綿津見様の入り婿探し

十河

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4.綿津見様、事情を知る

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 さて。
 領主に立候補したのは良いんだけれど、改めて気になるのは、やっぱりイチョウ様の存在だ。
 イチョウ様は、どう贔屓目に見ても「領主のカスガ様が労しい、ニシキの未来を憂いている」って雰囲気じゃない。それなのにどうして、早く歳を取ってしまうニシキの領主になりたがっているんだろう。

「イチョウは……あの子は、私の姪にあたるんです」

 俺の疑問にカスガ様は苦笑いをしつつ、ヤカクが持ってきてくれたアグニの地図を、座卓の上に広げてくれた。右を向いた小鳥の形をした大陸の中で、カスガ様の指が、三つに分かれた羽の真ん中辺りを指差す。大陸の中では、西の方に位置する場所だ。

「ここに、神聖フェルメナ帝国という国家があります。人間が支配権を持つ中では一番大きな国で、大陸全土に飛地を持っています。ニシキも古い土地ですが、そこに『公爵領』がついたのは、一度帝国の統治下に置かれたことがあったからです」

 しかし、その統治は上手くいかなかった。
 領主に降りかかるウズニ様の呪いが、帝国の王権に影響したからだ。
 当時の帝王はニシキを支配下に置いてから数年で急激に老け込み、帝国内は一時、大パニックに陥った。

「帝国はニシキ領を切り捨てましたが、領主の持つ力が他所に悪用されることも恐れました。そこでニシキの領主に爵位を与えた上で公爵領として独立させ、国家として扱うことで自治権を認めながらも、帝国に属する名目を保ったのです」
「はぁ……複雑……」
「フフッ、政治のお話は、利権が絡みますからね」

 微笑んだカスガ様は地図の上で指を滑らせ、今度は小鳥の尻尾の先辺りを指差した。
 そこは確か、終焉の魔王が生まれたしれない、火山地域。

「ここがアグニ大陸の果て。火山と溶岩に覆われた灼熱の土地、ルヴです。一年ほど前のこと……この地に【終焉】の魔王が生まれたとの報告が、ルヴに一番近い竜の国、ソーマより齎されました」

 因みにソーマは、一番下の羽に位置する国。間に海を挟んでいるが、距離的にはルヴに一番近い国になるそうだ。

「アグニの全土は、衝撃を受けました。小競り合いの続いていた国家間ですら一時休戦し、対策を話し合ったほどです。そんな中、神聖フェルメナ帝国は、思い切った打開策を打ち出しました。一つは、伝承にある【勇者召喚】の儀を行い、終焉の魔王を滅ぼす力を持つ勇者を異世界より呼び寄せること。そしてもう一つは、皇太子を始めとした有能な騎士達の妻となる若き乙女を、貧富を問わずして募る【花嫁募集】のお触れを出すことでした」

 お、おぉ……。
 何だか、童話とかに良くあるお話。

「花嫁になる資格は『魔王討伐に役立つスキルを持つ』ことだけ。剣術が得意でも、魔法が得意でも、智恵を武器とする賢者でも構わない。フェルメナ帝国には様々なスキルを持つ乙女達が数多に集い、更に彼女達の検分を目当てに、アグニ全土から若い冒険者達も集まりました。近々、勇者召喚の儀が執り行われるとの話もありますし、花嫁候補の選抜が始まる頃でしょう」
「あーー……それって、もしかして」
「えぇ、ワダツミ様のお察し通り……困ったことに、イチョウはニシキの領主が得る『触れたものの時間を奪う』能力を『魔王討伐に役立つスキル』として売り込み、花嫁候補に選ばれるつもりなのです。……なんでも、王国騎士団の中に、憧れの騎士がいるとかで」
「はぁ……」

 あ、じゃあやっぱりイチョウ様、そこそこ若い歳だったりするのか。
 でも確かにカスガ様が見せてくれたあの『触れたものの時間を奪う』力は、魔王討伐とかに関しては、何かしら役に立ちそう。だけど首尾良く憧れの騎士とやらの花嫁になれたとしても、ニシキの領主である限り、イチョウ様は早く年を取ってしまうのでは。
 俺の頭に浮かんだ疑問を察したのか、カスガ様は、眉根を寄せて溜息をつく。

「イチョウには、モミジと言う、妾腹の妹がいます」

 ……わ、嫌な予感。

「終焉の魔王討伐が果たされ、憧れの騎士と結ばれた後。イチョウは、ニシキ領主の役目を、モミジに押し付けるつもりなのです。……モミジの母親は身体が弱く、父親であるマツバの支援なしでは、満足に治療も受けられません。イチョウはマツバの正妻の子供ですから、告げ口して支援を打ち切らせるぞと脅されたら、モミジは言いなりになるしかないでしょう」
「うわーー……嫌な感じだね……」
「えぇ……ですから私は尚のこと、イチョウに領主の座を譲ることは出来ません」
「うん。当然だよね、俺でも嫌だ」

 そんな感じでカスガ様がなかなか家督を譲ろうとしないものだから、イチョウ様は人を雇ってカスガ様の悪評をばら撒かせたり、ただでさえ苦しんでいる人が多い領内で揉め事を起こし、領民をわざと疲弊させたりしているらしい。
 なるほどーー……厄介だ。
 しかしそんな心根じゃ、いくら珍しいスキルを持っていても、花嫁に選んでもらえないかもしれないとか、思わないんだろうか。まぁ思わないからこそ、せっせと行動してるんだろうなぁ……。

 それにしても。帝国が行う勇者召喚の儀って、テラスが俺と一緒に呼び寄せた勇者とは、また別なのかな? それとも、テラスが呼んだ勇者が、そのまま帝国に降りる感じかな。
 まぁ、どっちにしても勇者のことは一旦置いておくとして、まずはニシキの問題から考えないと。

 ニシキ領に纏わる歴史は聞いたし、カスガ様が困ってる事情も聞いた。
 イチョウ様は、カスガ様が家督を譲るって言わない限りは、きっと嫌がらせもやめないよね。
 俺が早めに領主を継いだとしても、対象がカスガ様から俺に変わるだけの話だ。
 じゃあ、どうしたら良いだろう。
 
 座卓の上に乗せられた地図を見つめ、俺は考え込む。
 考えすぎて座卓に顎を乗せたまま唸っていたら、ヤカクにぽふぽふと頭を撫でられた。

「……綿毛みたいな髪だなぁ」

 白くふわふわと癖毛の絡む俺の白髪を指で梳いて、何だかとっても楽しそう。

「こらヤカク。ワダツミ様の御髪に、気軽に触れるでない」
「あっ、すみません」
「えーー、気にしなくて良いよぉ。触って触って」

 離れて行こうとした指を掴み、どうぞと自分の頭に掌を誘導すると、ヤカクは少し笑ってから、また俺の頭を撫でてくれた。

 こうやって触れてもらったことで判ったけれど、多分二十歳前後だと思うヤカクの指は、男性にしては細くて冷たい。良く見たら兵士の格好をしている割に、腕とか脚とかにも、筋肉があんまりついてない気がする。
 そう言えば船の上でシオウが、農作物の実りが悪く、ニシキ領内で餓死者が増えたって話をしてた。
 つまり、ニシキは食糧不足なんだ。
 食糧不足が続くと、子供も大人も衰弱して、病気がちになる。
 そうすると労働力が減って、また収穫量が減って行く……という悪循環になってしまう。

 その連鎖を断ち切る方法……何か、無いだろうか。

「ねぇ、ヤカク」
「何ですかワダツミ様」
「ヤカクの好物って、何?」
「こうぶつ、ですか」

 突然の質問に、ヤカクはぱちくりと、目を瞬かせる。

「そう、ですね……浅蜊の酒蒸し、ですかね。滅多に、食べられませんが」

 んん、なんか見かけによらず、渋いチョイス。

「あれは確かに、美味いな。寝かせた古酒と共につまめたら、最高だろう。だが今は、酒も浅蜊も簡単には手に入らぬ……無い物ねだりになってしまうのぉ」
「海も山も……ここ数年、幸に恵まれないままですからね。どうにかして、せめて領民達が、お腹いっぱい食べられるようになったら良いのですが」

 農作物の、実りが悪い。
 海も山も、幸に恵まれない。

 そんな、時。
 いや、そう
 安定した収穫を、得られるように。
 考え出されてきた方法が、あるじゃないか。

 ……あ、もしかして。

「カスガ様!」

 俺は勢い良く立ち上がり、いきなり名前を叫ばれて硬直してしまっているカスガ様の手を、ギュッと両手で握りしめる。


「試したいことがあるんです。俺に、カスガ様の力を貸してください!」
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