綿津見様の入り婿探し

十河

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3.綿津見様、昔話を聞く

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「ギャハハハハ!!」

 沈黙を破ったのは、またしても、イチョウ様の下品な笑い声だった。

「アンタ、本気で頭は大丈夫か!? このニシキの後継ぎになりたいなんて、みたいなもんだってのによ!」

 ……え、そうなの?
 呪われた土地って言われてたし、何か事情があるのかもしれない。
 あれ、でもそれならなんで、イチョウ様はニシキの領主になりたがっているんだろう。

「あーー、笑った笑った! おいババァ! 今日は、その変なガキに免じて帰ってやるよ。死にたくなければ、次に私が来る時までに、相続の準備を済ませておきな!」

 悪党のテンプレみたいな台詞を吐いたイチョウ様は、板張りの廊下をギシギシと踏み鳴らし、カスガ様の館から出ていった。
 最後まで騒々しい気配が無事に遠のいたところで。残された面々は顔を見合わせ、大きく息を吐く。なんだか、台風が過ぎた後みたいな気分だ。

「……シオウ、ヤカク」

 気を取り直したカスガ様は、まずは廊下に立ったままの、シオウとヤカクの名前を呼ぶ。

「二人とも、よく来てくださいました。イチョウへの対処は、毎度のことながら、大変ですから」
「礼には及びませぬ。このシオウ、カスガ様の窮地に素早く馳せ参じることが叶わず、反省のしきりにございます」
「俺の方こそ、何の力にもなれなかった不忠者です。どうぞ、お叱りはご存分に」
「とんもでない……二人にはいつも感謝しています。……そして、坊や」

 薄い手袋を嵌めたカスガ様の手が、俺の手を握る。

「坊やも、助け舟を出してくれてありがとう。助かりました」
「……ううん。あんまり上手にお手伝いできなくて、ごめんなさい」

 首を振りながら答えると、カスガ様はやんわりと、俺に笑い返してくれた。

「それにしても、見かけない坊や。ニシキ領に、あなたみたいな子供が居たかしら……ねぇ、あなた、お名前は?」

 一瞬。記憶喪失ってことになってるんだけど、とは思ったけれど。

「……和田わだ竟矢ついやです」

 俺は、素直に本名を名乗ることにした。

「まぁ!」

 何故か、カスガ様がまた、驚いた表情になる。

……あなた、自分が【ワダツミ】だと仰るの……?」

 んんん? 
 ちょっとだけ、違う。

 訂正しようと俺が言いかけた台詞は、シオウが「そうか!」と叫んだ声で、掻き消されてしまう。

「記憶が無いと言っておったが、もしやお主、海神ワダツミ様の贄に捧げられたのではないか? そんなお主を憐み、海神様自身が、その身体に降りなさったのかもしれん。よくよく考えてみれば、海の真ん中に身一つで浮かんだまま無事で居たのは、何ともおかしな話よ……!」

 あ、うん。
 そこは確かに、不思議だけどね。

「お待ちなさい、シオウ。それだけで、この子がワダツミ様の化身と決めつけるのは尚早です」

 興奮するシオウとは逆に、カスガ様は、冷静にシオウを嗜める。

「まずは、説明して下さいませんか? 坊やが海の真ん中に浮かんでいたとは、どういうことなのかしら」
「えぇと、俺自身、どうしてか判らないんですけど……」

 俺は、名前以外のことを忘れてしまっていること。そして気がついたら海の真ん中に浮かんでいて、そこをシオウに拾ってもらった辺りの件をカスガ様に伝えた。カスガ様は「まぁ」と口に両手を当てながら肩を震わせ、物悲しげに瞳を潤ませる。

「なんて、なんて可哀想なことを……! 今のアグニが荒廃の一途を辿っているとは言え、子供に罪はありませぬのに」
「……最近は、天空都市メイバでも贄が捧げられたと聞きます。……痛ましい話だ。子供の生命を神に捧げるなんて、未来を担う芽を、自ら摘んでまわっているようなもんです」
「ヤカクの言う通り。子供は、大人が庇護し、慈しむべき存在……それを忘れてしまっている輩が、何故こうも多いのでしょうか」

 ……いつの間にか、俺が生贄として海に流されていた設定が、定着してしまった。
 でも確かに、俺の手足にある傷痕とかを見る限り、それも当たらずとも遠からずの可能性は高いのかも。
 カスガ様は涙ぐんだまま再び俺の手を取り、「もう安心ですよ」なんて慰めてくれている。
 ちょこっと、罪悪感が擽られる。

「その、カスガ様。俺も、教えてほしいです。さっきのイチョウ様……が口にしていた、ニシキが呪われた土地って、どういうことですか?」

 俺の質問にカスガ様は少し思案顔になったけれど、視線を向けたシオウとヤカクが揃って頷いてみせたので、答えてくれる気になったみたいだ。

「じゃあ坊や……いえ、ワダツミ様。あなたから見て、私は、何歳に見えるかしら」

 えっ。

 いきなりぶっ込んできたカスガ様の質問に、俺はたじろぐ。
 年齢って、女性にしちゃいけない質問の、断トツじゃないのかな? 

「大丈夫。良いのよ、感じた通りで」

 うぅ、こ、答えづらい。
 ニコニコしているカスガ様に、俺は遠慮しつつ「六十歳ぐらいですか……?」と小声で答えてみた。

「フフッ……そうね、それぐらいの年齢に見えるでしょう? ……でも私、本当は、今年で三十歳になるのよ」
「ええっ!?」
「驚くのも、無理はないです。これが、ニシキの領主となった者が担う呪い……そして、ニシキ領が『穢れている』と見做される所以なのですから」

 そしてカスガ様は俺に、ニシキに纏わる歴史と、旧い昔話を教えてくれた。


 ニシキ領には、古来より神様が奉られている。
 主神テラスとは別の土地神で、ウズニ様と呼ばれている、嫉妬深い醜女の女神様だ。

 ウズニ様は宝物を三つ持っていて、それをとても大事にしていた。
 ある日、ウズニ様に仕える人間の従者が三つの宝物を盗み出し、ニシキ領の何処かに隠してしまった。
 当然ウズニ様は酷く怒り、従者が身を隠したニシキ領の全土に、強い穢れを振り撒いた。


『この土地に生きる者達よ。皆、朽ち果ててしまえ』


 ニシキ領の全てが穢れに曝され、人間はおろか、多くの動物達も苦しむ羽目になった。
 ウズニ様の怒りを知った他の神々は何とか彼女を宥め、ウズニ様に穢れを鎮めてもらう代償として、ニシキ領の領主に、ある約束をさせた。

 ウズニ様を奉る社を、海の見える場所に建立すること。
 ニシキの何処かに隠された、ウズニ様の宝物を見つけてお返しすること。
 ウズニ様の御心を乱さないように、領主は妻帯しないこと。

 そしてニシキ領の領主には、隠された宝物を見つける為に、特殊な力が与えられた。

「……それが、この力です」

 カスガ様は手袋を外し、皺だらけの指先で、花瓶に生けられていた一輪の花に軽く触れる。

「!」

 俺は、目を見張る。
 瑞々しい花弁を開いていた白い花が、カスガ様の指が触れた途端に茶色に変色し、萎れて崩れ落ちたからだ。

「直に触れたものの『時間』を進める力だと聞いております。……使い方によっては強力な武力になるのかもしれませんが、殺生の為に授けられたものではないでしょう。これでどうやって隠された宝物を見つければ良いのか……歴代の領主は誰しも、この能力を使いあぐね、生涯悩み続けました。その上、使い道が充分に判らないのに、その力を得る『代償』はとても大きなものでした」

 カスガ様は小さく息を吐き、昔を思い出しすように、遠くを見つめる眼差しをする。

「私がニシキの領主となったのは、今から十五年前。……まだ、十五歳の時でした。領主の座に着いてから過ぎた時間も、十五年。その十五年で、私の身体は、四十五年分の年齢を重ねたのです」
「四十五年……って、ことは」
「えぇ。ニシキの領主となった者は……一日で、三日分の歳を取ってしまいます」
「……!」

 つまり。単純に人の三倍早く、歳を取ってしまうってことか。
 ……それは、確かに。イチョウ様の言葉じゃないけど、誰も後を継ぎたがらないよね。

「ウズニ様との約定で妻を娶ることが叶いませんので、領主に選ばれるのは、自然と女性が多くなります。しかし、領主の座があるとは言え、ニシキは貧しい領地です。その上、早く老いることが始めから判っている妻の入り婿となってくれる男性は、そう簡単には見つかりません」

 ただでさえ忙しい領主の仕事に加え、こんな辺境では、出会いも少ない。カスガ様もそうした理由で、結局入り婿を得ることもなく、独り身で過ごしてしまったのだそうだ。

「これが、ニシキが『呪われている土地』と言われている所以です。……ワダツミ様、こんな説明で、大丈夫だったかしら」
「はい、判り易かったです。ありがとうございます」
「ウフフ、それは良かった。……ですからね、たとえあなたが本当に海神ワダツミ様の化身だったとしても。ウズニ様の影響が色濃いこの土地で、領主を務められるのは、お勧めできません」

 少し寂しそうに、微笑みながら。
 やんわりと諭してくるカスガ様の言葉に。
 俺は、しっかりと首を振り返していた。

「ううん……大丈夫です。俺、なりたいです。ニシキの領主に、なりたいと思います」
「ワダツミ様……?」

 俺は微笑み、唖然としているカスガ様の前に正座をして、畳の上で丁寧に頭を下げる。

 だってそうじゃないと、理由がないもの。
 テラスが俺をニシキに寄越した理由は、これを解決して欲しかったのかもしれないし。
 そうじゃなかったとしても、カスガ様を助けたいって気持ちは、自分で決めたこと。

「さっきも、お願いしたみたいに。まずは『領主候補』で、お願いします」
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