上 下
33 / 118
第四章 海の国ザナドゥでバカンスを

海沿いの宿で

しおりを挟む
 さて、本日の宿に到着した。

「すげえいいな……」

 町の中心からやや外れた海沿いの宿。だが、海が見えるからなのか、飲食店や土産屋が多くあり、町の中心と同じくらい賑わっている。
 俺たちの泊まる宿は、五階建てのビルみたいな宿だ。鉄筋コンクリート……いや違う。建築は多少齧ってるが、これは木造に鉄骨で支えを入れたハイブリッドな建築方式だな。
 壁が白く塗られているのは、潮風による木の腐食対策か。
 駐車場もデカいし、俺らが乗ってきたような寝台馬車が何台か止まっていた。

「おっさん、チェックインしよ!!」
「ああ」

 当然だが、この世界に電話やネットはない。
 宿の予約システムなどは存在せず、普通に現地に行って「今日泊まります、部屋空いてますか?」と聞くしかない……けっこうな馬車が止まってるけど、部屋あるのか?
 宿の一階へ。ロビー、ラウンジがあり、水着の姉ちゃんや獣人がお喋りしながらトロピカルドリンクを飲んでいる。中には太った親父や筋肉質な男もいる。
 ロッソたちの後ろで、俺はアオに聞いてみた。

「な、なあ……こんな高級宿、部屋空いてるのか? 今はバカンスシーズンだろ? 宿の空きとかないんじゃ……」

 夏休み、出かける時は基本的に、一か月前には宿や新幹線などの手配をする俺。今日、今、泊りたいですなんて言って泊まれるのか不安だった。
 アオは首を振る。

「これはこれは、毎年ありがとうございます。『鮮血の赤椿スカーレット・カメリア』の皆さま。例年と同じお部屋を用意してございますので」
「うん。あ、もう一部屋追加でいい? あっちのおっさんの部屋ね」
「かしこまりました」

 あっさり部屋が確保できた。
 ポカンとしているとアオが俺の背中を叩く。

「ね、大丈夫だった」
「お、おお……お前ら、ほんとスゲェんだな」

 部屋は五階。階段かと思ったら、なんとエレベーターがあった。
 もちろん魔道具。一~五階までのスイッチがあり、それを押すとその階まで行ける。

「なるほど。魔道具か……エレベーターがあるなら、エスカレーターとかもありだな」
「おじさん、お仕事の顔してる」
「あ、いや……そうだな。仕事忘れないと。せっかくのバカンスだしな」
 
 五階へ到着。
 ってか、スイートルームしかねぇ部屋じゃねぇか。
 
「アタシら三人は同室で、おっさんは隣の個室だって。さーて、汗かいたしシャワー浴びよっと」
「ではおじさま、今日はご自由にお過ごしくださいませ」
「おじさん、晩御飯……一緒に行くなら声かけて」
「いや、俺飲むし、三人で楽しんでこいよ。掃除は明日か?」
「ええ。明日、朝食後に行きましょうか。お部屋にお迎えにあがりますので」
「じゃーねおっさん!! 飲み過ぎないように~!!」

 三人は部屋に入った。
 さて、俺の部屋へ。隣の部屋は個室ということだが。

「……おお!!」

 すっげえ部屋だった!!
 ふかふかのベッド、高級な家具、ベランダにはハンモックがあり、さらに冷蔵庫に製氷機まで。
 
「おいおい、この冷蔵庫と製氷機、アレキサンドライト商会の新型じゃねぇか」

 氷はすでにできているし、冷蔵庫の中は果物や果実水が入っている。
 俺はグラスに氷を入れ、果実水を注ぎ、ベランダに出た。
 屋根があるので日陰で、海風が心地よい。トロピカルドリンクを飲み、ハンモックに寝転がる。

「……バカンス」

 始まった。俺のオーシャンバカンスが、リゾートで!!

「ふ、ふふふ、ふふふふふ……なんだか笑える。スマホはあるけどネットは繋がらないし、野球中継も見れない。でも、今この状況、メチャクチャ楽しい……!!」

 煙草を出し、火を着ける。
 灰皿はあった。なんとココナッツを縦に割ったような特注品だ。
 
「さぁ~……て!! 休暇、満喫するぜ!!

 こうして、俺のオーシャンリゾートでの休暇が始まるのだった。

 ◇◇◇◇◇◇

 気持ちよくて思わず寝てしまった。
 外はすっかりオレンジ色の空……ってか、すげえ。

「……うぉぉ」

 ベストタイミングなのか、水平線に太陽が消える瞬間だった。
 オレンジ色の空、キラキラ輝く海、水平線に消える太陽。
 こんな光景、見たこと──……。

『玄徳、お前、サーフィンやってみるか?』
『そりゃいいな。じいちゃんが教えてやる』

 ふと、子供の頃を思い出した。
 母親だった女と離婚し、苦労した親父……そして、親父を助けたじいちゃん。
 親父がバイクを買い、じいちゃんと三人で海にツーリング。オレンジ色の空を見て、親父がそんなことを言ったっけ。
 
「……ははっ」

 そういえば、親父とじいちゃん、どっちが俺とにケツするかで喧嘩したっけ。
 
「…………くそっ」

 俺は目元を拭う……ああもう、なんだこれ。

「……親父、じいちゃん。俺、元気にやってる。異世界でさ……親父やじいちゃんに習った技術で生活してる。じいちゃんの言う通り……結婚しないで、自分の人生を歩んでる」

 親父、じいちゃん……俺、今すっごく幸せだよ。

 ◇◇◇◇◇◇

 さて、ひとしきり感動したところで、飲みに行く。
 久しぶりに一人だ。アオ曰く「この辺、治安いい」とのことなので、ソロで出歩いても大丈夫。
 
「おお、けっこうな屋台街って感じだな」

 整備された広い一本道で、両サイドに飲食店や居酒屋が並んでいる。
 道の途中の少し開けたスペースには、屋台がいくつも並んでいた。
 ふむ、こういう飲食店街が近いところに別荘あると嬉しいな。

「さて、軽く飲んでからメシかな。ラーメン屋でもないかな……あるわけないか」

 いつか自分でラーメン打つのもいいかな。蕎麦打ちの経験はあるからラーメン麺もなんとかなる気がする。スープは魚介ベースの塩で……味噌とか醤油あればいいんだがな。
 チャーシューとかも作ったことはある。メンマは……あれ竹なんだっけ。無理かなあ。

「にゃあ」
「ん?」
 
 考え事をしながらあるいていると、足元に猫がいた。
 いや猫じゃない。ネコミミの女の子だ。俺のズボンを掴んでジッと見上げている。

「なんだなんだ、迷子か?」
「うー」
「ん、どうした? おいおい、引っ張るなって」
「にゃうう」

 白い髪のネコミミ少女は、俺をぐいぐい引っ張る。
 よく見ると、転んだのか服が汚れているし、穴が空いている個所もある。
 長い髪の毛というか、手入れしていないだけで伸びっぱなしにも見えた。
 三歳くらいかな……こんな夜に、居酒屋街で何をしてるんだ?

「わかったわかった。一緒にいってやるよ。抱っこしてやろうか?」
「にゃ」
「あれー? おっさんじゃん!!」

 なんつータイミング。女の子を抱っこした瞬間、ロッソたち三人が歩いてきた。
 ブランシュが首を傾げて言う。

「あらまあ、その子は?」
「いや、引っ張られてな……なんか困りごとっぽくて、ついな」
「おじさん、優しい」
「ネコミミ可愛いじゃん。獣人の子だね。で、どこ行くの?」
「にゃうー」

 女の子は広場を指差した。
 
「ちょうどいいや。アタシらもご飯食べて帰るとこだし、一緒に行ってあげる」
「ええ、護衛任務ですわね」
「まかせて」
「まあいいか。よしきみ、名前は?」
「ユキ」

 白猫の獣人、ユキか。いい名前だ。
 ブランシュがハンカチを出すと、ユキの顔や汚れを拭った。
 そして、ユキに案内された広場に行くと、屋台が多くならぶ広場の隅っこで声がした。

「ユキ!! 全く、離れちゃダメって言ったじゃない」
「にゃあ……」
「あ、も、申し訳ございません。お客様、ですね」

 お母さんだろうか、白猫の獣人女性が頭を下げた。
 
「お店……?」

 ロッソが言う。
 女性の屋台は、正直かなりボロかった。
 それに、売ってるのはサツマイモっぽい芋。形もかなり悪く、ただ焼いただけだ。
 一つ百セドル。あまり売れているように見えない。

「あの、この子に言われて来たんですけど……」
「す、すみません。この子、客引きのマネをして……危ないからやめろと、何度も言ってるんですが」
「にゃ……」

 ユキを母親に渡すと、甘えるように胸に顔を埋めた。

「もう……危ないことはしちゃダメでしょ?」
「……にゃ」
「客引き、って……この子、やってるの?」

 ロッソが言うと、母親は「はい」と言う。

「夫に先立たれ、働けるのが私だけなので……この子もお手伝いで客引きをして、何度も蹴られそうになったりしているんですが、やめてくれなくて」
「そうだったんですの……」
「いい子なんです。本当に」
「にゃうう」

 どこにでも、こういうのあるんだな。
 俺たちは芋を全部買い、この日は宿に帰るのだった。
 晩飯が焼き芋か……俺の部屋に来たロッソたちと食べていると。

「あれ? この芋、けっこう甘いじゃん」
「売り物にならないお芋を格安で買ってると言ってましたわね」
「……おいしい」
「確かに美味いな。料理とかできればいいんだが」

 ふと、気になったことをブランシュに聞く。

「なあ、やっぱり……孤児とかいるのか?」
「いますわね。大きい国には必ず、スラム街などはありますわ。でも……ユキちゃんはまだ、お母さんがいますから……」
「……可哀想」

 俺はこの国のいいところしか見ていなかったけど……やっぱり、いろいろな苦労はあるんだな。
 
「明日、また行くか」
「うん。おっさん、明日は掃除だからね。アタシの海底にある別荘見て驚かないでよね?」
「いや絶対に驚くと思うぞ……」

 とりあえず、明日は掃除に精を出しますかね。
しおりを挟む
感想 61

あなたにおすすめの小説

勇者召喚に巻き込まれ、異世界転移・貰えたスキルも鑑定だけ・・・・だけど、何かあるはず!

よっしぃ
ファンタジー
9月11日、12日、ファンタジー部門2位達成中です! 僕はもうすぐ25歳になる常山 順平 24歳。 つねやま  じゅんぺいと読む。 何処にでもいる普通のサラリーマン。 仕事帰りの電車で、吊革に捕まりうつらうつらしていると・・・・ 突然気分が悪くなり、倒れそうになる。 周りを見ると、周りの人々もどんどん倒れている。明らかな異常事態。 何が起こったか分からないまま、気を失う。 気が付けば電車ではなく、どこかの建物。 周りにも人が倒れている。 僕と同じようなリーマンから、数人の女子高生や男子学生、仕事帰りの若い女性や、定年近いおっさんとか。 気が付けば誰かがしゃべってる。 どうやらよくある勇者召喚とやらが行われ、たまたま僕は異世界転移に巻き込まれたようだ。 そして・・・・帰るには、魔王を倒してもらう必要がある・・・・と。 想定外の人数がやって来たらしく、渡すギフト・・・・スキルらしいけど、それも数が限られていて、勇者として召喚した人以外、つまり巻き込まれて転移したその他大勢は、1人1つのギフト?スキルを。あとは支度金と装備一式を渡されるらしい。 どうしても無理な人は、戻ってきたら面倒を見ると。 一方的だが、日本に戻るには、勇者が魔王を倒すしかなく、それを待つのもよし、自ら勇者に協力するもよし・・・・ ですが、ここで問題が。 スキルやギフトにはそれぞれランク、格、強さがバラバラで・・・・ より良いスキルは早い者勝ち。 我も我もと群がる人々。 そんな中突き飛ばされて倒れる1人の女性が。 僕はその女性を助け・・・同じように突き飛ばされ、またもや気を失う。 気が付けば2人だけになっていて・・・・ スキルも2つしか残っていない。 一つは鑑定。 もう一つは家事全般。 両方とも微妙だ・・・・ 彼女の名は才村 友郁 さいむら ゆか。 23歳。 今年社会人になりたて。 取り残された2人が、すったもんだで生き残り、最終的には成り上がるお話。

錬金術師が不遇なのってお前らだけの常識じゃん。

いいたか
ファンタジー
小説家になろうにて130万PVを達成! この世界『アレスディア』には天職と呼ばれる物がある。 戦闘に秀でていて他を寄せ付けない程の力を持つ剣士や戦士などの戦闘系の天職や、鑑定士や聖女など様々な助けを担ってくれる補助系の天職、様々な天職の中にはこの『アストレア王国』をはじめ、いくつもの国では不遇とされ虐げられてきた鍛冶師や錬金術師などと言った生産系天職がある。 これは、そんな『アストレア王国』で不遇な天職を賜ってしまった違う世界『地球』の前世の記憶を蘇らせてしまった一人の少年の物語である。 彼の行く先は天国か?それとも...? 誤字報告は訂正後削除させていただきます。ありがとうございます。 小説家になろう、カクヨム、アルファポリスで連載中! 現在アルファポリス版は5話まで改稿中です。

異世界転移しましたが、面倒事に巻き込まれそうな予感しかしないので早めに逃げ出す事にします。

sou
ファンタジー
蕪木高等学校3年1組の生徒40名は突如眩い光に包まれた。 目が覚めた彼らは異世界転移し見知らぬ国、リスランダ王国へと転移していたのだ。 「勇者たちよ…この国を救ってくれ…えっ!一人いなくなった?どこに?」 これは、面倒事を予感した主人公がいち早く逃げ出し、平穏な暮らしを目指す物語。 なろう、カクヨムにも同作を投稿しています。

レベルアップに魅せられすぎた男の異世界探求記(旧題カンスト厨の異世界探検記)

荻野
ファンタジー
ハーデス 「ワシとこの遺跡ダンジョンをそなたの魔法で成仏させてくれぬかのぅ?」 俺 「確かに俺の神聖魔法はレベルが高い。神様であるアンタとこのダンジョンを成仏させるというのも出来るかもしれないな」 ハーデス 「では……」 俺 「だが断る!」 ハーデス 「むっ、今何と?」 俺 「断ると言ったんだ」 ハーデス 「なぜだ?」 俺 「……俺のレベルだ」 ハーデス 「……は?」 俺 「あともう数千回くらいアンタを倒せば俺のレベルをカンストさせられそうなんだ。だからそれまでは聞き入れることが出来ない」 ハーデス 「レベルをカンスト? お、お主……正気か? 神であるワシですらレベルは9000なんじゃぞ? それをカンスト? 神をも上回る力をそなたは既に得ておるのじゃぞ?」 俺 「そんなことは知ったことじゃない。俺の目標はレベルをカンストさせること。それだけだ」 ハーデス 「……正気……なのか?」 俺 「もちろん」 異世界に放り込まれた俺は、昔ハマったゲームのように異世界をコンプリートすることにした。 たとえ周りの者たちがなんと言おうとも、俺は異世界を極め尽くしてみせる!

【完結】魔王を倒してスキルを失ったら「用済み」と国を追放された勇者、数年後に里帰りしてみると既に祖国が滅んでいた

きなこもちこ
ファンタジー
🌟某小説投稿サイトにて月間3位(異ファン)獲得しました! 「勇者カナタよ、お前はもう用済みだ。この国から追放する」 魔王討伐後一年振りに目を覚ますと、突然王にそう告げられた。 魔王を倒したことで、俺は「勇者」のスキルを失っていた。 信頼していたパーティメンバーには蔑まれ、二度と国の土を踏まないように察知魔法までかけられた。 悔しさをバネに隣国で再起すること十数年……俺は結婚して妻子を持ち、大臣にまで昇り詰めた。 かつてのパーティメンバー達に「スキルが無くても幸せになった姿」を見せるため、里帰りした俺は……祖国の惨状を目にすることになる。 ※ハピエン・善人しか書いたことのない作者が、「追放」をテーマにして実験的に書いてみた作品です。普段の作風とは異なります。 ※小説家になろう、カクヨムさんで同一名義にて掲載予定です

おっさんの神器はハズレではない

兎屋亀吉
ファンタジー
今日も元気に満員電車で通勤途中のおっさんは、突然異世界から召喚されてしまう。一緒に召喚された大勢の人々と共に、女神様から一人3つの神器をいただけることになったおっさん。はたしておっさんは何を選ぶのか。おっさんの選んだ神器の能力とは。

パーティ追放が進化の条件?! チートジョブ『道化師』からの成り上がり。

荒井竜馬
ファンタジー
『第16回ファンタジー小説大賞』奨励賞受賞作品 あらすじ  勢いが凄いと話題のS級パーティ『黒龍の牙』。そのパーティに所属していた『道化師見習い』のアイクは突然パーティを追放されてしまう。  しかし、『道化師見習い』の進化条件がパーティから独立をすることだったアイクは、『道化師見習い』から『道化師』に進化する。  道化師としてのジョブを手に入れたアイクは、高いステータスと新たなスキルも手に入れた。  そして、見習いから独立したアイクの元には助手という女の子が現れたり、使い魔と契約をしたりして多くのクエストをこなしていくことに。  追放されて良かった。思わずそう思ってしまうような世界がアイクを待っていた。  成り上がりとざまぁ、後は異世界で少しゆっくりと。そんなファンタジー小説。  ヒロインは6話から登場します。

クラス転移で無能判定されて追放されたけど、努力してSSランクのチートスキルに進化しました~【生命付与】スキルで異世界を自由に楽しみます~

いちまる
ファンタジー
ある日、クラスごと異世界に召喚されてしまった少年、天羽イオリ。 他のクラスメートが強力なスキルを発現させてゆく中、イオリだけが最低ランクのEランクスキル【生命付与】の持ち主だと鑑定される。 「無能は不要だ」と判断した他の生徒や、召喚した張本人である神官によって、イオリは追放され、川に突き落とされた。 しかしそこで、川底に沈んでいた謎の男の力でスキルを強化するチャンスを得た――。 1千年の努力とともに、イオリのスキルはSSランクへと進化! 自分を拾ってくれた田舎町のアイテムショップで、チートスキルをフル稼働! 「転移者が世界を良くする?」 「知らねえよ、俺は異世界を自由気ままに楽しむんだ!」 追放された少年の第2の人生が、始まる――! ※本作品は他サイト様でも掲載中です。

処理中です...