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狂犬

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 ラグナ帝国には、《狂犬》と呼ばれる男がいた。
 その男は、小国であるリキル王国の正門前に並ぶ、全軍隊に命じる。
 
「全軍突撃!! 歯向かう連中は始末しろ!! 無抵抗の者には手を出すなよ!!」
「「「「「オォォォォォーーーッ!!」」」」」

 漆黒の髪をなびかせ、真紅の瞳はギラギラしている。
 まだ二十代前半なのに、大軍を率いる将としての器を見せつけているのは、ラグナ帝国の皇太子カドゥケウスだ。
 馬上から剣を掲げると同時に、全部隊が国を落とすために走り出す。
 カドゥケウスは、歯を剥き出しにし、誰よりも早く正門にたどり着いた。

「大将、矢が!!」
「ほっとけ!!」

 城門から飛んでくる矢を全て叩き落とす。
 剣の最高峰であるソードマスターでもあるカドゥケウスにとって、飛んでくる数百本の矢など、目を閉じていても叩き落せる。
 カドゥケウスは正門から城下町へ。
 そのまま通りを突っ切り、城を目指す。
 すでに部隊は、国軍と戦いを始めていた。
 カドゥケウスの傍には、『狂犬四天王』と呼ばれる精鋭が付いてきている。

「オルトロス!!」
「へい、大将!!」
「ガルム!!」
「あいよっ!!」
「イカリオス!!」
「はっ!!」
「ライラップス!!」
「……ここに」

 カドゥケウスは、四騎士の名を呼び───叫んだ。

「いつも通り、ブチ抜くぞ!!」

 二十以上の国を落とした必勝パターン。 
 全軍で国を包囲し突撃。国軍は部下に任せ、カドゥケウスと四騎士は王城へ突撃。
 王城の騎士たちを薙ぎ倒し、国王に降伏を宣言させる……この必勝パターンから逃れた国は、今のところゼロだ。

「さぁ!! 国破りだ!!」

 ラグナ帝国、王位継承者カドゥケウスの大陸統一は、もう目の前に迫っていた。

 ◇◇◇◇◇◇

 リキル王国は、あっけなく落ちた。
 国王を処刑し、国がラグナ帝国に落ちたことを宣言した。
 カドゥケウスは、リキル国王の執務室の椅子に座り、書類を書く。
 
「国民たちの生活が第一だ。国庫を空にしてかまわん、戦闘で傷ついた城下町の修復を急げ」
「はっ!!」

 部下に命じ、戦闘で傷ついた城下町の修復や、保証金の支払いに充てる。
 一応、部下たちには命令していた。建物はなるべく傷付けるな、と。
 城門や城壁はかなり破壊されたが、死者は最低限に抑えたはずだ。
 カドゥケウスは、秘書官でもあるイカリオスに言う。

「イカリオス。本国から信用できる奴を呼べ。ここの統治を任せたい」
「かしこまりました。いつも通り、ですね」
「ああ」

 二十以上の国を征服したが、やり方は同じ。
 なるべく犠牲を出さず、王の首を取って降伏させる。そして、王が統治していた頃よりも国民の生活が豊かになるように手配をする。
 もちろん、大陸統一をした後はいろいろ変わるだろうが、まずは信用させなければならない。
 王族や、歯向かう貴族の処刑はもちろんするが。

「イカリオス。小国はこれで最後だな?」
「ええ。残るは大国……ラスタリア、ユルゲンス、オリビアの三つですね」
「ようやく、大陸統一が見えてきたか」
「はい。ふふ、本国の反皇太子派は焦っていますよ? まさか、二十代半ばの皇太子が大陸統一なんてできるわけないと笑ってましたからね。もちろん、皇子を侮辱した貴族の名前は全て覚えています」
「ははは。そりゃいいな。俺が王になったら全員、吊るしてやるか」
「ふふ、それもいいですね。でも、まだダメです。利用価値のある貴族は多い」
「わかってるよ。でも……もう少しだ」
「はい。我らの悲願がついに……」

 イカリオスは、目頭をそっと撫でつける。
 
「おいおい、泣くなイカリオス。涙は終わった後にとっておけ」
「な、泣いてない!! お前、馬鹿にする……あ、すみません」
「いい。幼馴染のよしみで許してやる。ああ、次は皇太子侮辱罪で営倉行きだがな」
「え、ええええ!?」

 カドゥケウスとイカリオスは、ケラケラと笑い合った。
 イカリオスは、ひとしきり笑うと真面目になる。

「そろそろ、考えておいた方がいいですね」
「何をだ?」
「そりゃ、皇帝に即位した後のことですよ。まずは妃を迎えないと」
「どうでもいい」
「そういうわけにはいかないんです。大陸統一を成しえた皇帝の妃ですよ? 国中から女性が来るでしょうね」
「……面倒だな」

 カドゥケウスは頬杖をつく。
 とりあえず、この話は終わらせた。

「それより、オルトロスたちはどうしてる?」
「兵たちを労ってますよ。今頃、祝勝会でも開いてるんじゃないですかね」
「やれやれ……敗戦国の酒場で飲み会か?」
「そこまで非常識じゃないですよ。城の食堂で、です」
「後で、俺も顔を出すとしよう」
「なら、私も」

 カドゥケウスとイカリオスは、酒のために仕事を早く終えた。

 ◇◇◇◇◇◇

 祝勝会が終わり、カドゥケウスは一人執務室に戻ってきた。
 ここの王は、執務室の隣に浴場を作っていたようだ。室内の豪華さを見るだけで、どういう暮らしをしていたのかよくわかる。
 城下に潜入させた兵の報告によると、民は高い税金に苦しんでいたようで、ラグナ帝国に征服されるや否や、喜ぶ者もいたとか。

「やれやれ」

 カドゥケウスは苦笑し、立ち上がる。
 せっかくなので、浴場を利用させてもらうことにした。
 浴場は、いつの間にか湯が沸いていた。恐らく、イカリオス辺りがやったのだろう。
 服を脱ぐと、鍛え抜かれた肉体があらわになる。
 傷一つない身体だった。生まれてこのかた、戦いで付いた傷などない。
 カドゥケウスは、髪をそっと撫でつける。

「…………まぁ、いいか」

 浴槽の湯を掬い、頭からかぶると……お湯が、黒く染まった。
 カドゥケウスの髪を染めていた塗料が、落ちたのだ。

「ふぅ……」

 カドゥケウスの髪は漆黒ではなく───輝くような『銀』だった。
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