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3.破滅
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王家に猜疑心を抱いたガラハドは、チシャの元に通いつつ、孤島に封じられたものを調べるようになった。しかし一介の騎士にすぎない身では、なかなか有力な手がかりを得ることはできない。
確証を得られないまま、一年ほどの時間が経過した頃。ガラハドは、一度は王太子ラファルの妻となった隣国の元聖女に呼び出しを受けた。
彼女はガラハドが件の孤島について調べていると知り、それに関わってはいけないと、忠告を与えてきたのだ。
「伝承の島に辿り着いたことがあるのなら、あなたが月涙花を手に入れられたのも頷ける。でも、これ以上深入りしてはいけない。あの島に封じられているものは、人間がどうこうできる存在ではないの」
「――貴女には、関係のないことだ」
そう返して立ち去ろうとしたガラハドの腕を掴み、聖女は懇願する。
「これは私だけじゃなくて、あなたと家族のためでもあるわ。話を聞き入れてくれるならば、私は、あなたの妻になってもいい」
「何を言っている……?」
「私の純潔が証明されたことは、知っているでしょう? ウシュラとこの国の関係は、今、とても険悪になっているわ。緊張状態と言ってもいいぐらい。私とあなたで、国同士の、新たな架け橋になりたいの」
「馬鹿げている。一人っきりで俺の帰りを待つ愛しい人を、裏切れと?」
「お願い……どうか気づいて、ガラハド。絶海の孤島に一人で暮らし続けても、まともで居ることができる人間なんて、いない」
一方的な言い草に、ガラハドは柳眉を吊り上げ、聖女の手を振り払う。
「チシャに会ったこともない癖に! 俺にとっては貴女のほうが、よほどまともじゃない!」
「ガラハド!」
「話がそれだけならば、俺から貴女に聞くことは、もう何もない。架け橋とやらは、俺よりも騎士団長の方が、貴女の相手に相応しいのではないか?」
「っ……! なんてことを!」
激高する聖女を残してウシュラに戻ったガラハドを待っていたのは、妹のソナの、婚礼の日取りが決まったという吉報だった。
身分の差を乗り越えての恋愛成就に、ガラハドも両親も、二人を祝福してやまない。
孤島を訪れた際にチシャにもそれを伝えると、感受性の豊かな恋人は感動に瞳を潤ませて、自分もソナに会ってみたいと、羨ましそうにガラハドを見つめる。
「いつか、必ず連れて来るよ。何せソナは、チシャの妹でもあるんだからな」
「うん……約束だよ」
その約束は、果たされることがなかった。
挙式の前日。婚約者と二人でいる所を騎士達に攫われたソナは、騎士団長の館に連れて行かれた上に、無理やりブレンの妾にされたのだ。
頬を腫らしたソナの婚約者から事情を聞いたガラハドとリグが駆け付けた時には、ソナは騎士団長の館から逃げ出して、庭の木に紐を架け、首を吊ってしまっていた。
ガラハドは妹の遺体を抱えて呆然自失となり、憤りのまま騎士団長の元へ抗議に向かった両親は、反逆の意ありとして、簡単に斬り捨てられる。
ガラハドも同様の罪を着せられて捕らえられそうになったが、黒竜ミドラスに助けられ、何とか逃げ延びたのだ。
指名手配された二人を匿ったのは、ガラハドが求婚を退けた隣国の元聖女だ。
「ガラハド、私の愛しい人――可哀そうに。私なら、あなたを救ってあげられる」
彼女は自分の持つ権力を駆使して、ガラハドとミドラスの身柄をウシュラから解放してみせると語る。しかしそれには当然、ガラハドが自分と結婚することが条件になる。若く精悍な竜騎士ガラハドに、元聖女は自分でも気づかないうちに、固執していたのだ。
「そうしなければ、あなたはずっと、追われるままよ。島に残した人のことなんて、忘れてしまって。どうせウシュラが存在する限り、あなたの恋人は、永遠に塔から出られないのだから」
「……ウシュラが、存在する限り?」
「本人から聞いていないの? それとも、自分では知らないのかしら……あの島に封印をかけているのは、ウシュラ聖王国そのものよ」
「ウシュラ、そのもの……」
言葉を繰り返すガラハドに、彼女も頷き返す。
「えぇ。気になって、私も調べてみたの。あなたが月涙花を手に入れた島に建つ塔は、かつてウシュラ聖王国を脅かした魔物を封じるために建てられたものだそうよ。封印そのものはウシュラの王宮にあって、あなたの恋人は、魔物の肉体を地下に封じた塔の番人。ウシュラが滅びでもしない限り、封印が解けることはないわ」
「……そうなのか」
「えぇ、そうよ。だから恋人のことは忘れて、私と……」
最後まで彼女が言葉を告げられなかったのは、首の上に乗った頭が、身体から離れてしまったからで。
ガラハドは痛みを感じる間もなく息絶えた元聖女の身体を足で転がし、彼女が腰紐に下げていた鍵束から、聖女の庭に続く扉の鍵を見つけ出す。
「チシャを救う術を、知っていたんだな……騎士団長を唆したのも……アンタなんだろう?」
胴体と離れた頭からは、返事が返ってくることはない。
ガラハドは耳が良く、ウシュラから逃げだす直前に、自分を追う騎士達が交わす会話を聞きつけていた。
【――ガラハドの妹を妾に取れば幸福が訪れると、騎士団長にお告げがあったそうだ】
そんな託宣を下せる相手は、一人しかいない。
「ミドラス」
『ガウ』
部屋の外に控えていたミドラスを伴い、聖女の持つ鍵でしか開かない扉を潜った先には、神聖な気配に包まれた静かな庭が広がっている。
その片隅に佇んでいた一角獣は、血まみれの剣を片手に侵入してきたガラハドと狂暴な姿の黒竜に、怯えた様子でたたらを踏み、高い声で嘶いた。
「ごめんな。お前に恨みはないけれど――一角獣の角は薬の材料であると同時に、あらゆる封印を解く鍵になる」
ミドラスの一撃で地に沈んだ一角獣の頭から角を折り、血泡を吹く身体が長く苦しまないようにと、心臓を一突きにしてやる。
異変に気付いて駆け付けた衛兵や使用人達は、黒竜の吐く獄炎のブレスに焼き払われ、次々と息絶えた。
「……さぁ、行こうミドラス。俺達を縛るものなんて――もう、何もない」
確証を得られないまま、一年ほどの時間が経過した頃。ガラハドは、一度は王太子ラファルの妻となった隣国の元聖女に呼び出しを受けた。
彼女はガラハドが件の孤島について調べていると知り、それに関わってはいけないと、忠告を与えてきたのだ。
「伝承の島に辿り着いたことがあるのなら、あなたが月涙花を手に入れられたのも頷ける。でも、これ以上深入りしてはいけない。あの島に封じられているものは、人間がどうこうできる存在ではないの」
「――貴女には、関係のないことだ」
そう返して立ち去ろうとしたガラハドの腕を掴み、聖女は懇願する。
「これは私だけじゃなくて、あなたと家族のためでもあるわ。話を聞き入れてくれるならば、私は、あなたの妻になってもいい」
「何を言っている……?」
「私の純潔が証明されたことは、知っているでしょう? ウシュラとこの国の関係は、今、とても険悪になっているわ。緊張状態と言ってもいいぐらい。私とあなたで、国同士の、新たな架け橋になりたいの」
「馬鹿げている。一人っきりで俺の帰りを待つ愛しい人を、裏切れと?」
「お願い……どうか気づいて、ガラハド。絶海の孤島に一人で暮らし続けても、まともで居ることができる人間なんて、いない」
一方的な言い草に、ガラハドは柳眉を吊り上げ、聖女の手を振り払う。
「チシャに会ったこともない癖に! 俺にとっては貴女のほうが、よほどまともじゃない!」
「ガラハド!」
「話がそれだけならば、俺から貴女に聞くことは、もう何もない。架け橋とやらは、俺よりも騎士団長の方が、貴女の相手に相応しいのではないか?」
「っ……! なんてことを!」
激高する聖女を残してウシュラに戻ったガラハドを待っていたのは、妹のソナの、婚礼の日取りが決まったという吉報だった。
身分の差を乗り越えての恋愛成就に、ガラハドも両親も、二人を祝福してやまない。
孤島を訪れた際にチシャにもそれを伝えると、感受性の豊かな恋人は感動に瞳を潤ませて、自分もソナに会ってみたいと、羨ましそうにガラハドを見つめる。
「いつか、必ず連れて来るよ。何せソナは、チシャの妹でもあるんだからな」
「うん……約束だよ」
その約束は、果たされることがなかった。
挙式の前日。婚約者と二人でいる所を騎士達に攫われたソナは、騎士団長の館に連れて行かれた上に、無理やりブレンの妾にされたのだ。
頬を腫らしたソナの婚約者から事情を聞いたガラハドとリグが駆け付けた時には、ソナは騎士団長の館から逃げ出して、庭の木に紐を架け、首を吊ってしまっていた。
ガラハドは妹の遺体を抱えて呆然自失となり、憤りのまま騎士団長の元へ抗議に向かった両親は、反逆の意ありとして、簡単に斬り捨てられる。
ガラハドも同様の罪を着せられて捕らえられそうになったが、黒竜ミドラスに助けられ、何とか逃げ延びたのだ。
指名手配された二人を匿ったのは、ガラハドが求婚を退けた隣国の元聖女だ。
「ガラハド、私の愛しい人――可哀そうに。私なら、あなたを救ってあげられる」
彼女は自分の持つ権力を駆使して、ガラハドとミドラスの身柄をウシュラから解放してみせると語る。しかしそれには当然、ガラハドが自分と結婚することが条件になる。若く精悍な竜騎士ガラハドに、元聖女は自分でも気づかないうちに、固執していたのだ。
「そうしなければ、あなたはずっと、追われるままよ。島に残した人のことなんて、忘れてしまって。どうせウシュラが存在する限り、あなたの恋人は、永遠に塔から出られないのだから」
「……ウシュラが、存在する限り?」
「本人から聞いていないの? それとも、自分では知らないのかしら……あの島に封印をかけているのは、ウシュラ聖王国そのものよ」
「ウシュラ、そのもの……」
言葉を繰り返すガラハドに、彼女も頷き返す。
「えぇ。気になって、私も調べてみたの。あなたが月涙花を手に入れた島に建つ塔は、かつてウシュラ聖王国を脅かした魔物を封じるために建てられたものだそうよ。封印そのものはウシュラの王宮にあって、あなたの恋人は、魔物の肉体を地下に封じた塔の番人。ウシュラが滅びでもしない限り、封印が解けることはないわ」
「……そうなのか」
「えぇ、そうよ。だから恋人のことは忘れて、私と……」
最後まで彼女が言葉を告げられなかったのは、首の上に乗った頭が、身体から離れてしまったからで。
ガラハドは痛みを感じる間もなく息絶えた元聖女の身体を足で転がし、彼女が腰紐に下げていた鍵束から、聖女の庭に続く扉の鍵を見つけ出す。
「チシャを救う術を、知っていたんだな……騎士団長を唆したのも……アンタなんだろう?」
胴体と離れた頭からは、返事が返ってくることはない。
ガラハドは耳が良く、ウシュラから逃げだす直前に、自分を追う騎士達が交わす会話を聞きつけていた。
【――ガラハドの妹を妾に取れば幸福が訪れると、騎士団長にお告げがあったそうだ】
そんな託宣を下せる相手は、一人しかいない。
「ミドラス」
『ガウ』
部屋の外に控えていたミドラスを伴い、聖女の持つ鍵でしか開かない扉を潜った先には、神聖な気配に包まれた静かな庭が広がっている。
その片隅に佇んでいた一角獣は、血まみれの剣を片手に侵入してきたガラハドと狂暴な姿の黒竜に、怯えた様子でたたらを踏み、高い声で嘶いた。
「ごめんな。お前に恨みはないけれど――一角獣の角は薬の材料であると同時に、あらゆる封印を解く鍵になる」
ミドラスの一撃で地に沈んだ一角獣の頭から角を折り、血泡を吹く身体が長く苦しまないようにと、心臓を一突きにしてやる。
異変に気付いて駆け付けた衛兵や使用人達は、黒竜の吐く獄炎のブレスに焼き払われ、次々と息絶えた。
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