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騙される方が悪いのよ!
しおりを挟む「えー、こほん。エレニア王子殿は、あなたとの婚約を破棄すると宣言なされました」
この三段腹の大臣は、一体何を言っているのだろうか。
私は唖然として、言葉が出ない。
王子が戦に行っている間、私は王子の母親や姉妹からのいびりに必死に耐えながら、彼が戦果を挙げて帰ってくるのを必死に待っていた。
明日には幸せな日々がやってくる、明日こそは、と毎日、胃の痛みをごまかしてきたのに。
「......私にそんな顔をされても困ります。これは王子のご決断なので」
大臣が本当に困り果てた顔で言う。彼自身も、この婚約破棄に納得がいっていないのだろう。
しかし、王子が自らの結婚相手について決めたことを、一介の大臣が覆せるはずがない。
私は二メートルも高いところに座る王子を見上げた。
彼の横には、不自然なほどにぎらぎらした美しさを纏う少女が纏わりついていた。
「王子、どうしてですか?私に至らぬところがあったのでしょうか」
王子は冷たい表情で、ただ一言だけ言う。
「......君は、大嘘つきだ。ルリアが全て教えてくれた」
次の瞬間、横にいた少女が物凄い剣幕で立ち上がる。
曰く、かつて私は売女をしていた。
曰く、今の私の顔は整形魔法によって手に入れたものだ。
曰く、私は酷く残虐な性格の持ち主で、幼い頃に少女をいじめて心に傷を負わせた。
どれも根も葉もない話だが、時に涙を使いながら雄弁に訴えかける彼女の言葉には不思議と説得力があった。
大臣や控えている兵士たちまでもが、彼女の言っていることが真実で、私が恐ろしい魔性の女であるかのように視線を向け始める。
どうやらルリアという少女は、王子が解放した街で出会ったようだった。
王子と付き合う以前の私の本性を知っている、と嘯き、ずっと虚言を吹き込んでいたらしい。
「この女は、王子を誑かしてこの国を乗っ取ろうとしているのです!追い出してしまわなければ、国は滅びますよ!?」
勝ち誇った表情で、少女は最後のひと押しとばかりに叫んだ。
だが、その拍子に彼女の髪飾りが外れ、私の足元に落ちてくる。
「......これは」
翡翠の紋章。
身分が低く、無学な私にもわかる。これは、かつて悪政を敷き、民衆の蜂起によって滅びたエスカルディア王家の紋章だ。
ルリアの顔が、みるみる青ざめる。
私は紋章を王子にも見えるようにかざしながら、高らかに宣言する。
「エスカルディア王家の者が、私なんぞと一体どこでお会いになったのでしょうか」
王子は私とルリアを交互に見て、それでもどうしようか迷っている様子だった。
本当に、救いようがない。
「王子。この女こそが、王子に取り入ってこの国を乗っ取ろうとしている売女なのです。たまたま会ったあなたに出鱈目を吹き込んで、あなたを誑かしたのですよ」
そうなのか、と王子はルリアに尋ねる。
企みが露呈した彼女はかぶりを振りながら、あいつが、あいつが、と私を指差して喚いている。
「......か、彼女もこう言っていることだし、事実を調査しよう。どうするか決めるのは、それからでも遅くない」
「正気ですか?もし彼女を逃がしでもすれば、我が国の面目が立ちません」
「だが、だが!」
戦に行く前は聡明で理性的と評判だった王子だが、今や兵士たちの前で醜態を晒す愚かな男にしか見えなかった。
どうせ夜の営みでほだされて、真実を見失ったのだろう。その程度の男が次期国王候補とは、この国もおしまいだ。
大臣が渋い顔で、王子に言う。
「申し訳ありませんが、私も大臣の立場として、王子とその方との結婚を認めるわけにはいきません。これは王子個人の問題ではなく、この国を揺るがす大事件なのですぞ!」
その剣幕に気圧されて、王子は何も言えなくなる。
次の瞬間、兵士たちがルリアを玉座の横から引きずり降ろし、牢獄へと連れていった。
残ったのは、私と大臣、それに王子だけ。
気まずい空気の中、大臣がこほん、と咳払いをする。
「あー、エレニア様。王子も言わば騙されたわけですし、ここはどうか寛大なご処置を」
王子も玉座から転がり落ちるようにこちらの元へ走ってきて、情けない顔で頭を下げた。
「ごめん。ごめんごめん、ごめんなさい。あの悪魔に、すっかり騙されちゃったんだ。心の中ではエレニアがそんなことするわけないって、信じてたから」
へらへらと笑いながら言う王子を見て、私はため息をつく。
そして彼に背中を向け、一言だけ吐き捨てた。
「騙される方が悪いのよ」
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