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第一章

第六話 約束

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「うん、綺麗だな」
「そんなに褒められると照れます……っ」

 着替えが終わり、言った通りディラン王子が迎えに来る。
 さすが王妃のドレス。かなり上質らしく、時間が経った今でもなお、その上品さは健在だ。

 私が渡されたのは、白色のみで構成されたドレスだった。ウェディングドレスにも似たものだったが、それよりかはすっきりしたものだ。王妃パーティーに最適だろう。

 しかし、なぜだろう。先ほども不愉快そうな表情を浮かべたことは少なかったが、今はかなり上機嫌に見える。

 ――まさか、私よりも見た目が麗しく、性格もよい令嬢を見つけたのだろうか。

 それだったらこの機嫌にも説明がつく。だが、これはそもそも覚悟していたこと。少し気にかけてくれたくらいでうぬぼれてはいけないのだ。

 そう自らを戒めているとき、丁度会場へついた。
 だが、おかしな点がある。

「なんだか、妙に静かですね?」
「ああ。うるさいやつがここを去ったからな」

 恐れ多いが、聞いてみたところ王子のすがすがしい声が返ってきた。
 その言葉に一抹の違和感を覚えていると。

「あ、あなたがお姉様を、王妃候補から除外させたのですね……!」

 こげ茶の髪を巻いた、黒色のドレスを身に纏っている令嬢がこちらへ寄ってくる。『お姉様』と言っているから、先ほど出て行ったらしい人の妹だと思うのだが、心当たりは全くない。

 首をひねっていると、そのかたは声を荒げる。

「ふざけないでくださいましっ! あなたがお姉様――ライリー様のことを悪く言ったのでしょう!」

 そこでようやく私は事情を理解したが、やはり心当たりはない。ディラン王子とて、紅茶に濡れたことを案じてくれはしたが、理由は言っていないのだ。

 どういうことだ、と動揺は増したが何か言葉を返さないと冤罪なのに罪状が確定してしまうことになりかねないので口を開く。

「で、ですから私は何も」
「ああ、そうだ」

 顔を怒りに赤く染めながら捲し立てる令嬢を制するかのように、ディラン王子は低い、冷や水のような声を発する。

「ソフィアは嘘をついていないぞ。――まさか、俺がここにいる間の行動のみで王妃を選ぶとでも思ったのか?」

 その言葉を聞き、一瞬にして私から動揺などの感情が引く。
 冷静になった私の脳裏に浮かぶのは、助けを求めても微動だにしなかったメイドや執事の姿。

 つまり。

「そこにいるメイドと執事が、お姉様を王妃候補から引きずり降ろしたのですか……っ」
「何を言う。俺はただ『王妃に相応しくない奴がいれば、名前と行動を報告しろ』と命令しただけだ。それも、複数人の証言が揃わないと信用しない、という条件でな。勝手に降りたのはお前らだろう」
「むっ……。わ、わたくし、帰りますわ!」
「ああ。二度と来るな」

 親の敵でも見るように、しかし引き留めてほしそうにもしていた令嬢にキッパリと言葉を吐くディラン王子。

 ああ、やはりこのかたは冷酷無比な王子なんだ、と会場がざわめきだすが私はそれとはまったく違う感想を抱いていた。

 このかたは、とんでもなく優しいかたなのだ、という感想を。

「まったく、年齢と一定の条件のみで人を集めることはリスクが高いな。王妃にまったく相応しくない人物まで来てしまう」
「あ、あの。お気持ちはとてもありがたいのですが、ディラン王子」

 一仕事した、と言わんばかりの顔を浮かべているディラン王子に、私は言葉を向ける。

「どうした?」

 すると、王子は不思議そうな表情を浮かべながらまっすぐ翠色の目を向けてくれた。
 その素敵な王子に、私は。

「私ごときに紅茶を被せたくらいで、何もそこまで言わなくていいのでは……?」

 自分を助けてもらったのに、不満を口にする。
 これにはディラン王子もかなり驚いているようで、翡翠の瞳は大きく見開かれていた。

 さすがに怒られてしまうだろうか、なぜ私は下手なことを言ってしまったのだ、と反省し始めたとき。

「……ははっ」

 彼は、整った顔を面白く歪めながら、しかし綺麗な顔で笑った。

「まさか、そんなことを言うとはな。面白い。それでいて、謙虚だ」
「さ、左様でございますか」

 眉目秀麗な彼から紡ぎ出される言葉は、どうしても自分に向けられたものだとは思えず、どもりながらも返答するのみだ。

「ああ。――明日、王城で待っているぞ」
「え、あ、ありがとうございますっ!」

 微笑むディラン王子が急に近づき、そんな嬉しい言葉を耳元で囁かれる。
 こそばゆさと腰が砕けるような感覚を味わいながらも、半ば反射的に頭を下げ、そこで気づいた。

 私は、未来の王妃に最も近い場所にいるのだ、ということに。
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