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第二章

獣王国ヴィスト

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 ウルフギャングに着いて行くと、正門にレイアース、クリスがいた。
 馬から降り、どうやらラクレスたちを待っていたらしい。
 レイアースはラクレスに近づいて言う。

「だ、大丈夫なのか!? 怪我は!?」
「大丈夫。ラッシュドーンの群れは動きを止めた。もう心配ない」
「お前のことだ!! 怪我はないのか!?」
「あ、ああ……大丈夫」

 これまでと打って変わって、レイアースは心配していた。
 すると、クリスも敬礼して近づいて来る。

「お見事です!! さすが七曜騎士『闇』のダンテ様!! まさか、二十以上のラッシュドーンを、たった一人で止めるなんて!!」
「作戦がたまたま上手くいっただけさ。今でも少し緊張してるよ」
「ご謙遜を……本当に、すごいです」

 クリスは、どこかキラキラした目でラクレスを見ていた。
 なんとなくいたたまれない気分になり、ラクレスはウルフギャングを見る。

「う、ウルフギャング殿。予定通り、宿に向かえばいいのか?」
「ああ……案内を付ける。オレはこのまま城へ行き、明日の謁見の約束を取り付ける」

 意外にも素直に答えが帰って来た。
 ラクレスも少し意外に思ったが。

『ケケケ。身体ぁ張って国を守ったんだ。オマエのこと、少し認めたんじゃねぇの?』
(そうなのかな……だったら、少し嬉しいかも)

 マスクの下で、ラクレスは少しだけ微笑んだ。
 ウルフギャングはそのまま城へ向かい、ラクレスたち三人は部下の案内で町の宿屋へ。
 道中、ラクレスは思った。

「獣人の国か……思った以上に、人間もいるんだな」

 エーデルシュタイン王国と同じくらい発展しており、不思議と焼き魚のニオイがした。
 町の中央へ到着すると……驚かされた。

「こ、これは……」
「すごい……初めて見た」

 ラクレス、レイアースが驚く。
 城下町の中央にあったのは、横幅だけで一キロはある『橋』だった。
 その中央に、あり得ないほど幅広い『川』が流れている。
 船も多く動いており、釣りをしている人や、投網を投げたり、川べりで魚の入った木箱を運んでいる獣人も多くいた。
 すると、クリスが咳払いをして言う。

「こほん。これが『ヴィシャス大河』です。世界最大の河川で、横幅だけで最大七キロあります。ここは二キロくらいですかね……この『ヴィシャス大橋』は世界最大の橋でもあるんですよ」

 橋の手すりから川をのぞき込むと、ゆるやかな流れの川が見えた。
 レイアースと並んで川を眺め、ラクレスはチラッとレイアースを見た。

(あ……)

 風になびく髪を押さえ、微笑を浮かべている。
 その姿を見て、ラクレスは思わず声を……。

『残念、それは許さないぜ』
(……ッ!!)

 声が出ない。それどころか、首も動かなくなった。
 そして、背後のクリスが言う。

「お二方、案内の方を待たせてますので、早く宿へ行きましょう!!」
「ん、ああすまない。風が心地よくてな……ダンテ、行くぞ」
「あ、ああ」

 レイアースの背を見ていると、ダンテが言う。

『何度も言うが、今、オマエのことを悟られるような行動、言動は慎んでもらうぜ』
(……なんでなんだ)
『あん?』
(なんで、俺のことを……ラクレスのことを、言っちゃダメなんだ)
『……まだ言えねぇよ。でも、それは絶対に許さねぇってことだけ視界しておけ』
(クソ……ッ!!)

 もどかしさを胸に、ラクレスはレイアースたちの後を追うのだった。

 ◇◇◇◇◇◇

 驚いたことに、宿屋は橋の上にあった。
 案内の獣人が部屋を取り、ラクレスたちに鍵を渡す。

「明日、お迎えに上がります。では、失礼いたします」

 獣人は頭を下げて帰って行った。
 宿屋の前で、レイアースは言う。

「では、本日は解散だ。トラブルもあったが……ひとまず、国内なら安全だろう。クリス、ゆっくり休んでくれ」
「はい!!」
「ダンテ。貴様には少し、話がある」
「……え?」
「夕方、すぐそこの橋の前で待っている」

 そう言い、レイアースは宿へ。
 クリスも「じゃ、また明日」と宿に入った。
 残されたラクレスは首を傾げる。

「……話、って、何だ?」
『ケケケ、愛の告白かもなあ?』
「そんなわけあるか。まさか……ダンテじゃなくて、ラクレスのことだったりしてな」
『……それは面白くねぇな。オイ、くれぐれも』
「ラクレスのことは……だろ。わかったよ、もう詳しく聞かない。何か言われても、はぐらかす」
『それでいい』

 そう言い、ラクレスも宿屋に入るのだった。

 ◇◇◇◇◇◇

 夕方になり、ラクレスは宿屋の前へ。
 橋の上に立つ宿屋なので、建物の対面側は橋の柵がある。
 レイアースは、柵に寄りかかって川の流れを眺めていた。
 ラクレスは近づき、隣に立つ。

「綺麗な川だ。澄み切った水……でも、底は見えない。まるで、お前のようだ」
「……俺が、この川?」
「ああ。少し、お前を誤解していた。お前の、この国を守ろうとする気持ちに、偽りはなかった……お前に辛く当たったこと、謝罪する」
「気にしなくていい。仕方ないことだから」
「……不思議な魔人だな、お前は。まあ、魔人を見たのはお前が初めてだがな。そもそも、魔人を見た人間など、そうはいない。それに……お前の素顔も」
「…………」

 素顔。
 ダンテではない、ラクレスの顔を見せたいと思った。
 生きている。ここにいると、言いたかった。
 でも、それは言えない。

「……ダンテ。お前に、聞きたいことがある」
「……何だ?」
「お前は、何者だ? どうも他人のように思えない。お前の姿が、ラクレスとダブって見えた。お前の素顔は……誰なんだ?」
「…………っ」
『チッ、この女……』

 ダンテがイラついたのがわかった。
 ラクレスは、胸が熱くなるのを感じた……レイアースは気付く。
 ダンテではない、ラクレスだと、近い将来気付くと確信した。
 何も言えない。でも、言わなくても──……そう思った時だった。

『ギュゥゥゥゥゥゥゥ!!』
「「ッ!!」」

 どこからか、雄叫びのような声が聞こえた。
 驚く二人。思わず周囲を確認すると、橋の上にいた獣人たちが慌てて逃げ出すところだった。
 レイアースは、男性獣人を引き留める。

「おい!! この声は何だ!? なぜ逃げている!?」
「お前旅人か!? とにかく逃げろ、川を伝って魔獣が来るんだよ!!」
「か、川を……!?」
「いつも決まった時間に、この川は魔獣が通るようになっちまったんだ!! くそ、今日はいつもより早ぇえ!! いいから逃げろ!!」

 男性は走り去った。
 その時だった。川から巨大な怪魚が飛び跳ね、ラクレスとレイアースに向かって飛び掛かって来た。
 全長二メートルはある、黒い鱗にツノの生えた魚、ブラックファンギッシュという魚魔獣だ。
 レイアースは剣を抜こうとしてハッとした。

「しまった、剣……!!」

 レイアースは私服だ。街中で油断したのか、武器がない。
 そして、レイアースを守るようにラクレスが前に出て、右手をブラックファンギッシュに向けた。
 すると、魔力の砲撃により、ブラックファンギッシュが爆散する。
 
「無茶するな、武器がないなら下がってろ」
「くっ……不覚。おい見ろ、川……な、なんて数」

 水面を埋め尽くすように、ブラックファンギッシュが泳いでいた。
 流れに逆らい、上流を目指している。
 上流には、鉱山がある。

「そうか、呪装備に惹かれて、上流を目指しているのか……!!」
「ダンテ!! 来るぞ!!」

 上流を目指しているだけじゃない。
 食事でもあるのだろう。ブラックファンギッシュが水面から飛び跳ねると、そのまま橋の上へ。
 器用に身体をくねらせ、蛇のように迫って来た。

(レイアースは武器がない。俺がやらないと……!!)

 ラクレスは剣を抜き、向かって来るブラックファンギッシュと対峙するのだった。
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