2 / 28
さらなる追い打ち
しおりを挟む
いつの間にか、ドアにもたれるように寝ていたようだ。
私は、空腹で目が覚めた。
どうやら、夕食にも呼ばれなかったようだ……この屋敷で私の味方はいない。メイドも使用人もみんな、妹のリリアンヌを可愛がっていた。
私は、自分の長い銀髪を手で梳く。
「こんな、銀……」
長い髪は、切ることを許されなかった。
私の髪は腰まで伸びている。斬ってはいけない理由は、「銀を断つと不吉が恐れるから」という迷信じみた理由からだ。
以前、一度だけ髪を切ったことがある。八歳のころ、膝下まで伸びた髪があまりにもうっとおしく、肩にかかる程度までバッサリ切ったのだ。
髪の重さがなくなり、スッキリした……だが、その日の夜。リリアンヌが階段から落ち、足を折る重傷を負った。
私は、父に何度もぶたれた。
そして、一週間、自室に監禁された。
それから八年。十六歳の私は、腰近くまで伸びた銀髪を切ることを許されていない。
「…………」
私はノロノロ立ち上がり、部屋にあった洗面器の水をすくって顔を洗う。
水面に映った顔は、酷かった。
「わ……目が腫れてる。ふふ、こんな顔で出て行くわけにいかないわね」
髪を整え、ドレスを着替える。そして、部屋の外にたまたまいたメイドに、簡単な朝食を持ってくるようにお願いした。
メイドは「忙しいのに」と言わんばかりの不機嫌さでため息を吐き、返事もせずにキッチンへ。
運ばれてきたパンとスープの食事を終え、私は部屋でぼーっとしていた。
「……どうしよう」
もう、お父様に何を言っても無駄だろう。
もしかしたら、グレンドール様も私なんかよりリリアンヌを気に入るかもしれない。
田舎の男爵家令嬢と、次期侯爵の婚約……こんなチャンス、もうない。
リリアンヌの言った通り、私はクレッセント男爵家の次期当主、マリックの教育係として生きていくしかないのだろう。
結婚もせず、男爵家のためだけに生きる存在として。
「…………」
そんなの、嫌だ。
でも……私には、どうしようもなかった。
◇◇◇◇◇◇
◇◇◇◇◇◇
リリアンヌ・クレッセント。
彼女は、両親からたくさんの愛を受けて育った。
母親譲りの輝く金髪、大きなくりっとした眼はどこか小動物のように愛らしく、小柄で愛らしい雰囲気は庇護欲をそそられる。まさに、愛されるために生まれてきたような少女だ。
リリアンヌは、何を言ってもみんな言うことを聞いてくれる。そう思っていた。
小さい頃から、何を言ってもみんな笑ってくれる。自分が欲しいと言えば何でも手に入る。
つまり……とても我儘な少女に育ったのだ。
リリアンヌは、幸せだった。
でも、いくつか不満がある。
そのうちの一つが、姉のラプンツェルだ。どこか陰気で、ラスタリア王国では不吉の象徴とされる『銀』を持って生まれた女。
一歳違いの姉は、とても美しかった。
不吉の象徴と呼ばれているが、リリアンヌは姉の髪を美しいと思っていた。さらに、陰気な性格のくせに整った顔立ちはどこか女神を思わせ、成人していないくせに、その身体はとても『女』を感じさせるような曲線を描いている。
美しいくせに陰気。それが姉ラプンツェルに対する、リリアンヌの評価だ。
そんな姉に舞い込んできた縁談……それは、ラスタリア本国に住む侯爵嫡男、グレンドールからだった。
クレッセント男爵家と、オブリビエイト侯爵家。月とジャガイモのような釣り合わなさだ。だが、現にオブリビエイト侯爵家から手紙が来ている。
クレッセント男爵家の長女と、婚約したいと。
あり得ない。
リリアンヌは、許せなかった。
陰気な姉が、王国に住む大貴族に嫁ぐなんて。
グレンドールと会って町を案内した、とか言っていたが、リリアンヌはどうでもよかった。
グレンドールに会えば、ラプンツェルなんかより自分を好きになるはず。
父と母は、侯爵家の手紙に歓喜していたが、嫁ぐのがラプンツェルと言う『不吉の象徴』ということに、少しだけ悩んでいた。
だから、言った。
「いいことを考えたわ。お父様、お姉様の婚約者を、私にくださいな」
自分が、姉の代わりに。
案の定、両親は乗り気だった。
不吉の銀より、美しく愛らしい金を差し出す。両親は喜んで選択してくれた。
残った姉は、この家で引き取る予定の次期男爵、マリックの教育係にでもすればいい。
最初はそう考えていたが……リリアンヌは、しばし考える。
不安の種は、いらない。
マリックの教育係は、いずれ嫁ぐ侯爵家から、優秀な人材をあてがえばいい。
ラプンツェルをどうするか。
老い先短い老貴族の世話係でもさせようか?……そう考えていると。
「お嬢様、お手紙が」
「ああ、ありがとう」
メイドの一人が、リリアンヌ宛の手紙を運んできた。
茶会の誘いや、宝石店から新作が入ったとのお知らせの手紙だ。
手紙を開封して、気付いた。
「あ、これ……お父様宛じゃない」
封を開けて気付いた。
父宛の手紙が紛れ込んでいたのだ。
申し訳ないと思いつつ、手紙を戻す……どうせ、謝れば許してくれる。
「───これは」
リリアンヌは、手紙の内容を見て……ニヤリと笑みを浮かべた。
そこには、こう書かれていた。
『ラグナ帝国の進行が深刻化。衛生兵が足りず。各領地より衛生兵を派遣せよ』
ラグナ帝国。
大陸統一を目指す、最強の軍事国家だ。
今も、隣の国と戦争をしている。ラスタリア王国も無関係ではない。
「衛生兵が足りず、ね……ふふ、いいこと考えた」
リリアンヌは、手紙を持って父の書斎へ向かった。
私は、空腹で目が覚めた。
どうやら、夕食にも呼ばれなかったようだ……この屋敷で私の味方はいない。メイドも使用人もみんな、妹のリリアンヌを可愛がっていた。
私は、自分の長い銀髪を手で梳く。
「こんな、銀……」
長い髪は、切ることを許されなかった。
私の髪は腰まで伸びている。斬ってはいけない理由は、「銀を断つと不吉が恐れるから」という迷信じみた理由からだ。
以前、一度だけ髪を切ったことがある。八歳のころ、膝下まで伸びた髪があまりにもうっとおしく、肩にかかる程度までバッサリ切ったのだ。
髪の重さがなくなり、スッキリした……だが、その日の夜。リリアンヌが階段から落ち、足を折る重傷を負った。
私は、父に何度もぶたれた。
そして、一週間、自室に監禁された。
それから八年。十六歳の私は、腰近くまで伸びた銀髪を切ることを許されていない。
「…………」
私はノロノロ立ち上がり、部屋にあった洗面器の水をすくって顔を洗う。
水面に映った顔は、酷かった。
「わ……目が腫れてる。ふふ、こんな顔で出て行くわけにいかないわね」
髪を整え、ドレスを着替える。そして、部屋の外にたまたまいたメイドに、簡単な朝食を持ってくるようにお願いした。
メイドは「忙しいのに」と言わんばかりの不機嫌さでため息を吐き、返事もせずにキッチンへ。
運ばれてきたパンとスープの食事を終え、私は部屋でぼーっとしていた。
「……どうしよう」
もう、お父様に何を言っても無駄だろう。
もしかしたら、グレンドール様も私なんかよりリリアンヌを気に入るかもしれない。
田舎の男爵家令嬢と、次期侯爵の婚約……こんなチャンス、もうない。
リリアンヌの言った通り、私はクレッセント男爵家の次期当主、マリックの教育係として生きていくしかないのだろう。
結婚もせず、男爵家のためだけに生きる存在として。
「…………」
そんなの、嫌だ。
でも……私には、どうしようもなかった。
◇◇◇◇◇◇
◇◇◇◇◇◇
リリアンヌ・クレッセント。
彼女は、両親からたくさんの愛を受けて育った。
母親譲りの輝く金髪、大きなくりっとした眼はどこか小動物のように愛らしく、小柄で愛らしい雰囲気は庇護欲をそそられる。まさに、愛されるために生まれてきたような少女だ。
リリアンヌは、何を言ってもみんな言うことを聞いてくれる。そう思っていた。
小さい頃から、何を言ってもみんな笑ってくれる。自分が欲しいと言えば何でも手に入る。
つまり……とても我儘な少女に育ったのだ。
リリアンヌは、幸せだった。
でも、いくつか不満がある。
そのうちの一つが、姉のラプンツェルだ。どこか陰気で、ラスタリア王国では不吉の象徴とされる『銀』を持って生まれた女。
一歳違いの姉は、とても美しかった。
不吉の象徴と呼ばれているが、リリアンヌは姉の髪を美しいと思っていた。さらに、陰気な性格のくせに整った顔立ちはどこか女神を思わせ、成人していないくせに、その身体はとても『女』を感じさせるような曲線を描いている。
美しいくせに陰気。それが姉ラプンツェルに対する、リリアンヌの評価だ。
そんな姉に舞い込んできた縁談……それは、ラスタリア本国に住む侯爵嫡男、グレンドールからだった。
クレッセント男爵家と、オブリビエイト侯爵家。月とジャガイモのような釣り合わなさだ。だが、現にオブリビエイト侯爵家から手紙が来ている。
クレッセント男爵家の長女と、婚約したいと。
あり得ない。
リリアンヌは、許せなかった。
陰気な姉が、王国に住む大貴族に嫁ぐなんて。
グレンドールと会って町を案内した、とか言っていたが、リリアンヌはどうでもよかった。
グレンドールに会えば、ラプンツェルなんかより自分を好きになるはず。
父と母は、侯爵家の手紙に歓喜していたが、嫁ぐのがラプンツェルと言う『不吉の象徴』ということに、少しだけ悩んでいた。
だから、言った。
「いいことを考えたわ。お父様、お姉様の婚約者を、私にくださいな」
自分が、姉の代わりに。
案の定、両親は乗り気だった。
不吉の銀より、美しく愛らしい金を差し出す。両親は喜んで選択してくれた。
残った姉は、この家で引き取る予定の次期男爵、マリックの教育係にでもすればいい。
最初はそう考えていたが……リリアンヌは、しばし考える。
不安の種は、いらない。
マリックの教育係は、いずれ嫁ぐ侯爵家から、優秀な人材をあてがえばいい。
ラプンツェルをどうするか。
老い先短い老貴族の世話係でもさせようか?……そう考えていると。
「お嬢様、お手紙が」
「ああ、ありがとう」
メイドの一人が、リリアンヌ宛の手紙を運んできた。
茶会の誘いや、宝石店から新作が入ったとのお知らせの手紙だ。
手紙を開封して、気付いた。
「あ、これ……お父様宛じゃない」
封を開けて気付いた。
父宛の手紙が紛れ込んでいたのだ。
申し訳ないと思いつつ、手紙を戻す……どうせ、謝れば許してくれる。
「───これは」
リリアンヌは、手紙の内容を見て……ニヤリと笑みを浮かべた。
そこには、こう書かれていた。
『ラグナ帝国の進行が深刻化。衛生兵が足りず。各領地より衛生兵を派遣せよ』
ラグナ帝国。
大陸統一を目指す、最強の軍事国家だ。
今も、隣の国と戦争をしている。ラスタリア王国も無関係ではない。
「衛生兵が足りず、ね……ふふ、いいこと考えた」
リリアンヌは、手紙を持って父の書斎へ向かった。
12
お気に入りに追加
202
あなたにおすすめの小説
政略より愛を選んだ結婚。~後悔は十年後にやってきた。~
つくも茄子
恋愛
幼い頃からの婚約者であった侯爵令嬢との婚約を解消して、学生時代からの恋人と結婚した王太子殿下。
政略よりも愛を選んだ生活は思っていたのとは違っていた。「お幸せに」と微笑んだ元婚約者。結婚によって去っていた側近達。愛する妻の妃教育がままならない中での出産。世継ぎの王子の誕生を望んだものの産まれたのは王女だった。妻に瓜二つの娘は可愛い。無邪気な娘は欲望のままに動く。断罪の時、全てが明らかになった。王太子の思い描いていた未来は元から無かったものだった。後悔は続く。どこから間違っていたのか。
他サイトにも公開中。
あなたの破滅のはじまり
nanahi
恋愛
家同士の契約で結婚した私。夫は男爵令嬢を愛人にし、私の事は放ったらかし。でも我慢も今日まで。あなたとの婚姻契約は今日で終わるのですから。
え?離縁をやめる?今更何を慌てているのです?契約条件に目を通していなかったんですか?
あなたを待っているのは破滅ですよ。
[完結連載]蔑ろにされた王妃様〜25歳の王妃は王と決別し、幸せになる〜
コマメコノカ/ちゃんこまめ・エブリスタ投
恋愛
王妃として国のトップに君臨している元侯爵令嬢であるユーミア王妃(25)は夫で王であるバルコニー王(25)が、愛人のミセス(21)に入り浸り、王としての仕事を放置し遊んでいることに辟易していた。
そして、ある日ユーミアは、彼と決別することを決意する。
断る――――前にもそう言ったはずだ
鈴宮(すずみや)
恋愛
「寝室を分けませんか?」
結婚して三年。王太子エルネストと妃モニカの間にはまだ子供が居ない。
周囲からは『そろそろ側妃を』という声が上がっているものの、彼はモニカと寝室を分けることを拒んでいる。
けれど、エルネストはいつだって、モニカにだけ冷たかった。
他の人々に向けられる優しい言葉、笑顔が彼女に向けられることない。
(わたくし以外の女性が妃ならば、エルネスト様はもっと幸せだろうに……)
そんな時、侍女のコゼットが『エルネストから想いを寄せられている』ことをモニカに打ち明ける。
ようやく側妃を娶る気になったのか――――エルネストがコゼットと過ごせるよう、私室で休むことにしたモニカ。
そんな彼女の元に、護衛騎士であるヴィクトルがやってきて――――?
この度、皆さんの予想通り婚約者候補から外れることになりました。ですが、すぐに結婚することになりました。
鶯埜 餡
恋愛
ある事件のせいでいろいろ言われながらも国王夫妻の働きかけで王太子の婚約者候補となったシャルロッテ。
しかし当の王太子ルドウィックはアリアナという男爵令嬢にべったり。噂好きな貴族たちはシャルロッテに婚約者候補から外れるのではないかと言っていたが
許婚と親友は両片思いだったので2人の仲を取り持つことにしました
結城芙由奈@12/27電子書籍配信中
恋愛
<2人の仲を応援するので、どうか私を嫌わないでください>
私には子供のころから決められた許嫁がいた。ある日、久しぶりに再会した親友を紹介した私は次第に2人がお互いを好きになっていく様子に気が付いた。どちらも私にとっては大切な存在。2人から邪魔者と思われ、嫌われたくはないので、私は全力で許嫁と親友の仲を取り持つ事を心に決めた。すると彼の評判が悪くなっていき、それまで冷たかった彼の態度が軟化してきて話は意外な展開に・・・?
※「カクヨム」「小説家になろう」にも投稿しています
【完結】婚約破棄され毒杯処分された悪役令嬢は影から王子の愛と後悔を見届ける
堀 和三盆
恋愛
「クアリフィカ・アートルム公爵令嬢! 貴様との婚約は破棄する」
王太子との結婚を半年後に控え、卒業パーティーで婚約を破棄されてしまったクアリフィカ。目の前でクアリフィカの婚約者に寄り添い、歪んだ嗤いを浮かべているのは異母妹のルシクラージュだ。
クアリフィカは既に王妃教育を終えているため、このタイミングでの婚約破棄は未来を奪われるも同然。こうなるとクアリフィカにとれる選択肢は多くない。
せめてこれまで努力してきた王妃教育の成果を見てもらいたくて。
キレイな姿を婚約者の記憶にとどめてほしくて。
クアリフィカは荒れ狂う感情をしっかりと覆い隠し、この場で最後の公務に臨む。
卒業パーティー会場に響き渡る悲鳴。
目にした惨状にバタバタと倒れるパーティー参加者達。
淑女の鑑とまで言われたクアリフィカの最期の姿は、良くも悪くも多くの者の記憶に刻まれることになる。
そうして――王太子とルシクラージュの、後悔と懺悔の日々が始まった。
夫が妹を第二夫人に迎えたので、英雄の妻の座を捨てます。
Nao*
恋愛
夫が英雄の称号を授かり、私は英雄の妻となった。
そして英雄は、何でも一つ願いを叶える事が出来る。
だが夫が願ったのは、私の妹を第二夫人に迎えると言う信じられないものだった。
これまで夫の為に祈りを捧げて来たと言うのに、私は彼に手酷く裏切られたのだ──。
(1万字以上と少し長いので、短編集とは別にしてあります。)
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる