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45・マリア

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 マリアという少女は、元は孤児であった。
 父と母の名前どころか、顔もわからない。わかるのは、自分が物心ついたころから独りぼっちであり、周囲に馴染めずによく虐められたことがあるくらいだ。
 
「やーい吸血鬼! まっかな目の吸血鬼!」
「あいつに触れると呪われるぞー!」
「おい行こうぜ、吸血鬼なんて放っておいてよ!」

 マリアは、同世代の少年少女から避けられていた。
 金色の髪に真紅の瞳は美しくも妖しく、少女ながらも、見るものを惑わす魔性の女と呼ばれた。

 十歳になり、働くことが許される年齢になると、マリアは娼館に売られた。
 幼いという理由で客を取ることはなかったが、毎日毎晩客室の掃除などをさせられ、給金はほとんど没収され、手元にはわずかなお金しか残らなかった。

 そんなマリアも十六歳になり、《ギフトの降誕》の儀式を受けることになる。
 ギフトの内容次第では待遇を変えてもいいと娼館から言われ、マリアは期待をして儀式に臨んだ。

 結果は……まさかの『不明』。

 どんなギフトを授かったのかもわからず、発現させようにもうんともすんとも言わない。
 役立たずだと言われ、マリアはついに娼婦として使われることになった。

 マリアは、娼婦になどなりたくなかった。
 事後の片づけや汚れたシーツの洗濯をしているうちに慣れたと思ったが、自分が娼婦として客をとる覚悟はなかった。

 マリアには、夢があった。
 それは、家族を作ること。
 自分を愛する人と一緒になって、子供を産んで、幸せな家庭を作ること。
 
 そんな夢が、今まさに踏みにじられようとしている。
 無理やり客をあてがわれ、髪を掴まれベッドに投げられた。
 目の前には、肥え太った醜い男が、自分を組み敷こうと迫ってくる。

 マリアは、己の無力に涙した。
 身体を、心を、夢を踏みにじられる……もう、死んだほうがいいとすら考えた。
 そんなときだった。



『あなた、わたしと契約しない?』



 そんな、甘ったるい声を出す女の声が聞こえた。



『わたしは大罪神器【色欲】のシャルティナ。あなたが得たのはギフトじゃない、【大罪】なのよ』



 声が聞こえている間にも、マリアは服を裂かれ肥え太った男に組み敷かれる。
 いやいやと首を振り、子供のように泣き叫んでも、目の前の豚は興奮するだけだ。



『ねぇ……こんな豚に初めてを奪われたくないでしょ? わたしと契約したら助けてあげる』
「いや、いや、いやぁぁぁっ!!」
『わたしと契約しなさい。対価は……あなたの大事なもの』
「たすけ、たすけ……て」
『助けてあげる。救ってあげる。だから……わたしの声に応えなさい』
「…………」

 泣き叫ぶマリアは、小さく頷いた。
 同時に、『鋭利な刃物のようなムカデの尾』がマリアの背中から飛び出し、豚男の腹をブチ破った。



『おめでとうマリア、そして……これからよろしくね♪』



 これが、マリアと【色欲】のシャルティナの出会い。

 ◇◇◇◇◇◇

 マリアは、リィアの町領主邸自室で目を覚ました。

「…………夢」

 どうやら、深く眠っていたようだ。
 
「ん……まりぁ」
「……リン」

 ベッドには、一糸纏わぬ少女がマリアの胸に顔をうずめている。
 昨夜は激しかったからか、少し体がだるい。それに、自分と同じ【大罪神器】の使い手が現れたことも少なからず驚いた。
 実力は大したことがない。覚醒して間もないというのはマリアですらわかった。

『おはよ、マリア』
「ん、おはようシャルティナ。んん~~~~~~……いい天気ね」
『ええ。ところで、そろそろだけど、どうするの?』
「ん、予定通りいくわ。ここの町も飽きたし、次はもう少し大きな町を狙っていこうかしら」
『ふふ、順調に強くなってるわね』
「そうかしら?」

 マリアは、自分の胸に顔をうずめるリンを優しく外し、裸のままベッドから降りて背伸びする。
 美しい肢体は朝日で輝き、まるで女神のように見える。

「次は……海沿いの町にしようかしら?」
『あら、いいわね。その子はどうするの?』
「連れていくわ。だってこの子、可愛いんですもの♪」

 マリアは、町を支配しながら転々としていた。
 もちろん、このリィアの町も感情を支配して作り変えただけ、領主の娘なんて嘘だ。
 領主に近づき『わたしはあなたの娘』と言うだけで領主の心には『本当に娘なのか?』と疑う心が生まれる。あとは自分が娘であるという感情を増幅させ、疑いを極限まで薄めれば、領主はマリアを娘として認めてしまう。
 人の心は、こんなにも簡単に操れる。

「…………」

 でも、本当に欲しいものは、絶対に手に入らない。
 マリアは下着を履き、背中の空いたドレスを着る。このドレスは特注品で、【色欲】の武装『百足鱗ムカデウロコシャルティナ』を出した際に服が破れないための配慮だ。

「ねぇシャルティナ、確か【暴食】だったかしら?」
『ええ、カドゥケウスの使い手ね。覚醒したての疑心暗鬼期間真っ最中。あれじゃ第二階梯まで上がるのに数ヶ月は必要ね』
「そうね……わたしがあなたを信じるまで一か月必要だったわ」
『ふふ、そうね。マリアってば私を疑いすぎなのよ』
「それはそうよ。だって、喋るギフトなんて聞いたことないしね」
『あらら、そうかしら?』

 マリアは、着替えながらシャルティナと会話する。
 すると、リンが起きた。

「んん~~~~~~……おはよー」
「おはようリン。ほら、服を着て顔を洗いなさい」
「ん……あ、わわわっ、私はだかじゃん!」
「ふふ、誘ってるのかしら? また今夜、可愛がってあげるわ」
「~~~~~~っ」

 リンは下着をひっつかみ、慌てて着替え始める。
 
「リン、少し騒がしくなったし、この町を出るわ」
「出る? どこに行くの?」
「そうねぇ、海の見える町なんてどう? 美味しい海産物もあるし、潮風に当たりながら見る夜景は素晴らしいわ……そこで、たっぷり可愛がってあげる」
「ちょ、ええと……い、行きます!」
「ふふ、じゃあ準備して出発ね」

 馬車は、リンたちが使っていたものがある。資金に関しては領主邸の金庫から根こそぎ奪ったので数年は安心だ。
 昨夜の騒ぎが外に漏れれば、多少は面倒なことになる。そうなる前にマリアの記憶を極限まで薄め、さっさと町からおさらばするべきである。

「リン、まずは朝食を食べましょう。それから準備をして出発よ」
「わかったわ。マリア」

 二人は手を繋ぎ、領主邸の食堂へ向かった。
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