上 下
17 / 22
三章

闖入者

しおりを挟む

「......さて、どうしたものかね」

 私は我々のアジトに突然現れた闖入者たちを、腕組みしながら見上げた。 


 そもそも、協会からの連絡が遅すぎるのだ。
 彼ら——タイガ・アサノとクラリス=レイ——が我々の《グループ》、「スタディーズ」にやって来ると協会に告げられたのは、彼らがこちらに向かった三時間後だった。
 そもそも今回の任務の概要を知らされたのは一週間前だし、しばらく面倒を見ろと一方的にレイモンドが押しつけられたのは二日前。
 逢魔狩り、特に巣を潰すとなれば、準備と計画、それに互いのコミュニケーションが何より大事だということに協会側は未だに気づかない。

「あまり歓迎できないのを許してくれ。なにぶん急だったからね」

 とにかく二人にはそう声をかけ、紅茶を振る舞う。同時に自分もそれを飲み、気分を落ち着ける。
 二人の噂は知っていた。
 去年の「杖」に続き、勇者の剣の持ち主が現れた。しかも彼は大方の予想に反し、異能すら使えないただの農民だったというニュースは、通信系異能者の帯同を許された我々の元にも届いている。
 彼が“勇者の盾”クラリス=レイとともに、この短期間で二つの巣を潰すという華々しい戦果を挙げたことも。

 だがその一方で、彼の悪名もまた、我々の中では知れ渡っていた。
 二つの任務はいずれも成功したものの、どちらも従事したメンバーは二人を除き全員死亡。ガパスの惨劇は、その生き残りを通じて一般の民衆にさえ知れ渡っている。
 それが、我々を神経質にさせている理由だった。

「......ふぅ。とにかく、『スタディーズ』へようこそ。今はみんな苛々しているけど、本当は優しい人たちだから安心してほしい」

 私は二人を少しでも安心させようとそう言うが、二人はむしろわたしの対応が冷静で紳士的であることに驚いているらしい。
 レイモンドもそうだが、稀にここには《フリー》の連中が送り込まれてくる。彼らのほとんどは最初の任務で死んでしまうが、誰も彼もが傍若無人で礼節知らずな厄介者たちだった。
 そもそもここ以外の《グループ》も決してこのようにまとまってはいないらしいから、無理はないのかもしれない。「スタディーズ」しか知らない私には信じがたい話だ。


 何にせよ、彼らの力は上手く使えば我々の助けになることは確かだ。
 これは一から作戦を練り直しだな。
 皆の、そして自分自身の命を左右する神経質な作業を憂い、私はため息をついた。


 ◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇


「まずは『スタディーズ』のメンバーを紹介しないとな。......そうだな、一人目は彼だ。パトリス=ルベル」

 私がパトリスを見やると、彼は眼鏡をくいっと持ち上げる。笑顔が苦手な彼なりの歓迎のサインだが、二人には伝わるだろうか。

「彼は偉大なる『騎士』であると同時に、異能研究者でもある。まだまだ若いが才能は充分。......少々無愛想だが、気にしないでくれ」

 私が彼と出会ったのは、六年前だ。研究者としての夢を叶えるため、自分の力をどう使えばいいのか悩んでいる彼を放ってはおけなかった。騎士になることを勧めたのは、私がそうしなくてもいずれ協会からそんな命令が下るからだ。異能者を平然と使い捨てる協会に、才能と意欲がある彼を預ける訳にはいかなかった。

「次はエルサ=シュルリング。我が《グループ》の貴重な通信系異能者だ。......ずっと申請はしてきたんだが、『スタディーズ』を続けて十年目、流石に教会も折れて彼女を寄越してくれた」

 エルサは緊張気味に軽く会釈する。タイガのことを直接知っているだけに、警戒心は他の面々よりまだ強いらしい。
 彼女が入ってきた時は、本当に使い物にならなかった。協会は意地悪く、出来損ないを押し付けてきたのだ。そんな彼女を私とパトリスで丹念に育て上げ、今では協会から返してくれとひっきりなしに手紙が来る。

「次はダニエラ=フレッチャ。女性だが、異能抜きでも彼女に喧嘩で勝てる男はそうはいないだろう。それでいて非常に聡明だ。......惜しいのは容姿だけ、本当に残念だよ」

 軽い冗談を飛ばすが、二人は愛想程度の笑みを浮かべるだけだ。おまけにダニエラには睨まれて、私は肩をすくめた。
 私にはこういうところがよくある。世間にはサイコパスなのか、とも言われる。これだけ死と隣り合わせの場所にいながら、どうしてそんなに平然といられるのだ、と。
 そんな時に諌めてくれるのが、このダニエラだ。彼女は「スタディーズ」創設からの付き合いになる。

 だが、私にとって死はそれほど身近ではない。
 正しい戦略と優秀なメンバー、それに冷静な指令官と相互の信頼があれば、どんな困難な任務でも犠牲は最小限に抑えることができる。
 もちろん失敗は許されないし、する気もない。だから、死は怖くない。

「最後は......ジニー=トゥルニエ。能力はさることながら、立ち振る舞いや性格も素晴らしい女性だ」

 彼女を紹介した時だけ、二人が少し困惑の色を見せた。これはいけない、と私は苦笑いする。
 実は、私と彼女は恋仲にある。メンバーの皆はもちろん知っているが、こんなご時世だからあまり外に出したい話でもない。そんな事もあって、どうやら知らず知らずのうちに意識してしまっているようだ。

 私は最後に、わざと芝居掛かった様子で手を広げた。

「そして私が、マース=ヘンドリクス。歓迎しよう、ようこそ『スタディーズ』へ!」

 盛大な拍手が鳴り響く。この辺りの連携はお手のものだ。
 タイガはとはいうと、恐縮した様子で縮こまっている。聞いていた通り、普通の青年と変わらない。これは長生きするかもな、と私は思った。

 一方、私が「長生きしない」と予想した方......レイモンドは、一人ぶすっとした顔で壁にもたれかかっている。私は苦笑して、彼の方に目をやった。

「失礼、君を忘れていたね、レイモンド。彼は《フリー》の騎士だが、今回から『スタディーズ』に加わってもらうことになった。二つ名は“恐竜”、若いながら恐ろしく強いらしい。彼のことも覚えてやってくれ」

 彼は舌打ちし、扉を開けて自室に戻っていく。

 《グループ》は、《フリー》の騎士同士が自主的に集まって出来た集団だ。その集まりで戦果を挙げれば、協会側も同じメンバーに継続して任務を与えてくれる。そんな所から始まって、現在では届け出を出せば慣例的に認められるようになっている。
 だが、無条件で《グループ》単位の任務が来るわけではなく、任務によっては《グループ》に《フリー》の騎士が混ざることもある。今回のタイガとクラリス等がまさにそれだ。

 だがレイモンドが「スタディーズ」に来たのは、それとは少し違う事情だ。
 彼は前の任務前、味方の騎士と異能を使った喧嘩を起こし、なんと相手を死亡させた。前代未聞、というほどではないが、曲者揃いの異能者の中でもかなり危険な男だと協会に認定されたらしい。

 しかし彼の強さは本物で、どうにか使いたい。「スタディーズ」ならば、彼を上手く使えるに違いない。あそこには優秀なリーダーがいるから。
 そんな考えが協会内で働いたのだろう、レイモンドはここにやって来た。期間は無期限というから、要は死ぬまで「スタディーズ」に預けっぱなしということだ。

 これと同様のことは、前にも何度かあった。
 しかしその全てにおいて、最初の任務で彼らは死んでいる。
 当たり前の話だ。人の話を聞く気のない人間の前では、とんな優秀な指揮官も意味がない。



 それでも協会は、「スタディーズ」に記事を送り込み続けて来る。
 その度に私は、わかってないな、とため息をつくのだ。






しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

【完結】では、なぜ貴方も生きているのですか?

月白ヤトヒコ
恋愛
父から呼び出された。 ああ、いや。父、と呼ぶと憎しみの籠る眼差しで、「彼女の命を奪ったお前に父などと呼ばれる謂われは無い。穢らわしい」と言われるので、わたしは彼のことを『侯爵様』と呼ぶべき相手か。 「……貴様の婚約が決まった。彼女の命を奪ったお前が幸せになることなど絶対に赦されることではないが、家の為だ。憎いお前が幸せになることは赦せんが、結婚して後継ぎを作れ」 単刀直入な言葉と共に、釣り書きが放り投げられた。 「婚約はお断り致します。というか、婚約はできません。わたしは、母の命を奪って生を受けた罪深い存在ですので。教会へ入り、祈りを捧げようと思います。わたしはこの家を継ぐつもりはありませんので、養子を迎え、その子へこの家を継がせてください」 「貴様、自分がなにを言っているのか判っているのかっ!? このわたしが、罪深い貴様にこの家を継がせてやると言っているんだぞっ!? 有難く思えっ!!」 「いえ、わたしは自分の罪深さを自覚しておりますので。このようなわたしが、家を継ぐなど赦されないことです。常々侯爵様が仰っているではありませんか。『生かしておいているだけで有難いと思え。この罪人め』と。なので、罪人であるわたしは自分の罪を償い、母の冥福を祈る為、教会に参ります」 という感じの重めでダークな話。 設定はふわっと。 人によっては胸くそ。

悪意のパーティー《完結》

アーエル
ファンタジー
私が目を覚ましたのは王城で行われたパーティーで毒を盛られてから1年になろうかという時期でした。 ある意味でダークな内容です ‪☆他社でも公開

なんども濡れ衣で責められるので、いい加減諦めて崖から身を投げてみた

下菊みこと
恋愛
悪役令嬢の最後の抵抗は吉と出るか凶と出るか。 ご都合主義のハッピーエンドのSSです。 でも周りは全くハッピーじゃないです。 小説家になろう様でも投稿しています。

【完結】初めて嫁ぎ先に行ってみたら、私と同名の妻と嫡男がいました。さて、どうしましょうか?

との
恋愛
「なんかさぁ、おかしな噂聞いたんだけど」 結婚式の時から一度もあった事のない私の夫には、最近子供が産まれたらしい。 夫のストマック辺境伯から領地には来るなと言われていたアナベルだが、流石に放っておくわけにもいかず訪ねてみると、 えっ? アナベルって奥様がここに住んでる。 どう言う事? しかも私が毎月支援していたお金はどこに? ーーーーーー 完結、予約投稿済みです。 R15は、今回も念の為

僕の家族は母様と母様の子供の弟妹達と使い魔達だけだよ?

闇夜の現し人(ヤミヨノウツシビト)
ファンタジー
ー 母さんは、「絶世の美女」と呼ばれるほど美しく、国の中で最も権力の強い貴族と呼ばれる公爵様の寵姫だった。 しかし、それをよく思わない正妻やその親戚たちに毒を盛られてしまった。 幸い発熱だけですんだがお腹に子が出来てしまった以上ここにいては危険だと判断し、仲の良かった侍女数名に「ここを離れる」と言い残し公爵家を後にした。 お母さん大好きっ子な主人公は、毒を盛られるという失態をおかした父親や毒を盛った親戚たちを嫌悪するがお母さんが日々、「家族で暮らしたい」と話していたため、ある出来事をきっかけに一緒に暮らし始めた。 しかし、自分が家族だと認めた者がいれば初めて見た者は跪くと言われる程の華の顔(カンバセ)を綻ばせ笑うが、家族がいなければ心底どうでもいいというような表情をしていて、人形の方がまだ表情があると言われていた。 『無能で無価値の稚拙な愚父共が僕の家族を名乗る資格なんて無いんだよ?』 さぁ、ここに超絶チートを持つ自分が認めた家族以外の生き物全てを嫌う主人公の物語が始まる。 〈念の為〉 稚拙→ちせつ 愚父→ぐふ ⚠︎注意⚠︎ 不定期更新です。作者の妄想をつぎ込んだ作品です。

愚かな父にサヨナラと《完結》

アーエル
ファンタジー
「フラン。お前の方が年上なのだから、妹のために我慢しなさい」 父の言葉は最後の一線を越えてしまった。 その言葉が、続く悲劇を招く結果となったけど・・・ 悲劇の本当の始まりはもっと昔から。 言えることはただひとつ 私の幸せに貴方はいりません ✈他社にも同時公開

【完結】ヒトリぼっちの陰キャなEランク冒険者

コル
ファンタジー
 人間、亜人、獣人、魔物といった様々な種族が生きる大陸『リトーレス』。  中央付近には、この大地を統べる国王デイヴィッド・ルノシラ六世が住む大きくて立派な城がたたずんでいる『ルノシラ王国』があり、王国は城を中心に城下町が広がっている。  その城下町の一角には冒険者ギルドの建物が建っていた。  ある者は名をあげようと、ある者は人助けの為、ある者は宝を求め……様々な想いを胸に冒険者達が日々ギルドを行き交っている。  そんなギルドの建物の一番奥、日が全くあたらず明かりは吊るされた蝋燭の火のみでかなり薄暗く人が寄りつかない席に、笑みを浮かべながらナイフを磨いている1人の女冒険者の姿があった。  彼女の名前はヒトリ、ひとりぼっちで陰キャでEランク冒険者。  ヒトリは目立たず、静かに、ひっそりとした暮らしを望んでいるが、その意思とは裏腹に時折ギルドの受付嬢ツバメが上位ランクの依頼の話を持ってくる。意志の弱いヒトリは毎回押し切られ依頼を承諾する羽目になる……。  ひとりぼっちで陰キャでEランク冒険者の彼女の秘密とは――。       ※この作品は「小説家になろう」さん、「カクヨム」さん、「ノベルアップ+」さん、「ノベリズム」さん、「ネオページ」さんとのマルチ投稿です。

(完結)私は家政婦だったのですか?(全5話)

青空一夏
恋愛
夫の母親を5年介護していた私に子供はいない。お義母様が亡くなってすぐに夫に告げられた言葉は「わたしには6歳になる子供がいるんだよ。だから離婚してくれ」だった。 ありがちなテーマをさくっと書きたくて、短いお話しにしてみました。 さくっと因果応報物語です。ショートショートの全5話。1話ごとの字数には偏りがあります。3話目が多分1番長いかも。 青空異世界のゆるふわ設定ご都合主義です。現代的表現や現代的感覚、現代的機器など出てくる場合あります。貴族がいるヨーロッパ風の社会ですが、作者独自の世界です。

処理中です...