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婚約破棄ループandループ

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「カリーナ。お前との婚約は、今日で解消だ」

 ペルスはそう言うと、カリーナの眼前に書類を投げつけた。
 彼女は床に落ちたその紙切れを拾いながら、くすっと笑う。

「私は、ペルス様を愛しておりますわ。誰よりも」
「.......それが、気持ち悪いんだよ!この醜女がっ!」

 ペルスは吐き捨て、背を向ける。
 互いの両親の、身勝手な都合によって結ばされた婚約。
 にも関わらず、彼女がペルスに贈る大きすぎる愛情が、重かった。

「どうした、バカ王子」

 廊下を曲がったところで、キャサリンとぶつかった。
 王子であるペルスに敬語を使わず、バカと罵るキャサリン。そのぶっきらぼうな愛にこそ、ペルスは惹かれた。

「やった、やったぞ!婚約を破棄してきた。これで、お前と結婚できる!」
「......ふ、ふーん、そうかい」

 照れを隠しきれないその表情に、胸がきゅんと音を立てる。
 彼女の首に腕を回し、金の後ろ髪をそっと撫でる。

「ずっと、一緒にいよう」

 そして、本心から、そう誓った。


 その瞬間、視界が揺れた。
 いや、世界が、揺れた。


 次の瞬間、ペルスはベッドで目覚めた。
 デジタル時計を見る。日付は今日、八の月十五日のまま。
 だが、時間が朝に巻き戻っていた。

 胸がざわつく。
 確かに書いたはずの婚約破棄の書類を、もう一度書き直し、カリーナの元へ向かう。

「......っ」

 彼女は悪戯っぽい笑みを浮かべ、同じ場所に立っていた。

「どうしたんです?顔色が悪いですよ」

 可笑しそうに首を傾げる彼女の足下に、ペルスは書類を叩きつける。

「カリーナ!お前との婚約を、解消する!」

 カリーナは床を見下ろし、そして、くすっと笑った。

「私は、ペルス様を愛しておりますわ。誰よりも」

 その言葉とともに、再び世界が歪む。
 ペルスの顔が、恐怖に染まる。
 まさか、と口の中で呟く。



 そして、再び八の月十五日の朝。
 ペルスは飛び起きて、愕然とする。

 輪廻ループしている。
 一体、どうして?

 冷たい汗が身体から吹き出る。
 わなわなと震えながら、三度婚約破棄の書類を書く。

 ふらふらと、倒れこむように歩いたせいで、キャサリンと先に出会ってしまった。

「......どうした、バカ王子」

 心配そうに顔を覗き込むキャサリンを見て、はっと我に返る。
 そう、俺は彼女と結婚するんだ。こんな訳のわからない現象に、屈するわけにはいかない。

 キャサリンにさよならを言い、カリーナの元に向かう。
 そして、書類を彼女に投げつけた。

「いい加減にしろ!どうなってるのかは知らないが、何度やり直しても答えは変わらない。お前との婚約を、解消する!」

 今度はカリーナの眼を見て、はっきり言い放つ。
 彼女は、くすっと笑った。

「そうこなくっちゃ。寿命の半分も払ったんですから、もっと楽しみましょう?」

 カリーナは焦点の定まらない眼で、ペルスの方を見た。
 その異様な空気に、ぞくっと背筋が凍る。

 そして、あの揺れが起こる。

「......くそっ!これは、一体何なんだ!」
「何日だって、やり直してあげる。だって、私が一番、ペルス様を愛しているんですから」



 二十回目の、八の月十五日の朝。
 起きるや否や、ペルスはベッドを叩く。

「くそっ!」

 何度やっても、この輪廻ループから抜け出せない。

 輪廻ループの間に、いくつかの文献をあたった。
 カリーナは悪魔と契約し、時間輪廻タイムループの能力を手に入れたらしい。任意の日付を、何度でもやり直せる能力。

 調べれば調べるほど、自力で抜け出すことが不可能だということが判った。
 だったらもう、カリーナを説得するしかない。

 通りかかったキャサリンに全ての事情を話した。
 彼女は真剣な表情でペルスの話を聞き、カリーナとの話し合いに同席してくれることになった。

「......カリーナ。俺は、キャサリンのことを愛してる」
「はい、存じております」

 カリーナは感情の読めない笑みを浮かべている。

「俺は、彼女と結婚したい。お前のことが嫌いになった訳じゃないんだ。わかってくれないか」

 ペルスはこみ上げるおぞましさを堪えながら、カリーナに笑みを作った。
 キャサリンも神妙な顔で、ペルスが嘘をついていないことをアピールする。

「......わかりました。仕方ありませんね」

 一つため息をつき、とうとうカリーナはそう言った。

「ありがとう、カリーナ」

 ペルスはやっとこの輪廻ループから解放される、と安堵する。


「とでも言うと、思いましたか」


 二人の表情が固まる。
 それを尻目に、カリーナはまた時間を巻き戻した。



 もう、何度輪廻ループしたかわからない。  
 最後に数えたのは、百三十一回目だ。そこから、さらに倍以上の時間が流れたように感じる。

 とっくの昔に、婚約破棄など申し出ていない。
 何度謝っても、あるいは避けても、必ずまた同じ日がやって来る。
 時には朝起きてすぐに、あるいは一日の終わり、わずかな期待を抱いた瞬間に、まるで弄ぶかのように。

 ペルスがもう二度と、カリーナに反抗することのないように。

 彼の身体の変調は時間が戻ればリセットされる。
 にも関わらず、 今やペルスの顔色は屍のように青く、年齢より何十歳も老けて見えた。



 これが、彼女に逆らった罰なのか。
 いくら後悔したところで、一度犯した過ちだけは、巻き戻らない。









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みんなの感想(1件)

ピクミ
2019.10.19 ピクミ

ショ―トはいつも読むとイマイチだったり、う~~~~ん何か?足らないと今まで思って読んでましたが……

語意力無くすいませんが……
この作品は初めて良かったと思いました

狂乱の傀儡師
2019.10.19 狂乱の傀儡師

ありがとうございます!

解除

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