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52・街道にて

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 日差しが非常にきつい。
 馬が暑さに強い品種だったのが幸いし、馬車は問題なく進んだ……が、さすがにライトたちの体力が付いていかなかった。
 
「あっつぃ……ワイファ王国、相変わらずの常夏ねぇ」
「ああ、ここは年中気温が高いからな。春夏秋冬のあるファーレン王国とは違う」
「そうね……ねぇライト、水場と日陰を見つけたら休憩しよ」
「そうだな。馬に水を飲ませてやりたい」
「あと、着替えもしたい……」

 滴る汗が服を濡らし、幌付馬車とはいえちゃんとした日陰で休憩したい。
 ライトたちの後ろに座るマリアは何も言わなかったが、ハンカチで何度も汗をぬぐっていた。
 
 それから一時間ほど走り、街道の近くに川が流れているのを見つけ、街道から外れて川を進むと、ちょうどいい感じの泉と木陰を発見した。
 馬車を止めて馬具を緩めてやると、馬は草をモシャモシャと食べ始める。
 リンに頼んで桶に水を入れてもらい、馬にたっぷりと水を飲ませた。

「あっつぅ~……マリア、着替えよう~」
「そうですわね。水浴びもしたいですわ……」
「あ、じゃあ私がシャワーを出してあげる。一緒に浴びよう!」
「まぁ、素敵な提案……じゅるり」
「…………身体を触るのは禁止」
「あん、残念」

 女子二人は楽しそうに会話し、ライトは一人でテントの準備をする。
 
「あれ、テント?」
「今日はここに泊って、明日の早朝に出発だ。これだけ暑いと俺たちのが参っちまう」

 早朝は涼しく日中は暑い。夕方も蒸すような暑さが続くので移動はできない。
 マリアは何も言わず、リンは頷いた。

「わかった、そうしよっか。その、マリアと水浴びしてくるから」
「ああ。俺はかまどの準備をする。終わったら水を頼む」
「…………覗かないでくださいな」
「…………ふん」

 マリアのボソッとした言葉をライトは受け流した。

 ◇◇◇◇◇◇

 ライトはかまどを組み、薪を集めた。
 その作業が終わるころにはリンたちの水浴びも終わり、着替えてさっぱりしたようだ。
 リンが食事を作り、ライトとマリアは同時に馬車の元へ。

「…………」
「…………」

 互いに目を合わせ、すぐに反らし……ライトは言った。

「お前に言っておくことがある」
「…………」

 マリアは答えず、顔だけを向けた。
 ライトははっきり言う。

「この先、聖剣勇者が俺たちを襲う可能性もある」
「あら、わたしが負けるとでも?」
「そうじゃない。聖剣勇者は俺の獲物だ。いいか、あいつらが来たら手を出すな」
「……ふぅん? 復讐かしら?」
「そうだ。わかったな」
「あなたに指図される覚えはありませんわ」
「なら、邪魔すればお前も撃つ。それだけだ」
「ふふ、できるものなら」

 そう言ってマリアは自分の荷物から扇子を取り出して広げる。
 ライトは水のボトルを取り出して一気に飲み干し、未だに高い太陽を見上げる。

「大事な人を殺された、でしたっけ?」

 マリアが、そんなことを言った。

「…………ああ」

 ライトは無視しようと思ったが、素直に答えた。
 ポケットから四発の祝福弾を取り出し、静かに握りしめる。

「親父と母さん、レグルスとウィネ……親友だ」
「…………親友」
「リンから聞いてるか? 俺は騎士だった」

 リンが豪快に鍋を振るう音が響く。
 別のフライパンの上では、ステーキがいい感じに焼けていた。
 深鍋にはスープがいい色になり、食欲をそそる香りが周囲を満たす。

「ギフトがないから騎士候補生の中では最弱で、模擬戦では負けっぱなしだった。でも、それでも……騎士になれるって信じて剣を振った。おかげで、剣術だけならかなりの腕前だと思う」

 ライトは、木の棒を拾った。
 棒を拾うだけなら問題ない。だが、構えを取ると────────。

「ッッっっづ!?」

 激痛が走り、棒を手放してしまった。
 誓約により『剣』や『剣』に関わる全てがライトを拒絶する。
 
「でも、騎士になれた。父さんや母さん、レグルスとウィネは喜んでくれて……でも、リリカとセエレは、結婚を約束した二人は、勇者レイジに奪われた」
「…………」
「それだけならいい。でも……あいつらは、全てを奪った……ッ!!」

 殺された。
 レイジに父を、リリカに母を、アルシェにレグルスを、アンジェラにウィネを。
 セエレは笑い、全てを奪われた。
 この怒りは、奴らを殺すまで決して消えない。

「俺があいつらを始末する。殺す、この世から消す。女神がいるならそいつも消す」
「…………」
「だから……いいか、勇者たちは俺の獲物だ」
「…………」

 ライトはそう言い、リンの元へ戻った。
 マリアは扇子で自分を扇ぎ、パチッと閉じる。

「哀れな子……」

 その呟きは、シャルティナしか聞いていないかった。

 ◇◇◇◇◇◇

 翌日の早朝。
 日が昇る少し前、ライトたちは出発した。

「ん~……朝の三時くらいかな? 空も空気も澄んでて気持ちいいね」
「ああ。この時間帯に進むのが正解だな」

 馬もぐっすり休めたのか、足取りが軽快だ。
 マリアは眠そうだったが、ちゃんと起きているようだ。

「今日中にワイファ王国に入れるといいな」
「うん」

 リィアの町に書状を届けた報告をハワード騎士に言って、ドラゴンの報酬をもらう。その後の予定はまだ決まっていない。
 ライトは、リンに聞いた。

「リン、ハワード騎士の依頼が終わったらどうする?」
「もちろん、冒険者として依頼をこなすわ。その、ライトも力を付ける必要があるし、盗賊退治とか……」

 少しためらっていたが、リンは答えた。
 つまり、祝福弾を造れと言っているのだ。

『ケケケケケケケケッ! さっすがリンの嬢ちゃん、わかってるじゃねぇか!!』
「う、うるさい! その、どうかな……?」
「…………」

 ライトの脳裏に、盗賊の犠牲になった家族が思い起こされる。
 乱暴され、殺され、ぼろきれのように捨てられた少女や母親。そしてなぶり殺しにされた父。あんな光景はもう二度と見たくない。

「そうだな。魔獣退治や盗賊退治で戦闘スキルを上げて、ついでに祝福弾を作るか」
「ん、そうだね。マリアもそれでいい?」
「構いませんわ。それと、せっかく海に行くんですもの。貸し切りビーチでのんびりしたいですわ」
「か、貸し切りビーチって……そんなのあるの?」
「ええ。少しお高いですが問題ないですわ」

 ワイファ王国に向け、ライトたちの馬車は進む。
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