上 下
38 / 214

38・盗賊の森

しおりを挟む
 馬車を走らせること数日。
 馬の相性がいいのか、ライトは習わなくても御者を完璧にこなせるようになり、リンと交代で馬車を走らせていた。
 目指すのはリィンの町。別名、笑顔の町と呼ばれるワイファ王国で最も平和な町だ。そこの領主に、ワイファ王国の国王からの書状を渡すのが依頼である。
 まずは、リィンの町に向かう途中の森を目指して進んでいる。
 ライトは、紋章の刻まれている書状の入った筒を取り出し、手綱を握るリンに見せた。

「開けるつもりは欠片もないけど、中身はなんだろうな」
「んー……王様が領主に宛てた書状でしょ? 増税とかじゃない?」
「うへぇ……それはイヤだな」

 渋い顔をしたライトは筒を馬車の屋根に隠す。万が一の時を考えての処置だ。
 荷物から水筒を取り出し、そのまま一気に飲み干す。

「っぷは……頼む」
「ん……アク・ウォータ」

 リンの人差し指から水がチョロチョロと流れ、ライトの差し出した水筒に注がれていく。
 その様子を見ながら、ライトは微笑んだ。

「いやぁ、リンのおかげで水の心配はないな。川がなくても水浴びできるし、お湯も出せるし」
「まぁね! でも、便利屋扱いはやめてよね」
「わかってる。感謝してるって」

 水は、生きる上で絶対に必要だ。
 飲み水はもちろん、馬にも必要だし、料理や洗濯にも必要だ。その心配がないだけでも、旅はとてもしやすかった。
 リンのありがたみを実感するライトに、リンは言う。

「ねぇ、ライトの属性ってなに?」
「属性って魔術のか? 俺は騎士志望だったから魔術特性を調べてない」
「うわ、勿体ない……」

 騎士は基本的に、己のギフトと剣術の複合で戦う。魔術を使う者もいるが、『魔剣士』のギフトのような持ち主でない限り、習得することは稀だった。
 現に、レグルスもウィネも魔術を習得していない。もちろんライトも。

「確か、七属性あるんだよな」
「そ、地水火風、光闇雷ね。ちなみに私は水」
「知ってる。で、俺は?」
「ん、ちょっと待って。どれどれ……」

 リンは馬車を止め、ライトの額に人差し指を当てた。

「お、おい」
「ふむふむ……あら意外、ライトは闇属性ね」
「闇?」
「うん。ライトなのに闇属性とは……まぁいいんじゃない?」

 またも意味不明なことを言い、リンは再び馬を走らせる。
 少しだけワクワクしながらライトは聞く。

「な、なぁ、闇属性ってどんな魔術を使えるんだ?」
「さぁ? 私、自分の属性しか知らない。あとは肉体強化とか……」
「なんだよ……まぁいいや。後で教えてくれよ」
「いいよ、簡単だからすぐに覚えられると思う」

 とりあえず、闇属性は置いておくことにしたライトだった。

 ◇◇◇◇◇◇

 それから数日、馬車は順調に進む。
 夜、空いた時間はリンに魔術を習うようになったライトだが、どうも才能がないのか、魔力を練る作業が全く上手くいかない。魔力が練れないと魔術が使えないのに、最初から壁にブチ当たっていた。
 なので、夜は魔力を練る訓練だけをする。

「…………」
「はいダメ、もう一度」
「うぅ……わからん」

 リンは厳しい、というより……ライトが出来なさすぎた。
 身体強化魔術はきっと役に立つ。そう思いライトは修行を続けた。
 それからさらに数日。馬車は森の入口に到着した。

「ライト、ここからはいつもより気を引き締めて」
「ああ、わかってる」

 ハワード騎士曰く、ここから先の森は盗賊が多くいる。それこそ、騎士団が一部隊を引き連れて進むレベルで。
 ライトの腰にあるホルスターから、楽しげな声が聞こえた。

『ケケケッ、久しぶりに食事できそうだ……ケケケッ』

 カドゥケウスは、ケラケラと笑った。

 ◇◇◇◇◇◇
 
 盗賊のいる森は木々が高く、日の光も届きにくい。
 時間的にはまだ午前中だが、夕方と言っても差し支えない薄暗さだった。

「なんか不気味だな……」
「これだけ暗いと、盗賊にとってはいい環境なのかもね」
「……気を付けろよ」
「もちろん」

 ライトとリンは、慎重に進む。
 周囲に気を配り、不審な物や罠も見落とさないように……。

「……あれ、ちょっと待って」
「ん……」

 馬を停止させ、前方を注視すると……そこには、砕けた木の破片が散らばっていた。
 ライトはカドゥケウスを抜き、『ベルゼブブの眼』で遠くから木片を見る。

「あれは……まさか、馬車の」

 砕けた馬車の車輪だった。
 ライトは右目に神経を集中させる。

「……やばいな」

 破片はまだ新しい。そして、地面には乾いて間もない血痕があった。
 魔獣に襲われたのならもっと派手に馬車が砕けるはずだし、乗っていた人の死体がなければおかしい。
 破片の両脇は森……。

「リン、警戒しろ……あれは馬車の車輪の破片、そして……意図的に置かれた可能性がある」
「…………」

 リンの目付きが変わり、御者席に置いていた刀を手に取る。
 少女らしい雰囲気はなく、一人の剣士として言う。

「ライト、今のうちに言っておく」
「…………?」
「私は、勇者パーティとして旅をしていた頃、人を殺したことがあるわ」
「…………」

 不思議と、ライトは驚かなかった。

「私が殺したのはね、とある町の領主……住民からバカみたいな税金を搾取して、住民は飢えていた……私の腕の中で、幼い子供が死んじゃったの。お腹へった、ご飯食べたいって言いながらね」
「…………」
「許せなくて、もう、許せなくて……気付いたら領主を叩き斬っていた。レイジやリリカは『先を越されたー』なんて笑ってたけど、私は……初めて人を殺した」

 リンは、顔を歪めていた。
 まるで、これから殺すであろう、言い訳をしているように見えた。

「私は、悪を斬る。自分が生きるために、斬る。その覚悟はある……ライト、あなたは?」
「ある」
『ホッ』

 即答だった。カドゥケウスが意外そうに笑う。
 
「俺はこんなところで死ねない。勇者レイジと4人を殺すまでな……だから、俺も生きる為に殺す」
「……うん、覚悟はできてるね」
「ああ」

 ライトは、もう迷わなかった。
 カドゥケウスの言う通り、この世界にはどうしようもない悪がいる。
 その命を奪い糧として進む事を、もう迷わなかった。

「行くぞリン」
「うん」

 ライトは手綱を握り、馬車を走らせた。

 ◇◇◇◇◇◇

 破片は、やはり馬車の車輪。そして乾いて間もない血痕があった。
 さらに、破片のあった場所から脇にある森の中に……馬の死骸があった。

「見ろ、剣で突かれてる……人為的なものだ」
「酷い……可哀想に」

 更に少し先に進むと、壊れた馬車の本体があった。
 どうやら車輪を破壊されたあとにどうにかして運ばれ、この場所で本体を破壊されたらしい。荷物が散乱していた。衣服に調理道具……衣服は女性の物だ。
 そして……。

「…………」
「…………」

 男性の、死体があった。
 40代ほどだろうか、体格のいい男性で、滅多刺しにされて事切れていた。
 虚ろな眼は暗く、涙の跡があった。

「…………」
「…………」

 ライトとリンは何も言わず、馬車から降りた。
 何故なら……どこか下卑た声が、少し離れた場所から聞こえてきたから。
 ライトは無意識に左の袖を捲り、リンは刀の柄に手を添える。

『相棒、喰わ』
「黙れ」

 男性の死体はそのままで、声の方へ。
 声は、壊れた馬車のある場所から近くの林の中だ。どうやら……誰かが林の奥へ連れ込まれたようだ。
 二人はゆっくり藪の中へ……そして。

「おい、さっさとしろよ」
「うるせぇな……もう少し」
「へへへ、次はオレだ」

 三人の男が、ボロボロの女性に跨がっていた。
 女性の眼は朦朧としている……よく見ると、腹部にナイフが刺さっていた。
 どう見ても、外道の所行だった。

「装填」
『ケケケッ、食事の時間だぁ』

 ライトは、近くの岩を握り砕くながら呟いた。
しおりを挟む
1 / 4

この作品を読んでいる人はこんな作品も読んでいます!

婚約者の側室に嫌がらせされたので逃げてみました。

恋愛 / 連載中 24h.ポイント:610pt お気に入り:10,037

欲しいものはガチャで引け!~異世界召喚されましたが自由に生きます~

ファンタジー / 連載中 24h.ポイント:42pt お気に入り:5,172

俺の鼻歌

エッセイ・ノンフィクション / 連載中 24h.ポイント:0pt お気に入り:0

巻き込まれ召喚された賢者は追放メンツでパーティー組んで旅をする。

ファンタジー / 完結 24h.ポイント:127pt お気に入り:3,156

聖獣のお世話は王妃の務め!?

恋愛 / 連載中 24h.ポイント:49pt お気に入り:72

処理中です...