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75・嫉妬のシンク

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「ねぇ、ちょうだい……あなたの手と足」
「なんだこいつ……頭おかしいのか?」

 ライトはカドゥケウスを構えたままマリアを見る。
 派手に転んだが、怪我はしていないようだ。だが体勢が悪い……このまま狙われれば、死ぬ事は無くても負傷は免れない。

「貸し一つだ。リン、マリアを頼む!」
「わ、わかった!」

 馬車を移動させたリンが合流し、ライトは襲撃者の赤髪少女に向かって発砲する。
 狙いは心臓と首と頭部。完全完璧に殺すつもりだ。

「ふふ、きれいな手、きれいな足……ボクとは違う」

 赤髪少女は巨大爪型義手を顔にかざすだけで弾丸をガードする。、
 何故だろうか。ライトの中でこの少女は不味いと感じていた。

「ねぇ、ちょうだい……ちょうだい!!」
「ッ!?」

 少女が地面を蹴った瞬間、地面が爆発したように抉れた。
 ライトに向かって一直線に向かってくる。右手の巨大な爪義手をガパッと開き、ライトを叩き潰すように。

「っっぐ……速いッ!!」
「あはははははははははっ!!」

 振り下ろされた爪は並の重量ではなかった。叩き付けられた地面は砕け、大地の破片が飛び散る。
 ライトは辛うじてバックステップで躱したが、少女は右腕を支点にして回し蹴りを繰り出してきた。しかも普通の回し蹴りじゃない、踵から火を吹いている。

「っぐっがっ!?」
「そぉぉれっ!! それそれぇぇぇっ!!」

 瞬間的に左腕でガードするが、ガードを通り抜け身体に響く。
 蹴りを受け止められ、少女は無茶苦茶な体勢のまま、反対側の足で蹴りを放つ。しかも反対側の足からも噴射の炎が出ていた。

「っこの」
「あははっ!!」

 右腕は生身なので喰らったら不味い。ライトは力を振り絞り全力でバックステップして逃れる。
 すかさず祝福弾を装填し――――――。

「飛べっ!!」
「なっ……っ!!」

 赤髪少女の巨大爪型義手が、肘から分離して飛んできた・・・・・
 義手には噴射口があり、そこから炎を噴き出して飛んでくる。五指を開き、ライトを握り潰そうとしている。
 ライトにはその手が、巨大な魔獣の口に見えた。

「くっそ、なんだよこれっ!!」

 巨大爪型義手は噴射口の炎を調節しながら飛び、複雑な軌道を描き飛んでいる。
 眼で追えない速さに困惑し、一瞬の隙が出来る。

「はぁい」
「しまっ……」

 赤髪少女が、ライトの懐に潜り混んでいた。
 飛ぶ義手に気を取られ、赤髪少女から注意を外してしまった。
 少女の左手の掌がガシャッと開き、何かの発射口のように見えた。

「『波動砲ハドロンブラスター』」
「…………っがぁっはぁぁぁぁっ!!」

 ライトは引金を引き、赤髪少女の左手発射口から真っ赤な光線が発射され、ライトの胸と腹を直撃……吹き飛ばされた。
 近くの樹に激突したライトの胸が焦げ、ブスブスと赤い煙が立ち上る。

「手と足、ちょうだい?」

 赤髪少女の右腕が戻り、ガチャンと接続される。
 飛んでいたワケでなく、ワイヤーで繋がっていたワイヤーアームだ。
 赤髪少女が右足を軽く地面に叩くと、義足の踵から鋭利なブレードが飛び出す。

「手、足……落とすね」

 少女がライトに近付いた瞬間だった。

「アク・エッジ!!」

 水の刃が、少女とライトの間を通り抜ける。

「ライト、しっかりして、ライト!!」
「起きなさい!! 全く……このわたしを助けるなんて!!」

 リンとマリアが、ライトを守るように立ちふさがる。
 赤髪少女はニンマリ笑い、マリアとリンの四肢をじぃっと見た。

「きれいな手、足……女の子だねぇ」
「え……?」
「あなた、何を言ってますの?」
「うぅん、羨ましいな……【嫉妬】しちゃう」

 少女の両手がガシャッと開き、両手を地面に置いて尻を高く上げる。まるで四足歩行の獣のような姿に、リンもマリアも本気になった。

「シャルティナ、第三階梯」
『ええ、といういかアレ……』
「知ってますの?」
『ええ。って、ほらほら、それよりやるわよ!』

 マリアの背から伸びた『百足鱗』がマリアの全身を包み、全身鎧を形成していく。右手には螺旋の大槍を、左手には蜷局を巻いた盾を、全身は歪な刃の鎧を。
 マリアの第三階梯、『純潔なる茨の乙女プリンセス・オブ・アスモデウス』の姿に、赤髪少女はピュウと口笛を鳴らした。

「もしかしてオトモダチ? ボク、はじめてかも」
「…………」

 赤髪少女の四肢が赤く加熱していく。まるで、爆発の前兆のように。
 
「マリア、私がガードするからあいつを仕留めて」
「ですが、さすがにリンでも……」
「大丈夫。マルシアがいるから」

 マルシアは、すでにリンの影に潜り混んでいる。
 マリアは大槍を構え、リンはマリアの前に出た。

「ねぇ、あなたたちの手と足、ちょうだい?……ちょうだぁぁぁぁいっ!!」
 
 赤髪少女の四肢が爆発し、まるでジェット機のように突進してきた。
 速い―――そう思考する前にリンは刀を構える。
 お願い、リン―――そう願い、マリアは大槍を振りかぶる。



「ぶっげぁっがっ!?」



 現実の光景は、赤髪少女が・・・・・吹っ飛ばされた・・・・・・・
 突進と同時に、とんでもない勢いで吹っ飛ばされ、背後の樹に激突する。
 マリアとリンの前に、拳を突き出したライトがいた。

「おーいってぇ……ぶっつけ本番だけど、成功してよかった」
「ライトッ!?」
「あ、あなた、無事でしたの!?」
「ああ。あの赤い技を食らう前に、『硬化』と『強化』を使ったんだ。あらゆる状態を強化できるなら、『硬化』の効果も『強化』できるんじゃないかってな。あとは死んだふりして、あの赤いのが大技使うチャンスを待ってた。クイックシルバーで体感時間を変えてカウンター打てば倒せると思ったんだよ」

 一気に喋り、ライトはカドゥケウスを抜く。
 顔面に突き刺さった拳は赤髪少女の顔を砕いたはず。まともに呼吸すらできない状態なら、とどめを刺すのも容易いだろう。
 
『待てよ相棒、あいつは』

 カドゥケウスがライトを止めた瞬間だった。

「いたい……鼻血出た」
「なっ……」

 赤髪少女は、爪型義手で器用に鼻を擦って起き上がった。
 顔が陥没する威力だったのに、僅かに鼻血が出ただけ。
 改めて、三人は武器を構える。

『待ちなさい、少し話をさせて』
『聞こえてんだろ…………イルククゥ』

 カドゥケウスが、この場にいない誰かの名前を呼んだ。



『ははは、バレてましたか。お久しぶりです、カドゥケウスさん、シャルティナさん』



 大人しそうな、成人男性の声だった。
 イルククゥと呼ばれた男性の声は、赤髪少女の首輪から聞こえている。
 赤髪少女は首輪を爪でコツコツ叩く。

「ねぇイルククゥ、あのひとたち、おともだち?」
『ええ。大事な友人です。シンク、少しお話をするので待っててください』
「はーい」

 シンクと呼ばれた少女は軽く返事をした。
 ライトはカドゥケウスを構えたまま警戒している。

『イルククゥ、そのガキはなんだ? 神器の扱いは大したモンだが、礼儀もマナーもなってねぇな』
『おや手厳しい。【暴食】であるあなたに礼儀を問われるとは。それに、シンクはあなたたちの所有者より強いです。才能もありますし、現在第六階梯まで使用可能です。この子の本質は『自由』なので、好きにさせてるだけですよ』
『自由ねぇ……あたしのマリアを殺そうとしたようだけど?』
『仕方ありませんよ。この子は自由ですから』
『ケッ、そのムカつく喋り方、変わらねぇな』
『ははは、申し訳ありません。こうして出会えたのも何かの縁、よろしければお茶でも如何です?』
『わりーな。オレは礼儀はクソだが胸糞悪い奴とメシを食うつもりはねぇ』
『あたしも。カドゥケウスは大嫌いだけど、イルククゥは生理的に無理』
『ははは……』

 長ったらしい会話にイライラしてきたライトとマリア。
 それを察したのか、イルククゥは言う。

『今回は引き上げましょう。戦う理由は無いですし、シンクの満足する獲物は別な場所で狩ることにします』
「えー……ボク、あの人の手足が欲しい」
『シンク、今回は我慢してください。お願いします』
「……はーい」

 シンクはその場で跳躍し、近くの樹の枝に飛び移った。

「じゃーね」
『では、またお会いしましょう』

 そう言って、何事もなかったように飛んで行った。
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