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44・借りは返すのが当たり前

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 『浮遊』の効果が切れ、ライトは森に落下した。
 バキバキと枝がクッションになり、そのまま地面に落下し、ギリギリで受け身を取って木の幹に寄り掛かる。

「はぁ、はぁ、はぁ……っく、はぁ、はぁ……っづ!?」

 ライトは、己の状態を確認した。
 胸の皮膚が抉れて血が流れている。それほど深くないのが幸いしたのか、痛みはあるが意識を失うほどではない。
 着ていた寝間着を脱いで破り、包帯のように巻き付け止血する。

「っくそ……なんだよアレ」

 ライトは、木の幹に寄り掛かり、後頭部を打ち付ける。
 そして……己の右手にある拳銃を投げた。

「カドゥケウス……」
『おう。死ぬとこだったな相棒。今の相棒じゃシャルティナは倒せねぇ、いい勉強になっただろう』
「あいつは、あいつは何なんだ……」
『おめーと同じさ。あいつも大罪神器の所有者だ。まぁ、相棒と違ってかなりのベテランだろうがね』
「マリアが……大罪神器の所有者」

 マリア。
 金髪に流れるような金髪。真紅の瞳をした同い年くらいの少女。ライトはマリアを美しい少女だと思ったが、それ以上の感情はない。
 まさか、あんな少女が……。

「……待てよ、じゃあ領主殿をあんな異常な精神にしたのはマリアでいいんだな?」
『ああ。あれは【色欲】の第二階梯、『情上支配キズ・オブ・ジ・アミティーエ』の力。あらゆる感情を増幅させたり、減少させたりする』
「……つまり?」
『たぶん、不安や恐れの感情を極限まで薄め、喜びの感情を極限まで濃くしてんだろ。リンの嬢ちゃんも同じ支配を受けているに違いねぇ』
「リン……かなり様子がおかしかった」
『ああ。言動から察するに、相棒がクッキーを横取りした僅かな『恨み』を殺意レベルに引き上げ、これまで積み重ねてきた信愛や友情の感情を極限まで下降させてるんだ。じゃなきゃクッキー程度であれほどの殺意は生まれねぇ』
「…………」

 ライトは胸を押さえ、痛みを確認する。
 血はまだ少し出ているが、もうじき止まるだろう。
 その前に……まだ確認することがある。

「カドゥケウス……『階梯』ってなんだ」
 
 ◇◇◇◇◇◇

 カドゥケウスとシャルティナの会話の中にあった言葉。

『階梯っつうのは、大罪神器の真の力の一つだ』
「……そんなのあるのか」
『ああ。《ギフト》にもあるの知ってんだろ? 相棒は一度倒してるじゃねぇか』
「え……?」
『あの鬼の嬢ちゃんだよ。たしか『鬼太刀』だっけ? 人間が鬼の姿になったじゃねぇか』
「リリカの力か。あれが、階梯なのか?」
『ギフトの場合は違うがな。そう、全てのギフトは進化する。まぁ、ほとんどの人間は進化することなく一生を終えるがね……あの鬼の嬢ちゃんは才能あるんだねぇ』
「そんなことより、お前も進化するのか!?」
『ああ。でも、今の相棒じゃ絶対に無理だ』
「なんでだよ!!」

 ライトはカドゥケウスを拾いあげ、顔の近くまで持ってくる。
 力が欲しい。リンを助ける力、勇者を殺す力が欲しい。そう思っていた。

『無理だ。だって相棒……オレのこと嫌いじゃねぇか』
「な……」
『シャルティナは自分の相棒と一緒になって戦ってる。相棒、おめーはオレの言うことなんざ全く聞かねぇし、信頼関係なんてゼロに等しいだろ? そんな相棒がオレを理解して使いこなすなんて、絶対に不可能なんだよ』
「…………っ」

 図星を突かれたライトだった。
 確かに、ライトはこの武器を信じていない。裏があるんじゃないかと警戒しながら使っている。
 
『相棒、おめーはオレに命を預けられない。オレを信じてねぇから、オレを道具としか見ていない。相棒がオレに気を許すまで、階梯は登れない』
「っく……」
『ま、そんなことより、これからのことを考えようぜ』
「……え?」

 カドゥケウスは、あっさりと話題を切り替えた。
 これからのこと。つまり、リンの救出─────。

『相棒、リンの嬢ちゃんは諦めな。このワイファ王国は後回しにして、別の領土へ向かおうぜ』

 そんな、信じられないことを言った。

 ◇◇◇◇◇◇

「……なに、言ってんだ」
『だぁから、リンの嬢ちゃんは諦めろって言ってんだよ。相棒じゃシャルティナにはどう足掻いても勝てねぇし。それでも戦うっつーなら、まずは力を付けろ。シャルティナは後回しにして、他の王国で力を付けろ』
「…………」

 つまり、リンとはここで別れるということ。

『たぶん、リンの嬢ちゃんは死なねぇよ。あのマリアとかいう嬢ちゃん、リンの嬢ちゃんをだいぶ気に入ってたみたいだしな。書状も届けたし、ワイファ王国に行かなくても問題ねぇ……ん~、町には戻らねぇほうがいいな。笑顔の町っつーのはマリアの嬢ちゃんの仕業だろう……おっかねぇ嬢ちゃんだぜ』
「おい、カドゥケウス……」
『ん? どこか行きたい町でもあるのか?』

 ライトは、立ち上がる。
 身体はなんとか動く……歩ける。

「リンは諦めない。助ける」
『…………正気か?』
「ああ。助けないと……それに、俺はリンに借りがあるからな。ちゃんと返したい」
『アホ。死ぬに決まってる。今の相棒じゃ勝てねぇって』
「勝たなくていい。助けられれば……それに、大罪神器は集めなくちゃいけないんだ。少しのレベル差くらいひっくり返してやる」
『無理無理、無理だって。第一階梯のままじゃ勝てないって』
「だったら力を貸せ。オレが死ねばお前はどうなる?」
『…………』

 カドゥケウスは黙ってしまう。
 どうやら、ライトが死ぬとカドゥケウスもただでは済まないようだ。

「俺はお前を信じていない。腹の底は見えないし、まだ喋ってないこともいくつかある。でも……ここまで生きてこれたのも、リリカをぶん殴れたのも、お前の力だあったからだ」
『…………』
「ありがとう、カドゥケウス。お前のおかげでここまで来れた」

 ライトは、素直に礼を言った。
 胡散臭い喋る武器に礼を言うなんて初めてのことだ。

「階梯とかよくわかんねーけど、俺は行く。リンを助ける」
『……ケッ、好きにしろよ。でも、都合よく階梯が上がるなんて奇跡は起きないからな』
「期待してねぇよ。それより、まずは服をなんとかしないと……」

 ライトは、再び歩き出す。
 リィンの町へ向けて、カドゥケウスを腰に差して歩き出す。
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