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57・【暴食】&【色欲】vsマルコシアス①

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「う、ん……あ、あれ?」

 リンが眼を覚ますと、そこは洞穴のような場所だった。
 広い場所なのは間違いない。洞窟だと思ったのは、天井がなく明るい場所だったから。
 
「ん……うぇ、くっさぁ……って、なにこれ!?」

 身体中ベトベトして、地面は硬い何かが敷き詰められている。
 細長い棒、硬く丸い石、歪な何か……リンは棒を掴み、眼を凝らして見る。
 そして、気が付いた。

「…………っひ!?」

 細長い棒が人骨で、硬く丸い石が頭蓋骨、歪な何かはどこかの骨であるということ。
 自分が寝ている場所が、敷き詰められた人骨の山の上だということ。
 そして……真っ黒な何かが、ゆるりと起き上がったこと。

「…………ぇ」
『…………』

 最初から、いた。
 この広い空間は、住処だ。
 夜よりも暗い毛並み、血のような赤い瞳、鉄の塊ですらバターのように斬れる爪、あらゆる物を噛み砕く牙。
 真紅の瞳がリンを見た。
 そして、眼が歪に歪んだのだ。
 
「…………ぅ、あ」

 声が出なかった。
 蛇に睨まれたカエルという表現では表せないほどの、絶対強者。
 仮にリンが『壊刃』を持っていても、絶対に戦いたくなかっただろう。 
 
『きゅぅるるるるるるるるる……』

 漆黒の巨狼、『喰死の顎』マルコシアスは、リンを見て小さく呻く。
 その鳴き声は待ちきれないとでも言うのだろうか。
 
「…………ぁ、ぁ」

 不意に、リンの下半身が生暖かくなった。
 ジョロジョロと尿が溢れ、下半身と頭蓋骨を濡らす。
 最初に対峙したときは、ライトとマリアを守ろうと必死だったが……一人になるとこうも情けなく、怖かった。
 武器はある。装備も問題ない。でも……戦おうなんて考えもしなかった。
 リンは強い。だが……まだ16歳の女の子だ。

『くぅぅぅ……』

 マルコシアスが立ち上がり、長い舌をぺろりと出す。
 そして────────。




「うぉらぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁッ!!」




 空から、ライトが飛んできた。

 ◇◇◇◇◇◇

 時間は少し巻き戻り、ライトとマリアは馬車を全力で走らせていた。
 リンが持っているシャルティナの羽の位置を目指してひたすら走る。最悪、馬が潰れてもいいとしか思えない速度だった。
 いがみ合いを止めた二人、仲がいいとは言えないが話をするくらいにはなっていた。

「最初に思ったのは、何の前触れもなく背後に現れたことだ」
「ええ……わたしの情報が」
「違う。たぶんマルコシアスはあの洞窟にいた。理由はわからないけど、一瞬で俺たちの背後に回ったんだ」
「……一瞬で」
「ああ。いくら油断してても、あれだけの巨体が何の気配もなしに背後を取れるはずがない。何か……そう、ギフトの力を使ったのかも」
「……考えられるとすれば、転移でしょうか?」
「『URウルトラレアギフト』か……その可能性もあるけど、俺は別の可能性を考えている」
「……?」

 マリアがライトを見ると、ライトはマリアの眼を見て言った。

「恐らく、あいつは『影』を伝って移動したんだ」
「か、影ですか?」
「ああ。騎士団にいた頃、同じようなギフトを持つ奴がいた……何の気配もなく、いきなり背後に現れた。『影師アサシン』のギフトだ」
「では、あの狼はアサシンのギフトを?」
「わからん。でも、可能性はある。狼だし鼻は利くはず、俺たちの位置が風上だったから、匂いで位置を察知して影で移動した可能性があると俺は考えてる」
「…………わたしはギフトに関してはよくわかりませんわ。ろくな教育を受けてませんので」
「そうかい」
「なので、あなたを信じますわ。そこまで考えてるのなら、対策があるのでしょう?」
「ああ。でも……お前に少し負担がかかる」

 ライトは、初めてマリアを気遣った。
 マリアは驚いて目を見開くと、ライトは向けていた顔を前に向ける。
 そして、マリアはくすりと微笑んだ。

「ふふ、お優しいのね」
「…………」
「でも、心配は無用ですわ。わたしのことはお気になさらず、あなたの考えをお聞かせくださいな」
「…………いいのか」
「ええ」
「わかった」

 ライトが頷くと同時に、シャルティナが言った。

『お二人さん、そろそろ到着するわよ』
「ありがとうございます、シャルティナ。場所はどこかしら?」

 馬車を止めると、1キロほど先に大きな岩場があった。
 洞窟というよりは、巨大な岩をいくつも並べたような岩石地帯とでも言えばいいのか、入口というのも岩と岩の隙間だった。それに、天井という概念がない。

「……ついてるな。いけるぞ」
「どうしますの?」
「とりあえず、馬車をここに隠して行こう」

 近くの雑木林に馬車を止め、魔獣がいないことを確認して降りる。
 馬に待つように言い聞かせると、馬は草をもしゃもしゃ食べ始めた。
 雑木林の入口で、岩石地帯を見ながらマリアが言った。

「それで、どうしますの?」
「たぶん、マルコシアスは匂いに敏感だ」
「狼ですものね」
「ああ。だから匂いの届かない場所から奇襲を掛ける。相手は俺たちよりもデカい。最初の奇襲が勝負だ」
「なるほど……それで、匂いの届かない場所というのは?」
「へへっ」

 ライトは人差し指を立てる。

「……? あ、まさか」
「そう、空からだ」

 ライトの持つ『浮遊』の祝福弾を使い、空から奇襲を掛ける。
 だが、空から奇襲をかけるには……。

「俺に掴まって空を飛ぶのに耐えれるか? それとも、俺が奇襲を掛けてダメージを与えて、お前はその隙に地上から」
「わたしも空から奇襲を仕掛けますわ。一人より二人で同時にダメージを与えれば、討伐の可能性は大きく上昇するはず」
「……誓約の痛みだぞ」
「ええ、知っていますわ」

 どうやら、マリアの決意は固く……そして、本物だ。
 ライトは折れ、祝福弾をカドゥケウスに装填してシャルティナに確認する。

「おい、リンの位置はあそこで間違いないんだな?」
『ええ。間違いないわ』
「よし。浮遊は3分しか保たない……一発勝負になる、いいか?」
「はい。リンを助けましょう」
「おう……準備は?」
「いつでも」

 ライトは銃口を自分の頭に向け、シャルティナは『百足鱗』を背中から伸ばし、ライトの腕に巻き付ける。

「っづっ!?……っぐぅぅ」
「行くぞ!!」

 祝福弾を撃つと、ライトの身体が『浮遊』した。
 マリアが顔を歪め、脂汗をダラダラ流している。誓約による苦痛を知るライトは一気に上空へ向かって飛び、リンのいる岩石地帯の遥か上空まで飛んだ。

「ここなら匂いに気付かれない……一気に行くぞ!!」

 そして、リンのいる岩石地帯まで飛び……。

「────────見つけた!!」

 マルコシアスとリンを見つけ、カドゥケウスを構えて発砲した。
 弾丸はマルコシアスへ向かい、ライトから離れたマリアも『百足鱗』を三本出して空中から襲い掛かる。
 マルコシアスは、まだ気付いていない。

「リベンジ!!」
「いきますわ!!」

 ライトとマリアの、リベンジバトルが始まった。
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