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第一章

第十五話 お父様

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「よく来たな我が娘よ。まさかサド萌えとか言って王子と子作りしてないだろうな」
「するわけねえだろ」
「え?」
「しませんよやだなぁ」

 出会い頭にそんな事を言われたものだから思わず素でツッコんでしまった。許せ。

「それならいいんだ。で、本題なのだが」

 お父様の表情がキリッとする。
 気持ちは感謝するけれど留学は避けたい、という旨を伝えなければ王子二人にも会えなくなる。何やかんや言ってあの二人と会話するのは楽しいからね。
 お父様は机から二つ、冊子を取り出して口を開く。

「右はSM、左は露出散歩、どっちが今夜のオカズに相応しいのだろうか」
「それ娘に聞きます?」
「娘に聞くからこそ独特の背徳感が生まれて更なる性欲増進を図れるから聞いているんだ! 答えて願わくばサドボイスください!」

 半べそをかきながら床に土下座をかますお父様。厚顔無恥とかそういうレベルじゃないことくらい分かる。

「バカ! 今踏まなきゃいつ踏むんだ!」

 全力で泣き叫ぶ父親。もう親とも言いたくないのだが一応。
 父親がこんなんでも私はキチンと成長しなければならない。私の周りこぞって変態しかいないけど。
 ええい、そんな事は関係がない。父親ごと真人間にする気持ちで発言しなければ!

「そもそもなぜ父親兼公爵を踏まなければならないんですか」
「この状態で踏まないだなんて……まさか、マゾか?」
「失礼しました」
「待って! 本当に待って真面目にするから!!」

 毎度のことながら私の話を聞かないヤツである。
 必死にせがまれてこの場に留まる事を決意するが、ぶっちゃけ早く帰りたい。

「では問おう。かなりどうでもいい事なのだが」

 なら今回呼ばれたのは超どうでもいい案件のオンパレードという事ですね時間返せ。
 ニコニコと笑いながら出された言葉は。

「留学する?」
「しませんありがとうございました」
「だから待って! お父さんの話聞いてえええ!」

 娘の話聞かない人に話を聞けと言われましても。
 だが一応止まっておく。後が面倒くさいし。メンヘラの彼女並みに『会いたい』『話したい』『どうして逃げるの?』とかいう手紙が大量にばら撒かれるのは本当に怖いからやめてほしい。
 そんなこと言ってもやめてくれる兆しが一向に見えないので自力で阻止するしかないのが不便である。これがなかったらもうとっくに部屋に帰っているのに。

「まずはあのクソ王子から話そうじゃないか」

 公爵よ、王家への忠誠心どうした。
 だが、指をピッと立てて威圧を放つお父様に何も言えなかった。8割くらいは学習性無力感もある。

「会うと刺々しい言葉のバーゲンセールが始まったりするだろ?」
「そうかもしれないですね」

 ただし人目がある時に限る、と心の中で付け足す。

「あの怒り以外の感情がないような野郎にかわいい愛娘を差し出すだなんて到底無理だよ! 分かるかこの気持ち!?」
「あっはい」
「分かるわけねえだろ!!」

 じゃあ何で聞いたんだよ理不尽にも程があるわ。
 王子の本性は知らないのが普通だから一旦置くとしても、この状況下で私の話を聞かないのは致命的すぎる。
 お父様は私に留学の必要性を伝えようとして、口と両手を必死に動かす。だがそんなに熱弁を振るわれたところで私の気持ちに変わりはない。

「で! つまりお父さんはMだ!」

 ヤバい聞いてない間に全然違う方向言ってた。どないしよ。
 私が密かに焦っていると。

「ああスマンスマン、つい話が脱線してしまった。で、留学するよね?」

 ここまで一方的に話ができる人もかなり珍しいな。
 私は用意していた答えをお父様に突き付ける。

「お父様、先ほども言った通り留学する気はさらさらございません。僭越ながらご遠慮させてください」

 それだけ言い切り、お父様を軽く睨みつける。あまり口出しさせてもらえなかった分これくらいは許して欲しいものだ。

「そうか。では保留にしておくな。だが、お父さんからもあと一つくらい言わせてくれないか?」
「はい」

 最後の一言くらいは聞いてもそこまで長引かないだろう、と思い頷く。

「断りにくいのは分かるが、人を勝手に入れたらダメだぞ」

 血の気が引いた。
 内容も驚くに値するものだが、それよりも決定的な要因があった。
 お父様の、眼だ。

「留学についてはまた考えてくれると嬉しい。ちゃんと勉強するんだぞ」
「……失礼します」

 思わず伏目になり頭を下げて退室する。
 あの眼は表のハルトにそっくりなようでもっと恐ろしく冷たいものだった。
 腹の中で何を考えているのかが分からなくなってしまった今、私に残されたのは微かに震えることのみだった。

「あれっ、お嬢様どうしたんですか?」

 部屋の前で待っていたレイトが私の様子がおかしいことに気が付いたらしく、心配そうな表情で私を見つめていた。
 その表情を見ていると震えが段々収まって来る。
 親の心子知らず、とも言うがそんな言葉では説明ができないほどの現象に見舞われたとはいえ、立ち直れないほどではなかったらしい。
 震えや恐怖心も本格的に収まってきたころ。

「もしかして無理矢理留学させられたんですか?」

 優しい笑みを浮かべて尋ねるレイト。
 その笑みさえ裏があるのではないかと考えてしまったあたりまだ収まってはいなかったようだ。
 だが返答はしなければいけない。待ってくれた恩もあるし。

「いえ、それは免れることが出来ました」

 何とかはにかみながら答える。
 レイトは微笑を浮かべながら私の手を取った。こんなのいつぶりだろうか。正式な場所以外では5年以上前くらいかな?

「それはよかったです。さあ、帰りましょう」

 久々に行動イケメンなレイトを見る事ができたな。うむ、満足だ。

「ありがとうございます」

 私もそれに笑みで返し、部屋へと戻るのだった。
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