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58・子狼マルシア

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 ライトたちはマルコシアスに勝利し、カドゥケウスがマルコシアスを完食。そして、喰いきれずに吐き出したのは、マルコシアスの喰いカスという小さな子狼。
 まさかの結果に驚きつつも、ライトはすぐに表情を引き締めた。

「チッ、食い残しとは行儀悪いな……」
「ちょっ、ライト、何を!?」
「あ? 決まってんだよ。始末するんだ」

 ライトは、拳銃を子狼に向けていた。それを慌てて止めたのはリン。
 
「こ、子どもだよ? さすがに殺すのは」
「おい、子供じゃなくて喰いカスだ。本質はお前を攫って喰おうとしたマルコシアスだぞ」
『きゅうん……』
「で、でも……」

 子狼は尻尾をフリフリしながら甘い声で鳴く。
 庇護欲をそそる声にリンはガマン出来なかった。

「待って、お願い。待って……」
『きゃうん!』
「おい、リン……」

 リンは、尻尾を振る子狼を抱き上げた。
 ライトだけではなくマリアも警戒する。だが、マルコシアスとおぼしい子狼は、気持ちよさそうにリンの胸に顔を埋め、尻尾をフリフリしていた。

「ねぇカドゥケウス。この子ってマルコシアスなの?」
『まぁな。でも、恨みやら辛うじて残っていた自我はオレが喰っちまった。そいつは正真正銘の喰いカス……なんの害もねぇ動物だぜ』
「だってさ。この子は悪くないよ、ライト、マリア」
「…………」
「…………」

 ライトとマリアはお互い顔を合わせ、すぐに逸らした。

「……わかったよ。で、どうするんだ?」
「とりあえず、一緒に連れて行くよ。なんだか懐いてるし、可愛いしね」
「……リン、あなたって博愛主義なのね」

 ためしにライトは左手を子狼に近付けた。

『がるるるるっ!』
「おっと。はははっ、さすがに自分を殺したやつの顔は覚えてるか」

 子狼は、ライトに噛みつこうと牙をガチガチさせた。マリアに関しても同じで、リン以外には懐いていないようだ。

「ちゃんと世話しろよ」
「わかってるよ。名前はマルコシアス……じゃあダメだよね。オス、メス……うん、この子はマルシアにしよう。マルコシアスをもじって、マルシア!」
「……別に、好きにしろよ」
「ふふ、可愛い」

 祝福弾が回復するまで休憩し、リンを連れて岩石地帯から一気に飛び立った。
 検証のつもりはなかったが、マリアにリンを抱きしめてもらい、リンだけに触れて空を飛んでみたら、マリアに誓約の苦痛はこなかった。
 誓約に関しての境界線は曖昧である。
 ライトも、木の棒を持つ事はできるが、構えを取ったり剣のように振るうと激痛が走る。
 とりあえず、馬車の元まで戻って来た。

「そういえば……マルコシアスを討伐しちゃったけど、どうしよう」
「放っとけ。別に俺らが倒した証拠はないだろ」
『きゃうん!』

 ライトは、足下で尻尾を振る小さな黒狼を見るが、この小さな狼がマルコシアスだなんて気付くやつは皆無だろう。
 それより、今回の件は教訓になった。
 ライトとマリアは、マルシアを抱いてモフモフしてるリンに向き合う。

「ん~もふもふ。かわいい」
「リン」
「リン」
「ふぇっ? な、なに?」

 マルシアをモフってる瞬間を見られて恥ずかしかったのか、リンは赤面して2人を見る。
 
「今回の件、自分勝手すぎた……悪かった」
「ごめんなさい、リン。身勝手なことばかりして」
「……ど、どうしたのよ、2人とも」

 今回の件は、慢心と油断から起きたことだ。
 ちゃんと情報収集すれば、マルコシアスの情報があったかもしれない。慢心なく挑めば、影の対処もできたかもしれない。そして、リンが危険に晒されることもなかったかもしれない。
 だから、ライトとマリアは反省した。
 ちゃんと謝罪し、もう慢心も油断もしないと誓う。

「そういえばさ……マリアもライトも、名前で呼び合ってたよね?」
「…………」
「…………」
『きゅうん?』

 互いを見て、リンを見た。

「そうだったか?」
「そうだったかしら?」
「……ふふっ」

 素直じゃない2人は、同じタイミングですっとぼけた。

 ◇◇◇◇◇◇

 ライトたちは、ワイファ王城に戻る道を進んでいた。
 空が少しずつオレンジ色に染まり始め、あと1時間もしないうちに日は沈むだろう。
 ワイファ王国までは戻れないが、せめて近くまで進もうと馬車を走らせていた。

「……」
「それ、新しい祝福弾?」
「ああ」

 手綱を握るリンは、ライトが手に転がしていた黒い祝福弾を見る。
 薬莢に刻まれている文字は『神喰狼フェンリスヴォルフ』。神を喰い殺す狼という意味だ。

『ケケケッ、強い祝福弾だぜぇ?』
「ああ。ありがとな、カドゥケウス」
「……ライト、カドゥケウスとも仲良くなってるね」
「そうか? まぁ……少し、余裕が出てきたのかな。今までは軽率な行動も多かったし、これからはもっと上手くやれるようにがんばるよ」
「ん、そうだね……」

 それはつまり、勇者レイジたちを殺すという意味なのだが……。
 リンは少しだけ表情を暗くし、オレンジ色の空を見上げて────────。

「ライト、レイジのことだけど────────」

 前方から、豪華な装飾の馬車が走ってきた。
 馬車はライトたちの馬車の行く手を阻むように停まる。

「……なんだ?」
「え────────」

 リンは、見覚えがあった。
 この馬車は、ファーレン王国が所有する王族専用馬車。
 そして、馬車のドアがゆっくり開き────────。





「見つけたぜ! 魔刃王の生まれ変わりライト! それとリン!」
「……レイジ、どうして止まって名乗ったの?」
「バカ、こういうのは雰囲気が大事なんだよ、ふんいき!」





 忘れもしない、憎いおちゃらけた顔。
 あまり感情を出さないが、可愛らしい女の子。




「れ、いじ……せえれ」
「リン、久しぶりだな。言いたいこといろいろあるけど、お前を連れて帰るぜ!」
「あ────────」




 ゾワワワワワワワワワワワワワワワ……と、リンの全身が粟だった。
 恐る恐る隣を見ると……。





「カドゥケウス……装填」
『相棒、いい顔してるぜ……惚れちまいそうだ』




 ライトが馬車の手すりを握りつぶし、怖いくらいに歪んだ笑みを浮かべていた。
 リンはライトを止めようと手を伸ばすが、百足鱗がリンの腕を拘束する。

「止めなさい……殺されますわよ」
「……っ」

 ライトは、もう止まらない。誰にも止められない。
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