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第176話・奪われたもの

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 ライトは、マリアの別荘と反対側の対岸に打ち上げられた。

「げっほ……がっは、げっほ!! っくそ……!!」
『……やられたぜ相棒』
「カドゥケウス……っ!!」

 幸いにも、浜辺には誰もいない。というか、岩場に囲まれた小さな隠れ家みたいな砂丘だった。普通に歩いてここにはこれないだろう。
 ライトは服を脱ぎ捨て、下着一枚で砂浜に転がる。

「……あいつは、なんなんだ」
『【強欲】の大罪神器、ギルルダージュ・グリード・ペンティアム……ガチのクソ野郎だ。魔界で最も忌み嫌われてる魔神っつってもいい』
「強欲……クソ野郎が」

 奪えない物を奪う能力。
 ライトの『ストライガーをぶちのめしたい』という気持ちを奪われた。対峙した瞬間、不思議なくらい穏やかな気持ちになってしまった。
 今はそうでない。距離が関係しているのか、ぶちのめしたい気持ちでいぱいだ。

「カドゥケウス、知ってること全部話せ……!!」
『大したことは知らねぇ。あいつはなんでも奪える。感情も心も何もかも……欲しいモノはなんでも手に入れちまう凶悪な野郎だ。あの眼を見ただろ? あれがあいつの武器だ』
「……あの眼、気色悪い色してたな」
『ああ。あの眼で睨まれると、どんなものでも奪える。あいつの仲間もそれで手に入れたんだろうな。今回は、『相棒と一緒だった記憶』を奪われて、『ストライガーは仲間じゃない』って思いを奪われた。んで、あいつの第二階梯『義賊の施しゴエモン』で、偽りの記憶を与えられたんだろうよ」
「ゴエモン?」
『ああ。奪ったモンを与える力だ。恐らく……『ストライガーはずっと一緒だった仲間』っつう記憶を元の仲間の三人から奪って、リンの嬢ちゃんたちに植え付けたんだろうよ。オレが知ってるあいつの能力はこんなもんだ。ギルルダージュの野郎……まさかシャルティナたちを手懐けるとはな』
「……くっそがッ!!」

 ライトは、砂浜に拳を叩き付ける。
 また、奪われてしまった。
 レグルス、ウィネ、父と母……大事な物が、またこぼれ落ちる。

「…………また、一人か」
『相棒。オレを忘れんなよ?』
「……ああ、悪い」
『それと、まだ終わっちゃいねぇ……ギルルダージュをぶちのめせば、戻る可能性はある』
「…………」
『相棒。あいつをぶちのめしたい気持ちはあるか?』
「…………ない」

 ライトは、ゆっくりと立ち上がる。

「なぁ、カドゥケウス……」
『……ん?』

 カドゥケウスを握りしめ、思い切り歯を食いしばった。

「大罪神器…………1個くらい無くてもいいよな?」

 ◇◇◇◇◇◇
 
 金級冒険者ストライガー。
 容姿に優れ、性格もいい。冒険者たちからの信頼も厚く、彼を知らない者はあまりいない。そんな彼の『不運』なところは……危険な魔獣とよく遭遇することだった。

 ダンジョンで日銭を稼ぐ冒険者は多くいるが、ストライガーはギルドから依頼を受けてダンジョンに潜ることがそこそこ多い。
 今回、ストライガーはダンジョンに潜り、三人の仲間を失った。
 それぞれが銀級の実力者。だが、相手が悪かった。

「くっそ、なんだよこのガキ!?」
「や、やばいよ……」
「へ、蛇……!?」

 ストライガーの仲間。三人の銀級冒険者。
 戦士のアイシャ、魔術師のピピ、格闘家のロゼ。若いながらも、卓越した実力を持つ冒険者だった。
 巨大な蛇に変身したアンジェラを前に、為す術がない状況で……。

「アイシャ、ピピ、ロゼ……『頼む、時間を稼いでくれ』」
「「「!!」」」

 【強欲】の大罪神器、ギルルダージュの右目。
 ストライガーが『奪えない』と認識した物を奪う能力。それは、物や人と形を問わない。
 そして、第二階梯『義賊の施しゴエモン』。奪ったモノを自らの中にストックし、他者に植え付ける能力。これで『ストライガーを死ぬまで守りたい』という気持ちを三人に植え付け……ストライガーは逃げ出した。

 結果。
 アイシャ、ピピ、ロゼはあっけなく捕食され、ストライガーは逃げ出した。
 ダンジョンの外で、ストライガーの相棒【強欲】のギルルダージュが甲高い声を上げる。
 
『キャッキャキャキャ!! ストライガー、置き去りなんて酷いじゃねぇか!!』
「仕方ないだろ……あーあ、三人には悪い事したな」
『新しい『仲間』を探さねぇとなぁ』
「うん。強くて、頼りになる仲間をね」

 ストライガーは、この力で仲間を集め、金級まで上り詰めた。
 本人の実力はそこまで高くない。だが、『戦う意志』を奪えば、どんな相手でもストライガーに勝つことができない。
 
 仲間を喪ったことをギルドに報告し、傷心という名目で宿でのんびりしていると……ストライガーは、見た。

「……お、あれって」

 リン。マリア。シンク。メリー。そしてライト。
 たった数日で100階層まで登ってきた実力者だ。

「若いな……ま、金級のオレが指導してるってことにしておくか」
『…………』
「ん、どうした、ギルルダージュ?」
『……いや、なーんか……あの連中、気になる』
「はは。大丈夫、これから『仲間』になるんだし、挨拶すればいいよ」
『…………』

 そして………。
 リンたちの乗る馬車を追い、外へ。
 馬車の前に割り込むように先回りすると、リンたちの馬車が停まった。
 なぜか、ライトはいなかった。当然だがストライガーは『分身』で作ったライトが消えたことなど知らない。

「やぁ、みんな」
「あ、確か……ストライガーさん?」
「うん。リンちゃん、だったね?」
「は、はい。えっと……仲間の人たちは?」
「ああ……実は、ダンジョンでみんな死んじゃってね」
「えっ……」

 リンが馬車から降りると、マリアとシンクとメリーも降りてきた。
 ちょうどいい。
 ストライガーは悲しげに笑う。

「リンちゃん。みんな……よかったらオレを仲間に入れてくれないか? 一人じゃ心細くてね」
「えっと、でも、私たちは、その……ちょっと特殊な集まりというか」
「残念ですが、お引き取り下さいな」
「ボク、なんかあなたが嫌いかも」
「……zzz」

 ストライガーは『視た』。
 リンたちの心に、『ストライガーを拒否する気持ち』が生まれた事に。
 同時に、ストライガーの右目と肌に紋様が浮かぶ。

『なっ……まさか!?』
『いけません!! シンク、あの眼は!!』
『メリー!! 起きなさい!!』
『あぁん? く、キャッキャキャキャ!! マジかよ!?』

 大罪神器の声が聞こえた。
 ストライガーは、ニヤリと笑う。声の意味はまだわからないが、もう決まったようなものだ。

「グリィィド……」
「「「!!」」」

 リン、マリア、シンクの身体がビクッと跳ねる。
 メリーは寝ていたので掛からなかった。

『キャッキャキャキャ!! 朗報だぜストライガー!! こいつらおめーと同類!! 大罪神器の集まりだぜぇぇっ!!』
「え、そうなんだ……じゃあ、強いんだ」

 術は掛かった。
 あとは……自分好みの『感情』を植え付け、誰より信頼できる仲間にするだけ。

『やられた……!! ギルルダージュ、あんた……!!』
『よぉシャルティナぁぁ~……まさか、まさかオイラがおめーらを自由に使えるとはなぁ!! 上下関係をキッチリ叩き込んでやるよ。オイラが上、オメェらは下だぁぁ!!』
『っく……』

 ギルルダージュの力が完全にマリアを侵したため、シャルティナは反論できない。
 だが……これだけは言うべきだ。

『……ギルルダージュ、悪い事は言わない。やめるべきよ』
『あぁん?』
『警告する。あんた……あと宿主。この子たちに手を出せば殺されるわよ』
『ほぉ……』

 シャルティナは言った。

『カドゥケウスの宿主……ライトは、この子たちを傷付ける奴を、絶対に許さないからね』
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