31 / 62
第三章 黄昏旅団所属『死神』のラムエルテ
黄昏旅団所属『節制』プロシュネ②
しおりを挟む
シャドウは見た。
プロシュネの指に魔力が集中し、魔力が『爪』のように伸びていくのを。
プロシュネは両手の五指を器用に動かしながら言う。
「あなたが倒した『力』のパワーズですが……組織内でも最弱でしてね。そもそも『力』というのは《力》しか持たない憐れな者という意味でして……替えの利く者の称号なんですよ」
「…………」
シャドウは『夢幻』を逆手に持ち様子を見る。
プロシュネは、パワーズと違い無駄な肉がないが、全身余すことなく鍛え抜かれている。
放つ殺気も一流……間違いなく、パワーズ以上の武闘派だ。
「分析は完了しましたか? では、私の魔法式『爪』の力を見せてあげましょうか!!」
「───!!」
プロシュネが地面を蹴る。
魔力による身体強化。その練度は一等魔法師を凌駕する。
だが、ハンゾウと地獄のような体術訓練を行ってきたシャドウも負けない。
(こいつに時間を取られるわけにはいかない……!!)
シャドウも魔力で身体を強化し、プロシュネと真っ向勝負。
射程内に入ると同時に夢幻を振るが、なんとプロシュネは左の人差し指と親指で夢幻を掴んでしまう。
「遅い」
「ッ!!」
そして、右の五指を爪のような魔力でシャドウを引き裂こうとした……が、シャドウは夢幻から手を放しバックステップ。印を結び、苦無を投げた。
「火遁、『灼熱苦無の術』!!」
投げた苦無が真っ赤に燃える。
プロシュネは夢幻を投げ捨て、左手の人差し指で苦無をデコピン。なんと、苦無が砕け散った。
「……指」
「ふふ、驚いたでしょう? パワーズのような馬鹿とは違います。無駄に魔力を注ぎ込んで全身を強化するより、指先だけに魔力を集中すれば……こんな簡単に、人を壊せる」
「…………」
「この『爪』の魔法式は、わが師が作り出した属性です。知っていますか? 『黄昏旅団』は皆、独自に開発した魔法式を持っています。それぞれの魔法に相応しい魔法をね……」
「…………」
シャドウは印を結び、人差し指と中指を合わせ、プロシュネに突きつけた。
「おやおや、会話を楽しむつもりがないので? ああ~……それとも、女子が気になりますか? 報告では、あなたの仲間がいるんでしたっけ? フフ……『魔術師』は若い子の悲鳴が何よりも好きでねぇ」
「風遁、『鎌鼬の術』!!」
不可視の風が刃となりプロシュネに襲い掛かるが、プロシュネは両手を振るうだけで風を掻き消した。
「ははは!! 焦りが透けて見えるようだ!! さぁさぁ、まだまだ楽しみ───」
ズドン!! と、プロシュネの背中に『夢幻』が刺さり、心臓を貫いていた。
「───っ、か……な、に?」
「風遁は囮。お前が時間稼ぎをしているのがすぐわかったから、焦るフリして隙を伺った。俺の印、風遁と磁遁の二段構えって気付かなかっただろ」
「が、っは!? ぐぁ……この、ガキ!!」
「返せ。お前の血で汚していい剣じゃない」
シャドウが指をクイッと動かすと、磁力によって操作された夢幻が抜け落ち、そのままシャドウの元へ飛んで戻ってくる。
シャドウは布で刃を丁寧に拭き、鞘に納めた。
プロシュネは、胸から流れる血を魔力で抑えつけて止血しているが、出血が多いのか真っ青。
シャドウは印を結び、プロシュネに向ける。
「師が言ってた。戦闘は読み合い、そして卑怯を尽くした方が勝つ。正々堂々なんて言葉はガキのお遊びか、マンガやアニメの世界だけだ……ってな」
マンガ、アニメが何かわからないシャドウは、とりあえず聞いたことを話す。
プロシュネは鬼のような形相で、シャドウに爪を向けて突っ込んできた。
「ガキがぁぁぁぁぁぁ!!」
「泥遁、『泥沼の術』」
プロシュネの足元が泥沼となり、プロシュネの身体が沈んでいく。
「ぐ、ぁぁ!! クソ、クソクソ!! 師、師よ!! 時間を稼ぎました!! どうか、どうか救いの手を!!」
叫ぶプロシュネ……だが、救いはない。
シャドウは追加の印を結び、右手を地面に叩き付けた。
「鋼遁、『鉄柱棍の術』!!」
地面から鉄だけを抜き取り、プロシュネの頭上で固めて巨大な『柱』となる。そして、その柱がシャドウの誘導により、プロシュネの真上に落ちてプロシュネを潰した。
泥沼がプロシュネを、そして鉄の柱がプロシュネを圧し潰す。
鉄の柱が完全に沈むと同時に、シャドウは再び地面を叩く。すると、泥が完全な土の地面となった。
プロシュネは死亡。その亡骸は地面の奥深くまで沈み、もう誰にも回収はできない。
(行かないと)
もうプロシュネのことなど頭にないシャドウは、鋼棺をチラッと見る。
(数は八十ある。仮に一年の中に俺がいると仮定しても、すぐにはたどりつけないはず……とにかく今は、ヒナタのところへ!!)
シャドウは魔力を漲らせ、その場から一瞬で消え去った。
◇◇◇◇◇◇
一方、女子は。
特に何かされることもなく、ただ脱がされたまま、第三講堂にいた。
全員、羞恥で座り込んでいる。そんな様子を見ているアドラメレクはニヤニヤしたまま、一人の少女を指差した。
「そこのお前」
「……え」
「お前だよ、お前……立て」
女子の一人が、アドラメレクの部下によって立たせられる。
そして、そのまま無理やり前に連れてこられた。
「い、いや……」
「嫌? そうか、嫌かぁ~……じゃあ帰りたいか?」
「か、かえりたい、です」
「そうかそうか。じゃあ腕だ」
「……え?」
「腕をここで斬り落とせ。そうしたら……この中の十人を、無傷で返してやる」
「……え」
凍り付いたような声で、少女は愕然とした。
「おや、腕は嫌か?」
「う、うぅ……」
少女は首を振る。
するとアドラメレクは、ニコニコしながら少女の頭を撫でる。
「じゃあこうしよう。お前は無傷で帰す。その代わり……この中の二十人の腕、足を一本ずつ切断し、死ぬ寸前まで痛めつけて、お前と一緒に帰してやろう。それならいいだろ?」
「い、い、い……」
「どっちがいい? さあ、選べ」
選べるはずがなかった。
どちらを選んでも、少女には地獄。
アドラメレクの、これまでにない優しい笑顔が輝いて見えた。
他の少女たちも、ガタガタ震えて声も出せない……だが。
「待って!!」
凛とした声が響いた。
その声の主は……ラウラだった。
ラウラは立ち上がり、胸を隠していた腕の一本を水平にする。
「わ、わたしが……う、腕、あげます!! だ、だから」
「姫様!! いけません!!」
慌てて、ソニアが立ち上がりラウラを押さえる。だが、ラウラは引かない。
「離しなさい、ソニア」
「ひ、姫様……」
王族としての声が、ソニアを抑えつける。
そして、ラウラは腕を下ろし、凛とした声で言う。
「私はアルマス王国第一王女ラウラ。狼藉者……お前の望み通り、この腕をくれてやる。その代わり、約束は守りなさい」
「ほぉ~……大したモンだ。その胆力、ガキとは思えないね」
裸を隠そうとせず、堂々と裸身を晒し、ただ真っすぐアドラメレクを睨みつける。
これを見たヒナタは思った。
(……ただの箱入りではなかったようですね)
「ひ、ヒナタちゃん……ど、どうしよう」
「まだ何もしてはいけません。声も出してはいけません」
「は、はい」
すると、歯を食いしばったソフィアも立ち、堂々と身体を晒して髪を掻き上げた。
「ハーフィンクス家次女のソフィアよ!! 私も腕を差し出すわ!!」
「え、ソフィアちゃん?」
「ふん!! 王女様、恰好付けるなら震えないでもらえるかしら?」
許せなかった。
確かに、ラウラは王女である。でも……ソフィアだって『ハーフィンクス家』なのだ。
一年一組女子で、誰よりも目立ち、誰よりも輝く……それが、ソフィアの目指すもの。
だから、たとえ腕を失おうとも、引くわけにはいかなかった。
(……あちらも、ただの目立ちたがり屋ではなかったみたいですね)
「……シェリアさん、すごい」
ルクレは、感心したようにソフィアを見ていた。
すると、アドラメレクがパチパチと手を叩き、今まで喋っていた女子をシッシと追い払う。
そして、ソフィアを見て指をクイクイさせ呼んだ。
ソフィアは震えつつも、前に出る。
「気に入ったよ。お前」
「それは、どうも」
「腕、もらっていいか?」
「お、お好きに……」
ガタガタ震えつつも、ソフィアは腕を出す。
アドラメレクがぺろりと舌なめずりをすると……なんと、ソフィアの身体を抱き寄せ、その腕を思い切り舐めた。
「ひっ!?」
「お前、優秀だ。腕を落とすのは惜しい……ククク、落とすのはやめだ、オレが食ってやるよ」
「え……」
「食うのさ!! 知ってるか? ヒトの肉ってのはかなり脂っぽくてなあ……でも、若い女の腕は別よ。オレは生で、骨を砕きながら肉を咀嚼するのが大好きなんだ!! あぁぁ……お前はいい」
「……ッ」
ソフィアは恐怖した。
食われる……文字通り、齧られ、食いちぎられ、咀嚼され、呑み込まれる。
恐怖が限界までせり上がってきた。
アドラメレクが大きく口を開ける……その歯が、まるで牙のように見えた。
「い、いや……」
「お前はもう決意した!! そうだ、その決意を無駄にするな!! 恐怖は肉を硬くする!!」
「ッ!!」
「さあ……食事の時間だ」
アドラメレクの大きな口が、ソフィアの右腕に食らいつこうとした。
◇◇◇◇◇◇
───次の瞬間、講堂の天窓が破壊され、何かが落ちてきた。
◇◇◇◇◇◇
「───あん!?」
「きゃっ!?」
布がシェリアの腕に巻き付き、一気に引き寄せられた。
天井から落ちてきた何かがシェリアを掴み、着地する。
シェリアは目を閉じていたが……ゆっくり目を開ける。
そこにいたのは、口をマスクで隠し、フードを被った何者かだった。
シェリアの腕に絡みついているのは、マフラーだ。魔力を流すことで自在に伸び縮みする特別製。
その何者かは、シェリアをチラリと見て言った。
「……見直した」
それだけ言い、黒い何者か───シャドウはシェリアを離した。
そして、一度だけ女子の方を見る。
裸にされ、衣類が燃やされている。いかに強い魔力を持つ女子でもまだ十六歳。裸身を晒してまで戦う精神はないだろう……ヒナタを除いて。
ヒナタは、ルクレの口を押さえシャドウを見ていた。
頷きもしない、声を出しもしない。その目は『お任せします』と語っていた……ルクレの口を押えているのは『シャドウくん!』と叫ばせないため。
そして、ラウラ。
「……え、だれ?」
裸身を隠すことも忘れ、シャドウを凝視していた。
シャドウは動揺しないよう、視線を戻す。
「おうおうおう、食事の邪魔ぁしてくれたなぁ?」
「……『魔術師』か」
「そうよ。ああ、プロシュネは死んだか……ははは、思ったより早かったなぁ」
シャドウはリストブレードを展開、右の中指と人差し指を立てる。
「さて、オレも本気でやるか……なあ、風魔七忍のアサシンよ」
「…………」
シャドウは何も言わず、アドラメレクに向かって走り出した。
プロシュネの指に魔力が集中し、魔力が『爪』のように伸びていくのを。
プロシュネは両手の五指を器用に動かしながら言う。
「あなたが倒した『力』のパワーズですが……組織内でも最弱でしてね。そもそも『力』というのは《力》しか持たない憐れな者という意味でして……替えの利く者の称号なんですよ」
「…………」
シャドウは『夢幻』を逆手に持ち様子を見る。
プロシュネは、パワーズと違い無駄な肉がないが、全身余すことなく鍛え抜かれている。
放つ殺気も一流……間違いなく、パワーズ以上の武闘派だ。
「分析は完了しましたか? では、私の魔法式『爪』の力を見せてあげましょうか!!」
「───!!」
プロシュネが地面を蹴る。
魔力による身体強化。その練度は一等魔法師を凌駕する。
だが、ハンゾウと地獄のような体術訓練を行ってきたシャドウも負けない。
(こいつに時間を取られるわけにはいかない……!!)
シャドウも魔力で身体を強化し、プロシュネと真っ向勝負。
射程内に入ると同時に夢幻を振るが、なんとプロシュネは左の人差し指と親指で夢幻を掴んでしまう。
「遅い」
「ッ!!」
そして、右の五指を爪のような魔力でシャドウを引き裂こうとした……が、シャドウは夢幻から手を放しバックステップ。印を結び、苦無を投げた。
「火遁、『灼熱苦無の術』!!」
投げた苦無が真っ赤に燃える。
プロシュネは夢幻を投げ捨て、左手の人差し指で苦無をデコピン。なんと、苦無が砕け散った。
「……指」
「ふふ、驚いたでしょう? パワーズのような馬鹿とは違います。無駄に魔力を注ぎ込んで全身を強化するより、指先だけに魔力を集中すれば……こんな簡単に、人を壊せる」
「…………」
「この『爪』の魔法式は、わが師が作り出した属性です。知っていますか? 『黄昏旅団』は皆、独自に開発した魔法式を持っています。それぞれの魔法に相応しい魔法をね……」
「…………」
シャドウは印を結び、人差し指と中指を合わせ、プロシュネに突きつけた。
「おやおや、会話を楽しむつもりがないので? ああ~……それとも、女子が気になりますか? 報告では、あなたの仲間がいるんでしたっけ? フフ……『魔術師』は若い子の悲鳴が何よりも好きでねぇ」
「風遁、『鎌鼬の術』!!」
不可視の風が刃となりプロシュネに襲い掛かるが、プロシュネは両手を振るうだけで風を掻き消した。
「ははは!! 焦りが透けて見えるようだ!! さぁさぁ、まだまだ楽しみ───」
ズドン!! と、プロシュネの背中に『夢幻』が刺さり、心臓を貫いていた。
「───っ、か……な、に?」
「風遁は囮。お前が時間稼ぎをしているのがすぐわかったから、焦るフリして隙を伺った。俺の印、風遁と磁遁の二段構えって気付かなかっただろ」
「が、っは!? ぐぁ……この、ガキ!!」
「返せ。お前の血で汚していい剣じゃない」
シャドウが指をクイッと動かすと、磁力によって操作された夢幻が抜け落ち、そのままシャドウの元へ飛んで戻ってくる。
シャドウは布で刃を丁寧に拭き、鞘に納めた。
プロシュネは、胸から流れる血を魔力で抑えつけて止血しているが、出血が多いのか真っ青。
シャドウは印を結び、プロシュネに向ける。
「師が言ってた。戦闘は読み合い、そして卑怯を尽くした方が勝つ。正々堂々なんて言葉はガキのお遊びか、マンガやアニメの世界だけだ……ってな」
マンガ、アニメが何かわからないシャドウは、とりあえず聞いたことを話す。
プロシュネは鬼のような形相で、シャドウに爪を向けて突っ込んできた。
「ガキがぁぁぁぁぁぁ!!」
「泥遁、『泥沼の術』」
プロシュネの足元が泥沼となり、プロシュネの身体が沈んでいく。
「ぐ、ぁぁ!! クソ、クソクソ!! 師、師よ!! 時間を稼ぎました!! どうか、どうか救いの手を!!」
叫ぶプロシュネ……だが、救いはない。
シャドウは追加の印を結び、右手を地面に叩き付けた。
「鋼遁、『鉄柱棍の術』!!」
地面から鉄だけを抜き取り、プロシュネの頭上で固めて巨大な『柱』となる。そして、その柱がシャドウの誘導により、プロシュネの真上に落ちてプロシュネを潰した。
泥沼がプロシュネを、そして鉄の柱がプロシュネを圧し潰す。
鉄の柱が完全に沈むと同時に、シャドウは再び地面を叩く。すると、泥が完全な土の地面となった。
プロシュネは死亡。その亡骸は地面の奥深くまで沈み、もう誰にも回収はできない。
(行かないと)
もうプロシュネのことなど頭にないシャドウは、鋼棺をチラッと見る。
(数は八十ある。仮に一年の中に俺がいると仮定しても、すぐにはたどりつけないはず……とにかく今は、ヒナタのところへ!!)
シャドウは魔力を漲らせ、その場から一瞬で消え去った。
◇◇◇◇◇◇
一方、女子は。
特に何かされることもなく、ただ脱がされたまま、第三講堂にいた。
全員、羞恥で座り込んでいる。そんな様子を見ているアドラメレクはニヤニヤしたまま、一人の少女を指差した。
「そこのお前」
「……え」
「お前だよ、お前……立て」
女子の一人が、アドラメレクの部下によって立たせられる。
そして、そのまま無理やり前に連れてこられた。
「い、いや……」
「嫌? そうか、嫌かぁ~……じゃあ帰りたいか?」
「か、かえりたい、です」
「そうかそうか。じゃあ腕だ」
「……え?」
「腕をここで斬り落とせ。そうしたら……この中の十人を、無傷で返してやる」
「……え」
凍り付いたような声で、少女は愕然とした。
「おや、腕は嫌か?」
「う、うぅ……」
少女は首を振る。
するとアドラメレクは、ニコニコしながら少女の頭を撫でる。
「じゃあこうしよう。お前は無傷で帰す。その代わり……この中の二十人の腕、足を一本ずつ切断し、死ぬ寸前まで痛めつけて、お前と一緒に帰してやろう。それならいいだろ?」
「い、い、い……」
「どっちがいい? さあ、選べ」
選べるはずがなかった。
どちらを選んでも、少女には地獄。
アドラメレクの、これまでにない優しい笑顔が輝いて見えた。
他の少女たちも、ガタガタ震えて声も出せない……だが。
「待って!!」
凛とした声が響いた。
その声の主は……ラウラだった。
ラウラは立ち上がり、胸を隠していた腕の一本を水平にする。
「わ、わたしが……う、腕、あげます!! だ、だから」
「姫様!! いけません!!」
慌てて、ソニアが立ち上がりラウラを押さえる。だが、ラウラは引かない。
「離しなさい、ソニア」
「ひ、姫様……」
王族としての声が、ソニアを抑えつける。
そして、ラウラは腕を下ろし、凛とした声で言う。
「私はアルマス王国第一王女ラウラ。狼藉者……お前の望み通り、この腕をくれてやる。その代わり、約束は守りなさい」
「ほぉ~……大したモンだ。その胆力、ガキとは思えないね」
裸を隠そうとせず、堂々と裸身を晒し、ただ真っすぐアドラメレクを睨みつける。
これを見たヒナタは思った。
(……ただの箱入りではなかったようですね)
「ひ、ヒナタちゃん……ど、どうしよう」
「まだ何もしてはいけません。声も出してはいけません」
「は、はい」
すると、歯を食いしばったソフィアも立ち、堂々と身体を晒して髪を掻き上げた。
「ハーフィンクス家次女のソフィアよ!! 私も腕を差し出すわ!!」
「え、ソフィアちゃん?」
「ふん!! 王女様、恰好付けるなら震えないでもらえるかしら?」
許せなかった。
確かに、ラウラは王女である。でも……ソフィアだって『ハーフィンクス家』なのだ。
一年一組女子で、誰よりも目立ち、誰よりも輝く……それが、ソフィアの目指すもの。
だから、たとえ腕を失おうとも、引くわけにはいかなかった。
(……あちらも、ただの目立ちたがり屋ではなかったみたいですね)
「……シェリアさん、すごい」
ルクレは、感心したようにソフィアを見ていた。
すると、アドラメレクがパチパチと手を叩き、今まで喋っていた女子をシッシと追い払う。
そして、ソフィアを見て指をクイクイさせ呼んだ。
ソフィアは震えつつも、前に出る。
「気に入ったよ。お前」
「それは、どうも」
「腕、もらっていいか?」
「お、お好きに……」
ガタガタ震えつつも、ソフィアは腕を出す。
アドラメレクがぺろりと舌なめずりをすると……なんと、ソフィアの身体を抱き寄せ、その腕を思い切り舐めた。
「ひっ!?」
「お前、優秀だ。腕を落とすのは惜しい……ククク、落とすのはやめだ、オレが食ってやるよ」
「え……」
「食うのさ!! 知ってるか? ヒトの肉ってのはかなり脂っぽくてなあ……でも、若い女の腕は別よ。オレは生で、骨を砕きながら肉を咀嚼するのが大好きなんだ!! あぁぁ……お前はいい」
「……ッ」
ソフィアは恐怖した。
食われる……文字通り、齧られ、食いちぎられ、咀嚼され、呑み込まれる。
恐怖が限界までせり上がってきた。
アドラメレクが大きく口を開ける……その歯が、まるで牙のように見えた。
「い、いや……」
「お前はもう決意した!! そうだ、その決意を無駄にするな!! 恐怖は肉を硬くする!!」
「ッ!!」
「さあ……食事の時間だ」
アドラメレクの大きな口が、ソフィアの右腕に食らいつこうとした。
◇◇◇◇◇◇
───次の瞬間、講堂の天窓が破壊され、何かが落ちてきた。
◇◇◇◇◇◇
「───あん!?」
「きゃっ!?」
布がシェリアの腕に巻き付き、一気に引き寄せられた。
天井から落ちてきた何かがシェリアを掴み、着地する。
シェリアは目を閉じていたが……ゆっくり目を開ける。
そこにいたのは、口をマスクで隠し、フードを被った何者かだった。
シェリアの腕に絡みついているのは、マフラーだ。魔力を流すことで自在に伸び縮みする特別製。
その何者かは、シェリアをチラリと見て言った。
「……見直した」
それだけ言い、黒い何者か───シャドウはシェリアを離した。
そして、一度だけ女子の方を見る。
裸にされ、衣類が燃やされている。いかに強い魔力を持つ女子でもまだ十六歳。裸身を晒してまで戦う精神はないだろう……ヒナタを除いて。
ヒナタは、ルクレの口を押さえシャドウを見ていた。
頷きもしない、声を出しもしない。その目は『お任せします』と語っていた……ルクレの口を押えているのは『シャドウくん!』と叫ばせないため。
そして、ラウラ。
「……え、だれ?」
裸身を隠すことも忘れ、シャドウを凝視していた。
シャドウは動揺しないよう、視線を戻す。
「おうおうおう、食事の邪魔ぁしてくれたなぁ?」
「……『魔術師』か」
「そうよ。ああ、プロシュネは死んだか……ははは、思ったより早かったなぁ」
シャドウはリストブレードを展開、右の中指と人差し指を立てる。
「さて、オレも本気でやるか……なあ、風魔七忍のアサシンよ」
「…………」
シャドウは何も言わず、アドラメレクに向かって走り出した。
7
お気に入りに追加
358
あなたにおすすめの小説

召喚学園で始める最強英雄譚~仲間と共に少年は最強へ至る~
さとう
ファンタジー
生まれながらにして身に宿る『召喚獣』を使役する『召喚師』
誰もが持つ召喚獣は、様々な能力を持ったよきパートナーであり、位の高い召喚獣ほど持つ者は強く、憧れの存在である。
辺境貴族リグヴェータ家の末っ子アルフェンの召喚獣は最低も最低、手のひらに乗る小さな『モグラ』だった。アルフェンは、兄や姉からは蔑まれ、両親からは冷遇される生活を送っていた。
だが十五歳になり、高位な召喚獣を宿す幼馴染のフェニアと共に召喚学園の『アースガルズ召喚学園』に通うことになる。
学園でも蔑まれるアルフェン。秀な兄や姉、強くなっていく幼馴染、そしてアルフェンと同じ最底辺の仲間たち。同じレベルの仲間と共に絆を深め、一時の平穏を手に入れる
これは、全てを失う少年が最強の力を手に入れ、学園生活を送る物語。


異世界転生ファミリー
くろねこ教授
ファンタジー
辺境のとある家族。その一家には秘密があった?!
辺境の村に住む何の変哲もないマーティン一家。
アリス・マーティンは美人で料理が旨い主婦。
アーサーは元腕利きの冒険者、村の自警団のリーダー格で頼れる男。
長男のナイトはクールで賢い美少年。
ソフィアは産まれて一年の赤ん坊。
何の不思議もない家族と思われたが……
彼等には実は他人に知られる訳にはいかない秘密があったのだ。

うっかり『野良犬』を手懐けてしまった底辺男の逆転人生
野良 乃人
ファンタジー
辺境の田舎街に住むエリオは落ちこぼれの底辺冒険者。
普段から無能だの底辺だのと馬鹿にされ、薬草拾いと揶揄されている。
そんなエリオだが、ふとした事がきっかけで『野良犬』を手懐けてしまう。
そこから始まる底辺落ちこぼれエリオの成り上がりストーリー。
そしてこの世界に存在する宝玉がエリオに力を与えてくれる。
うっかり野良犬を手懐けた底辺男。冒険者という枠を超え乱世での逆転人生が始まります。
いずれは王となるのも夢ではないかも!?
◇世界観的に命の価値は軽いです◇
カクヨムでも同タイトルで掲載しています。

追放貴族少年リュウキの成り上がり~魔力を全部奪われたけど、代わりに『闘気』を手に入れました~
さとう
ファンタジー
とある王国貴族に生まれた少年リュウキ。彼は生まれながらにして『大賢者』に匹敵する魔力を持って生まれた……が、義弟を溺愛する継母によって全ての魔力を奪われ、次期当主の座も奪われ追放されてしまう。
全てを失ったリュウキ。家も、婚約者も、母の形見すら奪われ涙する。もう生きる力もなくなり、全てを終わらせようと『龍の森』へ踏み込むと、そこにいたのは死にかけたドラゴンだった。
ドラゴンは、リュウキの境遇を憐れみ、ドラゴンしか使うことのできない『闘気』を命をかけて与えた。
これは、ドラゴンの力を得た少年リュウキが、新しい人生を歩む物語。

元万能技術者の冒険者にして釣り人な日々
於田縫紀
ファンタジー
俺は神殿技術者だったが過労死して転生。そして冒険者となった日の夜に記憶や技能・魔法を取り戻した。しかしかつて持っていた能力や魔法の他に、釣りに必要だと神が判断した様々な技能や魔法がおまけされていた。
今世はこれらを利用してのんびり釣り、最小限に仕事をしようと思ったのだが……
(タイトルは異なりますが、カクヨム投稿中の『何でも作れる元神殿技術者の冒険者にして釣り人な日々』と同じお話です。更新が追いつくまでは毎日更新、追いついた後は隔日更新となります)

魔喰のゴブリン~最弱から始まる復讐譚~
岡本剛也
ファンタジー
駆け出しの冒険者であるシルヴァ・ベルハイスは、ダンジョン都市フェルミでダンジョン攻略を生業としていた。
順風満帆とはいかないものの、着実に力をつけてシルバーランク昇格。
そしてついに一つの壁とも言われる十階層の突破を成し遂げた。
仲間との絆も深まり、ここから冒険者としての明るい未来が待っていると確信した矢先——とある依頼が舞い込んできた。
その依頼とは勇者パーティの荷物持ちの依頼。
勇者の戦闘を近くで見られることができ、高い報酬ということもあって引き受けたのだが、この一回の依頼がシルヴァを地獄の底に叩き落されることとなった。
ダンジョン内で勇者達からゴミのような扱いを受け、信頼していた仲間にからも見放され……ダンジョンの奥地に放置されたシルヴァは、匂いに釣られてやってきた魔物に襲われた。
魔物に食われながら、シルヴァが心の底から願ったのは勇者への復讐。
そんな願いが叶ったのか、それとも叶わなかったのか。
事実のほどは神のみぞ知るが、シルヴァは記憶を持ったままとある魔物に転生した。
その魔物とは、最弱と名高いゴブリン。
追い打ちをかけるような最悪な状況に常人なら心が折れてもおかしくない中、シルヴァは折れることなく勇者への復讐を掲げた。
これは最弱のゴブリンに転生したシルヴァが、最強である勇者への復讐を果たす物語。

日本列島、時震により転移す!
黄昏人
ファンタジー
2023年(現在)、日本列島が後に時震と呼ばれる現象により、500年以上の時を超え1492年(過去)の世界に転移した。移転したのは本州、四国、九州とその周辺の島々であり、現在の日本は過去の時代に飛ばされ、過去の日本は現在の世界に飛ばされた。飛ばされた現在の日本はその文明を支え、国民を食わせるためには早急に莫大な資源と食料が必要である。過去の日本は現在の世界を意識できないが、取り残された北海道と沖縄は国富の大部分を失い、戦国日本を抱え途方にくれる。人々は、政府は何を思いどうふるまうのか。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる