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痛む心と叫ぶ身体

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「来たか。始めるぞ」
「…………うん」
「…………情けないツラだな。同情でも誘っているのか」
「べつに。それより、はやくやろう」

 俺は、腫れあがった顔でアスタルテを見る。
 ウィンダミアの奴に「稽古」という暴力を受け、アストラルの「薬物実験」で体調が猛烈に悪い。フラフラしながら森にやってきて、薬草を探して家に戻る……と、思われているはずだ。
 アスタルテは、興味なさそうに言う。

「暴力に薬物実験か。ちょうどいい、それも修行に含めておこう。いいか、お前が幼馴染から受けている暴力と薬物実験に屈するなよ。打たれ強さと薬物耐性のいい訓練になる」
「…………」

 こいつ、なんで笑ってるんだろう。
 すると、俺の前に籠を放り投げる。

「これ……」
「採取の時間を省けば、その分だけ長く修行ができる」

 籠の中は、山菜や薬草が入っていた。
 どうやら、俺の代わりにいろいろ収穫してくれたらしい。
 少しだけ感謝しアスタルテを見ると、つまらなそうに言った。

「勘違いするなよ。お前の修行時間を長くするためだ。それと……お前には地獄を味わってもらう。覚悟はいいか?」
「ああ。炭鉱夫になるためなら何だってやるよ」
「……ふ」

 こうして、俺の本格的な修行が始まった。

 ◇◇◇◇◇◇

 まず最初に行ったのは、両腕と両足、そして身体に、妙な字を書くことだった。
 アスタルテの指が赤く光り、裸になった俺の身体をなぞる。
 光が俺の身体に触れると、妙な文字が浮かんだ。

「これは私の開発した修行魔法。『烈火錠・修の行』だ」
「れっか、じょう?」
「ああ……よし、終わりだ」
「…………?」

 全身が赤く光っている。
 すると、赤い光はすぐに消えてしまった。手足を動かすが、特に痛みや違和感もない。
 首を傾げていると、アスタルテは何かを唱える。

「『負荷』」
「───っが!?」

 次の瞬間、身体が硬直し、俺は倒れた。
 手足がまったく動かず、呼吸まで封じられているような感覚だった。
 わけがわからず、アスタルテを睨む。

「全身に力を込めろ。力を込めれば動けるぞ」
「───が、かかっ」
「動け。まずはそこから……その状態で寝れるくらい慣れてもらう」
「───ぁ、がが」

 まともに呼吸ができず、酸欠寸前になる。
 アスタルテは、俺を冷たい目で見下ろし───嗤う。

「炭鉱夫になるんだろう?」
「───っっ」

 そうだ。炭鉱夫になるんだ。
 本当なら、修行して村を出るなんて絶対にできなかった。もしアスタルテに会わなかったら、俺は死ぬまで村でこき使われるか、誰かに殺されていた。
 でも、こうして地獄の苦しみを味わいつつも───チャンスが来た。
 本で見た、炭鉱夫。
 男だけの仕事。男だけの世界。

「ぐ、ぐぎぎぎぎ……」
「もっとだ。全身の筋力を使え。頭のてっぺんから足の指先、全身をひたすら使って身体を動かせ。全てはそこからだ」

 俺は、言われた通り全身を使って立ちあがる。
 吐きそうなくらい気持ち悪い。ウィンダミアに殴られた時より、エクレールの雷に打たれた時より、フローズンに凍らされた時より、アストラルに毒を飲ませられた時よりも苦しかった。

「日暮れまで二時間ほどか……今日は負荷に慣れろ。指導はそこからだ」
「……っっ」

 ガタガタ震えながら俺は立つ。
 力を抜けば一瞬で動けなくなりそうだった。
 汗が止まらず、奥歯が砕けそうなくらい噛みしめ、意識が朦朧とし……。
 アスタルテを見ると、自分のナイフを磨いていた。俺に興味がないようにも見える。

 そして、二時間後……カラスが鳴き、日が傾き始めた。
 俺は、二時間に耐えたのだ。
 アスタルテは、俺をねぎらうこともせずに言う。

「よし。今日はここまで……また明日」
「───!? ぁ、ぉい」

 俺は、ガタガタ震えながら言う。

「……何を勘違いしている? 『烈火錠・修の行』は私にしか外せない。そして隠蔽魔法も付与してあるから他の聖女に見つかることもないだろう。さぁ帰れ」

 アスタルテは、このまま俺を帰らせるという。
 一歩も動けないのに、このまま帰れというのか。
 アスタルテは、興味なさげに視線を外し、森の奥へ消えて行った。

「───く、そ───が」

 俺は、アスタルテがくれた籠を掴む。
 痛みで手が千切れそうだった。手を伸ばし、籠を掴む。たったそれだけの動きが苦痛で、頭がおかしくなりそうだった。
 それに、早く帰らないとクリシュナのババァが……エクレールが何を言うかわからない。

「ん、ぎぃぃ~……っぐ」

 一歩、足を踏み出す。
 汗だくで、痛みで気を失いそうになりながら。
 村に帰らないと。夕飯の支度があるし、もし遅れようものなら……。

「か、えら……ない、と」

 俺は歩く。
 一歩、また一歩……全身負荷の痛みに耐えながら。

 ◇◇◇◇◇◇

「遅い!! こんな時間までなにしてたんだい!!」
「ご、ごめんな、さい……」
「…………なんだい、脂汗流して。きったないねぇ」

 汗だくで家に戻ると、クリシュナのババァが玄関で怒鳴る。
 仕方ない。夕食の支度はおろか、時刻はすでに夜だ。夕食なんてとっくに終わってる。
 クリシュナのババァは、汚物でも見るような目で言う。

「飯は抜き。さっさと小屋に戻んな」
「……は、はいっ……っ」
「……」

 俺は身体を引きずるように歩く。
 クリシュナのババァは、俺の体調なんてどうでもいいのか、少し不審げに見ただけで何も聞いてこなかった。
 アスタルテのことは秘密。俺の身体を襲う負荷は継続中。だが、クリシュナのババァはまるで気付いていない……はは、運がいい。

「ねぇ」
「っ!?」
「どこ行ってたの?」

 いつの間にか、背後にエクレールがいた。
 馬鹿な。クリシュナのババァがドアを閉めた。俺の後ろにエクレールはいなかった。どうやってドアを開け、俺の背後へ。

「セイヤ、すっごく辛そう。なにか変な物食べたのかな?」
「べ、べつに……その、薬草と山菜を採取して、毒草に触れただけで」
「ふ~ん……ま、いっか。それより、躾けの時間だよ」
「うっ……ガァァァァァァーーーーーーッ!?」

 エクレールの電撃が、俺の全身を駆け巡った。

「まず、夕飯を作らなかった罰」

 電撃は止まらない。

「あと、門限破った罰でしょ? あたしを不快にさせた罰。あと、お母さんにご飯を作らせた罰にー」
「がっ、がががg、ががががっ!? ががががっ」

 電撃が止まらない。
 エクレールは屈託のない笑顔で、俺が気絶するかしないかギリギリのラインで苦しみを与える。
 そう、これはエクレールの『躾け』だ。
 俺に対する罰でもあり、勝手なことをしたオモチャを躾けるための儀式。

「んー、もういいや。セイヤ、明日はサボっちゃだめね……おやすみ~♪」
「…………」

 電撃が止むと同時に倒れ、痙攣した。
 口から泡のような物が出てる。なぜかこの時だけアスタルテの呪いが和らいだ気がした……ああ、俺の身体が壊れているからなのか?
 
「……………………ぅ」

 俺は、痙攣する身体で動く。
 立ちあがると同時に、アスタルテの呪いで身体が重くなる。
 なぜか、涙がこぼれた。
 
「…………はは、は……あはは」

 俺、なにやってるんだろう。
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