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第一章
第一話 お父様と私の婚約破棄
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「ソフィア。……ソフィア!」
「あっ、お、お父様。申し訳ございません、私、ぼーっとしていて」
婚約破棄が決定した翌日、お父様から呼び出しを受けた。
侯爵とあってお父様は多忙なのだが、それでも婚約破棄は一大事だ。それも、力のある公爵が相手となれば。
だから時間をとっていただいているわけだが――どうしても、昨日のことが頭から離れずにいた。
まだ、婚約破棄を告げる紙を見たときの衝撃と、妙に頭がクリアになる感覚は忘れていない。
それもあって、直々に呼び出しされたのにも関わらず話を聞いていないという事態が起きてしまったのだ。
本来ならばもっと怒ってもいいはずなのだが、お父様はそれをせず、短い茶色の髪をふっと揺らし、碧い瞳に慈愛の色を混ぜながら、優しさもある声で私の名前を呼ぶ。
「婚約破棄をされたのだから、それも仕方のないことだ。まして、ソフィアにまったく非がないときた。責める気にもなれないよ」
「お父様っ……」
この縁談は私が生まれた直後に決まった、双方に利益をもたらす、いわば政略結婚だ。
お父様も不利益を被るはずなのに、それでも私の心を案じてくれる言葉をかけてくれる。
ああ、この人が父でよかった、と心から思い感嘆にも捉えられる声を出すと。
「だから、私は向こうに相応のことをしてもらおうと思っている」
「えっ」
お父様は厳しい声でそう言うものの、こちらは手切れ金らしきものをもらっていて、それもかなり高額だ。
これ以上請求する必要はないのでは、と思ったが、お父様はくわっと目を見開いてまくしたてる。
「私の愛娘がひどい婚約破棄をされたのだ! 黙っていられるか! こんなはした金などいらん。奴の首を取らねば気が済まぬわっ!」
「お父様、それはさすがにやりすぎです!」
ふーふー、と息を切らしながらも目が本気のままだ。お父様は現在32歳だが、容姿も力も20代前半のようなこともあるので、このままでは元婚約者の生首を見る事態へと発展しかねない。
もっと予防線を張っておこうと口を開きかけたが、お父様の言葉はまだ続いた。
「悪いことをしたな、ソフィア。まさか友人の子どもがあのようなクズに育つとは思わなかったのだ……」
「い、いえ。私が、もっとちゃんとしていればよかっただけ、なのかもしれませんし」
お父様は理性を取り戻したらしく、落ち着いた声で後悔の言葉を紡いだ。
それに安心すると同時に、再び婚約破棄の傷が痛みだす。
そうだ。私がもっと、イーサンに好かれていたならば。
この人のために頑張ろう、と思ってくれていたならば、もっと違った結末があったのではないのか。
そんな考えが頭をよぎり、私の精神を蝕んでゆく。
「ソフィア。顔を上げなさい」
そんなとき、お父様から声をかけられた。
やはり、その瞳には慈愛がこもっている。可哀想、という感情は微塵も見受けられなかった。
「いいか。ソフィアは何も悪くないんだ。近々王妃を決めるパーティーもある。魅力的なソフィアなら、いくらでもチャンスはあるし、何なら侯爵家と分家ぐるみで一生守ってあげるから安心してくれ」
「それではただの役立たずではないですか……」
私の零した言葉を受けてもなお、お父様は微笑んでいた。
それは、私の口にかすかながらも笑顔が戻ったからだろう。
まだ、チャンスはある。
そう思うと、ほんの少しだけ気持ちが軽くなったような気がした。
「あっ、お、お父様。申し訳ございません、私、ぼーっとしていて」
婚約破棄が決定した翌日、お父様から呼び出しを受けた。
侯爵とあってお父様は多忙なのだが、それでも婚約破棄は一大事だ。それも、力のある公爵が相手となれば。
だから時間をとっていただいているわけだが――どうしても、昨日のことが頭から離れずにいた。
まだ、婚約破棄を告げる紙を見たときの衝撃と、妙に頭がクリアになる感覚は忘れていない。
それもあって、直々に呼び出しされたのにも関わらず話を聞いていないという事態が起きてしまったのだ。
本来ならばもっと怒ってもいいはずなのだが、お父様はそれをせず、短い茶色の髪をふっと揺らし、碧い瞳に慈愛の色を混ぜながら、優しさもある声で私の名前を呼ぶ。
「婚約破棄をされたのだから、それも仕方のないことだ。まして、ソフィアにまったく非がないときた。責める気にもなれないよ」
「お父様っ……」
この縁談は私が生まれた直後に決まった、双方に利益をもたらす、いわば政略結婚だ。
お父様も不利益を被るはずなのに、それでも私の心を案じてくれる言葉をかけてくれる。
ああ、この人が父でよかった、と心から思い感嘆にも捉えられる声を出すと。
「だから、私は向こうに相応のことをしてもらおうと思っている」
「えっ」
お父様は厳しい声でそう言うものの、こちらは手切れ金らしきものをもらっていて、それもかなり高額だ。
これ以上請求する必要はないのでは、と思ったが、お父様はくわっと目を見開いてまくしたてる。
「私の愛娘がひどい婚約破棄をされたのだ! 黙っていられるか! こんなはした金などいらん。奴の首を取らねば気が済まぬわっ!」
「お父様、それはさすがにやりすぎです!」
ふーふー、と息を切らしながらも目が本気のままだ。お父様は現在32歳だが、容姿も力も20代前半のようなこともあるので、このままでは元婚約者の生首を見る事態へと発展しかねない。
もっと予防線を張っておこうと口を開きかけたが、お父様の言葉はまだ続いた。
「悪いことをしたな、ソフィア。まさか友人の子どもがあのようなクズに育つとは思わなかったのだ……」
「い、いえ。私が、もっとちゃんとしていればよかっただけ、なのかもしれませんし」
お父様は理性を取り戻したらしく、落ち着いた声で後悔の言葉を紡いだ。
それに安心すると同時に、再び婚約破棄の傷が痛みだす。
そうだ。私がもっと、イーサンに好かれていたならば。
この人のために頑張ろう、と思ってくれていたならば、もっと違った結末があったのではないのか。
そんな考えが頭をよぎり、私の精神を蝕んでゆく。
「ソフィア。顔を上げなさい」
そんなとき、お父様から声をかけられた。
やはり、その瞳には慈愛がこもっている。可哀想、という感情は微塵も見受けられなかった。
「いいか。ソフィアは何も悪くないんだ。近々王妃を決めるパーティーもある。魅力的なソフィアなら、いくらでもチャンスはあるし、何なら侯爵家と分家ぐるみで一生守ってあげるから安心してくれ」
「それではただの役立たずではないですか……」
私の零した言葉を受けてもなお、お父様は微笑んでいた。
それは、私の口にかすかながらも笑顔が戻ったからだろう。
まだ、チャンスはある。
そう思うと、ほんの少しだけ気持ちが軽くなったような気がした。
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第八話あたりでR18要素が出ます。ホットランキング等からいらしてださったかた、ご注意ください。追記:主人公の年齢が分かりにくかったので、描写を若干修正しました。
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