「「ワダツミ様。どうかその尊き御業で、ニシキをお助け下さい……!」」」
 


 ……俺、まだ何もしてないのに、何か大袈裟な話になったよ?


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