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6・勇者サイド①

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 来年には受験を控えた高校二年生。
 現在17歳の少年少女である、九条零士くじょうれいじ進藤鈴しんどうりんは、異世界に召喚された。

 「······あれ」
 「······は?」

 2人は同じクラスだが、仲のいい友達というわけではない。
 登校し、席に座り、友達と挨拶をして他愛もない話をしてる時、突然視界が暗転した。
 一瞬の浮遊感、そして目を開けると見慣れぬ光景。

 足下には魔法陣のような絵が書かれ、その上に立つのはレイジとリン。
 お互いの顔を見合わせ、訳も分からず呆然とする。

 「成功だ‼」
 「異世界からの勇者だ‼」
 「おぉ、しかも2人いるぞ‼」

 ローブを着た人間たちが歓声を上げる。
 見慣れぬ空間、足下の魔法陣、そして異世界からの勇者という単語。
 驚きつつ情報を整理したリンは、自分自身で確認するかのように呟いた。


 「異世界、召喚······って、やつね」

 
 ********************


 進藤鈴は、この状況に困惑し、多少なり胸を踊らせていた。

 異世界召喚。
 漫画やラノベの世界でしか見たことのない事態が、現実となって自分に降り掛かったのだ。
 不満があるとすれば、一緒に転移したのがこの九条零士ということだけだ。
 
 「おいおい進藤、これってやっぱそうなのか⁉」 
 「多分······だって、普通にありえないでしょ。それに、着てる服も変だし、なんか跪いてるし」
 「おぉぉ、来たよ来たよ、まさかオレが勇者ってやつなのか⁉」

 九条零士は、悪いタイプのお調子者。 
 それがリンの評価であり、クラス共通の認識だった。
 
 例えば、クラスの誰かが転んだとする。
 手を差し伸べる人も居れば、指を指して笑う人もいる。
 だがこの九条零士は、周りを巻き込んで大笑いするタイプの人間だった。
 それをよく思わない人もいるし、同じように笑う人からはお調子者と好かれる。
 九条零士が調子に乗り始めると、ろくな事にならない。

 そんな事を考えていると、目の前に一人の少女が現れた。
 着てる服からして、お姫様のようなドレスだ。

 「勇者様······私はファーレン王国の王女、アンジェラと申します。勇者様、どうかこの世界をお救い下さい······‼」

 祈りを捧げるように跪く。
 リンはお決まりの展開に納得しつつ、気になることを聞こうとしたが、その前に零士が叫んだ。

 「任せなお姫様、悪い魔王はオレがぶっ倒してやるからよ‼」
 「あぁ、勇者様······」

 アンジェラ姫は、キラキラした目で零士を見つめる。
 リンは頭を抱えつつ言った。

 
 「まずは······いろいろ話を聞かせて欲しいわね」


 ********************


 レイジとリンはアンジェラ姫と一緒に謁見の間へ。
 そこには、厳格そうな50代ほどの男性が、王座に座っていた。

 「お父様、勇者様の召喚に成功しました。こちらの方々が、伝説の勇者様です」
 「おぉ、ご苦労だったアンジェラ」
 
 召喚の儀式に立ち合わなかった王様だ。
 その代わりにアンジェラ姫をよこしたのだろうと、リンは適当に推測した。

 「さて勇者殿、私がこの『ファーレン王国』国王であるガッシュドだ」
 「オレは九条零士……いや、レイジ・クジョウだ!! へへへっ」
 「……進藤鈴です。リンとお呼び下さい」
 
 さっそく調子に乗り始めたレイジを横目で見つつ、リンは無難に挨拶をする。
 まずは情報を集め、すべきことを考える。

 リンは、異世界召喚モノへの知識がある。
 こういう召喚モノは、大抵が帰ることが出来ないと考えた。もちろん帰れないのはゴメンだし帰りたい気持ちはある。
 だけど右も左もわからない異世界。この王国を飛び出してやっていける自信はない。
 アンジェラ姫は世界を救えと言った、ならここはテンプレ通りの魔王退治だろうか。
 
 「貴殿たちには……『魔刃王』を倒し封印して欲しいのだ」
 「まじんおう? なんだそりゃ」
 「ちょっと、黙って聞きなさいよ」
 
 王の話を聞き、リンは簡潔に整理する。
 この世界には『魔刃王』という世界を征服しかけた悪が存在した。
 数百年前、伝説の『聖剣勇者』と4本の『四大祝福剣』の力で『魔刃王』を封印することに成功した。
 だが、封印は徐々に弱まり『四大祝福剣』の1本が外れた。残りの3本が外れるのも時間の問題。そこで封印が完全に外れる前に、かつて『魔刃王』を封印した『聖剣勇者』を異世界から呼び出し、再び『魔刃王』を封印して貰おうとした。
 そこで呼ばれたのが、レイジとリンと言うわけだ。
 
 そこまで聞き、リンは質問した。

 「質問ですが、どうして『四大祝福剣』が外れたと分かったのですか?」
 「簡単だ。去年『ギフトの降誕』で、祝福剣の『ギフト』を持つ少女が現れたからだ。つまり、『魔刃王』の封印が弱まったことを意味する」
 「……なるほど」
 「恐らく、今年の『ギフトの降誕』でも祝福剣の『ギフト』を持つ者が現れると予想している」
 「では、『聖剣勇者』は……私たち2人のことなのですか?」
 「そうだ。2人のどちらかが『聖剣勇者』で、もう1人は祝福剣の『ギフト』を授かったと思う。すぐに『鑑定』を行うが、間違いないだろう」

 レイジは……欠伸をしていた。
 レイジの中では、自分が勇者で魔刃王を倒せばいいと考えている。
 間違ってはいないが、もう少し考えて欲しいとリンは思った。

 いくつか質問をし、リンはこの世界のことを知る。
 すると、謁見の間に2人の人間が現れた。

 「失礼します」

 凜とした声で現れたのは、リンやレイジと同年代の少女。
 ショートカットの金髪をなびかせ、騎士のような服を纏い姿勢良く歩いて来る。

 「来たか。紹介しよう、彼女が去年、祝福剣の『ギフト』を授かった者だ」
 「初めまして、《壊刃》の『ギフト』を授かったアルシェと申します」
 「おう、オレはレイジ・クジョウ。レイジでいいぜ!!」
 「私はリンです、よろしくお願いします」

 簡単に挨拶をし、もう1人の初老男性を見る。
 どうやらその男性が《鑑定》の『ギフト』を使い、レイジとリンを見るらしい。
 すると、案の定だった。

 「おっしゃぁぁぁっ!! やっぱオレが『聖剣勇者』だぜ!!」
 「……《斬滅》か、これで祝福剣が2本。あとは今年の『ギフトの降誕』で残り2本が現れる……ってことね」
 「おいおい進藤、もっと喜べよ、オレたちは選ばれた勇者なんだぜ!!」
 「……あのね、こう見えていっぱいいっぱいなのよ。というか、九条くんは帰りたいとか思わないの? この世界に来て数時間だけど、順応が早すぎよ」
 「ん~……まぁ帰りたくないワケじゃないけどよ、今はメッチャ興奮してるぜ。だってオレが勇者だぜ? 漫画やラノベの世界そのまんまの出来事がオレたちの身に起こってるんだぜ!?」
 「………まぁ、そうだけど」
 「こーいう世界に来たらどうせ帰れないんだろ? だったら、この世界で魔刃王とやらを倒してやろうじゃねーか」
 「………」

 バカだとは思ったが、ここまでとは思わなかった。
 どうなるかわからないが、魔刃王とやらを倒したら、もう用無しということだ。
 そのまま処分なんてこともあり得る。

 「へへへ、燃えてきたぜ……っ!!」

 もうレイジは放っておこうとリンは考えた。
 やるべきことはたくさんある。

 まずは情報収集、そして『ギフト』の使い方。
 『魔刃王』を倒すことからは逃げられない。だったら、『魔刃王』を封印してから帰る方法を探す。
 すると、ガッシュド国王が言う。

 「『ギフトの降誕』まで9ヶ月……まずは、勇者殿たちの『ギフト』を覚醒させ、鍛錬をして貰おう。アルシェよ、頼んだぞ」
 「はい。お任せ下さい」
 「おっしゃぁぁぁっ!!」
 「………はぁ」

 9ヶ月。
 半年以上、この世界で鍛錬する。
 リンはため息を吐き、ポツリと呟いた。


 「受験………受けられないわね」
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