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第二章 鮮血の赤椿

サンドローネの苦悩

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 玄徳が『鮮血の赤椿スカーレット・カメリア』にテントの依頼をされ、ポップアップテントの図面を書いている頃。
 サンドローネは、リヒターを連れて『商業ギルド連盟会議』に出席していた。
 商業ギルド連盟。それは、大国家であるエーデルシュタインの中でも優秀な商会が加盟することが許される連盟であり、名を連ねることが商会にとっては夢であるほど名誉なことであった。
 サンドローネの『アレキサンドライト商会』も、マッチ開発で名を馳せ、加盟を許された。
 現在、王都の真ん中にある『商業ギルド連盟本部』に、サンドローネはリヒターと来ていた。

「……相変わらず、成金臭いところね」
「お嬢、そういうことは言わずに」
「……めんどくさいわね。こんな脂ぎったブタジジイが集まって騒ぐ会議に何の意味があるのかしら。私がトップに立ったら今いる連中全員排除してやるわ」
「お嬢。そこまでに」

 リヒターは、サンドローネの物言いにハラハラしていた。
 そして、二人は会議室に到着。ドアボーイがドアを開くと、サンドローネは少しだけ顔をしかめる。
 理由は、脂ぎったブタオヤジが付ける、甘ったるい香水の香り。

「おお、期待の新星、サンドローネ殿ではないですか。ささ、座って座って」

 と、ブタ一号(サンドローネ命名)が汚い笑みを浮かべながら、どうみてもサンドローネの胸を凝視しつつ言う。
 サンドローネは笑顔で会釈し、ブタ一号から離れた席に座った。

(過去の栄光だけで、今はもう大した実績を出していないブタ……つまらないわね)

 周りを見ると、そんな連中しかいなかった。
 人数は三十名ほど。半数以上が肥満気味で、なおかつ五十代の豚みたいなオヤジ。昔は魔道具技師として功績を残したのだが、今は過去の実績だけでメシを食うだけのブタである……一度実績を出せば、もう魔道具技師として成果を出さなくても、ロイヤリティだけで生活できる。ここにいるのはもう、才能を出し尽くし、代わりに贅肉を詰め込んだブタであった。
 中にも、商会を経営しつつ魔道具技師として働く若手も何人かいた。

(……チッ)

 その中に一人……サンドローネはどうしても気に入らないヤツがいた。

 ◇◇◇◇◇◇

「それでは、定例会議を行いたいと思います」

 進行役のブタが、のっぺりした声で何かを語り始めた。
 だが、サンドローネは聞いていない。そもそも、こんな会議自体、無駄なのだ。
 会議という名の、自分の商会がどれだけ、何を売ったかの報告……全く身のないスッカスカの会議で、さっさと終われとサンドローネは欠伸を堪えた。
 そんな時、一人の青年が言う。

「我がペリドット商会の売り上げは、前年の約二倍……新発売した美容魔道具が売り上げ好調です。来期は三倍にまで伸びるとの予想です」

 ペリドット商会。
 美容系魔道具に力を入れている商会で、女性にとって最も人気のあるブランドだ。
 商会長は見ての通りイケメン……整った顔立ち、長い金髪、鍛えられた身体と、自らが広告塔となることで女性人気をモノにした、今最も勢いのある商会の一つだ。

「…………チッ」

 サンドローネが、大嫌いな男。
 商会長、バリオン・ジャスパーは、サンドローネをチラッと見て笑顔を浮かべていた。

 ◇◇◇◇◇◇

 会議が終わり、サンドローネはさっさと帰ろうとした時だった。

「やあ、サンドローネ」
「…………何か」

 バリオンは、優雅に一礼し、サンドローネに向かって胸に刺したバラを差し出した。
 が、サンドローネは無視。

「何か」

 全く感情のこもっていない声で、同じことを言った。
 バリオンは困ったようにほほ笑む。

「ははは。元婚約者に対し、随分と冷たいじゃないか」
「自分がしたことも忘れて、そんな態度を取るあなたの常識が理解できないわ」
「つれないね。ところで……きみの出したマッチ、うちでも使わせてもらっているよ。料理長がとても喜んでいる」
「それはどうも。話は終わりね」

 サンドローネはさっさと帰ろうとしたが、バリオンが回り込む。

「もう少し話をしてもいいじゃないか。せっかくだし、食事でもどうだい?」
「あら。可愛い奥さんがおうちで待っているんじゃないのかしら」
「そうだね。でも、きみもボクも商会長。ビジネスの話をするだけさ」
「あなたとビジネス? 冗談じゃないわ」
「ははは。それは残念……」

 バリオンは、芝居がかった仕草で髪を掻き上げる……サンドローネは、こういう芝居がかった動きをするバリオンが大嫌いだった。

「ところで、いい魔道具技師を見つけたようだね……噂では、新製品をいくつも開発中だって?」
「さあね」

 内部情報が洩れることはないが、噂として広まるのはよくあることだった。
 現に、サンドローネも、ライバルとなる商会の情報は探っているし、バリオンのペリドット商会が今何を作っているのかも調査していた。

「ふふ、サンドローネ。ボクはこのままエーデルシュタインでのし上がる。どうだい? ボクの美しい野望に協力するつもりはないかい?」
「抽象的すぎで意味不明。それに、あなたに協力するなんてありえない」
「きみは美しい。ボクとキミで、ペリドット商会のモデルとして宣伝するのはどうだい? 新しい美容魔道具を開発しているし、ファッションブランドも立ち上げる計画があるんだ」
「興味ないわ」

 サンドローネはバリオンの横を通り過ぎる……そして。

「サンドローネ。そんな態度を取って……ボクの気を引こうとしても、無駄だよ」
「…………」

 サンドローネは無視をして、そのまま歩き去った。
 残されたバリオンは苦笑し、肩をすくめた。

「やれやれ。可愛いんだけど……もう、ボクの心はキミにはないんだけどね」

 バリオンは、サンドローネが去った方向を見て小さく投げキッスするのだった。
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