アウトロー ~追憶~

白川涼

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三章 ミュラー最後の事件簿

咆哮

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 ミュラーの動きは素早かった。

 鬼神の如き勢いでロゼに向かって肉薄する。
 他の誰もが反応できない中、真っ直ぐに。
 その瞳にはルカとその隣にいるロゼしか映っていなかった。
 傍らにいる他の二人の敵など無視し、猛進しながら、目にも止まらぬ速さで抜剣し、ロゼに向かって剣を振り下ろす。

 あっという間のミュラーの動きに彼の味方は慌てて、戦闘態勢に入る。
 しかし用心深いオルマは思った。

 敵は待ち構えていた罠ではないのか?

 そう疑心に駆られ、ミュラーを止めようとした時、すでに遅かった。
 ロゼの眼前までいたミュラーは、巨大な顎に飲み込まれていた。
 リストが放った召喚術だ。
 建物程の大きな口に胴体はなく手と足が生えた薄気味悪い生き物、アヤカシだ。
 ロゼの側にいたリヴァはニヤニヤと笑い、リストは薄ら笑いを浮かべた。
 ロゼの傍らにいたルカはあまりのショックな光景に気を失う。

 すぐに態勢を立て直そうとリューが少年兵を指揮し、ジラールがハーミットを構え、オルマが糸を張り巡らそうとすると、リストは彼らに向かって右手をかざす。
 すると見覚えのある異形のアヤカシが現れた。

 それも三体も。

 リューはリストという人物を見誤っていた。

 生霊を同時発動、しかも複数体も出現させることができるとは……。

 しかし、相手が精霊操術とはいえ、魔法を発動させたということは、以前のようにこの場で魔法を無効化される可能性は低い。

 展開させた少年兵達に魔法を発動させようと指揮しようとした時、その場で異変が起きた。

 リストが最初に召喚した大口の化け物が爆散したのだ。
 飛び散る肉片。吹き出る流血。
 あまりの光景に敵、味方が呆気に取られている中、ミュラーはいた。
 ミュラーは迷うことなく、ロゼに向かって剣を放つ。
 しかし、その前にリヴァが立ち塞がった。
 振り下ろされた剣を腕で防いでいた。
 以前切断された腕が再生されていた。
 ミュラーの鬼の如き剣幕に臆することなく、まるでその怒りの波動を待ち侘びたかのように、ニヤリと笑い、蹴劇をミュラーの胴体に向かって放つ。
「待ってたぜ! 青髪っ!!」
 しかしその蹴りの一閃はミュラーが放った蹴りで防がれた。
 ミュラーは怒りに満ちた感情を隠すことなく、目の前で邪魔をする存在に睨みつける。
 そしてルカを抱えて、その場を立ち去ろうと背中見せたロゼに向かって駆け出す。

 今度はリストがミュラーの邪魔をする。
 放っていた異形のアヤカシが一体、ミュラーの前に立ち塞がる。
 ミュラーはこの存在に物理が効かないのは知っていた。
 そして躊躇なく地面に手を置き、魔法を発動させる。
『地槍』
 すると大地が隆起し、先端が尖った地柱がアヤカシの胴体を貫く。
 そして大地の剣で八つ裂きになったアヤカシの頭を掴み。
「炎殺」
 すると黒い炎がアヤカシを包み、焼き尽くす。
 あまりの火力でアヤカシは一気に炭化する。

 視界から離れていくルカをミャラーは追おうと走り出すが、今度は巨大な石像がミュラーの身体を踏み潰す。
 両腕でその石像の足を持ち上げ、ミュラーは必死に耐える。
 それでも視線はロゼから離さない。
 必死に愛する者の名を口にする。
「ルカーーーーー!!!!!」
 しかしミュラーの悲痛な叫びは届くことなく、ルカの目は閉じたままだった。

 ロゼは振り返ることなく、片手で手を振り、その場を立ち去る。

 絶対に逃がさない。

 ジラールがハーミットで放った巨大な光弾が石像の上半身を吹き飛ばす。
 ガラガラと音を立てて、崩れる石の雨がミュラーの身体を打ちつける。

 それでも駆け出そうとするミュラーの頭をオルマが思いっきり蹴り飛ばした。
 そしてミュラーの目を覚まさせようと叫ぶ。
「ミュラー! 周りを見て! 今はそれどころじゃないよ!」
 ミュラーが振り返ると、リューは地面に伏し、頼りの少年兵達がリストの操るアヤカシに襲われかけていた。
 ミュラーは舌打ちし、その場にあった石を蹴飛ばした。そして、オルマに尋ねる。
「糸は仕掛けたか?」
 オルマがコクリとうなづくと、すかさず右手をかざした。

『爆雷』

 するとオルマが張り巡らしていた糸がアヤカシ達を縛り上げ、それに電気を帯びた磁力が走っていった。

 磁力と同時に爆炎がほと走り、巨大な炎の塊がアヤカシ達の身を包み、爆散する。
 立ちこめる炎の中、ミュラーは駆け出した。

 虚を突かれたリストは新たな精霊を召喚しようと右手をかざそうとすると、その腕はジラールが放った光弾で吹き飛ばされた。 

 リストの眼前には剣を振り下ろそうとしたミュラーが迫っていた。
 しかし再びリヴァが立ち塞がる。
 そしてまたその腕でミュラーの剣を弾こうとしていた。

 しかしその動きをミュラーは読んでいた。

 剣の軌道を変え、縦ではなく横にその線を変えた。
 その動きにリヴァが驚愕したのは束の間だった。
 彼の上半身と下半身に剣光が走った時、リヴァの身体は真っ二つに裂かれた。

 バカな!?

 リヴァがそう驚くと同時に視界が揺らぐ、崩れ落ちる上半身、そのリヴァの頭をミュラーは掴み、囁いた。
「また再生してこい、次は細切れにしてやる」
 そう言い放つと、リヴァの上半身は黒炎に焼き尽くされる。

 手負のリストを探そうとするが、すでにその場から消えてしまった。

 ミュラーの心に再び怒りの感情が湧き起こる。
 すぐにロゼを追おうと駆け出そうとすると、馬車からエルドラがミュラーに呼びかける。
「落ち着ついて、今追っても手遅れです。文書から、ロゼの行き先を探りましょう」
 ミュラーは足を止めた。

 しかし感情のままに大きく叫び声を上げた。

 狼の雄叫びがベガスに響き渡っていった。
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