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第一章

第八話 婚約者の弟がやたらと絡んでくる

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 そこから時は流れ三日後。
 王子から誘われたとはいえ親にちゃんとした許可も取らず王城に宿泊したため、この二日は勉強漬けになっていた。もう絶対に王子の言いなりにはならない。
 勉強と王城で休みは明けて、今は学校。

「え、エリス、ちゃん、おはようっ……!」
「おはようございます」

 なぜかハルキにエリスちゃん呼びされるという珍事が発生。とりあえず返事はしたが……兄の影響を受けたのかな? でも顔真っ赤だし、ハルトに無理矢理言わされているのだろうか。
 気になっていたところに丁度ハルトが通りかかる。一緒に出て来たのだろうか?

「ハルト様、ちょっといいですか?」
「どうしたんだ」

 人の通りがあるため、少しぞんざいな扱いにはなっているがいつもの事なのでスルー。

「先ほどハルキ様が私のことをちゃん付けして呼んだのですが、これってあなたの差し金ですか?」
「違う。何だそれは」

 違うのか。
 本当に困惑した表情を浮かべているので恐らく嘘という事は有り得ないだろう。第一、こんなところで嘘を吐いてもハルトに一切の得もないし。
 するとまたハルキが私の方に駆け寄ってくる。一体今日はどうしたというのだろうか。

「に、荷物持とうか?」
「サンキュ」
「お前じゃねえよ」

 兄に負けず劣らず冷たい怒気を孕んだ目線を送るハルキ。そんなに嫌なのか。

「なあ、お前急にどうしたんだ。俺の憩いの時間邪魔しないでくれる? やっとエリスの魅力に気が付いたのか? エリスちゃんがいくら優しいからと言ってもお前みたいなゴキブリの糞みたいな存在は願い下げだと思うぞ」
「お前こそエリスに張り付きすぎだろ。もう少し節度ってもんを持ったらどうだ? ハッキリ言ってお前ストーカーだぞ」

 バチバチと喧嘩をしだすお二人だが、今までとの喧嘩とは少し違うような。

「エリス、俺が泥棒に捕まらない様に抱っこしてやるよ。おいで」
「断固拒否します」

 ハルトが私に向かって両手を差し出す。当然拒否した。
 今は人通りが少ない、というか人がいないけれどもし他の人が通ったら困るのあなたですからね?

「じ、じゃあ俺が!」
「無理しなくて大丈夫ですよ」

 おおかたハルトに対抗するためだろうけれど、そんな事でハルキに不穏な噂を流すわけにはいかない。

「は、ハルキ元気出せって。エリスちゃん優しいから。そんな意図で拒否してないから」
「うっさい。お前の方が酷い断られ方してるくせに」
「ああん? 俺の性癖に合わせてツンモードを展開してくれてるんだよそんくらい察しろやフケ」

 珍しくハルトが弟に優しいと思ったが二秒で切れた。しかも別にあなたに合わせてツンモード展開したわけでもないし、そもそもツンモードもデレモードもありませんけど。
 少ししょんぼりしていたハルキだが、再起したようでまた私の方へと寄って来る。本当にどうしたんだろう。

「靴磨きましょうか?」
「ゴメン本当に何言ってんの?」

 思わず素でツッコんでしまった。そりゃそうだ。
 マトモだと思ってた第二王子が急に靴磨きをすると申し出てきたら誰でもびっくりすると思う。

「まだまだだな弟よ」

 ドヤ顔を浮かべたハルトは私の真ん前まで歩いてくる。王者の風格さえ醸し出していた。まあ王子なんだけど。
 すると、一瞬にしてハルトの姿が私の視界から消える。

「……ッ! 兄貴まさか!」

 そこで、やっと私はハルトが地面にへばりついている事が分かった。
 王者の風格そのままに。

「踏んでください」

 何もやましい事はしていない、と言わんばかりに懇願するハルト。

「まさか王家に代々伝わるDOGEZAを今この場で使うだと!? 確かにやらざるを得ない雰囲気は出るが……。そうか、エリスはグイグイ来るのが好きなのか!」
「イエス」

 土下座って王家に伝わるものでも何でもないし、私別にグイグイ来るのが好きでもないからね?

「兄貴がこんな公衆の場で大胆な事出来るとは思わなかった。見直したぜ」
「そうか。オオグソクムシに見直されるよりエリスちゃんにベタ惚れされる事の方が1000万倍くらい嬉しいけどどうも」

 そっけなく言うハルトだったが、その背中はプルプルと震え、耳も赤くなっている。
 今顔をみたらきっと赤面して嬉しがっているハルト――兄の顔が見れる事だろう。

「踏みませんしさっさと登校しないとマズいんじゃないですか?」
「そうだね」

 すっくと立ち上がるハルト。若干ニヤけている事を今は言わないでおこう。

「おお、丁度良かった。ハルキ、ちょっと聞きたい事があるんだが」
「おおどうした!?」

 急に知り合いが登場してきて少し戸惑っているハルキを尻目に、私達は歩き始める。表向き兄弟仲悪いって事になってるし。
 でも待てよ、裏でも仲悪かったはずなのにどうして急に仲良くなっているんだ?

「エリスどうしたんだ?」

 素を知らない人間がいるため表向きの口調にはなっているものの、凍てつくような眼光は存在しない。
 兄弟だから私がハルトに会ってなかった二日間で色々あったのだろうし、何があったのかは聞かないでおこう。

「何でもないですよ。ただ、ハルト様の兄らしい顔初めて見たなあって」
「……忘れろ」

 少しだけ視線を外して照れているハルトを不覚にもかわいいな、と思いながら私達は教室に向かった。
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