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第87話、マリアの怒り

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「ねぇリン、小生の妻になってほしい。小生には君が必要だ」
「え……あ、あの」

 夕食を終え、風呂に入ったリンは、イエヤスの部屋でお茶を飲んでいた。
 話が盛り上がり、ふと途切れ……イエヤスは、真剣な表情で言った。
 結婚。つまり、イエヤスの妻になってほしいと。

「で、でも、私まだ十六ですし……」
「関係ないよ。側室はみんな十代だ」
「でも、旅を続けなくちゃいけないし……」
「やめていい。リン、魔刃王は討伐したんだ、きみが戦う理由はもうない。これからは小生のために生きてほしい。もちろん、小生の人生もきみと共にある」
「…………ぅ」

 ストレートな告白にリンの心が揺らぐ。
 イエヤスは容姿も整っているし、真っ直ぐな瞳を向けられると断ることができない。現に、夜も深くなってきたのに、連絡の一つも入れずに男性の部屋で二人きり。
 
「リン……」
「…………ぁ」

 イエヤスの顔が近づく。
 目を閉じ、唇が迫ってくる。もし受け入れてしまったら、もう止まらないかもしれない。
 でも、抗えない。
 リンなら押しのけ、イエヤスを組み伏せることもできる。でも、力が入らず、肩を掴まれて抵抗ができない。

「小生の、妻に……」
「…………ぅ」

 うん。
 そう、言ってしまいそうな時だった────────。

「痛っ……」
「っと、リン? どうしたの?」
「え、あの……これが引っかかって」
「なんだいこれ?」

 リンが肌身離さず持っている『色欲の羽』が、胸ポケットからポロリと落ちて、リンの掌を引っかけた。
 掌に滲む血が、雫となって零れた。

「だ、大丈夫かい? 血が出てる!」
「う、うん。その、ちょっと手を洗ってくるね」
「ああ、わかった。今手当ての道具を持ってこさせるよ」
「うん、ありがとう」

 リンはイエヤスの部屋から出て、厠に向かう。

「…………」

 なぜだろう、マリアの羽が救ってくれた気がした。

 ◇◇◇◇◇◇

「なるほど……つまり、イエヤスとかいう王子は女たらしで、側室が20人もいると」
「ああ。城下町じゃいい男で通ってるが、城仕えのオレたちからすれば酷いもんさ。金遣いは荒いし、誰かれ構わず女は連れ込むし。側室なんて可哀そうなもんだぜ? 噂じゃ、一度抱かれてそのまま放置されてる女もいるようだ」
「…………なぁるほど」
「でも、誰も逆らわない。噂じゃ、イエヤス様のギフトが関係してるそうだ」
「ギフト? どんなギフトですの?」
「わからん……皇族のギフトは機密でな。噂じゃ特殊系のSRギフトらしい。殿のノブナガ様、第一子のヒデヨシ様、第二子のイエヤス様。みんなSRギフトの持ち主だとか」
「…………SRか」

 ライトがニヤッと笑う。だが、マリアが言った。

「まさか、この国の王を殺す気ですか?」
「さすがにそれはな。俺だって分別くらいわきまえる」
「ふぅん……」

 嘘つけ、と言わんばかりにマリアは顔を歪めて嗤う。
 そんなことより、情報はかなり集まった。

「イエヤスとかいうこの国の王子、ろくでもない男ですわね」
「特殊系……しかもSRか。恐らく、お前の第二階梯と同タイプかもな。じゃなきゃこんな夜に女が一人で、女たらしの王子のところへ行かないはず」
「精神支配……ふん、どんなギフトだろうと、わたしの支配力が上ですわ」
「…………なら、リンを見つけたらお前に任せる」
「え?」
「リンが精神支配を受けてる可能性があるなら、お前の力で上書きしろ。その代わり、前みたいなことはするなよ」
「…………」

 リンの精神を操り、ライトと戦わせたときのことを思い出す。
 あの頃は、リンの身も心も思うがままだった。でも、触れても触れられても満たされないとマリアは感じている。
 今の、心あるリンに触れてほしいとマリアはいつも思っている。だから、リンに『情上支配キス・オブ・ジ・アミティーエ』は二度と使わないつもりだった。
 でも、救うために使う。こんなことは今まで考えたこともなかった。

「……わかりましたわ」
「よし、じゃあ作戦だ」

 ライトは、マリアの支配下にある門兵2人に言う。

「門を開けて俺たちを中に入れろ」
「……言うとおりになさい」
「は、はいっ!」

 門ではなく、門の隣の小さな引き戸から中に入った。
 門の向こう側は深い掘りになっていて、アーチ状の木橋が掛けられている。城に続く道はこのアーチ状の橋だけのようだ。

「作戦は?」
「簡単だ。忍び込んでリンを連れ帰る。精神支配を受けていたらお前が上書きしろ。あとはヤシャ王国から脱出しておしまいだ」
「……ゴリ押しですわね」
「他にないだろ。それともお前、リンがイエヤスに抱かれてるの見たいか?
「…………あ?」

 この言葉が、マリアの逆鱗に触れた。
 そして、アーチ状の橋に踏み込むと同時に、周囲に黒い服と頭巾で顔を隠した何者かが、ライトとマリアを包囲した。

「……どうやらおでましだな」
「…………」

 城の警備兵だろうか、黒服黒頭巾の兵たちは、腰に装備している短い剣を抜き、逆手に構える。そして、黒頭巾の一人がライトに言った。

「ファーレン王国から手配されている『魔銃王』ライトだな……」
「は? 魔銃王?」
「貴様を拘束する」
「…………っくく、勇者レイジの差し金か。やる気が出てきた」

 ライトはカドゥケウスを抜く。

『魔銃王たぁ粋な名じゃねぇか相棒。相棒にゃ悪りーが、勇者レイジのセンスに乾杯したくなったぜ?』
「そうかい、俺はどうでもいいけどな。おい、どうやらもうバレてるみたいだ。やるしか…………おい?」
「…………さない」
「は?」

 突如、四本の百足鱗がマリアの背から飛び出し、うねうねと動く。
 
「ライト、手を貸しなさい! リンの処女はわたしのモノ! こんな下衆野郎どもに奪わせてたまるもんですかぁぁぁっ!!」
「え、あ、ああ」

 豹変したマリアにドン引きするライトの耳に、シャルティナの声が響く。

『ふふふ、愛する女の子のためになら、気に喰わない相手でも協力を願う。うぅん、マリア、あなた……ライトのこと嫌いじゃないでしょ?』
「ええ、そうですわね。わたし、この方のこと嫌いじゃありませんわ……ふふ、こんな気持ち初めて!」
「…………は?」
「ライト、嫌いじゃないけど好きでもない。背中を少し預けるくらいなら、アナタを愛して差し上げてもよくってよ?」
「なんじゃそりゃ、上から目線だなおい」
「ふふっ……」

 マリアは、にっこりと笑った。
 ライトとしては、マリアはただの戦闘力としか見ていない。でも。

「ま、背中を預けるくらいは信用してやるよ」
「あら生意気」

 ライトとマリア。
 二人は、打ち解けたわけではない。戦闘に関しては信頼できる仲間と認識した。
 この成長は、シャルティナにとっても望ましいことだった。

『いいわリン。あなたはようやく、共に戦う仲間を手に入れた』
「ええ、そうね……不確定要素の多い厄介者ですけど」
『ふふ、今なら認めてあげてもいいわ』
「……え?」

 シャルティナの声は、ライトにも聞こえた。

『第四階梯・『歪羽と百足の大群ウィングス・オブ・センチピード』をあげる』
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